第十一夜 楽しい夏へ
ある日の昼休みの事、食堂で小さな事件が起きた。何と、ソルの魔導書がボロボロになってしまったのだ。ジェンは、正しい武器選びが出来ていなかったと考えた。
「ソル、早速買いに行きましょうか。」
「えぇ⁈」
「大丈夫だって。この間、私が買って来たんだから。」
「まぁ、魔導書と杖を買う金はあるから、良いっか!」
三人は早速、魔導書・杖屋へと向かった。店内に入り、ソルは魔導書を探し始めた。が、彼は魔導書に触れる度に「トゲトゲした」や「ヌメヌメした」などを言って機嫌を悪くしていた。
「ジェン、ソルの反応…わざとじゃないよね?」
「えぇ、相性が合わないって事です。」
「はっきり言っちゃった…。」
ソルは相性が良いものが見つからず、悩んでいた時―
《我が主よ…。》
「え?」
ソルは、ジェンの言っていた自分にしか聞こえない聲が聞こえた。彼は、聲のする方へと向かう。辿り着いたのは、魔導書ではなく杖で、アンネと同じデザインの藍玉の宝玉であった。
「なぁ、これって…。」
「ソルは、杖騎士に相応しいと言う証拠です。」
ジェンの言葉にソルは武術などを心配するが、アンネは笑顔で言う。
「大丈夫!私に任せてよ!教えてあげるから。」
「鞘作りは、私に任せてください。」
「あ、ありがとうな。」
ソルは、照れながらも杖を買った。三人は店を出て、しばらく歩いていると広場で何かが起きていた。ジェン、アンネ、ソルはすぐさま駆けつけた。
「何があったのですか?」
ジェンは町の人に話を聞くと、「広場に不気味なものがいる」と発言した。三人は、人混みを掻い潜って広場へ行くと、広場の噴水の頂上に闇の魔力が集まったかのような黒い靄があった。
この気配は…どこかで…。
ジェンはそう思いつつ、光防御を展開し、短剣を抜刀して構える。アンネは三刃薙刀を、ソルは杖を構える。すると、靄から三匹の一m程度の化け物が出て来た。異獣とは言い難く、ましてやミイラとも言えない者であった。
「何よ、あれ…。」
「見た事も無いバケモンだな…。」
「とにかく、町の人の為に…行きますよ‼」
『おう!』
三人は化け物へと立ち向かう。まだ、戦闘能力が備わっていなかったのか…化け物はいとも簡単に討伐され、消えて行った。靄も同時に跡形もなく、消えた。
その後、自警団が駆けつけ、三人と目撃した人たちは現場で事情徴収となった。
「町の人たちに被害はなった様だけど、三人は怪我は無い?」
駆けつけたシーガは三人の無事を確認する。ジェンは、彼に言う。
「はい。この通り、無事です。」
「でも、目撃者に寄れば…黒い靄があったと言っていたけど。」
「それが、黒い靄から化け物が三匹出て来たわ。まぁ、戦闘能力がなかったから簡単に倒せたけど。」
アンネは、シーガにそう説明した。ソルは、話の話題を変えてシーガに質問する。
「なぁ、シーガ。自警団の団長さんは?」
「それが、この所なかなか姿を出してくれないんだ。ナイト君、久しぶりに会いたかったのになぁ。」
シーガの言う事に、ジェンは推測して言う。
「もしかしたら、年末大会に向けて稽古をしているのかもしれません。リティ王女に寄れば、年末大会の決勝戦で出場するようです。」
「そうなんだ。でも、王子が団長とか務めて良いの?」
シーガの質問に、ソルは答える。
「法律には、そんなのないんだ。と言うよりも、本人の希望なんだ。リティちゃんも最近会っていなくて、ナイト君の事を聞くと切なそうだったから、追及はしていないけど…。」
「なるほど…。それで、リティ王女は私にナイト王子を救って欲しいと託したのですね。」
ジェンの発言にアンネ、シーガ、ソルは納得する。が、その直後に大変な事が起きた。
シーガの周囲に女子たちが集まり始めたのだ。彼は、「自警団のアイドル」と称され、女子の憧れの的となった。
ジェン、アンネ、ソルは彼を囲む女子たちから抜け出す。
「ふぅ…。」
「シーガも大変ですね。ソルもイケメンと言っておりましたし…無理もありません。」
「おい、俺がそう言った事…いつ聞いたんだよ。」
「えっと、小耳に挟んだだけです。」
「お前、地獄耳なんだな…。」
「そうでしょうか?」
これも無自覚って、ジェンはどんな考えをしているのかしら…。とアンネは少し困った。
三人は、シーガと別れて急いで学校へと向かった。授業を終え、放課後となり一〇三号室にて話し合っていた。
「異獣とは異なりますが、同類のものが出て来るとは正直、この夏は心配です。」
「あと、夏休み明けは第一壁と第二壁の見学だろ。何とか、平和を保って欲しいな。」
「噂では、結界が弱まっているって聞いたから。その原因とか、突き止めたいわね。」
「アンネの言う事に、私は賛成です。何か、原因はあるはずです。」
すると、ドアのノック音が聞こえる。アンネはそっと開けると、シーガの姿があった。
「シーガ君!」
「皆、聞いて欲しい事があるんだ。」
シーガは部屋に入り、座卓に資料を広げた。彼は説明を始めた。
「昼に起きた事件の事だが、あの化け物はヴィルハン王国から送られたものだ。」
『ヴィルハン王国』。エルシィーダンから南に位置する王国で、古から邪悪な竜が現れる場所として紡がれている。それを監視する役目を持っていたが、最近は王族に対して脅迫文の様な手紙を送りつけると言う悪事を働いている。
「どうして、分かったの?」
「実は、ビルフ家、ブライリ家、ビュウター家の判断魔法(以後、判断)で判明されたんだ。四大公家は、真実しか言わないからな。この間、商人が山賊に襲われた件でも…犯人の出身はヴィルハン王国だった。」
「なるほどね。」
「奴らの狙いは…何なんだ?」
ジェンはその後、アンネと共に工房室にいた。ジェンは、ソルの為に鞘作りに専念していた。実は、校長からの許可をもらっていたのだ。ジェンは金属の工程を、アンネはソルの鞘に使われる布を切って裁縫をしていた。
「ジェン。」
「どうしましたか?」
「そう言えば、お父さんやお母さんの事…何か思い出した?」
「いいえ。声は思い出せるのですが、顔はなかなか思い出せません。余程、過去に辛い思いをして来たのでしょうか?」
「そうなの?」
「ずっと前に、記憶喪失に関する事を調べていたんです。本には、脳に衝撃的な事だったり、今までにない出来事が起こってしまったりすると、脳にかなりの影響を及ぼすようです。その事で記憶を失うみたいです。他には、二重人格と言われるのもあるそうです。」
「二重人格?」
「はい。一人の人間に対を成す二つの人格を持っているんです。最近はあまりないのですが、この学校に来る前は時々、その症状が起きていました。」
アンネはその事を聞いて、衝撃を受けた。と言うよりも、当然だったのかもしれない。ジェンの過去やまだ知らない部分があるのだから…。
「そうなの?」
アンネは恐る恐るそう質問すると、ジェンは答えた。
「はい。今はこの通り…敬語ですが、以前は敬語が外れたり、暴力的な発言をした事もありました。」
今のジェンからは、とても考えられないわ…。
アンネは彼女には訳があることは分かっていたが、これ程とは思っていなかった。
数時間後、彼らは食堂にて夕食を食べる事にした。シーガも来ており、四人で話し合っていた。
「実は、牢屋にいるヴィルハンの奴らからこんな事を聞かれた。」
「シーガ君に?」
「あぁ。…六年前の事件の生き残りを知らないかって。」
「六年前、ある一族が滅んだって言う事件か?」
「その事に心当たりがあると思ったが、目的が少し矛盾点があるんだ。」
「矛盾?どういう事ですか?」
ジェンは質問すると、シーガは答える。
「それが、白髪で瑠璃色の瞳を持つ少女を探しているって言うんだ。でも、何でアンネを狙ったりしたんだ?」
「多分だと思うけど、私のお母さんがフィーメ家だったからじゃないかな。」
「そうなんだが…、白髪と言う点で矛盾が生じているんだ。もしかすると、陽動かもしれないと思うんだ…。……まぁ、あとは先輩たちに託す事にしたんだ。暗い話をして、ごめんね。」
「いいえ。大丈夫です。」
「謝らなくて、良いぜ。」
「そうよ。重要な話はちゃんと聞いているよ。」
「ありがとう。」
シーガはそう言いパスタをフォークで絡め取り―
「はい、アンネちゃん。あーん!」
「えぇ⁈」
「おすそ分けだよ。」
シーガはそう言うも、アンネは拒む。その光景を見ていたジェンとソルは、見てないふりをして話し合っていた。
「ソルは、この夏…不安ですか?」
「ま、まぁ、はっきりとは言えないが、嫌な予感はする。それと、新聞を見たか?」
「はい。ビルフ家のご長男さんが行方が分からなくなっていると…。」
「夏休みに嫌な予感があの記事と関連しそうで、不安だ。」
「ソルがそう言うなら、私たちは気をつけなければいけませんね。出来る事だけでも、王都を守りたいです。」
「俺も、同じ気持ちだ。」
ソルはそう言うと、ジェンは微笑んでアンネとシーガの方に視線を向けて言う。
「…そう言えば、シーガが行っている行動は何ですか?」
「ジェ、ジェン⁈今は、二人に話しかけるな。」
「そ、そうなんですか?」
「良いか。あー言うのは、見守ってやるのが一番だ。見てないふりをしていた方が良い!」
ソルは、ジェンの天然発言に慌てて説明をした。
その日の夜。ナイトは、ベッドへ横になっていた。光を持たない瞳は、ただ国王となる日を待つだけだった。その時、突如…金縛りにあった。
何だ?……普通の金縛りと違うぞ!とナイトは目を閉じたままでも思う。
『ナイトアル・エルシィーダン…お前は愚かだな。』
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
ナイトはその瞬間、目を覚ましてベッドから勢いよく上体を起こした。夢と思われていたが、この先で悪夢となり…真実となるのである。
数日後、ジェン、アンネ、ソルは夏休み前の課題を見事にクリアし、待ちに待った夏休みが来た。
「やっほー!夏休みだぁ‼」
ソルは、とても喜んだ。ジェンも、アンネも楽しい夏休みを心待ちにしていた。
ジェン、アンネ、シーガ、ソルは、ジェンの自宅へと向かっていた。クラッドとアイカの約束もあったが、アレックスとフィノが特別に止まる事を許可したのだ。
その数十分前、四人はアンネの家にいる父・ロッソニの元へ訪れていた。
「アンネ、良い友達が出来て良かったな。」
「お父さん。あのね、お母さんのお兄さんの娘さんを紹介するね!」
アンネは、ジェンを紹介した。ロッソニは最初は驚いたが、ジェンを見てこう言う。
「何よりも無事で良かった。こんな綺麗で勇ましい姿になられるとは…。」
「いいえ。…それに、アンネがずっと探していた彼も…ここにいます。」
ジェンは、シーガの事もロッソニに話した。シーガは、ロッソニに「あの事件以降、犯人を捕らえたりしたが、犯人の仲間がまだいるのではないかと思い、アンネを見守っていた」と話した。
「無事で良かった。シーガ、お前は家族の一員だ。」
「ありがとう、小父さん。それに、ジェンちゃん、アンネちゃん、ソル君は…俺の大切な仲間だよ!」
シーガの言う事にロッソニは、微笑んでから後ろにいるソルを呼んだ。
「ジェンさん、ソル君。」
『はい!』
「アンネとシーガを支えてくれて、ありがとうな。これからも、よろしく頼みます。」
「勿論ですよ。なぁ、ジェン。」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
だが、楽しみにしていた夏は始まると同時に…闇が、影が迫って来るのであった。