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れぶなんと!!~ゾンビに転生してサバイバル~  作者:
レブナントと残された国
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転生者(上)

 かつては人が行き交っていた街道跡を、骨で出来た馬などというけったいな代物の背に揺られて走る。

 雄吾はその背で揺られながら、リーブランドに住んでいた者達の姿を幻視していた。

 異世界での思い出は辛い物の方が多い。召喚されてすぐの手詰まりな状況、次から次へと積み重なる課題、そしていつまでたっても解決できない龍の恐怖。

 初めて龍に襲われて命からがら逃げ延びた日。異世界で初めて出来た友人の炭化した遺骸を葬ったあの日の誓いを、今も覚えている。


(いいや、覚えている振りをしていただけかもしれんな)


 悪神ラトナムを討滅する。

 その誓いのために生きてきたつもりが、その近いから逃げ続けていた。今となってはそう後悔してしまう。

 だからこそ、その誓いのために今こそ命を賭けられるのだと思えば、雄吾の胸には恐怖ではなく熱いものがこみ上げてくるのだった。


 肉体からプラーナが零れ落ちぬように必死に掻き集めながら、北を目指す。

 悪神ラトナムはマグマの底に叩き込んだ。生死は定かではなかったがもし生きていたらという恐怖に縛られて引きこもるだけの時間は、もう終わりだ。


 ラトナムを倒すには心臓とプラーナ・コアを完膚なきまでに破壊するか、宇宙空間にでも放り出すしか無いだろう。だがマグマの噴火でも龍の巨体を宇宙に押し上げるには足りない。雄吾が目指すべきはラトナムのコアの破壊だった。


 そんなことを考えながら懐かしいガラトナム城の脇を通過しようとすると、不意に念話で話掛けられた。


『貴方が雄吾さんですね?』

『そうだが、君もレブナント軍とやらの一員かね』

『そうです。二つお伝えしたいことがあります。バナンというドワーフが貴方に会いたいと言っています。

 それと、北へ向かうのであれば、直進ではなく東に躱していくことをオススメしますよ』

『何故だ?』


 雄吾はエルヴィンが優れた頭脳を持っていることを知らない。

 回り道をしろというアドバイスの根拠を聞くのは当然だ。


『ドワーフの国の密偵から情報がありまして。粛清隊の最後の部隊がこの城に向かっているそうですから』


■■■■■


「あなたのその夢物語、狂ってるわね。でも悪くないわ」


 眼下を通り過ぎる三又槍を描いた服の集団を見ながら、かつてそんなことを言ってきた女のことを思い出す。

 人間が生態系の頂点だったと言ってもいい世界で生きてきた雄吾の感覚は、龍に支配される世界では異質で夢物語のようだった。

 もちろんこの場合の夢は寝ているときに見る幻想の事なのだが、目標という意味での夢と捉えて突き進んだ人がいたのだ。


「急ぎ過ぎだと言って聞かせる度に、龍に抗うにはもっともっと、ってな」


 異世界にあの世が有るのかは分からないが、もしまた出会えるならば「それみたことか」と言ってやろう。

 彼女はきっと悔しがるだろう。引き篭もっていたことを笑われるかもしれないが、そんな会話も楽しみで。


「あと少しだ。皆」


 その時は間違いなく近付いていた。山麓でスケルトンホースを置き去りにしてから数日、見つからないようにゆっくりと山を登り続けていたが、そろそろ目的地だ。

 この山脈がかつてラトナム山と呼ばれる前の時代、この山の龍を討伐するために幾度となく地形を調べ、戦いによって山が削れ、また調べてを繰り返したものだった。

 ラトナムほどの巨大な龍と戦うに当たっては、奴の攻撃で削れても問題ないほど広い土地を選ぶのが普通だ。人間は自分の得意なフィールドでなければ戦いの場にも出てこないが、それを分かった上で龍は力づくで人を屈服させようとし、人もまたそれを覆してきた。

 だが、ラトナムだけは違った。誘いに乗ってこない冷静な性格と落ち着いた判断力があった。だがその一方でプライドだけは龍一倍持っていた。

 そんな奴が決戦として誘いに乗る戦場。

 それは数百年前と同じ火口。


「廃墟に籠って怯えておれば良かったものを」

「お前こそ火口の中でゆったりとマグマに浸かってたそうじゃないか」


 マグマの中から巨体を引き出し、壁面を登って火口の縁までラトナムが登る。

 上から睨め下ろすその視線は今も変わらず恐ろしい。身を覆うプラーナの壁は厚い。

 だが、それでも覚悟を伴って胸を張る。


「………ほう。数百年が経ち、ようやく貴様もあやつらに追いついてきたか!」

「覚悟を決めて臨めば、足は震えても心は縮こまらないものなんだな。だからラトナムよ、今日こそお前を完全に消滅させてやろう」


 龍の咆哮が大地に響き渡った。


■■■■■


 ラトナム山の火口に立ち上がる巨大な龍の影は、ガラトナム城からも見えていた。

 既に衝突を始めていた戦場すらも震える強烈な咆哮に、スケルトンの壁と戦っていた粛清隊の戦士達も動きを止めていた。

 後方の戦士達はラトナム山を見上げ、前線で接近してくるスケルトンの群れを押さえつけていた戦士達は骨達が後退していく背中を眺めていた。


『粛清隊の戦士達よ。あの光が見えるか』


 言われずともラトナム山の上で瞬く光は見えている。時折光の線が空を奔り、龍の吐き出す赤い炎が煌いたと思えば翠の爆発がそれを散らしている。


『太古の昔、悪神ラトナムと戦った王が今もあそこで戦っている』


 ユーゴの拡大された声はしっかりと耳に届いている。

 その有り得ない説明も、こうして目で見せられては納得するしかない。


 山脈に眠る古龍を敬い、彼を安息の眠りにつかせる。その報いをいずれ受け取れるだろう。ラトナムの国王はそう嘯いてきた。

 だが、実態は違う。龍へ屈服していることを知っているのは一部の貴族、教会の上位層、そしてドワーフの国へと派遣され、直接に龍と対面しなければならない粛清隊の一部のみ。

 そしてこの戦場にいる彼らこそが、まさしくそれを知る者たちだった。


 龍に抗うことを恐れる者達。

 龍に抗う価値を知る者達。


『神聖教会の教えは彼の考えたものだ。死属を増やし、龍に抗うことが君達の守るべき教条だ。あの赤と緑の光のうち、緑の光が残った暁には君達は戦う理由を失うだろう』


 理路整然と述べるユーゴの声に篭もる説得力に、粛清隊の心が弱っていく。

 集団の長として振る舞ってきたことで泊の付いてきたユーゴが、城の上から姿を見せる。

 ユーゴが浄化を無効化できると知らない隊員からすれば、浄化に狙われる場所に身を晒すのは自殺行為だ。それほどの自信をもって停戦出来ると信じているという証明に他ならないのではないか。


 だが、動揺の広がる粛清隊を鎮めたのもまた長の発言だった。


「お前の言っていることは正しい。それは認めよう、ユーゴ」


 粛清隊の壁が割れ、中央からリオンが姿を見せた。

 だが左手には杖をついて体を支え、右腕には包帯が厳重に巻かれている痛々しい姿である。

 それでも、リオンは声を張って答えた。


「だが悪神が滅びたのならもはや教条も関係あるまい。神聖教会の教えはもはや古代王国を守るためではなく、人間そのものを守るための教えだ。

 人間の驚異になる貴様達を生かしておく理由にはならんぞ」

『分かっているのか、リオン・オブライエン。これは説教ではなく降伏勧告だ』

「分かっているさ。お前達の大軍と、教会の教えとは関係なく戦い続けては無駄に死者が増えるだけだと言うのだろう。その上での発言だが……いまは人間のために戦っている彼の結果を見届けよう」


 リオンは全隊を後退させ、城に背を向けて空を見上げた。

 ユーゴも城壁上からスケルトンを下げ、武器を下ろしたレブナントを並ばせる。

 誰もが意味と理由を忘れてしまった因縁の決着を見届けるために。


■■■■■


 雄吾の戦闘はかつて人類が至ったことのない次元に突入していた。

 体高が十メートルに届く龍に対して、かつての人類は尻尾や前足の攻撃を防いだ後に剣で支えを削り、ブレスを凌いだ後に口内に魔法を撃ち込んで打ち倒すのが定石だった。

 だが雄吾は命の限りにプラーナを放出することで空中を跳ね回りながら戦っていた。


「しばらく見ぬうちに、蝿になりおったか!」

「貴様を倒せるならば!」


 雄吾に対して悪態をつきながら右前足を振り払うも、空中で軌道を変えた雄吾は攻撃をギリギリで躱してすれ違いざまにラトナムの鱗を破壊する。罵倒がなくともラトナムが雄吾の動きに対応できていないのは確かだった。


 この数百年の間、ラトナムは人間の国を操ってリーブランドの奥に籠もっている雄吾の力を削ぐ事に心血を注いでいた。

 腐れ谷という名前で呼ばせ、死属を増やすという教義の真の意味を隠させ、逆に死属を削るように粛清体を作らせた。

 他にも大小様々な手段で力を削り、後はありのままの龍の力で決着をつけられると考えていたのだ。

 実際の戦闘に至った今、そこに工夫や進歩はなく、ラトナムはラトナムのままだった。


 その間に雄吾は、イメージトレーニングを重ねていた。

 ドラゴンの体の構造。動かせる関節の範囲。尻尾と足爪とブレスのコンビネーション。

 それらに対抗するためにプラーナをスラスターのように噴出させて空中を飛行する方式も開発していた。

 唯一の欠点はプラーナの消耗が激しいことと、雄吾には体内に蓄えたプラーナしか残っていないことだった。


 雄吾は地上に着地すると、地を薙ぎ払う尾に対して地面に刺さった斧を全力で投げつけた。

 何者をも拒むはずの鱗が砕け、斧が刺さる。

 それを可能にしたのは尻尾の速度が速すぎるためか、雄吾の肩の強さ故か。

 否。斧がラトナムの鱗を砕いて突き刺さるのは、ひとえにそれが銀白色をしているからだ。


『バラン、次だ!』

『斧はこれで最後だぞ!』


 雄吾は念話で仲間に指示を出した。

 石から生まれ、眠りについて石に戻り、再び石から目覚める種族、ドワーフ。

 旧知の友がたまたま目覚めている周期だった幸運と、急成長を遂げたクローンがラトナムのプラーナから生まれた龍の素材を手に入れていた幸運。

 二つの幸運の助けを得た雄吾は、仇敵と渡り合っていた。


 痛みで勢いの無くなった尻尾へと跳躍し、それを踏み台に更に高くへと飛ぶ。

 空中で後方から射出された斧を受け取った雄吾は、左前足をギリギリのところで回避した。今までは鱗を砕いて離脱していた雄吾を目で追おうとしたラトナムだったが、腕を振り抜いた先には影も形も残っていない。

 振り抜いた左前足に激痛が走り、ようやくその位置に気付く。雄吾は鱗に捕まって腕に取り付いていたのだ。

 斧で鱗を砕いた雄吾が、肘の骨に剣を深々と突き刺した。


「オノレ……我がプラーナを受けた子の武器でッ!」

「お喋りしている余裕は無いぜ?」


 ブレスを吐く前に悪態をついたラトナムの口内に向けて、雄吾は腰から取り出した小さな杭を射出した。

 熱線を打ち出すようにプラーナを圧縮させて撃ち出された杭は、音速を突破して空気の壁を打ち破る。

 ソニックブームの衝撃に硬直した口内に杭が飛び込む。深々と肉を抉り、埋まっていく激痛に悶える古龍を見上げながら、雄吾は再び地上へと落下する。ラトナムが動きを止めている間はプラーナを節約するためだ。

 そこに隙はあるものの、雄吾はいつでも次の攻撃を回避出来るようにラトナムの四肢と尾に注意を払っていた。

 だから、ラトナムの全身が急接近したときに雄吾は咄嗟に反応することが出来なかった。


 前足も尻尾も使えなくなったラトナムが選んだのは体当たり。今まで全身を使って攻撃などしたことがないラトナムにとっては切り札でもなんでもなく、前足が使えなくなったための苦肉の策だったがこれが功を奏した。

 雄吾は全力で空中へと踏み切ったが、ラトナムの巨体をかわしきることが出来ない。

 プラーナを何重にも重ねた盾を張ったものの、雄吾は谷を一つ超える勢いで跳ね飛ばされていた。

 空中で錐揉み回転をする雄吾に向かって、ラトナムが巨大な火球を作り出す。今の偶然の攻防で自分の利点を悟ったラトナムは、火力を上げるよりも避けきれない巨大な火球を作ることを選んでいた。


「!!」


 口先に作り出した火球を、無言の気合を入れながら発射する。

 雄吾が回避出来ずに飲み込まれたことを確認して、ラトナムは遠隔で火球にプラーナを注ぎ込み続ける。

 作り終わった魔法に後からプラーナを注ぎ込むという世界で初めての試みは成功した。

 雄吾を飲み込んだ火球の色が赤から青、青から白に変わっていく。

 ラトナムはプラーナを全て攻撃へと傾ける。傷を塞ぎ、流れ出す血を止めることよりも、確実に敵を排除することを選んだ。


 火球の中から強烈に放射されていた雄吾のプラーナが弱まっていく。

 勝利への道が、ハッキリと見えた。

 全ての意識を攻撃に向けたその時、ラトナムの胸に史上最も危険な衝撃が突き刺さった。

 何事かと胸元を見下ろせば、雷の尾を引いた杭が深々と喰い込んでいる。


「さすがは"俺"だ。良い物を思いついてくれる」


 気付けば黒の鎧で炎の尾を引きながら雄吾が接近していた。

 ラトナムは全身からプラーナを放って敵を弾き飛ばそうとする。体内のプラーナを集中させ、解放する。追加の杭を打ち込まれる前には終わる簡単なシングルアクションだ。


 雄吾の攻撃が、杭に手を触れて用意していた魔法を発動させるだけという、更に短いものでなければ成功していただろう。


「ようやくだ、ラトナム」


 杭を通して増幅された魔法がラトナムの心臓とその中にあるプラーナ・コアへと送り込まれる。

 この魔法で多くの龍が生命を失うところを見てきた。

 絶対に己はすまいと思っていた断末魔の叫びをラトナムはあげた。


「ユ、ー、ゴ、オ、オオオオオオォォォォォ!!!」


 全身のプラーナが散り散りに離れていく恐怖。それに抗うために全身のプラーナを集中させようと気を込めようとするが、今までは息を吸うようにできていたことが全く上手くいかない。

 力を緩めれば今すぐに自分が薄れてしまいそうな。否、まさしく薄れて消えるこの魔法を浴びて生き延びたのは、人造プラーナ・コアを持つ唯一人のみ。


 己のコアを維持することだけに努めるラトナムを、雄吾は火口へと押し込んだ。

 龍の瞳が驚愕に見開かれ、雄吾はそれを見て満足げに笑みを浮かべた。


「マグマが本当に効かないなら、お前はすぐに復讐に来るよな、ラトナム。この数百年でプラーナを使わずにマグマに耐えられるようになったか?」


 もしそうならば、この龍がプラーナで身を守りながら姿を表しただろうか。自らの鱗に絶対の自信を持つ、最強最古の古龍が。


 気を散らしたラトナムのプラーナが一気に薄くなる。もはや抵抗のために体すら動かせない龍を、雄吾はマグマの中に叩き込み、自らの肉体ごと奥深くへと押し込んでいく。

 痛覚を消した肉体が燃え溶かされて消えていく。プラーナで肉体を保護することでその進行を遅らせはするものの、完全に留めることはできない。

 だが、龍の鱗が溶けるより、一秒一刹那だけでも長く生き残ることができれば雄吾はそれで良かった。


 ユーゴとバランとバナンの開発した武器を使ったのは、人生最後の戦いでどうしてもこの龍を自らの手で仕留めたかったからだ。

 だが本心で言えば、ラトナムのプラーナから出来た武器を使うなど、業腹であることに変わりはない。


 悪神の鱗、肉、骨、血。その全てがこの世に一欠片でも残る事が雄吾には許せず、赦すつもりもなかった。


(待たせたな、みんな………)


 鱗の最後の一欠片が溶けて消え、雄吾のプラーナも底をつきる。

 誰に看取られることもなく、世界に在り続けた彼らのプラーナは世界へと還っていった。

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