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そして二人の戦いは、今日から始まった(下)

「さんじゅう……」


 サラの現在の見た目は、二十になったかどうかという美女なのだが……と考えていたユーゴの脛を、サラのブーツが強打した。


「痛覚や嗅覚は自覚的に閉じられるみたいだから、練習しておくといいわ。で、当時の私は冒険者の一人でパーティーの偵察兵をしていたの。まだ粛清隊も存在しなかったけれど、神聖教会から派遣された冒険者として、死属を相手に活動していたわ」

「じゃあサラは神聖魔法を使え……ないよな、やっぱり」

「ご明察。死属が神聖魔法の真言を口にすれば魂そのものである"プラーナ・コア"が削れて自滅するわ」


 そこはゲームと一緒なんだなー、と内心で余計なことを考えながら、ユーゴは話の続きを促した。


「当時もそこそこ活躍はしていたのだけど、とある強力な不死属に返り討ちにあってね。何とか逃げ切れたけど、私だけヘマをして死んじゃったのよ。

 仲間は私の蘇生を試みてくれたのだけど、結果は見ての通り」


 肉体に憑依するはずだった魂は上手く張り付かず、"プラーナ・コア"を作って肉体に寄生してしまった。


「コアから肉体を操るレブナントになっちまったのか」

「もちろん教会は死属の存在を認めないわ。仲間の一人がこっそり逃してくれて……難を逃れた私は腐れ谷に逃げ込んで来たのだけど」


 サラは言葉を区切ると、水色の髪先をつまんでくるくるとこより始めた。

 ユーゴは何も言わずに彼女を待った。

 話せないのならそれでいい。話す覚悟を決めるのに時間がいるのならいくらでも待つつもりだった。

 ろうそくの揺れる炎を通して見つめ合っていたサラは、決心をつけると息を大きく吸って結論から口にした。


「腐れ谷にやってきた私は、そこで自分と同じレブナントと出会い、彼らの奴隷にされたの」

「奴隷?」

「そんな文明的なものではなかったけれど、表現するなら奴隷が一番近かったと思う。この区画には三人のレブナント達が居たけれど、彼らは私と違ってゾンビから進化したレブナントだったから、話も何も通じなかった」

「話が通じない?」

「話が逸れるけど、レブナントっていうのは二種類居るのよ」


 一つはサラと同じ、蘇生に失敗した者。このタイプのレブナントは生前の記憶や知識を持っているらしい。

 そしてもう一つはゾンビとして新しいプラーナ・コアに生まれた純粋なモンスターが進化した者。この場合は赤子同然の知性しかなく、同じレブナントといえど動物同然で会話も通じないらしい。

 ここに一人だけ異世界からやってきたユーゴという存在が加わるのだが、ややこしい話は無視された。

 問題はこの地で出会ったレブナントは元人間ではなく、純粋なモンスターだったということだ。


「彼らは言葉も知らなかったけれど、長年この区画で生き残ってきただけあって小賢しい知恵は豊富だったわ。

 最悪なのは彼らが私よりも強かったこと。正確には私が彼らより弱くなっていたことね。同族だと思ってくれたのか殺されはしなかったけれど、彼らの言葉を理解できない私は長い間……そう、数十年の間ずっと地下に閉じ込められてたの」


 襲撃の時だけ連れ出される生活が続き、いくら寿命のないレブナントとはいえサラの精神もボロボロになった時、彼らはやってきた。


「その一団も粛清隊によって一晩で全滅したわ。その後は十年ほどかけてゾンビを使役して冒険者を倒し続けてきた。

 一年ほど前かしら、だらだら生きるのにも疲れて、レブナント作りを始めたのは」

「それが、俺なのか?」

「アナタは何人目だったかしら。ユーゴの進化は他の死属の何倍も早いわ。他のゾンビは、レブナントになるのにもっと時間がかかるの。

 途中で冒険者にやられることもあったし、レブナントに知性を仕込む前に、異変を感じ取った粛清隊の襲撃にあって何度も死にかけた。

 アナタが失敗してたら、私もそろそろ諦めてたかもしれないわね」


 そこから先は、ユーゴも知っている話だ。

 レブナントとして覚醒した彼の世話を焼き、支援をして、彼女は進化するために、ユーゴと協力関係を結んだ。


「今の私達は、ハイ・レブナントと呼ばれる存在。コアから肉体を操作するだけではなく、肉体に憑依して生体活動を行わせられるだけのプラーナを蓄えた上位の死属。

 私を奴隷にした三体のレブナントは、皆このハイ・レブナントになっていたわ」


 自分の自由を縛っていた存在に並んだことで、彼女の中に残っていたわだかまりも少しだけ溶けたのだろう。

 優しく微笑みながら、しかし彼女は毅然と顔を上げて言った。


「でも、死属には更に上が存在する」


 その名は、アヴァンス。


「戻りし者のその先には"進みし者"と呼ばれる存在がいるらしいわ。私は実際に遭遇したことはないし伝説上のモンスターとされているけど、ハイ・レブナントも人里では同じように目撃者の無い作り話のような存在だった」


 腐れ谷は川の流れが集結する最奥地にプラーナが集まっており、奥へ行けば行くほど強力な存在がプラーナの流れを抑えているらしい。

 タイミングさえ合えば、腐れ谷の端であるこの街区にもハイ・レブナントは生まれたのだ。もっと奥へ行けば、更に自分が強力な存在に成れるかもしれないが、逆に駆逐される可能性もある。


「とりあえず、私が知っていることはこれで全部」


 だからどうしよう、という話はせずに、彼女の話は終わった。

 話の切りどころが悪かったわけでもないのに、何故かサラの声は少しだけ歯切れが悪かった。

 どう声をかけたら良いかユーゴが迷っていると、サラは自分から言葉を続けた。


「アナタの情報に比べたら、私の隠し持っていた情報なんて大したことないわ。それなのに、優位に立ってアナタを使っている気になってたのよ。気まずくもなるでしょ」


 なるほどとも思ったが、ユーゴはサラの考えを否定した。


「俺の情報だって、大したことなんかないさ。所詮は違う世界の知識だ。サラが居なかったらとっくに俺は死んでるよ。まぁ、もう死んでるんだけどさ。

 とにかく、俺達は協力してたからハイ・レブナントになれたわけで」


 半分は彼女への慰め。

 だけど、半ば本心から、ユーゴは決断した。


「次の目標はそのアヴァンスとやらにしようぜ。いつまでも腐れ谷の入り口で雑魚を狩ってるのも飽きてきた」

「随分と簡単に言うじゃない」

「サラが重要に思ってくれてる情報と、君がくれるこの世界の情報があれば、なんとかなるさ」

「最初から人頼みをしている男は好かれないよ」

「もう"最初"じゃないだろ?」

「……口も上手い、のね。覚えておくわ」


 肩をすくめた彼女に、手を差し出す。


「これからも、よろしく頼む」

「こちらこそ、今後ともよろしく」


 二人は互いに手を差し出して、固く握手を交わした。

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