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遭遇戦

 墓場から伸びる道を歩いているとすぐに市街地へと辿り着いた。墓地自体の大きさが近くの家から見渡せる程度なのと同じように、街自体もそれほど大きいわけではない。小さな家々は壊れて壁もなくなっていて、唯一人間が拠点にできそうなのは中心にある商店街のような街路だけだった。

 プラーナの流れを睨みながら慎重に街路を進んでいたユーゴは、あっさりと目的地を見つけることに成功する。市街地の中で一番大きな三階建ての元商店に、プラーナの流れが吸い込まれていたのだ。

 ユーゴはサラに念話を送りつつ、ゆっくりと空き家の玄関に取り付いた。


『中を偵察してくる』

『気をつけて。さっきはプラーナの流れを川に例えたけれど、非常に優れた魔法使いなら川の流れを変えることもできる』


 急行しているはずのサラの解説を半分聞き流しながら、ユーゴは腰に下げた剣の柄をぎゅっと握りしめた。何をどう気をつけろというのか、という不満は口にしない。空き家の中に"非常に優れた魔法使い"とやらが居たとしても、その脅威は排除しなければならないのだから、気をつけられなくてもやるしかないのだ。

 ネガティブな情報にげんなりするユーゴだったが、ふと思いついたことがあった。

 しかしそれほどまでに優秀だとして、なぜこうも隠蔽を怠っているのか。しかも商店の扉は物理的に破壊されていて、鍵すらかかっていない。

 真新しい木材の断面を指でなぞったユーゴは軽くため息をついた。


「せめて使ったハンマーくらい隠せよ……」


 本格的な偵察兵だったらこんなヘマはしないだろう。スカウトの仕事の領分には見つけるだけではなく見つからないようにすることも含まれている。つまり敵は今、自分が見つかることはまったく考えていないか、偵察兵としてのスキルを持っていないのだ。

 商店の一階を覗き込んで、ユーゴはその考えを更に強くした。人影はないが、明らかに物色された形跡があり、誇りだらけの床には足跡が一人分だけクッキリと残っていた。

 ブーツのサイズは女子供の物だ。腐りかけの床が抜けていない以上、重い鎧をまとった戦士ではない。

 警戒の無さからスカウトでもないとしたら、残る可能性は魔法使いか僧侶だろうか。


 ユーゴは剣を音もなく抜き、二階まで進んだ。

 たとえ敵が僧侶であったとしても、敵が一人で不意打ちなら倒せる。万が一仕留め損ねても、浄化は"視る"ことが出来る。

 相手が凄腕でもなんとかなるだろうという予測を立てて、ユーゴの中で決断が終わる。

 一撃だけ当てて、威力偵察だ。

 サラには待てと言われそうだが、もしも犠牲が出るとしても共倒れになるよりマシだろう。

 足あとの続く部屋にたどり着いたユーゴは、躊躇なくドアを蹴破った。



◆◆◆



 予想通り、敵は一人である。

 肩口で切りそろえられたオレンジ色の髪に、ブラウンの瞳。袖の余った黒いローブを着込んだ女。

 その意匠に、神聖教会の好む青や白や十字矛は無い。十中八九魔法使いだ。


(なら、仕留める!)


 見開いた瞳でこちらを認識した彼女は、手に杖を持っていない。

 行けると確信したユーゴは全速力で一歩を踏み込んだのだが、彼女は想定外の行動を取った。

 胸元にぶら下がった、趣味の悪いドクロのネックレスに手が伸びる。

 あれが武器になるのかと警戒したユーゴだったが、既に踏み込みは済んでいる。引き絞った剣を彼女に振り下ろすのと同時に、彼女は手中のドクロを握りつぶす。

 その時、異変がユーゴを襲った。


 振り抜こうとしていた剣が……否、その為の動作を取っていた全身が水の中にあるかのように重い。

 女の表情がゆっくりと驚きから勝ち誇ったものに変わるのを見て、自分がスローモーションを体験しているのだと理解した。

 だが、何故、こんな事象が自分に起きているのか、最初は分からなかった。

 彼女の動きも遅くなっているのだ。これでは攻撃を回避することは出来ない。

 スローモーなら尚の事、首だけを狙って綺麗に殺してやろうか。

 そう思った時、ユーゴは指先に全く力が入らないことに気づいた。


(どうした!なぜプラーナに反応しない!?)

「や……っ……た……わ……!」


 スローで聞こえた女の声は何を言っているのか分からなかったが、勝ち誇ったその笑みで言いたいことは十分伝わった。

 つまり、ユーゴ自身のプラーナをかき乱すのが彼女の魔法だったのだ。

 息が詰まり、指先が、体の節々がジンジンと痺れ、力が抜けていく。

 このままでは……と未来を悟った時、ユーゴに発露したのは恐怖ではなく怒りだった。


(ふざけんな!!)


 強い怒りが胸のどこかにあるコアの中を渦巻く。

 そこに残った僅かな己の思考を回転させる。

 薄れていた全身の脈に無理やりプラーナをぶち込んで、彼は叫んだ。


「る、ぅ、ぉおおお!!」

「ひぇっ!?」


 ユーゴ自身にはスローのままで聞こえていたが、長く激しい雄叫びに女は悲鳴をあげて後ずさった。

 諦めるわけにはいかない。こちらはコアで生きる、人間よりプラーナを操る術に長けている死属なのだ。多少プラーナを操られたからといって、安々と屈するわけにはいかない。

 ユーゴは今までより更に強く、深く、己の肉体繋がるプラーナの接続を意識する。


 全身に通る神経網を認識する。常識的に考えて不可能だ。筋肉の動きを確かめるより百倍複雑で、更に百倍の数をこなさなければならない。

 だが、今の彼の精神は常識の埒外にあった。

 ゆっくりと、しかし確実にプラーナの流れを掌握し、流れ去ろうとするコアの破片を手繰り寄せる。


「あああぁぁ!!」

「うっそでしょ、マジなの!?」


 勝利を確信していた女の顔がさっ恐怖に引きつり、声の聞こえ方が普通に戻っていた。

 ユーゴは成功を確信してコアをギュッと押し固めるようにイメージした。

 改めて剣をぎゅっと握り直したユーゴは、腰を抜かしていた女に剣を突きつけたのだが。


「降参でっっっす!!!」


 頭から飛び込むように床に伏せ、手のひらを外に向けて頭の上に組み、足は大きく外に広げられている。

 笑えないほど無様で、完璧な投降だった。



◆◆◆



「で。どうしてこうなったのかしら?」


 サラが現場にたどり着くと、室内にはユーゴと捕虜になった少女の二人が待っていた。

 ユーゴはともかく、少女の方は椅子に後ろ手に縛られ、目隠しをされ、さるぐつわまでかまされていた。


「とりあえず、魔法使いだから口を封じといた」


 たしかにそのやり方は問題ないのだが、あまりに緊縛が完璧すぎないだろうか……。

 拘束術についてはまだレクチャーしていないのだけど、とサラは内心に言いたいことを飲み込んでナイフを抜いた。

 魔法使いの女に近寄ると躊躇せずにナイフを振るい、彼女のローブを切り裂いていく。


 肌にいくらか傷がつき、少女は短いうめき声を上げた。

 床に女を引き倒し、無理やり衣服を脱がして全裸にさせる。

 さすがに目をそらしたユーゴだったが、サラは彼女が武器を隠していないことを確認したかったようで、入念なチェックの上、ようやく猿轡を外した。


「わかってると思うけど、抵抗の気配を感じたら喉を噛みちぎるわ。レブナントに食われたくなければ大人しく」

「れれれれぶなんと!?」


 サラの脅しを遮って大声を上げた少女に、さすがの尋問官も声を失った。

 それもそのはずだ。少女の声音は恐怖ではなく、喜びに満ちていたのだから。


「抵抗はしません!死にたくはないですが……あぁっ!さっきのお兄さんの姿、もしかしてハイ・レブナント!?ですか!?そうなんですね!?ああああこの目でハイ・レブナントが見れるなんて!見えてないけど!!死んでもいい!!良くない!あははっ!なんなら私のこと犯してくれてもかま」

「ストーーーーップ!!!」


 少女の暴走をサラが無理やり押し留めた。

 相手を床に組み伏せ、膝で首を抑えている。


「落ち着いて、話しなさい。いいわね?」


 まるで犬に言い聞かせるような話し方だな、とユーゴは、他人事のように考えていたが、口には出さず黙って見守った。

 自分の暴走に気づいてハッと気を取り直した少女は、おとなしくうつ伏せになって口を開く。


「ネクロマンサーです。私は、死体づくり専門の、死霊術士てす」


 今の窮状を救うピッタリの人材の登場に、ユーゴとサラは歓喜、しなかった。

 あまりにも危険すぎる。人間性が、だ。

 この手の危険な人間の取扱い免許を、ユーゴは持っていない。無論そんなものは異世界にもないだろうが。

 テレパシーを使わずに互いの混乱を理解しあい、彼らは揃ってため息を付いた。


「いったん、やむをえない」

「えぇ、ここに……は無理ね、基地に連れ帰ってからゆっくり考えましょう」


 もうツッコミはこらえきれなかった。

 放置するつもりだったな、と念話でいじったので、魔法使いの女はユーゴが一人でかつぐハメになってしまった。

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