ゴーレムゾンビ
ドワーフの鍛冶への飽くなき欲求については論を待たずして万人が認めているところだが、その方向性は十人十色だ。
量産とのバランスを取るものもいれば、一点物の品質を重視する者もいる。
ドワーフのイメージとしては後者のほうが多く、実際に多くのドワーフがそう考えている。
それでも量産を志すドワーフが多い原因は単純で、元手になる良質な資源には限りがあるからだ。
流通している素材はすべて前者の量産向けである。手に入らない素材で空想すうより、万億の武器を実際に打つことを選ぶドワーフが居るのも道理の一つだ。
では後者のドワーフが求める素材はどこにあるのか。
その答えがユーゴの目の前に広がる縦穴の先にあった。
「こりゃすごいプラーナの吹き溜まりだ」
プラーナが濃い場所では何かにプラーナが滞留すると生命が生まれる。プラーナ・コアの発生した物質が動くのは、ユーゴ達が腐るほど利用してきたゾンビと同じ理屈だ。
そしてプラーナを溜め込むほど存在は強く大きくなる。ゾンビからレブナントに変わるように。
この現象が大量に発生し、良質の鉱物が形を取って動き回るダンジョンが二人の目前に広がっていた。
「ゴーレムダンジョンって名前にも納得だ。こんだけ流れ込めばそこらの石ころでも動くだろうぜ」
「ちなみに魔法使いはその名前が気に食わないそうよ」
「なんで?」
「彼らが作り上げた魔法で動く人形もゴーレムって呼ぶから」
「なるほどね。俺らならゴーレムゾンビとでも名付けるかな?」
「両方から怒られるのだけでしょう、それ」
確かにと頷きながら、ユーゴとサラはハシゴも使わず縦穴の中に飛び降りていった。
入り口を監視しているドワーフが不遜な会話をする二人組を怪訝な顔で見つめていたが、大慌てで飛び出して穴を覗き込む。
美女は緑の燐光を残しながら青い髪をたなびかせて空中を駆け下りていた。
男の方も魔法を発動させたのか、ダンジョンの中から突風が吹き出してくる。
二人とも無事に着地できたのだろうか。この縦穴は落ちた肉の着弾音が聞こえないくらいに深い。
目立たぬよう偽装していた二人だったが、戻ってくるまでの間に噂は突風よりも早く街へ届いたのだがそれはまた別の話。
ともあれ、二人は急速落下しながら縦穴の最下層にたどり着いた。
ユーゴが突風で体を浮かせた際に、バランスを崩したサラが悲鳴を上げていたが、軽くどつかれるだけで済んでいた。
「で、どっちに行けばいいんだっけ?」
「買った地図によるとここからは四方に道が伸びてるらしいわ。同じく仕入れた情報によると西の坑道は実入りが良くって冒険者が集まっているらしいけど」
どうかしら、と聞くと既にユーゴは瞳にプラーナを集中させてその流れを調べていた。
確かに西に流れ込む支流が最も大きい。この先では多くのゴーレンゾンビが生まれているだろうと彼は思った。
しかし、バナンの求める素材はその先にはない。彼の腕を聞きつけた冒険者たちは、過去にも大物を討伐して鉱石を持ち帰ったらしいが、バナンはその全てに満足しなかったらしい。
そんなバナンでも素材の品質に満足したことがあったと、バランは言っていた。
その素材は、今は最もプラーナの枯渇している東側の坑道の奥で見つかったという。兄のバランが言うには、バナンは時に冒険者を雇い、時に一人でその坑道を訪れているという。
「最近は冒険者からの仕入れもなくてね。駄作を打って日銭を稼いでいたみたいなんだが、ここ数日姿を見かけてねぇ。良質の鉱物を探しつつまずはアイツを連れ帰っちゃくんねぇか?」
バランはそう言っていた。
ユーゴとサラの共通見解としては、依頼の本命は後者だろう。バナンの進むであろう道の情報はもらえたが、鉱物についての情報はそれ以上貰えなかった。バナンの求める素材については情報が全くないから期待していないのだろう。
だがユーゴとサラには見当がついていた。
そして悠長に探索から始めるつもりもなかった。
『誰も来ていないな?』
『問題なし。やるならどうぞ』
『五分で終わらせる』
ユーゴは地面に手をついて魔法を組み立てる。
この魔法に発動のための呪文はない。ユーゴは直接プラーナの流れを掴み、竹を撓ませるように流れを変えていく。
大きな流れが変わってしまえば、後は放置するだけでいい。細い流れは引き寄せられて、自然とプラーナの大河が出来上がる。
きっかり五分後にはほぼ全てのプラーナが東側の坑道へと流れ込んでいた。
『お疲れ様。休む?』
『いいや、進もう』
普段の数倍のプラーナを流し込まれているのだ。
これまでプラーナ不足で生命を宿せなかった物質も動き出す可能性がある。
そのチャンスを逃すつもりは無かった。
『バナン氏の足跡は追える?』
『人気のない場所で助かったわね。人間の足跡はなし、ドワーフが一人』
サラもただ警戒して立っていただけではない。ユーゴの魔法を待っている間に足跡を見つけていた。
あとは議論するまでもない。
サラは足跡を見失わない程度の全速力で走り始め、ユーゴもその後を追っていった。
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道中の敵はほとんどを魔剣で処理して突破した。
物質属にも霧の魔剣を使うことで、ユーゴはその特性をより深く理解していった。
霧の魔剣は分解魔法を対象のプラーナ・コアに行使し、コアから体内の末端まで魔法を行き渡らせている。ただ魔剣に込められた魔法を発動させるのではなく、発動した魔法がどう動いているのかも感知することが出来るようになってきた……という話をしたら身内でもおかしな人を見る目で見られてしまったのだが、そのことを気にしないくらいユーゴは力や魔法について貪欲になっていた。
ゴーレムゾンビから素材となる鉱石を手に入れる場合、普通は土石を叩き崩してコア破壊する。
このダンジョンでは岩を砕けない戦士は論外だが、コアごと土石を破壊してしまう魔法使いも御法度だ。
その点、ユーゴは素材の回収を完全に無視していた。彼が求めているのは最高品質の素材で動くゴーレムゾンビだけで、ただの土石に興味はない。
接敵したほとんどを分解し、放散されたプラーナを弘道を流れるプラーナの川に注いでいった。
ユーゴの接近を感じたゴーレムゾンビが次から次へと起き上がる。多くは人型ですらなく、一本槍のようなものもいれば三本足でバランスを取っているものもいた。
どこにコアがあるのか普通は分からないが、ユーゴの目をもってすれば一目瞭然だ。コアがある場所を魔剣で砕き、魔法を発動させる。槍の中心を砕き、三本足の股を突く。
長い歴史の中で掘り進められた弘道は、無限に続いているのではないかと思うほどに深かった。
だが、果てが無いわけではない。
「サラ」
「居るわね、大物」
噎せ返るほど濃いプラーナが通路に満ちていたというのに、それが急激に薄れていた。
つまりそれだけのプラーナを吸収している巨大な生物が、この先に居る。
様子見をしようかと目線だけでやり取りをしていた二人だったが、突如二人の足元を揺れが襲った。地震ではなく振動だ。
まるで大型自動車が横を通り抜けたときに道路が揺れるような。
そこまで想像して、この異世界で同じような現象が起きていることが異常事態だと彼は気付いた。
「急ぐぞ!」
「あっ、ちょっと!?」
もはや足跡を追う必要もない。巨大なプラーナの塊を、感知するまでもなく肌で感じていた。本当の全速力で駆け抜ける。
辿り着いたホールのような広い空間にソレは居た。
全身を虹色のプリズムに包んだドラゴンだった。
体は水晶。地面に落ちた松明の光を反射して煌めいていた。
立ち上がって数メートルにもなったガラトナムに比べれば小柄な三メートル程度の体格だが、油断はできない。ドラゴンの放つプレッシャーは本物だった。
まさか狭い洞窟の中でドラゴンと戦うとは思ってもみなかった。
だがどうやって戦うかよりも先に、地面に倒れているドワーフの保護しなければ。
聞くまでもないと思っていたが、ユーゴは彼の名を呼んだ。
「バナンさんか!?」
「あんたら、手伝え!!」
否定も肯定もなく、ドワーフは叫んだ。
うつ伏せに倒れた彼の頭上にドラゴンの手が持ち上がる。
「ソニックバレット!」
「うぉぉ!?」
ドワーフに風の弾丸をぶつけて弾き飛ばす。不満顔だったドワーフは目の前をドラゴンの爪が通過すると、壁に叩きつけられても不満一つ言わずに立ち上がった。
茶色の長髪をひっつめにして後ろで縛っている青年だ。背は高いが体格は細い。重く強い鋼を打つために肉体を鍛えるのが常識のドワーフとは思えない細身だ。
「コアは壊すなよ!」
「あなたはさっさと引いて」
いつの間にかドワーフに接近していたサラが彼の肩を押して退避させる。
ユーゴは腰からピッケルを取り出して構えた。片手用の対ゴーレム武器としては一般的なものだ。
ドラゴンはまだドワーフを見つめている。
隙だらけだ。ユーゴは足にプラーナを込め、ジャンプ一つで数メートルを飛んだ。落下速度を乗せたピッケルがドラゴンの左肩を強打した。
クリスタルが欠ける。破壊力は十分だ。だが打ったピッケルの反動を抑えられず、武器は手から離れて落ちていく。
「兄ちゃん、片手か!そんでそりゃあバランの。あぁくそっ!」
自分を助けに来た相手なのだと判断したのだろう。何に憤慨しているかユーゴには分からなかったが、顔を上げた彼は背中のバッグを開けると中から武器を取り出した。
それは正確には武器ではなく道具、しかしユーゴはそれを武器だと誤認した。
クリスタルで出来たピッケルの放つ気配の禍々しさは、目の前のドラゴンが放つそれを瓜二つだった。ならば直感が武器の破壊力を告げても疑う余地はない。
ドラゴンが激しく地面を叩き始める。声帯がないのか叫び声はしないが、この竜が声を出せたのなら洞窟を揺らすほどの雄叫びだっただろう。
くそっ!と今度はユーゴが叫びかけた。
このクリスタルドラゴンは東の坑道で今起きたはずだ。ならばバナンはあのピッケルをどこから手に入れた?
それを問う時間も、そのために費やす酸素もユーゴにはない。
ドラゴンが本格的に人間を排除しに猛攻を仕掛ける。
振り下ろされる左手、先程見た軌道を、視線も切らずに見ないで躱す。そのおかげで追撃の尾に気付けた。
地面を削りながら迫る尾を見て両腕に力を込めようとし、左側の力が抜けていった。
「ユーゴ!!」
サラがドラゴンの目へナイフを投擲しながら、悲鳴のようにユーゴの名を呼んだ。
体勢を整えられなかったユーゴが、受け止めきれずに吹き飛んいた。空を舞うユーゴは無手だ。ドラゴンがナイフに反応して身をよじり、追撃の機会を損なった。
ユーゴはなんとか着地し、バナンはクリスタルのピッケルをユーゴに投げ渡す。
ユーゴは飛んできたピッケルを空中で受け止めた。
事実としては。
だがユーゴにはピッケルが手に吸い付いてきたように見えていた。
「魔剣なら届くぞ!!」
「そうか!」
ユーゴはピッケルをドラゴンの頭上目掛けて放り投げ、後を追うようにして駆け出した。走りながら身をよじって背中の剣を握りしめる。
あぁ、と心の中で嘆息した。共に戦ってきた相棒のはずなのに、手の中にあるコイツがこんなにも遠い。
悲しみを通り越して怒りに火がつき、ユーゴは魔剣を投擲した。狙うはドラゴンの左目だ。
「サラ!」
「もうっ!」
サラが再びナイフを投擲する。百発百中のナイフが先程と同じようにドラゴンの右目を狙う。自分の硬さを知らないドラゴンは飛翔物を恐れて目を閉じた。
瞼がナイフを弾く。痛みすらない。この程度ならば恐れるに足りないのだと自信を見つけたドラゴンが瞼を開く。
視界に映るのは獲物ではなく、黒。
ユーゴの握ったピッケルが撃鉄のように魔剣の柄を叩く。
本物のドラゴンの鱗でも刃毀れをしなかった魔剣が弾丸のよう発射される。
ドラゴンの頭部に深々と突き刺さった魔剣が、風穴を開けた。
ドラゴンの形を取っていようと生物の形をとったゴーレムにすぎず、つまりゾンビと弱点は同じであった。
頭部を破壊されたコアは自分の死を認識し、力尽きて地に倒れ伏した。
三人もまた尻餅をついて天井を見上げる。
「ユーゴとサラで合ってるか?
俺の名前はバナン。兄貴が世話になったみたいだな」
いや、世話になったのはアンタだよ。
サラと顔を見合わせたユーゴは今度こそ大の字で地面に倒れ伏した。
とりあえず、今は何も考えずに右手に残る感触に浸りたかった。