マレタ市攻略戦(下)
ユーゴが着弾した跡には、敵の影どころか石畳すら消し飛んでいた。剥き出しの地面も魔法で爆発を起こしたように大きく抉れている。
『何をしたのか考える必要はないよ』
今度はエクセレンの念話に、二人が周囲を見回した。
『プラーナを力任せに拡散するからだよ。次からはちゃんとプラーナを細く撚って送り出そうね』
そんな変態的な魔法の使い方が魔法使いではない騎士に出来るはずもない。
だが、その抗議をするのは今ではなかった。
「ノイッシュ、皆を連れて家の中に入れ。壁を壊して裏から逃げろ。アレクはこれを」
手短に命令を出すと、ユーゴは一本の矢をアレクに投げ渡した。
受け取るところも確認せずに、ユーゴは残りの影に向かって飛び出す。
『アレク、その矢をキマイラの死体に撃ち込んで』
エクセレンの指示は端的すぎた。
鏃の部分がクリスタルドラゴンの素材で出来ている矢については何の説明もない。
だが、アレクは最低限の確認だけをしてすぐに矢をつがえた。
『……当てるのはどこでも?』
『オッケー!シュート!』
良く分からないが、エクセレンの意図については分からないままでいるのが一番だというのがレブナント軍の共通見解だ。アレクは何も考えずに矢を放った。突き刺さる。
キマイラの死体が爆弾になるとかそういうこともなく、ユーゴが義腕でシャドウキマイラの一体を空中へと殴り飛ばす音だけが響いた。
残りの一体が、アレクに向かって走り出す。
(まぁ、ノイッシュの代わりになれたなら)
腰の剣に手をかける間もなく迫るシャドウキマイラが大きな顎を開く。
歯まで真っ黒な影だなぁ、とアレクがぼんやり口の中を見ていると、彼の視界から突如シャドウキマイラが消えた。
右手側の衝突音を目で追うと、倒れていたキマイラが起き上がってシャドウキマイラを押し倒していた。
「よっしゃ!大成功!!」
屋根の上からエクセレンが飛び降りると、シャドウキマイラを抑えていたキマイラがパッと戻り、彼女を空中で背に乗せて上空へと上がっていった。
「あれは……あれも、死霊術なのか?」
「道中で開発していたのは、あの矢だったんだね」
仲間を撤退させたノイッシュが、アレクを連れ出すために戻って口頭で会話をしていた。念話では他の敵を寄せ付ける可能性もあるためだ。
だが、ユーゴが弾き飛ばしたまま空中で戦っているシャドウキマイラと、エクセレンを追って空を飛ぶもう一体を見上げたまま、二人は逃げることも忘れていた。
レブナント軍で真に恐れられるべきは、最大戦力のユーゴでも、単純な手駒のゾンビでもない。人間どころかあらゆる死体を動かす魔法を次々と開発する、驚異のネクロマンサー。
その新しい秘技の初お披露目を二人は地上から見上げることしか出来なかった。
『ユーゴ、この後どうしよう!?』
だが、肝心のエクセレンは空中で成り行きに困っていた。
シャドウキマイラは恐らく、キマイラの死体か思念にプラーナが固まった霊だろう。実体を持たずにプラーナだけが集まってコアができるのは珍しい。だが霊を倒した前例が無いわけではない。
基本は神聖魔法を使うことだ。第二の手法は相手のプラーナを吹き飛ばすほどの魔法を当てることである。
しかし逃げながらでは魔法を組み立てるのも難しい。
エクセレンは巧みにキマイラゾンビを操ってシャドウキマイラの突進を躱しながら、ユーゴの増援を待った。
一方のユーゴはシャドウキマイラを圧倒していた。
その理由はユーゴの付けた義腕にあった。
プラーナを込めた義腕で全ての攻撃が受け止められていた。そして爪を受け止めた姿勢で腕を振るえば霊体が斬り裂かれて消滅してしまう。どれだけ力を込めても守りを崩せず、必ずお返しの攻撃が飛んでくる。
シャドウキマイラの爪が、翼が、前足が、掻き消える。
自由落下するシャドウキマイラは、廃屋の屋根に降り立つとユーゴが着地するよりも先に飛びかかった。
相手の姿勢が整っていないタイミングを狙う見事な反撃だった。
ユーゴのタイミングを外したおかげで、義腕にプラーナは籠もっていない。
手こずらせてくれた怒りで顎を勢い良く閉じようとしたシャドウキマイラは、そこで異常に気付いた。
自分の下顎が無かったのだ。
「やっぱりちゃんとした武器は違うな」
ユーゴがそう言って振り抜いていたのは、小さな片手斧だった。
全長30センチにみたないほどの刃と柄が一体化したアックスは、バナンがユーゴのために作った三つの武器のうちの一つだ。
最小限の動きで振り抜いて最大の衝撃を与えられるように出来ている重量バランス。オーダーメイドのハンドルグリップ。そして素材は最上級のプラーナを込められて動き出したクリスタルドラゴン。
これにプラーナを流し込んで叩き込めば、第四位階の幽体であっても耐えることはできないことが証明された。
『バナンへの良い土産話になりそうだ。エクセレン、当たるなよ』
ユーゴは地上のキマイラを無視してウォーアックスを思い切り上空へと向かって投擲した。
右手で斧を投擲し、左手で背の剣をホルスターから取り外す。
銀白の剣の素材が何か、言うまでもない。
怒りのままに襲い掛かってくるシャドウキマイラの爪を掻い潜り、プラーナを込めた剣で喉を一閃。首の半分を断ち切ったユーゴはジャンプしながらもう一度剣を振るって完全にシャドウキマイラの首を落とした。
空を見上げると下から攻撃されたシャドウキマイラがユーゴに向かって直滑降していた。
シャドウキマイラの下半身にはしっかりとウォーアックスが突き刺さっている。
ユーゴは剣へ更にプラーナを送り込む。
シャドウキマイラを躱せない距離まで引き込んで、ユーゴは左手に逆手で握る剣から剣気を放った。
ユーゴ十八番の遠当てだ。
だが、威力は以前の比ではない。ユーゴ自身も最近知ったことだが、プラーナを剣に込めて斬撃を放つ遠当ては込めたプラーナの量だけではなく武器自体の品質にも比例する。
ユーゴの感覚値で言えばそれらの威力を足すのではなく、掛け合わせたほどの斬れ味と衝撃力がシャドウキマイラを襲った。
影が二つに分かれるどころか、剣気に飲み込まれて消滅する。
空中へ飛んでいったウォーアックスをエクセレンの操るキマイラゾンビが咥えてキャッチし、ユーゴの元へと降り立った。
「すっごいねぇ、その武器!」
「エクセレンこそ。何を作ったんだ?」
「全自動ゾンビ作成機だよ~!凄いでしょ?」
凄いどころじゃない、とユーゴは思った。
死霊術でゾンビを動かす時は、コアから体中に送るプラーナの命令をコントロールする命令系統を作り上げ、プラーナコアに刻み込む必要がある。
人間の死体以外に死霊術をそのまま使っても死体は思い通りに動かない。人間とは体の動かし方が違うからだ。
エクセレンはこれまで、ゴブリンやオーガ、スケルトンホースを動かすための命令をそれぞれ独自に作り上げていたが、都度彼女の開発が必要だった。
「自動ってことは、調整がいらなくなったのか」
「うん。撃ち込まれた鏃がコアになって勝手に全身にプラーナを通して、戻ってきたプラーナの感覚から命令を組み立てるんだ」
「弱点は、鏃にクリスタルドラゴンの欠片が必要ってことか」
「いやー、これだけの魔法に耐えられる素材が他になくって」
採算度外視の魔法だが、キマイラを手懐けられるということは、マレタ氏のモンスターは全て使役できるということだ。
(兵站担当のエルヴィンや、この手の管理にうるさいサラは知らないだろうなぁ)
知っていたらやらせなかっただろう。
「だから城を出た後に開発してたのか」
「えへへ……バレた?まぁ成功したならそんなに怒られないでしょ!」
確かにサラは「成功するかもわからないこと」に貴重な道具を使うことは怒るだろうが、役に立つ道具なら糸目をつけないだろう。今回の開発はそれだけ画期的なものだ。
とはいえエルヴィンもサラも、勝手に資材を持ち出したことについては研究行為よりも怒る気がしたが、ユーゴは黙ってエクセレンの頭を撫でた。
「さすが天才は違うな」
「そうやってドワーフの国でもサラを褒めてたの?」
エクセレンの追求は鋭かったが、サラを褒めて撫でたことは旅をしている間に一度もなかったのでユーゴは平然と「ノー」と答えた。
「……そっか。そんじゃ私だけ褒められるのは不公平だからもう終わりね」
エクセレンはそう言うと一歩下がってユーゴの手から離れた。
「そろそろ夕日が落ちる。拠点に戻ろう」
ユーゴはエクセレンの手を引いて、屋上から地面まで飛び降りた。
エクセレンの魔法どころかユーゴの武器の冴え渡りも追求したかった騎士だが、聞きたいことが多すぎた。
話をするのは帰還してからでも問題ないだろうと言って先頭を歩くユーゴに続いて、レブナント達は拠点へと帰還した。
彼らがマレタ市最強の敵を打倒したことに気付いたのは、街の探索を続けて一週間後。
地図を完成させても第二のシャドウキマイラと出会わなかった時だった。




