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慎之介斬人帳  作者: 伊右衛門
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第二話~浪人~

慎之介はぼんやりとそんな事を考えながら蓮の後ろを歩く。


慎之介の目は何となく前を歩く蓮の尻を見ている。幼い頃から剣術に熱中していただけあった蓮の尻はよく引き締まっている。よく引き締まっているが年頃の娘の尻の様な柔らかさは無い。つまり色気が足りないのだ。この頃の女性は一般的に十四から十六ぐらいまでには嫁に行く。十七となると遅く二十越えれば年増と呼ばれる時代である。慎之介より一つ年上の蓮は薹が立ったと云われる年だ。しかし、そんな蓮でもその変わったところがいいのか、今でも年に一、二度ぐらいは輿入れの話が来るそうだ。世の中には物好きがいる者だ。こんな色気も何も無い女のどこがいいのか?剣の腕を自慢する蓮を押し倒し屈服させたいのだろうか?・・・想像してみると案外楽しそうである。おそらくまだ未通女である蓮を押し倒し衣服を剥ぎ取り無理矢理己が逸物を突き立てる。男を知れば女は変わる。蓮の外見は美しい。案外、男を知ればいい女になるのかもしれない。


そんな事を考えていると邪気を感じたのか蓮が立ち止まる。


「・・・なにか?」


蓮の視線が慎之介を射抜く。


「・・・何でもない」


慎之介はすいと視線を反らして誤魔化す。


尚もじっと慎之介を睨んでいた蓮だが諦めたのか前を向き、再び歩き出す。


そんな蓮を追って慎之介も歩き出す。


しばらく歩いた時、慎之介の視界の端に黒い靄のようなモノが見えた。その黒い靄は空をたなびき蓮の周囲を漂い始める。蓮は黒い靄に全く気付いていない。歩調にも乱れは無い。慎之介は黙って黒い靄の出所を探る。しばらく歩いた先、道の左側に欅の大木が立っている。木陰で一休みしたり急な雨の時に雨宿りするのに調度いい大木だ。その大木の影から黒い靄が漂ってきている。


慎之介は素知らぬ顔で蓮の隣に付く。蓮が少し嫌な顔をした。慎之介が左に並んだからだ。通常、刀は左腰に差す。左側に並ばれると刀を抜いた時に斬る事が出来ない。無論、左に付いた敵を斬る技もあるがどうしても一拍遅れる。だから左に並ばれると何となく不安なのだ。


「なにか?」


蓮が隣に並んだ慎之介を見る。


「いや」


そう云って慎之介は黙る。顔は正面を向き表情も変わっていない。しかし、それでも蓮は何かを察したようだ。蓮も黙って歩いていく。


あと少しで大木という所で大木の影から一人の浪人が姿を現した。


その姿を見て慎之介が立ち止まり蓮も立ち止まる。慎之介はぼんやりとした顔でこの浪人を見ている。尾羽打ち枯らした浪人では無い。割合にいい着物を着た浪人である。目の奥が鈍く炯っている。辻斬りかなと思うがそうでは無いだろう。慎之介は見るからに浪人で蓮は近付かねば若侍に見える筈だ。辻斬りなら商人を狙うだろう。いや、やっぱり辻斬りかもしれないなと思い直す。人を斬るのは面白い物だ。それに溺れる者がいる。


ちらりと隣に立つ蓮の顔を見る。蓮も浪人を見ているが訝しげな表情だ。どうやら知り合いでは無いらしい。ひょっとしたら蓮にこっぴどく振られた男なら面白いと思ったのだがそうでは無いようだ。


浪人がゆらりゆらりとこちらに向かって歩いてくる。それを見て蓮が少し下がった。


「おい」


「お任せします」


涼しい顔で蓮が言い放つ。


ちぇ、内心で舌打ちをする。


蓮から視線を浪人に戻す。もちろん視線を外している間も注意は向けている。


浪人の顔が軽く歪んでいる。笑っているのだ。笑いながら浪人が歩き始める。歩きながら刀を抜いた。


ほう、隣から蓮の声が聞こえる。動きの最中に刀を抜くのは難しい事だ。それをした浪人に感心したのだろう。


まったく、慎之介は内心で毒づく。


慎之介も刀を抜く。振りかぶったりせずにだらりと刀を下げている。やや左足を前に出し軽い半身のような姿勢になる。抜いた刀は慎之介の肉体に隠れ相手からは見えていないだろう。近付いてきた相手の刀が凄まじい速度で降り下ろされる。移動する力を刀に乗せた素晴らしい一撃だった。しかしその刀は空を斬る。凄まじい速度も素晴らしい一撃も慎之介には関係無かった。慎之介は軽く左足を引いたのだ。それによって斜めになっていた慎之介の肉体が相手に正対する。相手の一撃は慎之介の眼前を過ぎ去っただけだ。いつの間にか左側に回っていた刀を慎之介が薙ぎ払う。そのまま、すたすた慎之介は蓮の元に歩いていく。慎之介が数歩、歩いた所で浪人の肉体が揺れ始める。正確には揺れる頭に合わせて全身が揺れているのだ。


ぶわぁっ


浪人の首から音を立てて血が吹き出す。吹き出した血に押し出されるように首が胴体から跳んでいく。


「すごい」


蓮がうっとりとしたような声を出す。なかなか艶っぽい声だ。蓮が吹き飛ぶ首に目を奪われる。その横で慎之介は刀を確認し皮布で刀身をごしごし擦る。刀は折れるし刃こぼれもする。幾人も斬れば研ぎに出さなくてはいけなくなる。研ぐのには金がかかる。それで皮布でごしごし擦り血脂を削ぎ落とす。こうすれば少しは刀の寿命が延びる。節約である。


慎之介はゆっくりと鞘に刀を納める。


まだびくびくと痙攣している浪人の死体を二人で眺める。こういった時に蓮は助かる。並みの女なら大騒ぎしているだろう。蓮は血を見ても首が飛ぶところを見ても騒いだりしない。


「どうしてあの様に斬れるのですか?」


小太刀の技は大雑把に云えば肉や血管を断つ技だ。骨を斬る事は難しい。蓮はそれを理解している。


「おれの刀は重ねが厚い。だからだ」


そう言って慎之介はようやく痙攣が収まった浪人の死体の足を掴む。そのまま死体を引き摺って川に放り込む。こうすれば海まで川の流れが死体を流してくれるだろう。もしどこかに引っ掛かっても死体が浪人であれば町奉行所は調べたりしない。そのまま放っておくだけだ。撥ね飛ばした首も川に投げ込む。


「わたしの剣とは違いますね」


蓮の剣は道場で習った正当な剣術だ。様々な技があり秘伝もあるのだろう。しかし慎之介の剣はただ振るうだけだ。だが、そこに込められた力と迅さが違う。幼い頃、慎之介が父から与えられた玩具は刀だった。まだ、四歳か五歳の時に真剣を与えられた。もちろん肉体に似合った長さと重さの刀だ。それを日がな一日中振るって慎之介は育った。成長に合わせ与えられる刀の長さと重さも増していった。今では二尺八寸の厚重ねの剛刀を使っている。


何事も無かったかの様に二人は歩いていく。慎之介はまた蓮の後ろを歩く。また蓮の尻を見ながら慎之介は考える。あの浪人は何者だったのだろうか?黒い靄は慎之介の目にしか写らない。それが所謂、殺気である事を知ったのはいつだっただろう?慎之介の目にはいつの頃からか殺気が黒い靄となって見えるようになっていた。あの浪人は蓮に殺気を向けていた。何故、蓮に殺気を向けていたのだろう?蓮とあの浪人は初対面であったようだ。もちろん、蓮が誤魔化している可能性はある。しかし、蓮は誤魔化してはいないと思う。何故、蓮を狙ったのだろう。蓮は編笠を被って男装している。近付いて顔を見なければ女とは分からない筈だ。あの浪人は蓮を男だと思っていた筈だ。蓮はすらりとして立ち姿が美しい。それで蓮を狙ったのだろうか?辻斬り相手を探していたあの浪人は歩いてくる美しい蓮を見た。それで刺激され蓮を斬ろうと思ったのだろうか?どうせ斬るなら美しい者を斬った方が気持ちいい。特に人斬りに酔っている者はそう考える。案外、それだけなのかもしれない。狂った世の中だ。そういった浪人がいてもおかしくない。


とにかく蓮に怪我が無くて良かった。慎之介は蓮が苦手ではあるが決して嫌ってはいないのだ。


この後、もう一話投稿する予定です。

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