御禁制
ユーゴ達はまずガラトナム城へと向かった。
第一区画で仲間にした位階の低いレブナントを鍛えるために移送しつつ、エルヴィンと今後の指揮系統について直接すり合わせるためだ。
レブナント達は日頃の連絡を念話で行うことが多いが、実際の相談事などは顔を合わせてすることが多い。便利な技術があっても"人間"同士のコミュニケーションには相手の機微を掴む必要があった。表情の見えない念話ではそれができない。
レブナント達を引き連れてやってきたユーゴを、エルヴィン達は喜んで迎え入れた。
仰々しく門を開け、立ち並ぶレブナント達の中央を歩いて行くユーゴには、数ヶ月前には無かった威厳が少しずつ備わっていた。
のだが、エルヴィンが普段詰めている司令官室に入った途端、その化けの皮は少年に剥がされることになった。
「元粛清隊の隊員をアシッド砦の司令官にするなんて、何考えてるんですか!」
「色々考えてるよ。だからまずは話を聞け、エルヴィン」
「そうやって粛清隊の隊員に裏切られた実績を覆せるだけの理由があるならば聞きますが?」
ぷりぷりと怒るエルヴィンに苦笑しながら、ユーゴは紙に何かを書いてエルヴィンに見せた。
エルヴィンは眉をひそめながら一通り目を通して、まぶたを閉じて顔を上げて天井を見上げた。
「……確かに、これなら大丈夫だと思いますが」
「何を見せたのかしら」
「そうじゃ、私達にも見せよ」
エルヴィンは紙を女性陣に渡した。
目を通した二人はぎょっと目を見開いた。
「粛清隊の、しかも百人長に縛りを設けるのに、これだけの条件しかつけていないの?」
「細かいルールをたくさん作って条件を複雑にすると、逆に抜け穴ができる。リィンの時は彼女を説得する方法もマズかったし、その反省点は活かしてるつもりだ」
書かれていたのは粛清隊員にかけた死霊術による呪縛の条件。
ただしそれは二行しかなかった。
一つ、粛清隊ではなく神聖教会の教義を絶対遵守すること。
二つ、神聖教会の教義が死属の素体を腐れ谷に送る意味を忘れぬこと。
裏切り行為に加担しないこと、などという曖昧で広範な命令は拘束力が低くなるのが死霊術の弱点だった。穴を突かれる可能性がない具体的な命令に絞るのが定石だったが、とはいえこの二つの条件は全くレブナント軍に関係のない命令だった。
訝しんだサラ達にユーゴは意図を説明した。
「命令でやる気を出させるより、自発的に死属であることを認めさせるほうがいい」
「神聖教会の教義……たしかにそれが元でゾンビが増えていると考えられなくもないけれど、認めるかしら?」
「ランスもルーリエも、現に認めてる。粛清隊の教義としてゾンビを駆逐しているのに、神聖教会そのものの教義を変えないのは理由があるはずだ、ってな。それを全員と対面で会話してる。そこに納得しないやつはレブナントにはしていないから大丈夫、だと思ってる」
「大丈夫でなかったらどうするんじゃ?」
「俺が始末する。それで片がつく」
エルヴィンが溜息をついた。
最終的にはそんな気がしていた、と言いたいことは十分に伝わったのでサラとリリアーヌはそれ以上のコメントを控えた。
同じことを何度も違う相手から言われるのは時間の無駄だ、と二人は思ったのだが、意外な事にエルヴィンは文句一つ言わずにユーゴの考えを受け入れていた。
「分かりました。粛清隊員は分散してアシッド砦とガラトナム城に配置してローテーションさせます。配分とタイミングは私に任せて頂けますか?」
「もちろん。第三位階以上のやつは、ランスかルーリエとどちらかは交代させてもいい」
「常にどちらか一人は……つまりそれだけの規模の戦闘が起こる可能性が?」
「ランス達には言ってあるが、西には気をつけておいて欲しい。俺達が第一区画を攻略して整備したのは北からのルートだから、西側は甘い部分がある」
「向こうからは冒険者も中々こないですからね……。留意しておきます」
「宜しく頼む。俺達は明日の朝にはここを出発するけど、何かあったら念話を送ってくれ」
「了解しました。そういえば、ドワーフの国からバナン氏が逃亡してきてますよ」
「……逃亡?」
トントン拍子で進んでいた会話のリズムが、最後の最後で崩れた。
逃亡とはまた大げさじゃないかと思ったが、バナンが来ているのならば実際に話を聞いてしまうのが早いだろう。
「バナンさんはガラトナムの遺骸をしまっている倉庫にいらっしゃいますよ」
エルヴィンとも話すべきことは多いとユーゴは思っていたのだが、それどころではなさそうだった。
挨拶もそこそこにユーゴは司令官室を後にした。
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バナンに会いに行ったのはユーゴとサラの二人だけだった。リリアーヌは面識もないので辞退し、酒蔵へと向かった。
ガラトナムの遺体は、戦闘後に元冒険者が総出で処理を施していた。内蔵や肉は保存食になり、骨や鱗は加工用に倉庫に保存されている。
倉庫の扉を開けると、薄暗い部屋の中でドラゴンの鱗に手を当てたバナンが立っていた。
「久しぶりだな、バナン」
「おぉ、久しいな」
「お久しぶり。ところで話を伺っても大丈夫かしら?」
「ワシからも話がある。まずはそちらの聞きたいことを話そう」
「ドワーフの国から逃げてきたってのはホントか?」
バナンは鱗から目を離さずに挨拶をし、質問にもそのままの姿勢で応えた。
「本当だが、話せることはそれほど多くないぞ?」
「バランとの取引は続けられてるらしいから、大した情報はなくてもいい。気にせずに教えてくれ」
それはそれで酷い言い草だなとサラは思ったが、当のバナンが気にしていないようだったので水をささずにバナンの話を待った。
じっとガラトナムの鱗を見ていたバナンはようやく視線をユーゴに合わせた。
「クリスタルドラゴンの素材が、全面的に禁止された」
「誰に?」
「国だ。だが裏では奴らが手を回しているに違いない。そのための派遣だったのだからな」
「理由は分かってるのか?」
「それが何のお達しもなくてのう。だが、あれを狩ってきたワシを捕らえる動きがあったようじゃ。なんとかバレないように教えてくれたバランには感謝せんとな」
(バナンは意識してないと思うけど、次の取引は色をつけるか……)
エルヴィンに念話で一方的に伝達すると、バナンがトントンと鱗を叩いた。
「ワシから話せるのはそのくらいだ。取るものは取って逃げてきたからお前達の手伝いは出来るが、設備が無いことにはそれにも限りがある。代わりに、」
「ガラトナムの素材は好きにしていい。協力してくれるなら助かるよ」
「ワシが石に戻るまであと十年以上ある。宜しく頼む」
改めてユーゴはバナンと握手を交わした。
異世界には右手で握手をしなければならない習慣はないので、ユーゴはなんとなく義手のほうを差し出したのだが、ぎゅっと握ったままバナンが押し黙る。
怪訝に思ったユーゴがどうかしたのかと聞くと、バナンはようやく手を離して腕組みをしながら言った。
「ユーゴ、聞きたいことは二つのような一つのような……とりあえずソレを使ったな?」
「あぁ。おかげでラトナムの鱗で出来た盾をぶっ壊せたよ」
「……今、何と?」
「ラトナムの鱗を削って作った盾を粛清隊の総長さんが持ってたんだ。それをぶっ壊した」
何事にも動じない、というよりは何事も気にしないバナンが口を開けて呆けているところをユーゴは初めて見た。血を分けた兄弟さえも見たことのない表情だったが、それを知らないユーゴとサラが異常事態だと気付くことができるはずもない。
バナンは手で顔を覆うと何事かをブツブツと呟き、手を外したときには瞳から涙をもこぼしていた。
「ど、どうした?」
「いいや……。お前は大した奴だな、ユーゴ。バランに伝えてやりたいことも出来た。詳しく話を聞かせてくれ」
ユーゴはその晩、バナンと一晩語り合った。
リオン・オブライエンとの戦闘。クリスタルドラゴン素材の可能性について。義手の戦果。
脇道に逸れながらも話は弾み、サラが退散した後も夜が明けるまで話は続いた。
寝不足でフラつきながらも無理やりプラーナで体調をコントロールしたユーゴは、仲間を連れてスケルトンホースでマレタ市に向けて出発した。