アシッド砦攻城戦(下)
リオン・オブライエンの第一印象について、多くの人は外見だけをみて育ちの良い金髪のお貴族様と言う。
だが彼を知る人は「あのオブライエン家の麒麟児の」と口を揃える。
アーヴィアン軍人であれば「戦争を絶好の好機で収めてしまった忌々しいラトナム貴族」と吐き捨てただろう。
金髪緑眼の美男子だが、たおやかというよりは力強さを秘めた獅子のような男だった。
サラとレイキは砦の門を爆破した破壊力からこの男を魔法使いだと判断し、魔法だけを警戒していた。
只一人、ユーゴだけが彼の戦力を正しく把握し、死霊術を中断して後ろに下がりつつ命令でレイキを前面に出させた。
『レイキ!命を懸けて俺を護れ!!』
『はっ!!』
『サラ、レイキが死なないようにフォローしろ。
ランス、ルーリエ。お前らはレイキがやられたら襲いかかれ。全力でだ!!』
矢継ぎ早に指示を出したユーゴはルーリエから剣を引き抜いて構えながら、周囲のプラーナを取り込み始めた。
死霊術のために失ったプラーナを僅かでも回復させなければ、この男とは戦えない。
その判断の速さと、レイキを捨て駒にする隊形を見て、リオンが目を丸くして驚いていた。
「なるほど。指揮官とは言ったが、ただの指揮官でもないらしい」
「クラウドが自分よりも手強いやつが仇を取ると言っていたのさ。最大限に警戒するだろ?」
「彼は、そう言ってくれていたか。ありがたいことだ」
リオンは砦を内側からぐるりと眺め、目を閉じて空を見上げた。
黙祷だ。
戦場の只中でそんなことができてしまうほどにリオンは強く、隙が無かった。
レイキは攻撃を仕掛けることが出来ずに歯噛みし、体内のプラーナを高めている。だがそれでいい、とユーゴは思った。
隙を見せたのは本心からの行動だが、それすらも罠ではないと言い切ることはできない。この男の評判の高さについてリリアーヌから指摘を受けたことを、ユーゴは忘れていなかった。
「やはりその肉体はダレンの報告書にあった通り、クラウドのものなのか」
ダレンがしっかりと手土産を持ち帰っていたことにほっとしながらも、ユーゴは警戒をとかない。
敵の位置は一歩もズレていない。だがレイキの背中をじっとりと濡らす汗の量が、リオンの強まる気配を如実に表している。
「ダレン……?誰だか知らんが一つ良い事を教えてやろう。俺は体だけじゃなく、クラウドの魂とプラーナも使わせてもらってる。第四位階の肉体は使い心地がいいぜ」
「では私も教えてやろう。それでもなお届かぬ頂きがあるということをな」
『レイキ、来るぞ!』
リオンは背面から取り出したソレを右手に構え、剣を盾の裏側の鞘から引き抜いた。
それは盾だった。構えから誰もがそのように判断したが、それはこの時代の一般的な盾ではなかった。
木の板を鉄枠に嵌めた物でも、鉄を重ね合わせて鋲で留めた物でもない。
それは龍の鱗だって。
龍の鱗一枚をなんとか研いで盾の形にしたと言ってもおかしくない。だが何よりもその鱗の放つプラーナにユーゴは戦慄していた。
その気付きを口にする間もなく、リオンがレイキの間合いに飛び込んだ。
レイキは全力で斧を右から左へなぎ払いつつ、プラーナを賦活させてリオンの正面で斧を止めた。オーガの膂力だからこそ出来る無理矢理な軌道から、突きが繰り出される。
だが、必殺の一撃はあっさりと盾で受け止められた。
盾の素材だけではない。オーガの膂力を受け止めていた。人間相手に力負けしたレイキが動きを止めたのは、呼吸の半分の更に半分にも満たない一瞬。
ユーゴはリオンがその隙に剣を握る左手に力を込めたことを見抜き、念話で直接命令してレイキを動かした。
『殴れ!』
武器を捨てて間合いを踏み込み、レイキは鋭い左ジャブを突き出す。剣の間合いの内側に入られたリオンはジャブを目で見て避け、右のストレートは盾で受け止めた。
受け止めきってみせた。
『ユーゴ、レイキでは』
『サラ様。お気になさらず。鉾にはなれずとも盾には』
レイキは攻撃を捨て、両腕を上げた。ユーゴの教えたボクシングスタイルだ。
だが彼女の思惑はリオンには見透かされていた。
「大した忠誠心ですが、時間稼ぎに付き合う義理はありませんので」
『ランス!ルーリエ!』
サラはユーゴの指示が早いと思ったが、それでも間に合わなかった。
リオンが剣に込めたプラーナを剣気として放つ。ユーゴもお得意の遠当てだ。
斧を捨てたレイキは肉体で受け止めるしかない。腕を斬り落とされたレイキの背後からルーリエが魔法を放ち、ランスが鎌を作って前に飛び出した。
それでもリオンに動揺はない。少なくともそれを感じさせない自然な動作でルーリエの魔法を盾で防ぎ、反対から襲いかかったランスの鎌をプラーナを込めた剣で斬り落とした。
無駄のない洗練された動作にユーゴは感心すら覚えていた。
それ以上に一つ一つの動作を支える身体性能の高さに恐怖も感じていたが。
リオンは尚も攻撃を続けようとするランスを盾で殴りつけて弾き飛ばすと、ユーゴを見据えて静かな、それでいて力強い声で勧告をした。
「貴方達では足止めにもならないが、浄化の魔法で彼らを苦しめる事はしたくない。時間を稼ぎたいなら貴方の質問に一つだけ答えてあげましょう。その代わりに彼らを下げてもらえますね?」
リオンの掌の上で転がされている、と感じてしまうようなスムーズな交渉にユーゴは舌を巻いた。こちらには利益しかない申し出だ。
だがそれほどまでに味方を救いたいと思うような男なのか、ユーゴは測りかねていた。
リオンは政治的手腕に優れ、死霊術なんてものを開発してしまう教会の中で組織を維持するような男だ。確かに百人長を二人も失う損失は大きい。だが彼らは既に死んでいるのだ。
知人とは言え死者に情をひかれるようなタマだろうか?
そこでユーゴははたと気付いた。
(こいつも時間を稼ぎたいのか?)
ユーゴは考え込む素振りをしながら各所のレブナントに連絡を遅らせる。その一部が応答しなかったことで状況は察せられるというものだ。
とはいえ、ここでリオンに一人で来たのか?などと分かりきった質問をするのではもったいない。
先程から視線を吸い込まれてやまない盾を睨みながら、ユーゴは一つだけ許された質問を捻り出した。
「その盾だ」
「ふむ。他に聞くべきことがあると思うが、そんな事でいいのか?」
「ハッ。あんたが連れてきた手勢が砦を襲っていることか?ここでポッと増えた手駒が減ったところでその盾より重要な話じゃないぜ」
リオンの眉が顰められた。
「この盾の話か。何を聞きたい。素材か?効果か?強度か?価値か?」
「おいおい、質問は一つだけなんだろ。俺は一個だけ聞けりゃいいよ」
「………なんだ?」
「そのラトナムの鱗は、どうやって手に入れた?」
リオンの漂わせていた気配とプラーナに乱れが生まれた。
してやった、という実感がようやくユーゴにも生まれ、ようやく同じ土俵に立てたという実感に不安でぐらついていた足場を固まる。
相手は何枚も上手かも知れないが、完璧ではない。印象というのは大事だ。完璧な相手だと思っていては知略でも武力でも戦えるわけがない。
「素材はラトナムの鱗だろう。龍と戦ったことがあるから効果と強度は聞くまでもねぇ。最古の龍の鱗から作った武具に価値がつけられるのか?」
「どうしてこの鱗がラトナム様のものだと分かった」
「………その鱗から漏れるヤツのプラーナの残滓がな、鼻につくんだよ」
ガラトナムのプラーナコアを破壊する時、ユーゴは肉体を乗っ取るための崩壊ではなくエクセレンの消散を使った。
肉体に込められたプラーナが漏れ出し、その奔流を浴びた時、ユーゴはガラトナムの魂を覗き見ていた。
彼の記憶と思念。その中でも最も強い憎しみの感情。
それは自分を殺すユーゴではなく、世界最古の古龍に向いていた。
勘違いではない。確信だ。あの鱗は高慢で人間を見下す古龍の鱗なのだ。
そんなものをどうやって手に入れたのか。
「冒険者が持ち帰った品を買い上げた。それだけだ。貴重な質問の時間を無駄にしたな?」
「嘘だな」
ユーゴはいまだに揺れ続けるリオンのプラーナを見てそう言った。
プラーナを目で視るだけでも高度な技なのに、ユーゴは更に変態的な領域にまで進歩していた。
ともあれわかりやすい嘘をついてくれたリオンに感謝したい気分だった。
拾ったのではなく、まだ殺されていないならば、貰ったに決まっている。
聞くべきことは聞いた。あとやるべきことはこの男を倒すことだ。
だがユーゴはただ倒そうとは考えていなかった。
ガラトナムの魂を覗き見た影響で、本人も知らぬうちにラトナムへの怒りが彼の中に燃えていた。
ラトナムの盾を破壊して、倒す。
ユーゴは剣を握る左手に力とプラーナを込める。
「さぁ、お前は用無しだリオン。ここで死んでもらうぜ」
「クラウドへの弔いだ。全力で相手をしてやろう」
リオンも左手に握った剣に力を込めると、刃にプラーナを纏わせ始める。
現人類の到達点、第五位階の二人が正面から衝突した。




