石から生まれし者
ドワーフは人間と同じような姿をした生き物だが、人間に分類されていない。
それどころか亜人ですらない。彼らが哺乳類ではなく、石から生まれて石に戻るという特殊な生命体だからだ。
人間の分類学的には物質族に分類される。動く刀剣と同じ扱いというわけだ。石に戻った状態を解剖しようとした人間が殺されたという過去もあり、政治的な問題から分類学的にこれ以上の研究はされていない。
ユーゴは前世で一般的だったドワーフをイメージしていたのだが、これもまた外れた。
イメージしていたのは小柄でヒゲモジャのドワーフだったが、実際のドワーフは人間より豊かな体格で、逆に髭を生やしている者のほうが少なかった。熱に近づくから燃えてしまうそうだ。
最も特徴的な違いは、額についている石だろう。
ドワーフによって宝石だったり鉄鉱であったり、楕円の飾りのようであったり角のように尖っていたり、とにもかくにも様々な形状があった。
ドワーフたちはこの石で互いを区別していて、それはこの石こそが彼らの本体だからだ。
彼らは寿命を迎えると額の石だけになって眠りにつく。
エネルギーを蓄えると復活の予兆として熱を持ち始め、国の中枢にある生命の泉に漬けられると人型の肉体を纏って出て来るらしい。
「……期待は裏切られたけど、これはこれで素晴らしいファンタジーだな」
「久々にユーゴから素っ頓狂な質問をされたわ。ドワーフってひげもじゃの小柄で屈強な種族じゃないのか、だっけ?」
サラがくすくすと笑いながら言った。
ユーゴとしては反論したかったが、サラの笑顔に比べればささいな不満だった。不満だと顔に出したのもポーズにすぎない。
はたから見れば二人は気楽にドワーフの商店を散策しているカップルに見えたことだろう。
大きく見積もっても武器を探している親密な冒険者達だ。
しかし、二人は朗らかに会話をしているようで、実際には鋭い眼光で周囲を見回している。
ここはラトナム山中、ドワーフの国。
ユーゴとサラは二人きりで、非合法な協力者を探しに来ていた。
「しかし、案外バレないもんだな」
「ハイ・レブナントは人間と同じだもの。浄化でも喰らわなければ分からないでしょうね」
「俺達が目あての鍛冶屋を見つけるのとどっちが簡単かな……」
サラはため息をつくだけにとどめた。
気が重くて考えたくないというのは伝わったのでユーゴも黙って散策しながらの武器屋巡りに集中することにした。
彼らは凄腕のドワーフを探しつつ、神聖魔法を使える僧侶に出くわさないようにも気を使っていた。
国と言っても都市は一つしか無い。ラトナム山の中にあるこの街だ。
遠くには違うドワーフ達が存在するそうだが、ユーゴの元にいるレブナント達が実際に見聞きできる範囲のドワーフはこの山中にしか存在しない。
そのドワーフの国だが、通りを歩いているのはドワーフよりも人間のほうが多い。彼らはドワーフの売り出す武器を買いに来た冒険者か、交易品として武器を仕入れに来た商人だ。
通りに僧侶の顔は見えないが、この街には神聖教会の支部もある。面倒事に巻き込まれないように偽装する。というのがサラの提案であり、二人はそのように過ごしていたのだった。
「しかし隣り合って武器屋が乱立してたら、潰れたり喧嘩になったりしないのかな?」
「各商店の商品は国が品質と値付けを管理した後に配分しているから、その辺はうまくコントロールされてるの」
「なるほどなぁ。人間だったらずるをしそうなもんだけど」
「彼らは武器を見れば誰が造ったものか一目で分かると言うし、この手の分野については虚偽を許さない誇り高さがあるから。
工房の人たちは鎬を削っているし、失敗作でも安く供給される。本人たちが求めるのはより良い設備と嗜好品だけ」
「ストイックだな」
世間話をしながら、店頭に並べられた武器を一つ手に取る。
サラに押さえてもらって鞘から抜いた。
構えれば重心などのバランスが整っていることが良く分かる。
水平を維持して腕を引き、突き出す。風を斬る音が鋭く響き、店番のドワーフと店内の冒険者が揃ってため息を付いた。
「兄ちゃん、隻腕なのに見事だね」
「ちょっと強敵にやられてしまいまして」
「教会では治してもらわなかったのかい?」
「残念ながら……。造って欲しいものがあって、初めてドワーフの国に来てみたんですよ」
「なるほどな。兄ちゃんの腕前で予算が有るなら、もっと良い店に行った方がいいだろう。ところで何を探してるんだい?」
「義手を造っていただける技師を探しています」
のりのりでトークしていたドワーフの顔が曇った。
「そりゃまた。兄ちゃんの技術についていける義手を?」
無理だ、とはっきり顔に書いてあった。
この世界では神聖魔法による治療法が確立されている。それでもなお欠損を直せないのは損傷の酷い死体か、死体になっていないのがおかしいくらいの肉体だ。
つまり、一線に戻ることなどそもそも出来ないのだ。それに耐えうる義手など作られるわけがない。売る相手が居ないのだから。
「ですので、腕の良い技師の方をまずは見つけたいと思いまして」
「フン。それならその剣を打った奴は凄腕だよ。そいつの名前は」
「バナン」
「……分かっていて手に取ったんなら、意地悪な客だね」
「分からなかったから振ったんですよ」
非常に洗練されたバランスだ。剣というものをどうやって使うのかよく分かっている。
武器としての斬れ味ではなく、人体がどうやって剣を振るのかをよく考えられていると言い換えても良い。
分かりやすく言えば振りやすいの一言に尽きる。
この剣を振ってから他の武器を試せば違いが分かってしまう。振り抜くのではなく振り回したり、固く握って腕力で振り抜くしかない剣がそこらに転がっている。
だというのに、この剣も安い武器を扱う店に転がっていた。
理由は簡単だ。この剣は素材が悪い。だから安い。
「この人が一流の素材で打った武器は、無いんですよね?」
「無いね」
「ドワーフの方には素材を持ち込めばそれで武具を打ってくれる方がいると聞きますが」
「兄ちゃん。まだるっこしいことは無しにしよう。その話は他の店でもしてきたんだろう?そんでもって断られたんだろう?」
店主の言うとおりだった。
ここまでにバナン氏の打った武器を見つけては質問してきたのだが、どのドワーフも口を噤んだ。彼がどの工房に所属することも拒否したはぐれ者だからだ。
「うっかり口を滑らせることがないくらい、アイツの話題はタブー扱いされてるからな」
だがこの店主の反応は違った。
アイツ、という親しみをこめた呼び方は初めてだった。他の店主たちは皆「この武器の作成者は」などと持って回った言い回しで、二人称すら口にしなかったのに。
他の客が店を出たことを確認して、ユーゴはカウンターに座った店主に近づいた。
「店長さん……」
「バランだ。名前から分かるかもしれんが、ありゃ俺の弟でな。兄ちゃん達がうちをご贔屓にしてくれるってんなら、家族の話ぐらいはしてやらんでもないぜ」
この店は最下級でもなく、かといって上級でもない中間層を相手取った店だ。わざわざドワーフの国を訪れる実力者には不足しているし、交易のために大量に品を卸すには高すぎる。客層が少ない層だとも言える。
「実は交易のため多少値を張った武具も揃えたいと思っていました」
「ほほーう。こりゃ大地母神に感謝せにゃならんね」
しっかとうなずき合って握手を交わす。
凄腕のはずのドワーフと、その兄である武器屋の店主。
サラと二人のゆっくりとした散策の時間は終わり、ようやく再起への第一歩が踏み出せた。