表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
れぶなんと!!~ゾンビに転生してサバイバル~  作者:
レブナントと残された国
86/87

転生者(下)

 人生で四回目の、本当は三回目の死を迎えたユーゴの意識は、暗闇の中で覚醒を迎えていた。


 クラウドに殺されて肉体を霧に変えられた時は何も意識することが出来ていなかった。

 その次に意図的にクラウドの体で蘇った時は暗闇から這い上がる光が見えていた。

 そして今。ユーゴは初めて自分が死後にどんなところを揺蕩っていたのかを感じていた。

 暗闇の中に光が無数に存在している。まるで宇宙の中に漂っているような光景だとユーゴは思ったが、今の彼には肉体が無ければ目もない。視ているのではなく魂が世界をそう捉えているのだった。

 悪くない感覚だと思っていたユーゴだったが、目を凝らすように意識を光に集中させるとそれが動いていることに気がついた。

 ゆったりと流れる川の中にいるかのような感覚に浸るうち、ユーゴは様々な情報を悟っていた。

 川の水が何なのか、ユーゴは自分が居る場所はどこなのか、今の自分はどんな状態なのか。

 それは根拠のない感覚だったが、事実を正確に把握していた。


 ここは世界を流れるプラーナの中。流れているものはプラーナそのものだ。

 そして今、ユーゴが自分自身だと感じているものは、プラーナ・コアですら無く、その中身だった。


(魂の引力が無くなれば、プラーナ・コアは拡散して消滅する)


 それがエクセレンの魔法だ。

 ユーゴは散らばっていくコアをただ掻き集めただけで生き延びたが、それがどれだけ異常なことだったのかを、今ようやく正確に理解していた。

 そしてそれが恐らく自分の生い立ちによるものだと思い当たった時、当の犯人が語りかけてきた。


『そう。お前はコアが何度でも再生するように作った魂だ』

("俺"か……。よくそんな魔法を思いついたな?)


 揺蕩うユーゴの意識に、雄吾が語りかけた。

 周囲で明滅する光の正体を知ったユーゴは気楽に聞き返したのだが、苦笑交じりの答えはユーゴの意表を突いた。


『実は何度も失敗してる。俺はお前が成功したこともまだ知らなかったし、何故成功したのかも分からん』


 自分が設計通りに創られたものではなく事故で存在しているものだと知るのはなかなか気持ちが悪い話だった。だが、ユーゴにとって大事なのは自分が真の意味で死んでも、まだ終わっていないのだという事実だった。


(それじゃあ、俺はそろそろ行くぜ)

『ここからプラーナ・コアを生成することは出来るが、お前には宿るべき肉体が無いだろう。どうするつもりだ?』

(無いなら作ればいいさ)


 雄吾の光が一際強く輝いた気がした。

 肉体があれば笑っていたのかもしれない。驚いていたのかもしれない。何れにせよプラーナの流れに溶けて消える直前だった雄吾の魂は、一つの決断を下していた。


『では、俺のプラーナも足しにするといい』

(そんなことをしたら、もう)

『俺の仲間も、きっと何度も生まれ変わってもう別の存在になってる。生まれ変わって出会えるわけでもないだろう。お前を作った目的をしっかりと守ってくれた方がマシさ』


 ユーゴは光の放つプラーナを自分の周囲に固めていく。自分が作られた存在であるというのは少しばかり癪だったが、それは生身の人間でも変わらない。人が生まれる理由は自分では決められないものだ。

 だが癪だと思う気持ちを納得して飲み込めたのは、理屈だけではない。異世界の英雄ではなく、雄吾としての未練も一緒に受け止めたからだ。


(もしも輪廻転生があるのなら、いつかまた地球で生きてみたい)


 この世界で普通に死んでしまっては、再びプラーナの流れから生まれてしまう。

 なるほど、という納得と一緒に、雄吾を癪だと思う気持ちはなくなっていた。

 存在を失って消えていった彼をどこかに送り出せたのだと信じて、ユーゴは意識を"上"へと向けた。川の中から浮上するイメージで、ユーゴは現世に己を造っていく。


 自分は地球人ではなかった。

 この世界で創られた、地球人の記憶を持つ何かだ。


 だが、そこに何の問題があるだろう。

 自分という生き物に問題はなく、あるとすればそれは戻った後の己の弱さで。


 ユーゴは自分を呼ぶ光に向かってプラーナ・コアを浮上させながら、手当たり次第に周囲を巻き込んで、プラーナの流れの中から飛び出した。



■■■■■



 ユーゴの肉体は龍の腕で千切れ飛び、僅かに残った彼自身である心臓とコアも消滅した。

 レブナント達は悲鳴を、粛清隊は喝采を上げる。


 そして四人だけが冷静に為すべき事を成した。


『リリアーヌ!』

『悪い予感は当たるもんじゃな。エクセレン!』

『成功しますようにーっ!』


 サラの念話をマレタ市のリリアーヌが中継し、エクセレンへと伝える。

 雄吾が出発してからの数日で突貫工事を施した首都に、天才の魔法が発動した。


 北のラトナム、西のアーヴィアン、東のエルフの大森林。神河が大陸中から集めたプラーナを、エクセレンは洪水のように北へと押し出した。

 マレタ市のプラーナ・サーキットになだれ込む洪水を、リリアーヌが吸収して地下通路へと更に押し込んでいく。

 彼女達が集めたプラーナが、噴火のようにガラトナム城から噴き出した。


「何ヲシタ、レブナント共!?」


 空を見上げてリオンが叫ぶ。

 城壁に設置された砲に、エルヴィンがプラーナを注ぎ込み、サラが砲に手を添えた。

 彼の残滓は陽光にすら溶けてしまうほどの微かな残滓だけ。


 それでも彼女は、光が陽に溶ける僅かな一瞬でも彼を見逃したりはしなかった。


『お願い。戻ってきて、ユーゴ』


 いつか願った言葉を繰り返す。

 粛清隊との戦いで死んだはずの彼は、願いを聞き届けて帰ってきてくれた。

 涙と一緒に零れたプラーナを砲に込める。

 ただ一心にユーゴのことだけを考え、願い、祈った彼女達の想いと一緒に、プラーナが消えゆく光に照射された。




『もう泣くなって言ったのは俺なのに。ごめんな』

『………そう思うなら、さっさと終わらせてちょうだい』


 消滅仕掛けたコアの残滓が、雷光のように輝き、瞬いた。

 サラ以外の誰もが目を背ける。

 視線を戻した先には一人の男が立っていた。


 鍛え上げた知人の肉体と白髪が継ぎ足された青年ではなかった。

 黒髪黒目に黄色がかった肌の、細身の青年。


 プラーナで前世の姿を作り上げたユーゴがそこに居た。


「なるほど、記憶が無くても知識としてはこっちの体の時間のほうが長ったからかな?」


 前世の肉体を作ってしまったのは意図した結果ではなかった。ユーゴはひたすらにプラーナを集めて肉体を形成したいと願っただけだ。

 屈強で逞しいクラウドのボディも嫌いではなかったユーゴだが、戦力という意味では"今のユーゴ"に肉体の強度など瑣末な問題でしかない。


「お前ハ……?」

「これが俺の本当の姿だ、リオン。魂に残っていた本当の"雄吾"の、俺の姿だ」

「オ前がユーゴナラバ!」

「そうだろうな。結局、そうするしかないよな!」


 リオンはユーゴという魂を消し去りたかったのだ。

 容れ物に興味はなく、目的が達成されていないのならば、再び右腕を振るう以外にない。


 ありったけのプラーナを込めた爪が掲げられ、飛びかかりながら叩きつけられたそれが地面を切り裂く。

 だが、五本有った指が産んだ亀裂は四本のみ。

 仕事を成し遂げられなかった指は血を撒き散らしながら空中を舞っていた。


 ユーゴが右腕を空に掲げている。何かをされた。だが無手のユーゴが何をしたのか、仲間の戦い方を思い出すことすら出来ないリオンには理解できなかった。


『貴方ね……戻ってきて欲しいとは思ったけれど……』

『あ、バレたか。まぁちゃんと肉を作るのは今後の課題ってことで』


 見抜いたのは片時もユーゴから目を逸らさなかったサラだけ。

 サラ以外の全員が、ユーゴは右手の先にプラーナで武器を作り出したのだと考えていた。雄吾がそうしたように。


(違う。そうじゃないわ。信じられないけど)


 ユーゴは右手を変形させ、巨大な剣に変えていた。

 サラはその瞬間を見て気付いてしまったのだ。

 今のユーゴがただの人間ではない、前人未到の存在であることに。


『肉眼でも見えるレベルにプラーナを圧縮して、人の形に留める……正真正銘バケモノね』


 あえて念話で伝えてくるサラに、泣くほど想ってくれたのに辛辣すぎない?とユーゴは思った。

 だが、彼女が話しかけてもいいと思えるほどに今の自分は強く蘇ることができたという自信が生まれていた。

 後は世界最強のモンスターになりかけているリオンで、最新唯一のモンスターになってしまった自分の仕上がりを確かめるだけだ。


 惜しみも隠しもせず、ユーゴは左腕を変形させた。

 粘土細工のように形を変えたそれは、巨大な杭打ち機だった。

 尖端から飛び出した紡錘の杭がそれを証明している。

 僅かに残った理性を総動員して、リオンは空へと飛び上がった。

 まずは距離を取ること。狙いを修正しにくい空がよい。

 そして稼いだ時間で龍の掌にプラーナ集中させ、巨大な球を作り出す。ユーゴがプラーナで武器を作ったのと同じように、直接の殴り合いではなくプラーナで象った武器での戦闘を選んだ。

 それは直感で選び取るにはあまりにも正解に近い選択肢だった。最強の肉体をなお強化した一撃でなければ、眼前の敵には届き得ない。


 リオンの瞳はすでに両方が龍のものになっている。


(脳まで侵されているとしたら、彼はもう)


 だからこそリオンという男への敬意を払い、ユーゴは全力でプラーナを左腕の杭に集中させた。

 杭打ち機ではなく、発射機構でもなく、杭そのものに。

 それを怪しむだけの理性はもう、リオンには残っていなかった。


「!!!」

「ぶち抜けぇっ!!」


 もはや声すら発せぬリオンが空から落ちた。

 右手と球を盾にしながら落下してくる宿敵に、ユーゴはそのオーバーテクノロジーを射出した。


 初速に特筆すべきことはない。

 普通の矢のように杭は放たれ、そして稲妻が生まれた。

 だが違ったのはそこから先だ。発射された杭は放電しながら杭は加速を"続ける"。


 魔法を作用させるのに必要なのはイメージだ。

 プラーナを集めて願うだけで肉体を変化させられるまでに至ったユーゴが願ったのは、電磁力で自ら加速する杭。

 バナンとバランの協力を得て作り上げ、古龍ラトナムすら屠った異世界最強の凶弾が、青い雷撃の余韻を残して空の彼方へと突き抜けていった。


 右半身を失った彼が落下する。

 自らを貫いた雷を見上げながら、リオンは自らの意識が明瞭に戻っていることに気がついた。

 下を見なければ思うままに逝けるかと思っていたが、その身は誰かに受け止められていた。


『安心しろ。まだクラウドは待ってくれてる。向こうで会ってくるといい』

『………。そうか。ならば貴様が近いうちに来るのを待つか、さっさと次の生命で貴様を殺すか、彼と悩んでこよう』


 黒と碧の虹彩が交錯し、一方は永劫に光を失った。




■■■■■



 この日、人間の更に先へと進んだ生命が死者の国に生まれた。

 しかし多くの人類が彼を知り、歴史に古の国の名が蘇るのは、まだ先の未来の話であった。

 そして人類の歴史に古の国の名が蘇ることになるも、同じく遠くない未来の。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ