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れぶなんと!!~ゾンビに転生してサバイバル~  作者:
レブナントと残された国
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悪神ラトナム

 目が覚めて視界に映ったのは見知らぬ天井だった。

 呆然と天井を見つめていると、横から声がかかる。


「リオン様。お目覚めになられましたか」

「……ダレンか。何故お前が首都に居る?」

「ここはドワーフの国で、首都じゃありませんよ、リオン様。貴方は腐れ谷から撤退してきて意識を失った重傷のまま、交渉のために輸送されてきました」


 ダレンの端的な説明を聞いて、ようやくリオンの頭にかかっていた霞が晴れてきた。

 腐れ谷を抑え、それらをアーヴィアンに譲るという一連の平和交渉の結果を守れなかった自分。死属に敗北し、あまつさえラトナムの鱗から作った盾を破壊される始末。頭が痛くても仕方のない失態だ。

 下手をすればアーヴィアンとの戦争は再発する。元々、劣勢になっていたのだ。そうなっては国の危機である。

 だが、それは鱗を下賜された存在の怒りを買うことに比べればまだましな未来だ。


「ラトナム様との交渉か」

「その通りです。リオン様の目が覚めたら動けなくても良いから連れてこいと、あの方も仰せです」

「……では、申し訳ないが運んでもらうとしようか」


 リオンが諾と受け取ると、ダレンは一度苦々しげに表情を変えてから部屋を出ていった。


「分かりやすいアピールだ。それとも励ましかな?」


 ダレンは腹の中を隠せないタイプの男では無いとリオンは評価していた。その彼があからさまな態度を取ったということの意味を、リオンが考えると思ったからこそのアクションだろう。

 自分の立場をアピールしつつ、何も言及しないことでリオンと同じ内心だということを証したのである。

 そう、リオンは決して納得などしていなかった。

 古龍の操り人形にならなければいけない現状を、一度たりともリオンは納得したことなど無い。


 そしてその反面、リオンはラトナムの意向に背いたことも一度たりとて無い。

 この後ラトナムに何を叱責されるのか。下手したら命を取られる可能性もあるが、リオンはある意味で開き直っていた。


 あの男は強かった。

 クラウドを打ち倒したというレブナント。ダレンが奴に一撃をお見舞いできたのは、状況が助けた幸運かもしれないが、大した幸運だったようだ。

 あれに負けてしまったのだから、今の自分ではどうしようもない。だが自分以上の結果を出せた者が他にはいないだろう、という点をリオンは確信していた。


 であれば、あったままの事実を伝えるしか無いだろう。

 リオンが傑物であったのは、事前に「開き直ろう」と決めた一事を、実際に古龍を目の前にしても貫ける豪胆さからもってしても明白であった。


 担架に乗せられたリオンが運ばれてきたのは、ドワーフの国の更に奥。

 マグマに周囲を覆われた洞窟の底である。

 煮えたぎるマグマに浸かった赤い古龍が、ダレンの呼びかけに応えてゆっくりとその姿を表した。


 全身を覆った赤い鱗。見るものの心胆を凍え突かせる黄色の眼球。側に居るだけで身を焼かれる様な溢れ出るプラーナ。"様な"どころか実際にラトナムのプラーナに触れた粛清隊の隊員たちは肌がチリチリと焼け始めていた。

 ダレンがリオンに肩を貸して、他の隊員よりも前に出る。肌が焼けないのはプラーナで己の身を守れるものだけで、この場にいる人間でそれが出来るのはこの二人だけだった。


「災難だったな、リオン」

「災難などと。私の力不足が原因です」

「フン。我の機嫌を窺うために、死に体のまま運ばれたことを言っていたのだがな。貴様は何を災難だったと思っているのだ?」


 下っ端の隊員達の肌が焦げていくが、彼らに退出は許されていない。

 リオンは彼らのためにもいち早く会話を切り上げたかったが、ラトナムはそれを分かっていてあえて迂遠に話を進める。

 人間を虐げることに、生来快感を覚えるのが龍という種族だった。人間だけに限らず自分達以外のすべての種族が対象になるが、心理的に虐げることが出来るのは人間を含めた一部の種族だけだ。その絶好の機会をラトナムが逃すはずが無かった。


「腐れ谷で敗北を喫しました」

「ほう。死属相手にか?」

「はい。アーヴィアンに譲渡するための砦を占領していたのですが、死属達の大軍に襲われ、あえなく。特に敵の首魁は強く、私もこの様な無様を晒しております」

「ほうほう。だが貴様には我が鱗を譲っていただろう。あれは持ち出さなかったのか?」

「私がこの場に送られましたのは、その謝罪のためで御座います。ラトナム様の鱗より作りし盾を破壊された故に御座いますれば」


 リオンはダレンを突き飛ばすと、焦げた大地に額をこすりつけた。

 茶番だ。そう思いながらもリオンが隊員達やラトナムという国を守るために出来ることは、これしかなかった。


「口惜しいか、リオン」

「……はい」

「そうでなくてはな。己の至らなさを恥じ、悔み、憤る。

 人間の頭を抑えつける古龍という存在を憎みながらも己の立場を把握し、諦める事無く、至らなさを噛み締める。貴様のような支配しがいの有る人間が居なくては飽きてしまうというものだ」

「ラトナム様の御寛恕の元に生きている小さき我が身を思い知るばかりです」


 リオンの態度に心象を良くしたラトナムが、ぐふっぐふっと息を殺して笑う。

 大きく息を吸って声をあげて笑っては、火炎の息で洞窟ごと人間を全て溶かしてしまうからだ。

 気まぐれにそうされてもおかしくない相手を前にして、苦悶の声を堪える隊員と、肌が焼けても微動だにしないリオンを見て満足したのか。

 ラトナムは話の続きを急かした。自らの鱗がどのように破壊されたのかを彼は聞きたがった。


「……敵は白銀の武器を使っておりました。恐らく、ラトナム様が回収させていた龍の力が宿っていたと思われます」

「だが人間の振るう剣や斧では、我の鱗を砕いて貴様が重傷を負うほどの力は出せまい?」

「敵の首魁は左手を義手にしておりました。こちらのダレンからの情報と照らし合わせ、龍の力を宿した義手を使っていたと思われます。その義手から高速の杭を打ち出すあの兵器……。ユーゴと名乗ったあのレブナントは尋常ではありませんでした」


 リオンはユーゴが放った攻撃を思い出して腹の傷が疼くのをこらえていたが、一瞬遅れて異変に気付いた。

 ラトナムの気配が険呑な方向に変わっていたのだ。


「ゆうご、と言ったか?」

「はい。あのレブナントはそのように名乗っていましたが」

「面を上げよ、リオン。その他の者達も退出してよい」

「はっ。ダレン、隊員たちを引き連れて下がれ」

「………了解致しました。ご無理はなさりませぬよう」


 この後何が起こるのか分かるはずもなく、ダレンの挨拶は空々しいにも程があったが、気休めにはなった。

 リオンは全員が退出したことを確認すると、痛む体を押して直立し、ラトナムを見上げた。


「忌々しい名だ。例え赤の他人であろうとも、忌々しいことこの上ない。よって、貴様には再び我が力をくれてやろう、リオン・オブライエン」

「私一代の間に、二度も御寛恕頂けること、感謝いたします」

「なぁに。感謝は生きていたらすればよい」


 ゾッと恐怖が背筋を走り、心の半分は既に諦めでそれを受け入れていた。

 返事を返す間もなくリオンはラトナムのプラーナに包まれていた。

 息をすることも出来ないプラーナの繭に包まれて、リオン・オブライエンは息を引き取った。



□□□□□



 自分が死んだ事を自覚して見る光景をなんと呼ぶのか、生前の学びが浅かったとリオンはぼんやりと考えていた。

 明晰夢、という言葉が一番近い状況を表しているように彼には思えた。

 自分が死んだことは自覚している。だが自分の死体が神河に流されていないにも関わらず死後の世界に辿り着いたとは考えたくなかった。

 だとしても、ここが死後の世界だとしたらどんな世界なのか、眼で見てみなければ。

 そう思ったリオンは後悔した。


 視界は揺蕩う黄色の波の中にあった。当たり前の話だが、見たことはないがマグマの中にいるかのような感覚だ。

 それだけならば夢の中だと笑えば良い。

 だがそのマグマの中を、死者の顔が流れていくとなれば話は別だった。


 腐れ谷で死んでいった同士達。修行時代に亡くなった冒険者仲間。看取った親族。そして、恩師。


(クラウド……期待に答えられなくて済まない)


 リオンは通り過ぎていく顔の全てに、心だけでも頭を下げた。自分の体はあるようなのに、視界以外は自由にならず、声も出ない。

 済まない。済まない。済まない。済まない。


『素晴らしいぞ、リオン・オブライエン。貴様は心の底から悔いているというのに、欠片も疑わずにそれが必要な犠牲であったと納得している。

 人間離れしたその精神。我が力を受け取るに相応しい』


(私はまだ死んで居ないのか?)


『それを知るためにも目覚めるのだ。楔は既に抜かれてしまった。

 疾く目覚めよ、リオン・オブライエン。そして人の子を引き連れて南へ向かい、死属を駆逐するのだ!』


 殻が、割れた。

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