第二十四夜 突然のピンチ⁈
ジェンが持久力の運動を年末大会までに取り入れる事に、アンネとソルは驚いてしまった。
「大丈夫ですよ。慣れてくれば、二周や三周と増やして行けます。自分に合わせたペースで走れば、少しずつ慣れて来て楽に走れるようになりますよ。」
アンネとソルはジェンの説明に「なるほど」と同時に「地獄だ」と思った。その後、シーガと合流し、夕食を摂る事にした。
「持久走は良いかもね。でも、吸血鬼は持久力とか体の強靭さは人間以上だし…どうすれば良いんだ?」
シーガはジェンにそう言うと、彼女は一つの案を出す。
「それなら、稽古で持久力を伴う運動を取り入れます。明日の放課後、予定が無ければ来ても良いですよ。」
「本当‼やったぁ!」
シーガは笑顔で喜んだ。アンネとソルは「持久走は覚悟しよう」と互いに思っていた…かもしれない。それから、放課後は彼らの鍛錬の時間となり、アンネとソルは持久走を、ジェンとシーガは稽古をする。
「持久走って…意外としんどいな…。」
ソルは隣で走っているアンネに話をする。
「そうね…はぁ…。でも、最初の頃よりは良くなっていない?」
「あぁ。ジェンは流石だぜ…。」
「ちゃんと考えてくれているのが、何か、凄い。」
訓練所ではジェンはシーガのコーチの様な役割で、彼を鍛える。今、行っているのはシーガが前に進みながら神器を器用に振るい、ジェンはそれを短剣で受け止める。そして、ジェンは頃合いでシーガに向かって進む。シーガは後ろに下がりながら連続で大鎌を振るう。
「よし!シーガ、良い調子です。」
「ふぅ…これは良い運動になりそうだね。」
「良かったです。この運動の速さを徐々に増して行きます。そうする事により、両者の体力が上がる。まさに、一石二鳥です‼」
そして、ジェンは持久走の後に、休憩していたアンネとソルにもシーガと同じ様な事を教える。二人は体力が限界まで近くなっているが、ジェンは応援をして無理させない程度でやめにする。
「ジェン、何周走って来たの?」
「七周です。」
『えぇ⁈』
アンネ、ソル、シーガはジェンの持久力に驚く。確かに、大きい校内を走るのにはせめて二分が最速であるが…ジェンは二分以内に一周を走っているのだ。
基本的に女子は、男子よりも一、二周少なく走り切る。だが、彼らは知らない…ジェンはその枠に当てはまらない事を…。
「馬鹿体力じゃねぇか⁈」
ソルは驚いて言う。確かに言うまでもないが…。
「そうでしょうか?小さい時から息切れは少ない方でしたし…。」
彼女はスタイルもそこそこ良い。ガッチリでもなく、ガリでない…。「何故、そんなに体力があるのだろう」…三人は同時に思った。彼女の謎がまた深まってしまった様だ…。
そして、本番まであと五週間となった。
二、三年の先輩もジェンの持久力向上運動を元に鍛え始めた。アンネはこれまで五周、ソルは七周を走り切っている。シーガも試しに走ると、八周を走り切った様だ。最初は先輩たちも持久走を始めて走ったアンネとソルと同じ状況だったが、徐々に走る長さが変わって行った。
持久走をしている者たちを見て、生徒らもいつしか運動の一種として取り入れ、暇つぶしの運動として盛んとなった。
「凄いな。皆の間でも、持久走が流行っているな。」
「そうみたいね。」
アンネとソルはそう話していたが、なぜかそこにジェンの姿が無かった。
「ジェン…大丈夫かな?」
「シーガが看病しているから大丈夫さ。でも、あの時は酷いと思ったけどな…。」
ついこの間、大事件ではないが…惨事が起きた。
二週間前、ジェン、アンネ、ソルは何人かの生徒に持久走のコツなどを教えていた。そして、ジェンは教え終えた後、休憩所にしている訓練所へ向かうと―
「お前、体力少なすぎ!」
「ヒョロヒョロ野郎!」
三人の男子生徒が一人の男子にからかいを掛けていた。
「うるさい!」
からかわれ腹が立ったのか男子生徒は怒った。すると―
「何だと?俺に、歯向かうのか⁈あぁ?」
三人の中でリーダー的男子がからかわれた生徒の胸ぐらを掴んだ。そして―
《ドカっ!》
ひ、酷いです!止めないと‼
ジェンは即座に行動した。殴られた少年は直ぐに立ち上がるが、直後、蹴られて地面へ倒れてしまう。
「上手く走れなくて、何が悪いんだよ!」
蹴られてもその少年は勇気をもって、暴力をせずに立ち向かう。しかし、リーダー的男子はイラついていた。
「うるせぇ!てめぇは死ねぇぇ‼」
リーダー的男子は鞘から短剣を抜き、からかわれた少年へ突きを出した。「やられる!」…殴られ、蹴られた少年は思い、目を瞑ったが…。
《グサッ‼》
目を瞑った少年はゆっくり、目を開けると…前に彼女、ジェンの姿があり、短剣が貫かれて出血していた。
「……っ‼」
リーダー的男子は刺してしまった事に恐れをなし、短剣を引いた。と、その時!
「……うわぁぁぁぁ‼」
ジェンは、今までにない激痛を感じた。傷は、左鎖骨にある聖痕を二つに斬るかのように負っていた。彼女は、これまでにない激痛と共に苦しみが襲って来た。
何ですか?……この苦しさ…、何で―
ジェンは、意識が朦朧して倒れてしまう。
「ジェンさん‼」
そして、アンネ、ソル、シーガは現場に駆け付け、ジェンを学校内の保健所へ行き応急処置や治癒の魔法での治療を行った。具合は何とか少しは回復したが、生徒らはあのリーダー的男子に問い詰めていた。
シーガは、その少年をしばらく自警団の元へ預からせる事にし、生徒たちに「誰かを問い詰めるのは辞めよう。お前たちには今やるべき事があるだろ」と言った。生徒らは、虐め被害に遭った少年を支えていた。
しかし、大変なのはここからだった。ジェンはたった二週間の間で、今まで以上に体力は減少し、ベッドから起きるのも困難な状況だった。シーガは、リティにその事を手紙で報告した。
「ジェンちゃん、大丈夫か?」
シーガは、目を覚ましたジェンに話す。
「うん…。でも、力が出ません。それに、わずかですが痛みを感じます。」
「そうか…。それでさ。この事をリティちゃんに頼んでみたんだ。返事に寄れば、女王様も来る様だ。」
「女王様もですか?何と…。」
ジェンは驚きもあったが、わざわざ来てもらう事に申し訳ないと思う。すると、丁度そこへ…。
「シーガさん!」
「あ、リティちゃん。…ナシィーちゃん!」
ジェンは、ベッドから見る。エルシィーダン第五十代女王・ナシィー…まるで女神のような優しさのある雰囲気の女性だった。
「シーガ君、いつもありがとうね。」
「いえいえ、ナシィーちゃん。…それで、ジェンちゃんの事で何か知っているのですか?」
シーガの言葉にジェンも反応する。自分の事を知っている人物…それは、まだ蘇らない記憶の手がかりになるかもしれない…そう思ったのだ。
「ジェン。」
「…っ!はい。」
ジェンは体を起こそうとするが、リティに「無理しないで、そのままで聞いて。」と言い、ジェンを横にさせる。
「貴方は、六年前…フィーメ町で大変な目に遭ったのです。」
「フィーメ町?」
「記憶に残っていないかもしれませんが、順を追って話します。」
ジェンが生まれたのは、フィーメ町の長の家系。兄妹がおり、姉、兄の後に生まれた中間子である。成長をすると共に、魔法や体力、勉学にも早くに打ち込んで身に付けた。
そして、弟、妹が生まれ、幸せな日々を送っていた。しかし、彼女が七歳の頃…突如、ある集団に襲われ家族はバラバラになり…両親は殺された。
「はい。その事は曖昧ですが、記憶に残っている事もあります。後は祖母が話してくれて助かりました。」
「良かった。…ジェン、貴方は覚醒の魔法を使えているのでは?」
ナシィーの言葉にジェンは首を傾げた。聞いた事あるようで、無いような…。
「覚醒の魔法…どう言う物なんですか?」
「…それは、神如くの力…。幾度、この世界を滅ぼさんとする大いなる敵を打ち破る魔法…。しかし、それは選ばれし者だけが手にする力で、王家の先祖であるレオ様、そして…貴女の先祖のライリー様です。」
「え?…私の先祖が、ライリーさん…。」
「混乱を招いてすみません。ですが、ライリーの子孫は特徴があるのです。瑠璃色の瞳、絹の如く白き髪…さらに、並外れた体力と魔力に…金剛のペンダント、宝剣を持ち…そして、神獣・ユニサスへ変化すると言われています。」
ジェンは混乱を抑えつつも「ユニサスとは、一体何ですか」と問う。ナシィーは言った。
「一角獣、天馬の両方の血筋を持つ滅多にいない動物です。ライリーの家系で最もその血が濃く、使うに相応しいとラーフ様に選ばれる者のみ…。」
「それが、ジェンちゃんと言う事ですか?」
シーガがそう言うと、ナシィーは頷く。しかし、ジェンは混乱するばかりであった。どうして、私がライリーの子孫だと言えるのだろうか…と。




