侵入者
ハイ・レブナントに覚醒してから二ヶ月が過ぎていた。
冒険者と戦う日々は順調だった。
ハイ・レブナントとしてゾンビを巧みに操る術にも習熟し、肉体が蘇って"成長"することができるようになったおかげで、ユーゴの剣術も幾分かマシになっていた。
体内のプラーナを制御する技術も日毎に向上し、味覚や嗅覚を必要なときだけ有効にして食事を楽しみながらゾンビまみれの街で上手く生活できるようになった。
ユーゴ自身としては魔法の技術も成長してきていると実感していた。
まぁ、これは比較対象がいないので自画自賛でしかなかったが。
それから、冒険者相手のサービスも増えてきた。
やりすぎるとまた粛清隊がやって来かねない。適度に負けたり、冒険者から奪った装備を着せたゾンビを倒させることで、報酬に満足して冒険者を帰すことも度々あった。
なにせこの街では金貨に価値がない。ずっしりとした金貨袋を腰に下げたゾンビをふらつかせるだけで良いのだから楽なものである。
気を良くして何度もやってきた冒険者にはゾンビの仲間入りをしてもらったが。
冒険者から奪った戦利品で衣服や隠れ家の内装も文化的になり、見た目としては順風満帆だったが、サラとユーゴの表情は暗かった。
隠れ家の一室で冒険者から奪った酒を嗜みながら話し合っていた二人が、同時にため息をつく。
話し込んでいたのは自分たち以外の戦力についてである。
兵隊として集めているゾンビの数が、一定数から伸びないのだ。
傍目には(見ているものなどいないが)順調だが、彼らが己に課した目標には遥か及んでいなかったのである。
ユーゴとサラはハイ・レブナントの更にその先、"アヴァンス"を目指すという目標を立てた。
そのためには、良質なプラーナを大量に集めなければならず、必然的に腐れ谷の奥地を目指さなくてはならない。
彼らが現在活動していたのは、腐れ谷の北西側の入り口であり、西から流れ込む大河を中心とした街の廃墟だ。
ここから先は東に街道が続いて砦に至り、そこからさらに東と南に道が伸びている。
領土拡張の目標になったのは、当然その砦だった。
腐れ谷は、大昔に戦争で滅んだ国家の跡地であるため、外縁部には街が点在しているが、中心部に近づくほど砦や関所が増える。
それらの建造物は、大抵がプラーナの質・量ともに好立地な場所に建造されていた。つまり、これらの拠点を手に入れていくことが勝利への道筋そのものといえる。
だが、すぐさまユーゴ達がその砦に挑まないのには、理由があった。
砦には、そこを牛耳る首領が存在したのだ。
「あの砦には、死属は一匹も居ないわ。あそこに居るのは、全て物質属のモンスターよ」
「物質属……動く木とか、知性有る剣とかだっけ?」
「そう。プラーナが肉ではなく、土石や樹木、果ては武具なんかに集まった結果、プラーナ・コアが生まれた存在よ。それが物質属。あそこには完全装備で砦を守る、騎士の怨霊が居るらしいの」
完全装備と言うのは、全身を鎧で覆い、隙間は帷子で守り、身を隠せる巨大な盾を装備している状態を指す。
武器は片手に最低限。相手の攻撃を耐え、しかる後に傷を与えればいい、という思考の重装備だ。
防御力は高いが、機動力はほぼゼロ。
数を頼りに襲えばなんとかなりそうだが、その程度で攻略できる敵であればサラの表情が曇るはずがなかった。
「完全装備の冒険者は、キツかったけど倒したことあるよな。ゾンビで押しつぶして群がって噛み付いてたら鎧の上からプラーナを食い尽くしてたじゃないか。何が問題なんだ?」
「コアが宿った鎧は人間サイズじゃなくて、数メートルはある巨大なモンスター用の頑丈なやつだった。生きた人間を簡単に薙ぎ倒して肉片に変えていたわ。それと」
「それと?」
「魔法を弾き飛ばしてた。かなり古代から存在する鎧なのでしょうね。ゾンビがプラーナを食らうのも魔法のようなプラーナを操作する術だから、あの鎧の上からプラーナを吸い出すことは恐らく不可能だと思う」
対魔法防御付きの巨大で硬い動く鎧かぁ。
手詰まりなのはなんとなく分かりつつ、ユーゴは念のため聞いてみた。
「……解決策は?」
「魔法で攻撃することかしら。魔法対策のされている完全装備を、力づくで屈服させるだけの魔法が使えるのなら、だけど」
「そんな魔法使いに出会っていたら、俺達はとうの昔に全滅してるな」
「そういうこと。力づくで抑えながら、少しずつ奴のプラーナを喰らうとしても、押さえつけるのに数百のゾンビが必要になると思うわ」
数百、という言葉にユーゴはため息を付いて俯いた。
伸び悩んでいるゾンビの実数は、100から200の間。つまり、現在の戦力は必要な戦力の数分の一に満たないのである。
「……詰んでるなぁ」
ゾンビの数が増えなくなった原因はわかっていた。
土地の広さやプラーナの供給量が、総じて足りないのだ。
つまり土地を広げるか、より良質のプラーナを、大量のゾンビに与え続けなければならないのだ。
「そのために奥地が必要、と」
不利な状況への悪態も尽きてきた。
というわけで、二人は揃ってため息をついて項垂れていたのだった。
伸びてきた髪をガシガシとかき乱すと、指に絡まって大量の頭髪が抜けていた。
ここ数日は先々の戦略を考え続けていたため、ユーゴ自身が戦闘に出ることが少なかった。おかげでプラーナも不足しているのだろう。
幸いこの程度の変調なら、良質なプラーナが溜まる場所に数時間とどまれば解決することは分かっていた。
ユーゴはサラに一声かけてから、曇り空の下へ出かけることにした。
◆◆◆
ユーゴが異変に気づいたのは、目的地である墓地に足を踏み入れた時だった。
『サラ、質問がある。プラーナが溜まる場所って、消えたり出たりするものなのか?』
『ユーゴにしては冴えない質問ね。あれは大地を流れる深い巨大な川のようなもの。あなた目の前に大きな川が突如現れるのを見たことある?』
『じゃあ落ち着いて聞いてくれ。東地区の墓地に流れ込んでたプラーナの流れが大きく変わってる』
『……ホントだとしたら歴史に残る自然現象か』
『誰かが引き起こしたか、だよな』
サラは「私も向かうから無茶はしないで」と返すと、すぐにテレパシーを切断した。
このままじっと待つこともできたが、ユーゴはまず墓地を見下ろせる近場の家の二階へと移動した。
息を潜めて周囲の物音や気配を探るが、襲撃の気配はない。
つまり、ユーゴやサラを狙った待ち伏せや罠である可能性は、一旦否定出来た。
レブナントが根城にしている墓場という理由ではなく、純粋にプラーナを大量に必要としているのだろうか。
大気中のプラーナではなく、地脈レベルの量を必要とするとはただ事ではない。
流れを変えられたプラーナの行き先を追おうと決心して、ユーゴはゆっくりとまぶたを閉じる。
全身の隅々まで行き渡っているプラーナを血流のようにイメージして、目元に向かって流れ込ませる。
ゲームのしすぎで目がズキズキしていた時の感覚を思い出しながら集中していると、じんわりと暖かい何かが眼球の周囲に集まってきた。ゆっくりと目を開いた彼の視界には、緑色の綿を引き伸ばしたような"プラーナ"の流れが映っていた。
昨日までは、東西にある出入り口の両方からプラーナが流れ込み、柵の内側にプラーナが満ちていたはずだ。
だが、東側から流れ込むはずのプラーナは途中で軌道を変えられて、近くにある市街地へと伸びている。
『市街地にプラーナが流れてる。確認してくるよ』
腰に吊るした剣を握りしめ、ユーゴは返事も待たずに市街地へと駆けていった。