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序Ⅰ

残酷な描写、性的な描写があります。

苦手な方は戻ってください。

 頬に鋭い痛みを感じて、少年は目を覚ました。

「起きなさい!」

 薄暗い寝室はバルコニーから、時折、揺らめいた光が室内を照らす。

「……ねえ、さま?」

 少年の首にかかる絹のように滑らかな髪の感触と甘酸っぱい匂いに、彼は目の前の人間を見るまでもなく誰かは分かった。

 少年を挟むように彼の姉はベッドに両手をついて顔を寄せる。

 少年は彼女の濃くなる匂いに身体に熱が帯びるのを感じた。

「ジャン、時間がないの。詳しくは説明できない。けれど、これだけは覚えておいて。ジャン、私はあなたを愛しているわ」

 少年――ジャンは美しく優しい姉に惹かれていた。

 だからこそ、彼は間を置かずに返事が出来た。

「僕もだよ。エミリー姉さま」




 戦場であるにも関わらず、身が入らないのはこれが虐殺だったからだ。

 ピーター・ダールトンはもう息のないオズワルド邸の私兵を見つめて、深い溜め息をついた。

 彼は士官学校を卒業し、ジョニー・エドガー伯爵の伯領軍に着任した。初めての実戦が『逆臣であるアルフレッド・オズワルドを討て』だ。敵国の人間ではなく、自国民の血を流すことに躊躇いがピーターにはあった。

「シケたツラしてんじゃねえよ」

 ジョニーは貴族ではあるが、出身は徴兵された傭兵だった。武功を幾度か立てて成り上がった。エドガー伯領軍は王国軍の主力である第一軍と戦力は拮抗するかもしれない。

 ピーターはジョニーに肩に腕を回され至近距離で生気のない乾いた眼球と目があった。思考が停止する。

「これはアレだ。遊びなんだぜ? 狩りの対象はオレらの言葉で鳴くし同じ姿をしてるが、ただの豚だ」

 ――クズが。

 ジョニーはピーターが憤りを感じているのを見てとり、わずかに口角を上げる。無精髭を撫でピーターを解放する。地面に転がっている死体を蹴り上げ仰向けにさせる。

「な、何を!?」

 ジョニーは帯剣を抜き身し、死に体の腹部を切り裂く。

「豚の解体だよ。腸裂いて、内臓取り出し」

 ピーターはジョニーの胸ぐらを掴み、声を張り上げる。

「死者を冒涜するのはやめろっ!!」

「死んだら生ゴミになるだけだ」

「ふざけるな!」

「ふざけてなんかねえよ。それより、騎士を気取るなら、目を向ける相手が違うんじゃねえのか。死者の尊厳よりも生者の尊厳ではないかな? ピーター君?」

 そう言って彼は視線をオズワルド邸に向ける。

「オズワルドにはそれはそれは美しい娘さんがいるらしいな」

 愉快そうに笑って、こちらを見るジョニーの生気のない眼球に燃え盛る炎の色が舐める。

 兵士達が野盗に近いエドガー伯領軍はもうオズワルド邸に突入していた。

 ピーターは嫌な予感がそうなることを確信した。

 ――間に合ってくれ。




 ジョニー・エドガーはピーター・ダールトンがエドガー伯領軍に何故、配属されたのか疑問に思っていた。しかも、軍務部を通さず王より直々の勅命だった。彼の副官待遇もそう、不自然な人事に違和感を覚えたのだ。

 ――俺の監視役か。それにオズワルドの件もある。これは、俺に対する見せしめだろうな。

 オズワルド邸の外壁を這うように炎は立ち上る。

 聞こえていた悲鳴はなくなり、代わりに呻き声が漏れてくる。兵士達の雄叫びを聴きながら、野心に満ちた目は王国の行く末を思い描いていた。




「い、痛いよ!? 姉さま!」

 ジャンはエミリーに腕を掴まれ、強引に暖炉の前に引きつられてきた。

 エミリーは暖炉に上半身を入れた。奥の煤に汚れた石の壁を横にずらす。見えてくるのは人一人分の隙間に下へ続く階段だった。

「ジャン行きなさい。戻ってきてはいけないからね」

「嫌だ!」

「聞き分けなさい!」

 揺らめいた明かりは二人の間を行き交う。遠くの喧騒が間近に迫り、悲鳴も聞こえない。金属の擦れあう不愉快な騒音とともに足音が近づいてくる。

「ジャン、愛してます。ジャン」

 言葉を発しようとして、ジャンは口を開けようとすると、エミリーの唇が触れて重なり、そして生々しい感触に彼女の舌が彼の感覚を支配する。何も考えられなくなって、気づいたら身体を突き飛ばされた。

「ね、姉さま!?」

 閉じていく石の扉越しにエミリーを見る。頬は濡れて、苦痛に歪んでいる。石の壁が閉まる寸前までエミリーを網膜に焼き付ける。

エミリーは声には出さなかった。

――さようなら。私の可愛い王子様。

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