激突
リオン・オブライエンの戦闘スタイルは盾を使った防御を中心としつつ、優れた膂力で確実に反撃をする教科書のような戦い方だ。
対するユーゴはクラウドの肉体を使い始めてからは両手持ちの魔剣で攻めるスタイルであり、防御寄りの技術を持っていない。
互いの得物を見れば戦い方も自然と推測がつく。
リオンは腰を落として盾を前面に出し、剣を体の後ろに構えて出処を見えなくしている。
「さぁ、掛かってこい。クラウドより弱くなっていたら、ただではおかんぞ」
そのセリフには粛清隊総長としての責任感より、クラウドの仇討ちという個人の思いが籠もっている。
ユーゴの口から自然と言葉と笑みが漏れた。
「今にわからせてやるよ」
異世界にやってきてから、ユーゴを知性有る敵だと認識して敵対した同格の存在は少ない。
リオンが本当に同格の相手なのか。どちらが上で、どちらが下なのか。それを見極めるために、ユーゴは剣を逆手に握り直してプラーナを込めた。
遠当てはプラーナを込めた武器を振る必要がある。左手に握った剣を高速で振るには手首を返して左から振るか、右に構えなおしてから振り払うしかない。どちらも構えた段階で攻撃の角度がバレるだろう。
ユーゴはリオンの想像と寸分違わぬ軌道で、逆手に握った剣を振り抜いた。
振り抜かれた角度に合わせるようにして盾を構えたリオンは遠当てに込められたプラーナの量を見切り、迎撃に気持ちを切り替えようとし、先に放った遠当てに追いつくように跳躍したユーゴを見て、防御に全力を傾けた。
ユーゴは左斜め下から振り上げた遠当てが盾に接触する瞬間、突進して左斜め上からの袈裟斬りを重ねた。
まるで車が衝突したような、異世界の人間が聞いたこともないような轟音が響き渡る。
二つの斬撃を一つに重ねる必殺技は前世の知識で言えば枚挙に暇がないが、プラーナを剣に込めるだけでも高等技術なこの世界ではお目にかかったことがない。
エックス斬り、スラッシュクロス。名前は何でもいいが、大事なのは二つの攻撃を重ね合わせるタイミングがシビアな見返りに、破壊力は数段跳ね上がるということだ。
衝撃だけで言えば、砦の門を破壊する爆破魔法と同じかそれ以上の衝撃があったはずだ。
だというのに、ラトナムの盾は壊れるどころかヒビ一つ入らずに健在している。
流石に衝撃を受け止めたリオンは体勢を崩していたが、痺れる腕は即座に神聖魔法の治癒をかけて癒やしている。
ユーゴは距離を話してリオンの様子を窺った。
「お眼鏡には叶ったかい?」
「パワーだけならば。だが、戦いというのは勝ってこそ」
「違いない。それじゃ力以外もみせてやろうか?」
「私から言うことは変わらん。"掛かってこい"」
上から目線の挑発にカチンときながらも、ユーゴはその怒りを正しく転嫁した。すなわち、どんな手を使っても絶対にこの男を屈服させる、と。
怒りが綺麗に闘志へと変わり、頭の中は寝起きのようにすっきりと晴れ渡っている。
自分の戦闘スタイルを改めて思い出す。その特徴は決して力任せではなく、手を変え品を変えて相手の隙を創り出す多様さにあった。
ユーゴは左回りに移動しながら接近し、間合いギリギリまで踏み込んで平突きを放った。当然盾に防がれるので一歩後退し、直後に再び突きをおみまいする。だが更に一歩踏み込んだ攻撃にはしっかりとカウンターの剣が飛んでくる。上半身を仰け反らせて回避した勢いを利用した回し蹴りがリオンの左脇腹を狙うものの、しっかりと盾でガードされて足を斬りつけられかける。慌てて足を止めて間合いを離した。
剣の間合いを見切るのが格段に上手い、とユーゴは思った。今思い起こせば、クラウドと戦った時もフェイントには釣られずにしっかりと本命にカウンターを合わせられたものだ。
だがリオンはクラウドよりも更に上手い。もちろん武器が軽量で取り回しやすいことも、盾を持っていることも理由にはなるが、カウンターが確実にこちらの致命傷になるタイミングを絶対に見逃してくれないのだ。
そうなってくるとユーゴは魔法を使うしかなくなる。
ソニックバレットを横から当てて体勢を崩させようとしたが、逆に風に乗るように身を飛ばして距離を離されてしまう。
炎の矢、氷の飛礫などの遠距離攻撃は当然盾で防がれる。唯一雷の魔法だけは全力で防御に回ってもらえるが、雷を作り出すのではなく雷が発生するように環境を操作する魔法のため、連発は出来ない。
ランスの使っていた時間差による魔法攻撃も、サラを真似た空中殺法も、エクセレンから学んだ消散の魔法も、全てがラトナムの盾によって防がれた。
「その盾はやっぱり潰しておかなきゃならないぜ」
「ほう、今までは手加減をしてくれていたのか。ならばさっさと破壊するがいい」
リオンの挑発に笑みを返すユーゴだったが、そろそろ余裕を繕う余力はなくなってきていた。
ガス欠だ。そもそもユーゴは死霊術を行使するために体内のプラーナを大量に消費していた。手数を増やして隙を作ろうにも、戦闘可能な時間と、残りの行動回数が決まっているようなものだった。
(リオンが守勢に徹しているならば。いや、そもそも)
ユーゴは剣を下段に構えて腰を落とし、その場で周囲のプラーナを再び取込み始めた。
リオンは普通の人間なのでよほど集中しなければプラーナの流れは見えない。だが優れた魔法使いとしての技能を持っているリオンは、すぐに異変に気付いてそれを目で視て確認した。
「どうやらこれまでのようだな」
リオンの挑発に、ユーゴは言葉も返さない。呼吸を整え、プラーナを取り込むために全力を傾ける。
当然、敵の回復を許すはずもない。リオンは盾を押し出すようにして殴りつけるバッシュ攻撃と追撃の剣撃を常に組み合わせて、ユーゴを追い立てた。
バッシュ。後方に飛び退る。追撃は剣で叩き落とした。バッシュ。地面に向けて振り抜いた剣で相手の足を狙うことで踏み込みを浅くさせる。追撃はサイドステップで躱す。バッシュ。盾を乗り越えてリオンの頭上に回避する。頭上からのユーゴの攻撃は盾で防がれる。
絶対不壊の盾を前面に押し出しながらユーゴに圧力を掛け続け、ついにリオンが王手をかけた。着地の際に一瞬だけ硬直したユーゴの腹に、リオンの剣が刺さっていた。
後方で見守っていたサラが息を呑む。
だが彼女が戦力としてユーゴを助ける手段はない。
彼女はただ彼を信じて見つめるしかなく、彼もそれに応えて頷いた。
「このまま神聖魔法を流し込まれればさすがに抵抗できまい。随分と余裕じゃないか、レブナント」
「俺の名は、ユーゴだ。お前も息が上がっているじゃないか、リオン・オブライエン」
「……認めよう。お前は確かにクラウドよりも強い。だが、私よりは弱かった」
「それは、どうかなっ!」
ユーゴは左手の剣を逆手に持ち替えてリオンの首を狙う。同時に右手は腰裏からウォーハンマーを取り出しリオンの首の左側面を狙っていた。
左右同時に至近距離からの攻撃を受け、初めてリオンの防御が崩れた。
リオンは剣を手放して身を引き、首を狙うウォーハンマーを盾で防いだ。その代わりに、頭上からの攻撃は完全には回避できず、右肩に深々と剣が突き刺さる。
ユーゴとしては本命だった首は落とせなかったが、収穫もあった。
一つはリオンが剣を手放したこと。腹に刺さった剣を引き抜き、後方に投げ捨てる。もちろん痛覚は切っている。
ユーゴの剣もリオンの肩に埋まった状態で奪われているが、リオンは力づくで剣を引き抜いていた。急いで治癒の魔法をかけているが、足元に転がっている剣に注意をさく余裕は無いようだ。ユーゴがソニック・バレットで剣を弾き飛ばしても自分の身を盾で守ることしかリオンには出来なかった。
そしてもう一つの収穫は、プラーナを込めていないウォーハンマーがラトナムの鱗に僅かだが傷をつけていたこと。
リオンには盾の表面が見えないからそれに気付いていない。だが、剣を失ったリオンには盾しかない。となればリオンには選択肢は二つしか存在しない。守りを捨てて反撃に転ずるか、カウンターに使う攻撃を別の手段に切り替えるか。
後者だろうと見切りをつけたユーゴは左手の義腕にプラーナを溜める。リオンは治癒に、ユーゴはプラーナを充足させるために時間を使う。
次の一手で決着をつけたいという互いの思惑が一致した僅かな静寂。
そして。
「次が最後だ、リオン・オブライエン」
「……武器を失った私からは反撃を受けないとでも?」
リオンは怪我をした右腕でなんとか盾を支え、左手に何らかの魔法を形成させる。
盾が絶対に壊れないならば、構えられずとも壁にすれば一手を稼ぐことができる。リオンの狙いは明白だ。
それを分かっていてなお、ユーゴは繰り返した。
「次で終わらせる。その忌々しい龍の鱗ごと、粉砕してやるよ」
「ラトナム国の歴史そのものであるこの盾を砕く?」
やれるものならやってみろ。リオンは無言で盾を地面に突き刺し、右手で支えた。これでは盾の届かない位置を襲われたら防ぐことは出来ない。
(これは挑発だ)
応じる姿勢を見せた敵から逃げることなどできるわけがない。
盾を砕くと言ったのは他ならぬ自分自身。使える限りのプラーナを総動員してユーゴは駆け出した。
一歩ごとにプラーナを注ぎ込み、加速していく。体当たりでもするつもりかという超速での接近の最後の一歩。踏み込んだ右足を軸に速度を回転に変え、ユーゴは左の掌をラトナムの鱗に突き立てた。
「行けッ!バンカーッ!」
左腕の義腕の内部に仕込まれたクリスタルドラゴン製の杭が、肘部に溜め込まれたプラーナを起爆剤にして射出される。
リオンから見えたのは鱗を貫いた杭が盾の裏側から飛び出し、己の右腕と腹を食い破って突き抜けていく光景だった。
「そうか……クリスタルは……ドラゴンのプラーナを」
ただのクリスタルがドラゴンの姿を取っていた理由を、リオンの体を貫く杭が証明していた。
何者にも砕けぬ世界最硬の盾を砕けるとしたら、その武器は何で出来ていればよいのか。
その答えをリオンは知り、ユーゴは己の確信が正しかったことに安堵した。
腹に穴を開けられたリオンが地面に倒れ、ユーゴもまた力尽きて地面に崩れ落ちた。
ラトナムの鱗を砕いた達成感で、心の中に残っていた誰かの後悔が消えていく。
呆然と空を見上げて収束してきた戦いの音と、リオンの苦しげな呼吸を聞いていると、サラの叱責が飛んだ。
「危ない、ユーゴ!」
遠くから飛んできた浄化の魔法をサラが受け止める。
コアをプラーナで保護しているサラに異常はないが、ユーゴを庇っていては反撃もままならない。
馬に乗った粛清隊の隊員が二人、接近していた。一人はサラに攻撃を仕掛けて囮役を見事に果たし、ナイフを喉に投げ込まれて息絶えた。
もう一人がリオンを回収し、そのまま馬で砦の外に逃げていく。
「……追った方がいいかしら?」
「スケルトンホースは連れてきてない。それよりも砦の防備を固めよう」
「じゃあ、私は生き残りを狩ってくるわ。ランスとルーリエに護衛を命じておいて」
言うが早いか、サラが空中を駆け上がって生き残りの掃除に向かう。
ユーゴは彼女の提案どおりに新米レブナントへ指示を出し、地面に寝転がって夜空を見上げた。
秘密兵器の左腕を空に突き出し、夜風で熱を冷ます。
完全な夜が訪れ、熱が引いたとき、アシッド砦には数ヶ月ぶりの静寂が戻っていた。




