ラン・アンド・スラッシュ
発見から一週間程が経過して、クリスタルドラゴンの素材から作られた武具がドワーフの街に流通し始めた。
本来なら貴族でもなければ手の出ない最高級品の商品だ。
だが素材を持ち込んだ冒険者が二つの条件をつけるかわりに半額でドワーフの国へと売りつけたため、いまやクリスタルドラゴン装備は冒険者達でもなんとか手の届く垂涎の商品となったのである。
サラがつけた条件は二つ。
素材を持ち込んだサラにある程度の装備を融通すること。
そしてもう一つが、値段を抑えて冒険者に提供すること。
ドワーフにとって最高級の素材で最高級の武具を鍛えられる魅力に比べれば、多少利益を損ねることなど歯牙にもかからない。そもそも多少損をしたところで利益が得られることに変わりもない。ドワーフ達は二つ返事でサラの要求を飲んだ。
腕が良く、金を持っている冒険者はこれみよがしにクリスタルドラゴン装備をぶら下げて往来を歩いている。
悔しそうにそれを見つめる冒険者達のほとんどは自分達も早く手に入れなければとダンジョンに潜っていく。
好景気に浮かれ、最高級の装備を作ることが出来た余韻に浮かれ。
そんな昼日中の往来で、それは起こった。
■■■■■
ドワーフ王国の中央広場は普段の賑やかな喧騒ではなく、険呑な静寂に包まれていた。
主役は荷台に大量の荷物を積んだ馬車を引く冒険者と、それを囲んでいる粛清隊の面々である。
「貴様の使っているその魔剣。その鎧。全てクラウド様の遺品のはずだ……!!」
「そうだとして、あんたらは俺をどうするつもりなんだ?」
ダレンが馬車の荷台の上に立つユーゴに剣を向け、ユーゴは意に介さず粛清隊を挑発する。
海外に駐屯させられている粛清隊のメンバーは放逐された日陰者ばかりだと思っていたが、平均を見てみれば以前クラウドの引き連れてきたメンバーよりも練度が高かった。
放逐ではなく実力者を派遣していたのだと今では理解しているユーゴだったが、今更作戦は変えられない。
「無論。盗っ人猛々しい死者から、我らが同胞の遺体を取り返す!!」
「やれるもんならっ!」
『サラ、今だ!』
『しっかり頼むわよ!』
相手の宣戦布告に応じながら、ユーゴは右手を宙に掲げて振り下ろした。
急速に気温を下げることで生み出した氷をソニック・バレットで撃ち出す。降り注ぐではなく打ち付ける霰が粛清隊の面々の肌を裂く。
魔法攻撃よりも一呼吸早く馬車は走りだし、下山道を駆け下り始めた。
「くそっ、逃がすな、追えっ!」
本来ならドワーフの栄光を更に輝かせるクリスタルドラゴン装備に、曰くをつけることになったレブナントの脱走劇が始まった。
ユーゴ達は先手を打って逃げ始めたが、決して有利な状況ではない。
馬が下山道を駆け下りているが、速度を緩めたら荷車に引かれてしまう。そのためユーゴは常に馬の挙動に気を配り、荷車が馬にぶつからないよう空気の壁を魔法で作り続けている。
もちろん下り坂で馬は全速を出せない。下り坂という環境はユーゴ達に不利に働いていた。
そうこうしている間に肉体をプラーナによって強化することのできるエリート達が、家屋の屋上を駆け抜けてユーゴ達に接近している。
道の左右から同時に踏み切って宙を舞う敵の練度の高さにユーゴは舌打ちした。
『くそ、ダレン以外も!』
『馬から気を離さないで』
『分かってるよっ!』
サラが一瞬だけ後ろを振り返ってナイフを投擲することで、左右の攻撃タイミングがずれる。
ユーゴは先に接触してきた左の敵にソニック・バレットをお見舞して吹き飛ばし、遅れて剣を振り下ろしてきた敵に対して魔剣を振り上げた。
剣を弾いた魔剣が僧侶の肉体に食い込む。刹那のタイミングで魔剣にプラーナを流し込む。発動。霧散。黒い霧の跡を引きながら馬車が加速していく。
ユーゴは吹き飛んでいく左の敵が、しっかりと仲間の死に様を見たことを確認する。
さぁ、来い。
馬車の荷台で仁王立ちしていると、ダレンが空中から滑空してユーゴへと突っ込んだ。
ユーゴは先程と同じように魔剣を振り上げるが、ダレンも生半な腕ではない。一度見た軌道であれば実力差があろうとも受け止める程度容易い。クリスタルドラゴンソードは魔剣を正面から打ち弾き、ユーゴが体勢を崩している間に馬車の上に着地を成功させていた。
すかさず息もつかせぬ剣戟が始まった。正確にはユーゴに追い立てられるダレンの抵抗だが、ドワーフの街を駆け抜けていく馬車を見た往来の人々は、黒い魔剣を時に躱し、時に剣で防ぐ彼の勇姿を見た。
街の端、街門が見えてくる。
証人も随分できただろう。ユーゴは勝負をかけた。
『門が閉められてるけど?』
『突っ込んでくれ』
『はいはい』
門は既に閉じられている。だというのに減速する素振りを見せない馬車に気づいて、見張りについていたドワーフ全員が門から離れた。
ユーゴは鍔迫り合いをしていたダレンを強く弾き飛ばすと振り向いて身を乗り出し、門を斬り裂いた。
大量の木材が霧に変わる。視界を遮る霧を抜けた荷台の上で、ユーゴの腹には剣が生えていた。
刺し違える覚悟で飛び出したダレンが、突き刺した剣を抉りこみながら叫ぶ。
「うおぉぉぉ!!」
ユーゴが後ろ回し蹴りでダレンを弾き飛ばす。馬車から落ちたダレンだが、ユーゴもまた力尽きたように馬車から落ち、山道の脇を転がり落ちていく。
ダレンにそれを追う体力は残っていなかった。死体は消え、馬車にも逃げられてしまった。
だが全てが消え去った山道に、黒い魔剣だけが突き立っていた。
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「随分と派手な演出だったわね」
「クラウドの肉体と渡り合って勝つならあれくらいやらなきゃな」
サラがクラウドを評価していることとは関係なく、ユーゴはクラウドのことを認めていた。
自分の株を上げるための発言ではないことは分かっていても、サラは荷台に寝転がるユーゴから目線を外すしかなかった。
「レブナント達のために武器を仕入れて、義手も手に入れたけれど、戻ったらどうするの?」
「………そろそろ夏も終わるな」
「そうね。戻ったら虫の音が増えているでしょうね」
「サラと出会ってからまだ一年しか経ってないなんて、信じられないな?」
「あなたが駆け抜けるのが早すぎるせいよ」
そうだろうか。そうかもしれないが、争いのない前世の記憶からすれば必死に生きてきただけだったとユーゴは思っている。
しかしなんてことはない日でも一年という区切りは思い切りをつけるには良いタイミングだった。
「なぁ、サラ。久し振りにあそこに帰らないか」
「………そういえば、大したものではないけれどお酒を置きっぱなしだったかしら」
そこは二人で始めた秘密基地。エクセレンを迎えて砦を落とす前に潜んでいた安息の地。
冒険者から奪った酒を傾け、地下に潜んで虫の音を肴にその日その日を全力で戦っていた。
初秋。
夏の厳しさが身を潜めた腐れ谷で、死者たちの反撃が始まった。