夜明け
「もう、この砦でこんなに苦しい朝日を見るのは勘弁だな」
アシッド砦の外壁上で、数ヶ月前にそうしていたのと同じようにユーゴはサラと朝日を眺めていた。
傍らにはランスとルーリエが控えているが、彼らはお偉いさんの会話を聞いても聞こえないふりをするのが得意なようで、黙って佇んでいた。二人を気にしないように努めながら、ユーゴは大忙しで整備される砦を見下ろしす。
ゾンビの数で言えば、第一陣が全滅してしまったのでかなり目減りしている。とはいえ浄化で倒された死体はコアが消えるだけできれいなままだ。すぐにゾンビとして蘇らせれば最終的にはプラスになるだろう。
それよりも大量に増えたレブナントの統制のほうが問題だった。ユーゴはプラーナを使い切ってガス欠状態だったが、夜通し尋問を終えてなんとか五十名程の使えるレブナントを確保していた。彼らが本当に裏切らないようにするためには強固で複雑な命令をかけておく必要がある。そのためにはエルヴィンかエクセレンの手助けが必要だ。
「いっそ彼らはガラトナム城に移動させたらどうかしら」
「それいいな。元々ここは冒険者の呼び込みを続けるつもりだったし」
ルーリエにメモを取らせて、ユーゴは中庭を見下ろした。そこには戦闘の跡が残っているが、ラトナムの鱗については部下に回収させている。だが、あの盾を砕いた衝撃はいまだにユーゴの中に残っていた。
今回の戦いもまた綱渡りだった。リオンとの戦いが楽しくなかったかと言われれば首を縦には振れないのだが、ラトナムの鱗を砕けたのは偶然だ。
ユーゴの目線を追って中庭を見ていたサラが、疑問に思っていたことをようやく質問した。
「ねぇ、ユーゴ。どうしてあの盾を砕けたのかしら。威力で言えば最初に放った技の方が強かったでしょう?」
「あれかぁ。『エックス』斬りとスラッシュクロス、どっちの名前が良いと思う?」
「……『エックス』というのが何か分からないから後者でいいわ。それで、種明かしはしてくれるの?」
ユーゴは腰からウォーハンマーを取り出して朝陽に翳した。
白銀の武器は光を反射して煌めき、眩しくて目を逸したくなるほどだ。
「ドワーフの国のダンジョンで生まれるゴーレムゾンビのほとんどは、スライムのような不定形だった。たまに人形も現れるが、ドラゴンっていうのは初めてだったそうだ」
だからこそバナンは最初に見つけたクリスタルドラゴンの幼体を誰にも話さず、自分のピッケルにしてしまったのだ。希少どころではないレア素材、預けてしまえばより格の高い工房に持って行かれてしまうのは目に見えていた。
だが、バナンは長年追い求めていたくせに、どうしたらクリスタルがドラゴンを形作るのかは全く調べていなかった。ユーゴ達も同様だが推測はできる。
「人型のゴーレムは人間のプラーナの影響を受けてたんじゃないか。プラーナのコアには魂も記憶も宿るんだ、プラーナがそれらの情報を渡すこともある」
「ガラトナムの記憶も見たのよね。とすると、クリスタルドラゴンには」
「ドラゴンのプラーナが流れていたんだろう。そこからできた武器がラトナムの鱗を傷付けられたんだから、あそこに流れ込んでいたのは」
「古龍ラトナムのプラーナ?」
「もしくはラトナムに匹敵する龍だな。ここに最強の盾と矛がある。勝つのはどっちだ……って寓話があるんだが、今回は矛が勝ったってわけだ」
正確にはそれを成し遂げるための発射台のおかげだ。
サラはジト目でユーゴの左腕を睨んだ。
「いつの間にあんなもの仕込んでいたのかしら?」
「………最初からだよ。バナンには龍と戦っても鱗を貫ける武器が欲しいと発注したんだ」
その結果として行き着いたのは剣や斧ではなく、弓。ユーゴの概念で言えば大砲だ。武器の強度に加えて発射のエネルギーで威力を引き上げれば、という構想が実を結んだのだ。
「つまり、今回リオンに勝てたのはたまたま素材があって、たまたま龍対策をしていたからなのね」
「ただリオンに勝つだけならもっと楽に勝てたよ」
ユーゴは暇な時に様々な魔法の研究を続けている。光を奪う魔法の改良から、空気中の酸素濃度を変える魔法まで、前世の知識を応用したものが多い。
その多くが相手のプラーナによって弾かれてしまったり、広範囲に仕掛けるにはプラーナが足りなかったりする。砦全体の空気を操作して窒息させられればよいのだが命を削っても実現はできない。
だが。リオン一人が相手なら話は別だ。それをしなかったのはユーゴがラトナムの盾を破壊して勝つことに執着していたからに他ならない。
「もう……もう一人で無茶をするのはやめてほしいのだけど」
サラはユーゴを後ろから抱きしめながら言った。
ルーリエが面白そうな顔をしてランスに肘鉄をくらうが、ユーゴは全て無視した。
胸の前に回されたサラの手を握る。
「無茶はしないよ。というか、したくてしてるわけじゃないんだけどな」
「戦わずに逃げることも出来たでしょう?そこで自然と戦ってしまうことを言っているのよ」
「わりぃ。だけど……」
彼女は生きている。自分もまた生きている。
それはファンタジーだから、ゾンビからレブナントに進化できるから、ハイ・レブナントという生き物がいるから。
今までそう思っていた自分の存在をユーゴは不思議に思った。
ランスに問いかけた内容は、答えの出ない問題だ。教会は死属を駆逐する方針と死属を増やす方針を両方持っている。二律背反の矛盾の狭間で生きる自分達は、もしかしたら誰かの思惑の中で生かされているのかもしれない。
それに気付いた今も、自分の中にある反抗心は本物なのか。
もしくは、それすらも。
「だけど?」
「いや、そうならないために、もう拠点は明け渡さないようにしよう。第一区画は来年の夏になっても、奴らには渡さない。色々考え直さなきゃな」
「そういうことはエルヴィンとルーリエに任せましょうか」
「とりあえず、レブナント達を連れて城に戻るか………」
数日後。無茶ぶりに怒りながらも第一区画の防衛ラインを整備した少年軍師のおかげで、レブナント達の支配する領域が腐れ谷に成立する。
冒険者達がそれに気付き、レブナント軍との組織的な抗争に入るのはまだ少し先。
しかし目と鼻の先に迫った冬の話になる。




