ゾンビー建国記
「お帰り、サラ」
「ただいま、ユーゴ。ここは変わらないわね」
文字にしてしまえばあまりに普通の挨拶だが、二人はどれだけの月日を経ても姿の変わらないレブナントだ。直接顔を見るのは十年ぶりだったというのに、ガラトナム・セロン城と呼ばれるようになったガラトナム城の居室が感動の空気に変わらないのもレブナント故だ。
サラは預けなかった手荷物をユーゴの前の机に広げた。その中から一枚の巻物を広げる。中身を改めたユーゴは感動のため息をつく。
そこには腐れ谷を西から出て東から入ってくるまでの地図が描かれていた。
「サラが旅に出るようになってからどんだけ経ったかなぁ。ついにやったな」
「まだまだよ。あなたの言うとおり、世界は繋がっていたけれど、本当に球なら違う方向でも一周できるわ。
でもまぁ、今度は長い時間留まるつもりだけれど」
サラは椅子に座ると、事務的な報告から始めた。思い出話は仲間が集まってから、酒を酌み交わしながらでもできる。
彼女が語ったのはこの旧腐れ谷、今はリーブランドという国名で諸外国からも認知されている死属の国への評判や評価についてだった。
粛清隊の初代総長であったリオンとの決戦から数十年が経過していた。
二代目総長となったダレンは、自らが亡くなる前に秘匿していた真実を公表した。
歴史の中に埋もれてしまった神聖教会の成り立ち。悪神の正体と介入。それを打ち倒した者達。
神聖教会のあらましなどが明らかにされたことに乗じて、力をためていたユーゴたちはリーブランドという国として名乗りをあげたのだった。
異世界の言葉で『ラトナムに抗い勝利した』という意味の名をもつ城と、その城主。それがユーゴの肩書だが、全ての国家に認められ、友好的な関係を築けているわけではない。
サラは情報収集と趣味の旅を兼ねて、諸国を漫遊し、市井に広がる情報を集めているのだった。
「外の世界は急速に変わっていたわよ。あなたの知識のせいでね」
「へぇ。工業が発展してきたならまた技術供与をしてもいいかもな」
「………それは次の遊覧に出掛けたときでも遅くないというか、遅くした方がいいわ」
ダレンが生きていた数十年の間、ユーゴはこっそりと腐れ谷の中に異世界の技術を浸透させていた。ダレンが亡くなって国家として認識されたリーブランドは、先進技術を供与しながら農産物を輸出することで存続している。
死属という括りは人間たちの学会に送り込んだ刺客によって精の霊と呼ばれるようになったり、繁殖方法も確立され、技術や学問など色々な面で世界に影響を与えていた。
「ところで、エクセレンとリリアーヌは元気?」
「もちろん。エクセレンはクローンを作る神聖術の取っ掛かりを掴んだみたいで最近顔を出さないな。
リリアーヌはこの前教えた印刷機の改良に躍起になってるみたいだ」
「旅先で見たけど、やっぱりユーゴの考えたものだったのね」
エクセレンは本当に変わらなさ過ぎる日々を送っていた。
天才の彼女が数十年を研究に捧げても、雄吾がユーゴを作った魔法には辿り着けていない。
雄吾が腐れ谷の奥で掛けた時間のほうが長いのだから当たり前だが、エクセレンはユーゴという存在を一人きりにさせないために、と半分以上は自分の趣味だが研究を続けていた。
マレタ市に篭っているリリアーヌは停滞した日々の反動か、技術開発や書物にあらゆる情報をまとめることを生き甲斐にしている。
リーブランドは中枢への外人の入国を厳しく拒否している。それもこれもリリアーヌが開発を進めすぎたおかげで世に出せないテクノロジーのオンパレードになっているためだ。その半分はユーゴが生活を快適にするために入れ知恵をしたせいなのだが。
近況を話していると当の本人たちが念話に応えて顔を出してきた。
エクセレンは城内にいたからいいものの、リリアーヌに関しては影を伝って移動してきたにしては髪が乱れていた。
「サラか!良いところに戻ってきたのう!次に旅に出るのはいつじゃ!?」
「……まるで追い出したがっているような聞き方ね?」
「んなっ!?いや、ち、違うぞ?次に旅に出るときはこの本を広めていってもらいたいと思ってな」
リリアーヌは同じ本を四冊手に持っていた。
これを届けるために急いで空を飛んで髪を乱したのは明白だった。
怪訝な顔で三人がそれぞれ本の表紙を見る。
そこには『リーブランド〜ゾンビー建国記〜』とあった。
「これはまさか……」
「無論、旦那様の活躍を記した歴史書に決まっておろう?」
中をパラパラめくって確認する。
「歴史書じゃなくて時代小説だろ、これは」
「最初に旗揚げしたのは私と二人よ。なんでアナタが最初から出てくるの?」
「っていうか私のキャラデフォルメされすぎじゃない?こんな頭のおかしい奴が仲間になって信じられるわけないじゃん!」
「いや、そこは」
「合ってるわよね」
「うーむ、時代小説とはよく分からんが、しばらく滞在するなら皆で手直しすればよかろ?」
さっそく喧々諤々と言い合う三人を眺めながら、ユーゴは改めて表紙を手でなぞり、タイトルを読み上げた。
建国記。ここまでの自分達をまとめるには良い言葉だ。自然と笑みがこぼれる。
国として立ち上がってようやく一世紀。人間には長いがレブナントにとってはまだまだ続く人生の一ページに過ぎないだろう。
続きもどんどん書いていこう。それにはどんなタイトルがいいだろうか?
未来を夢見ながら、ユーゴも最愛の者達の輪に加わっていった。




