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慎之介斬人帳  作者: 伊右衛門
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第一話~蓮~

お気楽な気持ちで読んでください。

二人の若者が川の畔を歩いてきた。やや長身の若い浪人の前をきちんとした身形の若者が歩いている。一見すると友人だがそうでは無い。浪人はいやいや若者に連れられているのだ。


はあ~


浪人は若者に悟られないようにこっそりため息を吐く。


浪人、結城 慎之介が借りている長屋に戻ると玄関前に編笠を被った若者が一人で立っていた。やや細身のすらりと若者である。若者の姿を見た慎之介はこっそり来た道を戻ろうとした。しかし、振り返ろうとした時にばっちり若者と目が合った。慎之介の方を怖い目でじっと睨んでいる。慎之介は諦めて部屋に向かった。


「いつも言っているが中で待っていてもらいたい」


戸を開けながら若者に何度目かの注意をする。玄関前に立たれると目立つ。それは困る。


「わたしが立っていても誰にも迷惑はかけていません」


若者が慎之介に反論する。その声は高く美しい。この若者は男装しているが女なのだ。羽織、袴を履き両刀をきちんと腰に差している。編笠を被っているので一見すると若い侍に見える。慎之介よりずっと侍らしい姿である。もしかすると中身も慎之介よりずっと侍らしいかもしれない。


「おれが迷惑なのだ」


そう云って部屋の中に入る。狭い部屋だ。だが、大抵の者は狭い部屋に暮らしている。浪人としてはかなりましな生活だろう。部屋も借りれず橋の下や朽ちたお堂、荒れ寺に暮らす浪人も多い。


慎之介に続いて女 お蓮も部屋に入ってくる。どっかとあぐらをかく慎之介に対しお蓮はきちんと正座する。


「お蓮さん」


そう呼ぶとお蓮の目が慎之介をきっと睨む。


この女はお蓮と呼ばれる事をひどく嫌う。


「では蓮、何用だ?」


これが慎之介のぎりぎりの妥協線だ。それが分かっているので蓮も慎之介を睨むのを止める。


「兄上がお呼びです」


それ以外で蓮がここに来る筈が無い。


「会えなかったと言ってくれ」


「会えました」


「会えたが会えなかったと言ってくれ」


「わたしに嘘を言えと?」


また蓮の目が慎之介を睨み始める。


「またぞろ厄介事だろう?」


「わたしは何も聞いてはおりません。慎之介殿を連れてこいと言われただけです」


「それが厄介事の証しだろう」


そうでなくては兄が蓮をここに寄越す訳が無いのだ。


慎之介は蓮が大の苦手だ。嫌いでは無いが苦手なのだ。蓮は男装してはいるがれっきとした女である。そんな女を一人暮らしの慎之介の所に使いに出す兄の気がしれない。兄は頭が固く口うるさい男なのだが蓮に関する事となるとどうも判断能力が鈍るようだ。


蓮は黙ってじっと慎之介を睨んでいる。なにも口は開かない。ただ黙って慎之介を睨んでいるだけだ。


慎之介はその目を見ないようにしているが視線は感じる。只でさえ鋭い蓮の視線なのだ。無視出来る訳が無い。


慎之介は黙って視線に耐えていたがやがてがっくりと首を落とした。


「分かった。行く」


そうしなければ蓮はいつまでも慎之介を睨んでいるだろう。


「それでは行きましょう」


蓮がさっと立ち上がる。


「すぐにか?」


「兄上は出来るだけ急ぐようにと言っておりました」


「・・・分かった」


慎之介ものろのろと立ち上がる。


「急いでください。また、兄上にお小言を言われますよ」


蓮はすでに玄関に立って慎之介を待っている。


「・・・分かっている」


やれやれと思いながら慎之介は部屋を出る。


ところで慎之介も蓮も兄と言っているがその意味合いは違う。慎之介が兄と言っているのは相手が実の兄だからだ。江戸で浪人をしていた父の長男が医師の元に養子に行った。神童として有名だった兄に医師が目を付けたのだ。兄が養子に行った医師の家では子が無かった。それで兄を跡継ぎとして養子に貰い受けたのだ。しかし、兄が養子に行って十数年後、医師の妻が懐妊した。すでに四十を越えてからの懐妊だった。医師も妻も驚いた。そうして生まれたのが蓮である。蓮からすれば兄と云っても義理の兄だ。もっとも慎之介が生まれる前に兄は養子になっているので蓮の方が一緒に過ごした期間はずっと永い筈だ。


年を取ってからの子供であった蓮はかなり甘やかされて育ってきた。養子である兄も実子である蓮に対しては強く言えない。だから蓮は自分の興味のある事に専念する事が出来た。すなわち剣術である。蓮は幼い頃から剣術を好む奇妙な娘だった。娘であれば人形や着物に興味を持つのだろうが蓮は刀に興味を持った。その輝きを美しいと思ったようだ。蓮は近所の剣術道場に入門した。女である蓮が入門出来たのは父親が近在で有名な医師であったからだろうがその後も続いたのは蓮の努力と才能だろう。剣術が好きなだけあって蓮の剣才はかなりの物だった。特に小太刀の技では誰も敵わなかった。天性の素質があった。蓮が年頃になった時には蓮を嫁にと望む物好きもいたそうだが、蓮は自分より弱い相手の嫁になる気はさらさら無かった。蓮が男装して出歩くようになった時に蓮の両親は蓮を嫁にやるのを諦めた。幸い、財もあるし後継者もいる。可愛い一人娘の好きにさせる事にしたのだ。それから蓮はますます剣にのめり込んでいった。今では江戸広しと云っても蓮に勝てる相手はそうはいない。それほどの腕になっていた。


一方、慎之介の方は真逆であった。代々続いた浪人の家で食うや食わずの生活だった。貧乏人の子沢山とはよく云ったもので慎之介の家も十二人兄弟であった。その一番上の兄が蓮の父の元に養子にいったのだ。十二人兄弟と子沢山であったが奇妙な事に兄と慎之介以外は全員が女であった。幸いな事に娘たちは眉目秀麗であったので次々と嫁に貰われていった。多産の母から生まれた娘は多産であろうとの思いもあったのだろう。姉たちは貰われていった家でぽこぽこと子を産んでみせた。それで残った娘も無事嫁に行く事が出来た。問題は末っ子である慎之介だ。家督を継ぐといっても浪人の家では家督もなにもあった物では無い。かといって長男のような才を待たない慎之介に養子の話は無い。結局、慎之介は父から刀の振り方だけを教わった。長男のような際立った才は慎之介には無かったがこちらの方の才は父より慎之介一人が受け継いだ様であった。十五の時には既に父を凌ぐ業を身に付けていた。まだ幼さを残した子供が人気の無い野原で走りながら真剣をぶんぶん振り回す。慎之介はそんな奇妙な子供であった。


奇妙と云えば慎之介の父もまた奇妙であった。父は何らかの事情があって故国を脱藩し浪人となった男だ。当然ながら後ろ楯となる者は何も無い。それなのに苦しい生活でありながら十人の娘を嫁にやったのだ。この当時、嫁入りには持参金などで何かと金がかかる。それを十人だ。とても貧乏浪人が賄える金では無い。父は商家の用心棒などを生業としていたがそれとていつも仕事がある訳では無い。月に十日も仕事があれば御の字だろう。母も若い頃は茶屋などで働いていたそうだがその給金もたかが知れている。ましてや若く美しい女が持て囃される茶屋女だ。年を取れば給金は下げられる。どう考えても両親の稼ぎでは十人の娘を嫁にやるだけの金にはならない。慎之介は内心、父の本業は辻斬りであったと考えている。用心棒を生業としていただけあって父の剣の腕は確かであった。それに用心棒なら金を持った商家の旦那が誰か、その者がいつどこを通るかを知る機会もあっただろう。父はやむにやまれぬ時、そういった相手を切り捨てていたのではないか?それならば十人の娘を嫁にやるだけの金が稼げるのではないか?そう慎之介は考えているのだ。それが事実だったとしても慎之介は父を責めるつもりは無い。むしろ誉めてやりたいぐらいだ。ある意味、もっとも簡単な稼ぎ方を知りながらそれに溺れなかった父を子である慎之介ぐらいは誉めてもやるべきだろう。唯一の心残りは父の稼ぎ場所を慎之介が知る前に父が他界した事だ。母も昨年、病で呆気なく命を失った。それが二人の天寿だったのだろう。



それほど長くはならない予定です。

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