首都攻略戦(中)
首都リーブランドの整理された街路をレブナントとスケルトンとモンスター達がゾロゾロと移動する。
ただ移動したのでは狙い撃ちにされるだけなのであらゆる手を使って都市を攻略していく。
『ユーゴ、西第三区画の回路は閉じたよ』
『アレク、ノイッシュ、まだ敵の反応は無いのか?』
『ありませんね。生き物すらいませんよ』
『こちらノイッシュ、同じくです』
分散させた部隊から連絡が入る。
戦力を分散させるデメリットもあるが、ユーゴはあえてスピードを優先させる作戦を採っていた。レブナント同士であれば連絡が取りやすい。どこかの部隊がやられた時も他の部隊が生き残れる可能性がある。
だが予想に反して敵どころか生物の姿さえ、首都には存在しなかった。
怪しいと訝しむことは出来るが、足を止めても状況は変わらない。街から逃げるにしても大きな犠牲を払う必要があるだろう。レブナント達はリリアーヌを軽く恨みながらも、いずれは踏み込まねばならなかったのだと腹を括って走り回っていた。
『西第二区画で射線誘導しているけど、こちらには釣られないわね』
『……俺も様子を窺ってるが、全く反応が無いな』
エクセレン達にはプラーナ回路になっている大きな通りをまっすぐ尖塔に向かって走らせつつ、壁を崩して射線を塞ぎながら回路も破綻させる。
サラにはその誘導と、同じく回路を塞ぐために廃屋を破壊しながら進ませている。
どちらかに牽制の射撃があってもおかしくないのだが、敵の主砲と思われるビームは一度も発射されていない。
(あのビームはプラーナの射撃じゃなく、熱エネルギーだった。あの威力なら廃屋ごと貫通して撃てるはずだ。何故使わない?)
ユーゴは熱でスケルトンの骨が溶けたことから、敵が使った攻撃の種類をそう予測していた。
だが敵は次弾を撃たない。攻撃の正体も判明せず、攻略の糸口が見えないままだった。
『ユーゴ。私は南側の柱についたぞ?』
『もう少し待ってくれ。今エクセレンが』
『ついたよ、リリィ!一分後に爆破。オッケー?』
『オッケー、じゃ』
エクセレンとリリィがスムーズに準備を進める中、ユーゴはカウントダウン役をつとめた。
敵がこちらの動きと狙いについて確信をもっていなくとも、尖塔を壊して回っていることに気付けば止めるはずだ。
第一ラウンドはユーゴが囮になって逃げ延びたが、尖塔を爆破したら第二ラウンドが始まるはずだった。
ユーゴはスリーカウントを数え終え、届いてきた爆音が静まるのを待って再び念話を送った。
いずれの部隊からも返事がない。
ユーゴは迷わず廃屋を飛び出していった。
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爆破の魔法を唱え終わってプラーナを消耗し、動きを止めていたエクセレンの前に二人の騎士が立っていた。
エクセレンは身を挺して自分を守ってくれた騎士の背中を見上げて悦に浸っていたのだが、すぐさまアレクに叱責される。
『エクセレン副将。すぐに護衛と一緒に後退して距離を取って下さい』
『……あれから逃げ切れると思う?私も戦うよ』
立ち上がって膝の汚れをぽんぽんと払うと、エクセレンは敵の姿を検分した。
敵もまた騎士である。軽装鎧に身を固め、全員が黒の鎖帷子を着込んでいる。
そして何より驚くべきことは、彼らが全員死属であるということだ。
『アンタ達もレブナントなんだね。それなら念話も聞こえてるでしょ?』
『目で見ただけで分かるか。お前達は何者だ?』
『アンタ達こそ何者なのよ。こんな腐れ谷の奥地で、』
『……今なんと申した?』
エクセレンは会話で時間を稼いでいるつもりだったが、地雷を踏み抜いた感覚があった。
アレクは溜息を付き、ノイッシュは口元を引き結んで、どちらも互いに剣を握る手に力を込めていた。
『この国を腐れ谷と、そのような不吉な名前で呼んだのか?』
『今は、そう呼ばれているわ』
『そうか。そうか……』
先頭に居る騎士は空に剣を掲げながら言った。
『我等、誇り高きリーブランド騎士団は、英雄王を護る者也!』
『応!』
『我等が国を荒らす者、龍に非ずとも滅すべし!』
『応!!』
士気を高める騎士団と一緒に、エクセレンのテンションも跳ね上がっていた。
嫌な予感がしたアレクだが、敵から目を背けることは出来ない。
「アンタ達はレブナントだけど生前の記憶があるのね?」
『無論だ』
「どうして?ゾンビから進化したレブナントは新しいコアと命だから、生前の記憶を持たないはず。つまりアンタ達をレブナントにした奴は、死霊術を使えるのね?」
『死霊術だと?現世の者は王の秘術をそのような不遜な名で呼んでいるのか?』
「ごめんね。そればかりは私個人じゃなんともならないんだけど、アンタ達の中にその秘術を使える者は居るの?」
『秘されるから秘術なのだ。王のみに許された御業について我々が』
「あっそ。知らないんだ。じゃあ本人に聞かないと、ね!」
まともに成立していない会話をぶった切って、エクセレンが地面に向かって魔法を発射する。爆炎と火柱が上がり、敵味方の視界が一瞬だけ遮られ、騎士達は憤った。
前に立つ二人の騎士には礼儀というものがあった。だがこの女はどうだ。不敬と不遜を煮詰めた最悪の存在だ。それが王に話を聞きに行くなど、例え不可能であっても捨て置けるはずがない。
騎士達は鬨の声を上げて爆炎を突っ切り、エクセレン達へと突撃していった。
一方で、エクセレンの上げた火柱を見てサラの部隊も行動を開始する。
サラ達の元に騎士たちは現れていないが、爆炎は合図だ。彼女が引き連れていた十人ほどの部隊に与えられていた任務はプラーナ回路を閉じることだったが、戦闘に入った場合は別の指示を与えられている。
エクセレンの後方を追いかけていたサラ達はとって返して南街区へと走った。当然城からの射撃は警戒していたのだが、ユーゴからの通信と同様に音沙汰なしだ。
「全員、所定の尖塔を爆破しなさい」
「リリアーヌ様の支援に向かうのでは?」
「尖塔は迅速に破壊すべきよ。城からの射撃を警戒していたけれど、今の状況なら本来取るべき最善手を狙うべきだと思うわ」
「……了解しました。サラ様はリリアーヌ様のもとに?」
「そうね。本来の職務を完全に放棄してしまうのもまずいから」
「御武運を」
「貴方達も」
サラの部下は音もなく散開していく。
射撃を警戒せずに速度を上げるのはサラも同じだ。それでエクセレン達が狙われないのであれば、自分が狙われる意味がある。
だが結果として一度の射撃も迎えないまま、サラはリリアーヌが破壊した尖塔へと辿り着いた。
彼女達は知る由もないが、そこにはエクセレンの前にも現れたリーブランド騎士団の面々が存在していた。
「お仲間が来たようだぞ」
「なんじゃ。部下は全員やられたのか、サラ?」
「そんなわけないでしょう。城からの狙撃がないから先行させたのよ」
先行という言葉を聞いた騎士団の隊長が右手を上げて後ろへ振る。他の尖塔を守りに行けという指示だったが、それを見逃すサラではない。
クリスタルドラゴン製の投げナイフをどこからか取り出したサラが、抜く手も投げる手も見せずにナイフを投擲する。振る直前の右手にナイフが深々と突き刺さり、騎士団員が全員武器を抜いた。
「せっかく私が会話による解決策を探しておったというのに、お前という女は」
「あら、時間稼ぎが必要なら私が一人でやってみせるわ。後ろで震えていなさい」
サラは右手に魔剣、左手に投げナイフを構えて走り出す。
敵は二十人からなる騎士団員だ。しかもここがまだ人間の国だった時代から存在しているレブナントである。考えるまでもなく強敵だ。
サラはそれらの情報は一切知らないままに切り込んでいったが、知っていても同じように行動しただろう。
サラが先頭に立っている騎士達に向けてナイフを投げ、自分は空中を駆け上って頭上から隊長に急降下をしかける。狙われた騎士は刺し違える覚悟で剣を突き出したが、空中で蝶のように回避したサラは直前で再び空中に逃げて行く。
彼女を見上げていた隊員たちはその時既に隊長の首から上が消失していることに気付いていない。気持ち良くプラーナの弾丸を指先から連射するリリアーヌが高らかに笑った。
「貴様ら一人一人が龍に匹敵するならばまだしも、第四位階程度の実力で私の前に立つなど。身の程を知れい!」
「前衛突撃!後衛は空中の女を狙え!」
リリアーヌの罵声は無視して隊員内から次の指示が飛んだ。隊長が死んでもスムーズに指揮系統が移行した証拠に、隊員達はその命令に一糸乱れず従う。
『あなた、あの盾も貫通させられるの?』
『いいや。じゃが問題ないぞ』
盾を隙間なく構えた騎士達が駆け出し、隙間のない壁が迫る。
右か左か上か、いずれかの方向に避けた瞬間に後続がそれを追い立てる陣形だ。リリアーヌはそれを察知することなど全くなく、委細気にせず腕を軽く振った。
吸血鬼という存在と戦ったことのない騎士団は、彼女らと戦う時に気をつけるべきことを何一つ知る由もない。
例えば、影。
本来は光が当たらないだけの物理現象である。吸血鬼は陽光のプラーナがない場所ならば己のプラーナを通す事ができる。光を通す隙間もなく影で彼女を覆った時点でリリアーヌには逃げ場しかない。
影を通して盾の裏側にプラーナを通せば、無防備な首元に影から伸びたプラーナの刃を当てることなど歌うように容易い。
例えば、血。
生属が肉体にプラーナを通す際の媒介となる血液を操るなど、プラーナそのものを武器にするより遥かに容易い。
死体の首から飛び出る噴水をまとめて槍にして後列に向けて発射する。
前衛十人の半分の半分が死に、残るは二人。
味方の死体からすかさず離れた一人が、リリアーヌを見失ったことに気付く。
頭に思い浮かんだ言葉は荒唐無稽な単語。
「瞬間移動……?バカな!」
「そんなわけがなかろう。だがそう見えてもおかしくはないのう」
足元から声が聞こえた時には既に首が胴体から離れていた。
落ちる頭が影の中から上半身を突き出すリリアーヌと目線を合わせてしまう。
自分をプラーナに溶かして影の中を移動するなど、死に行く一瞬で理解できるはずもない。
その光景を遠くから見ていた残りの一人も抵抗できずに首を落とされた。
「ふぅむ。やはりハイ・レブナントの血は濃厚で美味じゃ。そちらは終わったか?」
リリアーヌが視線を向けると、サラが片手の指より少なくなった隊員たちと戦っていた。
リリアーヌは軽くあしらったが第四位階の戦士は人間界では最上級の格だ。それを超えられる人間は国に一人いるかいないか。レブナント軍でもサラを含めて数えるほどしか第四位階のレブナントは存在しない。
同じ位階のサラが優勢なのは偏に装備のおかげだ。整備し続けてきたとは言えアンティークの剣では、最新の武器には敵わない。ましてやドワーフでも見たことのないクリスタルドラゴンのナイフと、世にも珍しい魔剣だ。
人間の敵が獣しか居なかった時代の兵士には、対人戦を極めたと言ってもいいほどの年月を戦い続けたサラの敵ではなかった。
最後の騎士の首を落とし、サラは長く息を吐き、呼吸を整える。
「第四位階だもの。この程度よ」
「くふふ、嫌味を言える程度には完勝しておるくせに」
リリアーヌはどこからか二つの杯を取り出すと、首から血を吹き出している騎士の血を注いだ。
吸血鬼はもちろん、ゾンビやレブナントにとってプラーナに満ちた血液というのは補給に最適の食事だ。
リリアーヌは美味しそうに、サラは味覚を消してそれを飲み干した。
「ところで、ユーゴとは連絡が取れないままかや?」
「そうね。尖塔の破壊からこっち、彼の思い描いた通りになってる」
「………では、お主の部下が尖塔を破壊するまでは今しばらく回復に努めるかのう」
リリアーヌはもう一杯血を注ぎ、サラは謹んでお断りした。
エクセレン達の方角からも戦闘音は聞こえてこない。
あとは我らの大将が勝つかどうか。
首都の尖塔が次々に倒れて行くなか、散らばっていたメンバー達が開け放たれた城の正門前に集まる。
正門は既に開け放たれ、中からは戦闘の音が響いていた。




