第二夜 「初めて」の友達
ジェンが通う事となる「魔導・杖騎士学校」は、寮制の学校である為に私物は多少持っていく事となる。
その学校は、十三歳からの入学がある。入学手続きもある為、準備は一年以上は掛かるが、ジェンは既に魔法道具を所持している為、私服など生活に必要な物だけだった。教科書は、学校から無償で提供される。
十二歳までは学び舎で勉学をし、中等高等学舎に進学するか、魔法学校に進学するかの二択である。中等高等学舎で勉学に励み研究者などに就く者もいる。なかには、中等で卒業して十五歳で働く者もいる。
そして、この世界では、十八歳が成人と見なされている。
三年が経ったある日、桜が満開となり花見を楽しむ季節。ジェンは、肩下げバックを掛け、家族に送られる所だった。
「お姉ちゃん…。」
アイカはジェンにしがみつく。ジェンは「大丈夫。ちゃんと帰ってきますよ」と彼女に言う。
「姉さん、頑張って来てな!」
「はい。」
「良いお友達が出来ると良いね。」
「ありがとうございます、フィノさん。」
「ジェン、頑張ってね。絶対に、立派な魔導騎士になるのよ。」
「はい。お婆ちゃん。」
「じゃぁ、後で荷物は部屋に届けるからな。」
「分かりました、アレックス叔父さん。では、行って来ます‼」
『行ってらっしゃい‼』
こうして、ジェンは魔導・杖騎士学校へと向かった。
ジェンは、学校に無事着く。そこは、大きな門が自分たちを歓迎するかのような大きさで、向こうにある大きな学舎など…色合いがよく引き込まれそうになる。彼女は、門をくぐり抜け入学証明書を提出して、外に掲示されているクラス分け表を見る。
“私は、一組ですか…。看板案内では、一番右側ですね”
彼女は一組の列に並び、待っていると学校長らしき老人が朝礼台に姿を現す。容姿からすると、六十は軽く超えているだろう。ジェンは話をしっかりと聞くが、周囲の生徒らは欠伸や頭を掻いたりしている。当然かもしれない。大抵、偉いお方の話は長い。
長い話を終え、ジェンと生徒らはそれぞれの教室へと向かった。中に入ると、ジェンの前世で大学の教室と思わせる場所だった。出席番号関係なく座れるため、ジェンは授業をしっかり聞きたいと思って前に座る。すると―
「あの、隣…良いかな?」
「え…あ、はい。どうぞ。」
白と金色が混ざった髪のポニーテールに、ジェンと同じ瑠璃色の瞳を持つ少女は、ジェンの隣に座って話しかける。
「あ、自己紹介するね。私は、アンネリーカ・ミルーセ。アンネで良いよ。貴方の名前は?」
「ジェンレヴィです。ジェンとお呼びください。この通り敬語ですが、仲良くしていただけると嬉しいです。」
「うん。…でも、名字は?」
「すみません。記憶に無いもので…。」
「そうだったんだね。でも、私たちは友達だよね?」
「はい‼」
ジェンはそう返事をすると、アンネは彼女の容姿を見て恐る恐る質問した。
「あの……もしかして、男の子?」
「あ、いえ、れっきとした女子です。昔、そう間違われましたけど…。」
「ご、ごめん!」
「い、いいえ。初対面ですし…こういう事はしばしばありますから。」
確かに、十歳の時から髪を伸ばし後ろに結っているが、やや釣り目で顔立ちがはっきりしていて、胸板も薄くアルト声質の彼女は少年と勘違いされてしまう事がしばしば。
そして、担任の挨拶、HRを終えて、寮の部屋割り当てのプリントを貰う。それぞれの部屋で男女別々に生活をする。運よくジェンとアンネは同じ部屋で一〇三号室であった。
「ジェンと同じ部屋で良かった!」
「はい。私もです。」
二人は部屋に置かれた家具に、自分の私物を入れて行く。各部屋には二人ずつがはいるため、ベッドも机もクローゼットも二つ置かれている。ジェンはお気に入りの本や教科書、私服をしまう。アンネは、幼い時から持っているぬいぐるみを机の上に置き、本や教科書に私服をしまう。
荷物を整理した所で二人は、放課後の時間帯の為、校内を歩き教室や学校の景色を見る事にした。
まず、中庭。ジェン、アンネと生徒らが通って昇降口へ向かう場所だが、真ん中には噴水があり、木々の多少植えてあり落ち着ける様な場所だ。
「凄いよね。こんな綺麗な噴水があるなんて、良いよね。」
「そうですね。……それっと。」
ジェンは水を操り、小鳥やイルカ…様々な生き物の形を作る。
「わぁ、凄い‼」
「驚きましたか?」
「え?今の、ジェンだったの?吃驚した。」
「でも、これはまだ序の口ですよ。」
ジェンは飛翔で噴水の頂上へ行き、噴水の水を操る。今度は、噴水を中心に大きく波紋状に水を広がらせる。見事な事にアンネの服は水に触れているが、一切濡れていない。水は、太陽だけでなく、ジェンの魔力により宝石のように輝く。
それを見た生徒らは、噴水の元へ集まって来る。ジェンは、それに気付いて人が乗れる大きさの鳥を創り、一人目、二人目を乗せる。
そして、彼女は最後に大きく波紋状に広がった水を上空に集め、非常に小さい水の粒にして集まった人々にそっと降り注いだ。なんとも心地よい冷たさである。
集まった人々は歓声を挙げる。ジェンは、宙から降りてアンネの元へ行く。
「凄いじゃない‼どうやったの?」
「そうですね…。内緒です。」
「えぇ…。じゃぁ、いつか教えて‼」
「勿論。」
すると、学校の教師がジェンの元に来て―
「ジェンレヴィさん。…学校長がお呼びです。」
「は、はい。」
ジェンはアンネと共に、教師の案内で校長室へと向かった。部屋の前でアンネは待つ事にし、ジェンは校長室へと入った。
「失礼します。」
「忙しい所、悪いのう…。ジェンレヴィくん。」
「?どうして、私の名前を。」
「いやはや、お前さんの噴水の芸術を見て、誰なのかと秘書に頼んで聞いたのじゃ。」
「あ、ありがとうございます。」
「そこで、聞きたい事がある。お前さんのその魔法は、どこで覚えたんじゃ?」
言われてみればそうだ。先程、ジェンは無意識に行っていた。どう説明して良いか分からず、正直にいう事にした。
「分かりません。…けど、あれは無意識に出来ていたんです。突然、思い出したと言うべきでしょうか…。どう説明して良いか、分かりません。」
「そうか…。そんなに畏まらなくても良い。ただ、儂は是非と思っているじゃが…年末に行われる大会があるんだ。その大会に、一学年代表としてジェンレヴィくんをつけようと思っておる。」
「えぇ⁈で、ですが、私はまだ…。」
「大丈夫じゃ。試合は三対三の形式で戦う。そこでは、仲間の信頼と己の努力が試される。」
「あ、あの校長先生。どうして、私を?」
「…今語ってしまえば、お前さんを混乱させてしまうじゃろう。だが、お前さんは人々を導く才を持っておる。これが、儂の決め手じゃ。」
数分話して、ジェンは校長室を後にする。待っていたアンネは、彼女の元へ行く。
「ジェン。どうだった?」
「お説教ではありませんでした。ただ、年末に行われる大会の一学年代表選手として抜擢されたんです。」
「えぇ、本当⁈」
「でも、私一人ではなく…あと、二人必要なんです。どうしましょう。」
「なるほど…。」
アンネがわずかに微笑んでいる。それを見たジェンは、彼女にどうしたのかと尋ねると―
「ジェン。私、その試合に乗るわ。」
「ア、アンネ⁈」
アンネが年末に行われる大会、通称・年末大会に出場すると言った事に、ジェンは驚いてしまった。
「だって、折角の友達なのに一緒に試合出ないなんて嫌よ。それに、自分がどこまでの技量なのかも知りたい。」
彼女がそう言うとジェンは、確かに、と納得する。
「私も自己流で魔法や剣術を習っていたので、癖もあるでしょうし…直さなければいけませんね。」
「そうね。……けど、他にも回っていない所もあるし、歩きながら考えよっか。」
「そうですね。では、行きましょうか。」
二人は学校を回り終えると、丁度夕食を知らせる鐘の音が響く。二人は、食堂へ向かう。
食堂は、思っているよりもとても広い定食やバイキングを楽しむ事が出来る。ジェンは、ミネストローネ定食(ミネストローネと小分けされたパン)を頼み、アンネは、エビピラフ定食(エビピラフとサラダに玉ねぎスープ)を頼み、向かい合って席に座る。
「ジェンは、ミネストローネが好きなの?」
「はい。他の食べ物の中で、一番です。カレーやクラムチャウダーも好きですが…。アンネは、エビピラフが好きなのですか?」
「うん。何といっても、このエビのプリプリ感が良いのよ。ナイツァノ王国産だし、とても新鮮で味が良いんだよね。」
「?ナイツァノ王国…どんな国なのですか?」
「ジェン、知らないの?」
アンネは、当然知っているんじゃないの?と思って言うが、ジェンはこう話す。
「実は、その…七歳以前の記憶が喪失してしまいまして…この通り、何もかもが初めてなんです。」
「そ、そうだったのね。ごめんね。」
「アンネが謝る必要はありませんよ。」
「あ、ありがとう。」
「…ところで、そのナイツァノ王国とは、どんな場所なのですか?」
「えっとね。ナイツァノ王国は―」
ナイツァノ王国…エルシィーダンから東にある『ラフィンナ運河』を越えた先に栄える国で、海の幸と山の幸に恵まれている。また、『侍の国』とも呼ばれ文化などが他の国にないものばかりらしい。王都にある桜の木は、全てナイツァノ王国がエルシィーダンとの友好関係の証として贈られたもの。
「そうなんですか。一度、見てみたいものです。」
「私も思っていたの。エルシィーダンと同じ、平和な国づくりを目指しているの。」
「まさに、意気投合ですね。」
しかし、アンネは表情を曇らせる。
「けど、今は異獣のせいで王都から出れない事が多い…。」
「確かにそうです。稀に、第一壁に来る事もありますし、対応はしていると思いますが……。」
「……あ~ぁ、暗い話はやめ!楽しい話をしよ!」
「はい。」
ジェンとアンネは、お互いの事を話し始めた。ジェンは、五月五日が誕生日で趣味は読書、魔導騎士を目指している。アンネは、三月十四日が誕生日で趣味は幼い時から教わっている薙刀であり、杖騎士を目指している。
二人は食事を済ませて部屋に戻り、風呂を済ませてベッドに横になって話をしていた。
「あの、そう言えば、何故…アンネはこの学校に入ったのですか?」
「ちゃんと理由はあるよ。……お母さんの敵を討つ為、異獣を倒す為…。」
ジェンは、アンネの瞳の奥に何かしら悲しい過去があると、感じた。
「そうなんですね。」
「ジェンは?」
「私は、幼い時から魔導騎士になると決めていたそうです。人々を助けたい事とおじいちゃんの願いを叶える事です。」
「そうなんだね。……それで、話を変えちゃうけど、明日は早速授業があるんだよね?」
「はい。プリントに書いてあった通りだと思います。まずは、個々の魔法の確認と言う所からだそうです。なので、魔法道具を持っていくのでしょう。」
「そうだったわね。私は、光と風しか使えていないけど…ジェンは?」
「お婆ちゃんに聞けば、六歳辺りまでには全属性を使っていたと聞きます。」
「えぇ⁈」
アンネは驚いた。彼女を含んだ生徒らは、せいぜい二つか三つであろう。ジェンの場合、もう例外なのかもしれない、いや、そうだ。
「はい…。それも、異常な速さだったと。」
「す、凄いわね。」
アンネは驚くが、ジェンは少し難しい顔をする。
「ですが、記憶を亡くした今は何を使っていたのかも覚えていません。技術が高い魔法をこなしているかもしれませんが、万が一の事を考えると難しいです。」
「でも、どうして?」
「え?」
「いや、その、失礼だと思うけど…どうして記憶が無いのかなって。記憶喪失って架空の話かと思っていたから…。」
実際に記憶喪失は、何らかの事で脳に大きなダメージを受け、「解離」を起こしてしまうのだ。
「確かに、記憶喪失は誰にも予想がつきませんし…まして、自分が自分を知らないと言う事に最初は困惑と怒りが複雑に起きていました。でも、今の家族がいたからこそ、今の自分がいるんです。少しは思い出してきましたし。」
「でも、まだ分からない部分があるんでしょ?私も、ジェンの記憶を取り戻す手伝いをするよ!」
「アンネ…。ど、どうしてそんな率直に…。」
誰も思う。こんな直ぐに「協力する」などと言うものは稀、いや、完全にゼロに近い。ジェンは、アンネが無理していると思い何かを言おうとしたが、アンネはこう話した。
「私…何となくと言うか…。ジェンと、一緒に分かち合いたいの。ジェンが記憶を失った辛さ、私はお母さんを失った辛さ…。」
アンネも辛い思いを抱いているのですね。とジェンは思った。
そして、アンネはジェンに、自身の過去を語り始めた。それと同時に、彼女は言葉を紡ぐごとに震えが来ていた。
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アンネが七歳の頃…当時は、優しく白い髪が美しい母と勇ましく男らしい金髪の父の三人で一軒家で暮らしていた。両親からたっぷりの愛情を貰い、アンネは笑顔が絶えなかった少女だった。
しかし、ある日の夜、外は雨が降っていた時の事…。アンネはスヤスヤと寝ていたが、一回で激しい物音により目を覚ましてしまう。
あれ?お父さん、お母さん。どこにいるの?
と思ったアンネは、肌寒さをしのぐために上着を羽織り、お気に入りだった猫のぬいぐるみを抱えて忍び足で一階へと降りて行く。ばれない様にゆっくりと覗いてみると―
……っ‼
アンネは驚いた。四人の見知らぬ男が家内に侵入し、アンネの両親にナイフを向けている。彼女の両親は、男たちを外へ出そうと奮闘するのだが…。
「てめぇ、女のくせに生意気な!これでも喰らえ‼」
「きゃぁぁぁぁ‼」
「ヘンリィー‼」
アンネの母は「ヘンリ」と言う。彼女の首を掴んだ男は、強力な炎の魔法を発動させ、彼女を焼き尽くして骨だけにしてしまった。骨は、ゴトゴトと床に落ちて行く。
お母さん‼
アンネはその瞬間を見てしまい、ショックで頭が真っ白になる。しかし、それよりも母・ヘンリを殺した男とその仲間に対する恨みが一気に込み上げ、すぐさま寝室へ行き母が使っていた杖を手にして、再び降りて突撃する。
アンネは、無意識に杖の宝玉を三つの薙刀に変形させていた。
「うわぁぁぁぁぁ‼」
アンネは、あっと言う間に男たちを殺害してしまった。その後、自警団によって調査を受けたアンネは「正当防衛による無罪」となった。
だが、アンネは周囲から遠ざかれるような存在となり、笑顔も消え、服装も変えてしまう程になった。酷い時は、同世代からいじめを受けた事もあり通っていた学び舎で問題となった。
――――――――――――
「そうだったんですね。あまりにも辛い事です。」
「お父さんは、お母さんを守れなかった事に対して、凄く悔やんでいた。私が悪いのに、一生懸命に育ててくれた。」
「……私は、アンネのその気持ちはよく分かります。私も両親を亡くしてしまった事に、辛い思いをしました。きっと、私たちなら分かりあえるはずです。」
「ジェン。あ、ありがとう。うぅぅ…。」
アンネは思わず涙を流し、ジェンに飛びつき抱きしめた。ジェンは、彼女を優しく抱きしめ、頭を優しく撫でた。
“今まで、さぞ辛い思いをして来たのでしょう。私は、アンネの事は大切な友達です…いや、生涯の友です”
とジェンは思い、彼女を和ませた。この事がきっかけでアンネは、徐々に心を開かせてゆく事となる。そして、もう一人の友人が仲間となる時が迫りつつあった。