転生者(中)
ラトナム山の上空を雷光が走り、巨大な影が火口へと落ちていく。
その光景を見ていたものは多いが、何が起きたのかを把握していたのは腐れ谷戦っていた者達のみ。
とりわけ死闘の結果を確信していたのは百人を超える人間の中でも二人だけだった。
『終わったな、リオン・オブライエン』
「あぁ。ラトナムのプラーナは完全に消えた」
包帯を巻いた右腕をさすりながらリオンが断言したことに、ユーゴは違和感を覚えた。
ユーゴ発言は自分の考案した武器と、戦っていた相手が自分のオリジナルであるという自信からくるものだった。
だがリオンの言い方からは、確証が滲み出ていた。戦闘が終わったのではなく、これだけ離れた距離にある特定個人のプラーナが消失したことをどうして断言できるのか?
考える余裕はなく、リオンはユーゴを睨みあげた。
「さぁ、それでは決着をつけようではないか」
『何の決着をつけるというのか。死属は神聖教会の目指した姿だ。たとえラトナムが消えたとしても、この土地を守るために存在しているのが俺達死属だ。俺達は神聖教会の教条に従っている』
「分かっている。これは粛清隊総長としてではなく、リオン・オブライエンとしての決着だ」
『つまり決闘を望んでいると?だがお前は既に俺に負けているではないか。付き合う必要を感じないな』
ユーゴが吐き捨てたセリフをまるで聞こえていないかのように無視してリオンは一人前に出た。
『どうするつもり、ユーゴ』
リオンを見下しながら隣に立つサラが聞いた。ユーゴが本気で粛清隊との戦闘を回避できると思っていないことは事前に聞いている。
後はこの決闘からどれくらいの利を得ることができるか次第だ。
『こいつを放置していたらどれだけ戦力を削られるか分からない。それだけでも十分な理由だと思うんだが』
『それならユーゴ様、要求を追加して頂けませんか?』
エルヴィンからの念話が割り込んできたが、ユーゴはその通りの要求をリオンに突きつけた。
『決闘に負けたら粛清隊を部下に撤退させろ』
せめて少しは交渉をしてくれ!と思ったエルヴィンだったがリオンは言われるがままに副官を呼び寄せ、隊員たちを更に数歩下がらせた。
ユーゴは口元を隠してニヤリと笑った。リオンとの戦闘は楽ではないだろう。だが得られる利益はかなり大きくなった。
粛清隊が消えてしまえば昇進先を失ったダレンの協力は得られないが、隊が残っていれば彼が総長として隊を運営する可能性は高い。
要求を突き付けたのだから、リオンがそれを飲んだ以上はユーゴも後には引けない。
ユーゴは右手に盾を、左手に剣を持って外壁から飛び降りた。
適度に距離を取ってにらみ合う。
「ところで、お前が勝った後の条件は要らないのか?」
「あぁ、構わない。戦いが始まってしまえば、私はもう」
リオンは包帯の結びを解いた。
瞬間、強烈なプラーナがユーゴを襲い、遅れて見えた包帯の中身を見てユーゴは納得した。
リオンの右腕にはびっしりと鱗が生えていた。赤い龍の鱗が。
「私は、私は、あぁぁあぁあ!!」
リオンの右腕が痙攣したかと思うと、腕の太さが三倍ほどに膨れ上がった。
右肩の付け根は血管が浮かび上がり、右目も人間の虹彩ではなく爬虫類と同じ縦になっている。
「私自身が、いいや、我こそが」
「"俺"がせっかく殺したってのに、させるものかよ!移植したプラーナからの復活なんぞ!」
ユーゴはリオンに突進した。
あの右腕がラトナムの影響を受けている事は確実で、そうなるとクリスタルドラゴンの盾といえどもどれだけ耐えられるかは不明だ。最悪、ラトナムの鱗を砕いたときと同じように粉砕される恐れもあった。
盾を過信せず、敵の攻撃から逃げられる余裕を保ちながら、ユーゴはリオンの腕の間合いのニ歩外から遠当てを放った。
だがリオンの右肩の付け根を狙った一撃は、彼が腕を振るうだけであっけなく霧散した。
「まだまだァ!」
リオンがプラーナを込めた右腕を地面へと叩きつけた。プラーナが弾け、衝撃波が周囲に拡散していく。ユーゴが体勢を崩した一瞬で、リオンは距離を詰めていた。
爪先で狙いをつけることもなく、リオンはただただ右腕をユーゴに叩きつけた。ラリアートのような打撃を受け止めたクリスタルドラゴンの盾に、一撃で罅が入る。
舌打ちをしながらも、ユーゴはうまく弾き飛ばされて距離を開けていた。だが、リオンはといえば指先をグニグニと動かして満足気に笑っている。
『ユーゴ。あの体に慣れられる前に!』
『分かってる!サラ、エクセレン達に連絡を、エルヴィンも頼む!』
ユーゴは念話で指示を出すと、頭の中からその他一切についての情報を締め出した。
目の前の男は強い。他所ごとを考えている余裕があるはずもない。
ユーゴは剣を逆手に持ち替えた。先程は龍の腕で弾かれたが、リオンは左腕に何も持っていない。巧みな盾術を披露していた姿はなく、今のリオンは龍と同じようにただただ強靭な己の肉体のみで戦っている。
ならば、その体の脆い部分を狙うのは当然の判断だ。
逆手の剣を斜め下から右上方に振り上げて遠当てを放ち、ユーゴは自分の攻撃を追いかけながら魔法を構築する。
リオンが遠当てを弾いた瞬間、リオンの視界から光を奪う。瞳に入る光を屈折させる暗闇の魔法だ。
だが、リオンの右目はしっかりとユーゴを捉えていた。
リオンは右手を地面に叩きつけて大地を砕き、宙に浮くユーゴを土塊で迎撃した。
荒れ狂う土塊とプラーナでユーゴとユーゴの魔法は弾き飛ばされ、感嘆の声を浮かべるリオンだけが揺らがずに立っていた。
「龍の視界というのは、こういうものか……。これでは人間を下に見るわけだ」
「すっかり受け入れてるじゃないか、リオン。それとも意識すらラトナムに乗っ取られてるのか?」
「煩い……今はマダ大丈夫だ」
そうはいいつつも、リオンが先程から放出しているプラーナには以前の彼とは違う気配が漂っている。
肉体を変化させるほどのプラーナだ。作用しつづけて心臓やプラーナ・コアまで侵されてしまったらどうなるのか。リオンがリオンでいられるうちに、彼のプラーナ・コアを破壊しなければならない。
やるべきことは見えたが、容易くはない。左胸を狙うと常に右腕に狙われ続けることになる。
防御では防げない。かといって攻撃も弾かれる。
ユーゴは剣を握る左手に、知らないうちに力を込めていた。現状でユーゴが持ちうる最大の近接戦闘力は、剣ではなくこの義手にある。
「分かってイルな、ユーゴ」
「……アンタをここで始末したら、政治の世界でお相手しなくていいのが嬉しくてたまらないぜ」
リオンは既に覚悟を決めている。人外であることを受け入れて、ラトナムのプラーナに抗える時間が短いことも知っている。ユーゴを戦場に引きずりだし、クラウドの仇をうつことだけが彼の残された願いで、その願いは暴走して自我が失われても叶えられるだろう。リオンにはもはや選択肢も懸念事項もなく、全力で戦う以外に気にかけることがなかった。
気にしなければならない問題があるのはユーゴの方だ。リオンがこのまま変化していって、本物の龍にでもなってしまったら、それを止められるかは怪しいところだ。ユーゴはまだ雄吾ほどの戦力を有していないし、そもそもドラゴンの鱗を最後に貫通したあの杭は準備が必要なので、今すぐには使えない。
要するに、なるべくはやく、手持ちの武器で倒せるうちに決着を付ける必要があった。リオンはそれを承知のうえでユーゴに問うたのだ。
義手のパイルバンカーを除いた最強の攻撃であるプラーナを込めた剣撃すらも防がれてしまっては、もはやリオンの戦力を削ることすら難しい。
やるしかない。決断したユーゴは真っ直ぐリオンへと突撃した。
左手の剣に魔法を込めて投擲し、リオンの右腕に着弾して爆発する。鱗は無傷だがユーゴの狙いはリオンの動きを止めることだった。
爆炎の中、巨大なプラーナの塊が動いていないことを確認して右手の斧振り抜こうとしたその時、ユーゴの眼前に煙幕を突き破ってリオンの左手が突き出されていた。
「氷の槍よ!」
リオンの掌から作り出された槍がユーゴの顔面の左半分を削り取る。首から上をそっくり失くしてしまっては致命傷だが、レブナントにとって顔の一部を失う程度は致死の一撃ではない。
しかし視界の半分が消滅し、痛覚をカットするために一呼吸だけユーゴの動きが止まる。
たった一呼吸の僅かな時間、しかしリオンが十分な力を右腕に込めるには十分な時間。
ユーゴが渾身のパイルバンカーを発射し、リオンが龍の右腕でアッパーを放つ。
着弾は同時。だが、相打ちにはならなかった。
リオンの左胸に撃ち込まれた回転する杭は、先端だけが喰い込んだ状態で動きを止めていた。
「私が作り変えラレたのは右腕だけではない。心臓モだ」
龍の腕に殴り飛ばされ、体が散り散りになっているユーゴにその声が届いただろうか。支えを失った杭が抜け落ちた先には、鱗に守られた心臓があった。
リオンは空中で体のちぎれ飛んでいくユーゴの胴体に狙いを定め、右腕からプラーナのレーザーを放つ。
緑の光がユーゴを飲み込み、閃光は血の一滴すら残さずにユーゴをこの世から連れ去っていた。




