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そして二人の戦いは、今日から始まった(上)

 ユーゴ達の肉体に現れた変化は、超をいくつ付けても足りないくらいに超劇的だった。

 あまりにもお互いの変化が激しく、そして自分の変化を受け入れることも難しかったので、彼らは無言で冒険者を退治した後のルーチンワークに勤しむことにした。もちろん、水浴びをして肌の臭いと汚れを洗い流した後に。


 死体から武具を奪い、隠れ家に運び込む。ついでに有望そうな冒険者の死体は、プラーナの密度が濃い場所に移動させる。

 こういった細かな死体の配置が事後処理だったが、これらはユーゴ達のサバイバル生活において非常に重要な意味がある。


 冒険者たちは、先に斃れた冒険者の遺品を持ち帰る。自分で利用したり、遺族や商店に売り渡すためだ。

 この売上は冒険者にとって少なくないしのぎになるらしく、あまりにも遺品を取り除くと腐れ谷の旨みが減って、食事が減ってしまう。有用な品をくれてやっても敵を強めてしまうので、適度に遺品と死体を置いておく加減が必要だった。


 また、ゾンビも油断できない敵だった。こちらに攻撃はしかけないが、ゾンビ候補の死体まで食い荒らしてしまうので、危害を加えられることはあった。ゾンビが少なかったり、手を出せない場所であったり、さらにプラーナの濃度が高くてゾンビが出来やすく、冒険者に見つからないポイント。そういった情報をおさえて死体を配置し、冒険者とゾンビをコントロールするのがユーゴ達のやり方だ。


 この仕事は簡単ではないし、死体とはいえ人間の死体をいくつも運ぶので労力もかかる。

 しかし無心で手慣れた作業をこなしただけでは時間はそれほど経っておらず、むしろその間にも彼らの体は徐々に再生して人間に戻っていたので興奮は増すばかりであった。


 知性のないゾンビから、レブナントへの進化は十分に大きな変化だが、ゾンビの時に意識がなかったユーゴにしてみれば、進化したという実感はそれほど存在しなかった。

 しかし今回は違う。

 臓腑まで腐り果てていた肉体が、血と熱を取り戻し、本当の意味で蘇ることが出来たのだから。


 翌朝、改めてバラバラに水浴びをするころには口の中から漏れ出る内臓の腐敗臭はほとんど無くなっていた。

 今まで奪った冒険者の遺品から清潔な衣類を選んで身に纏えば、それだけで文化的な空気が溢れているようで自然に笑みが浮かぶ。

 水面に映る自分の腐乱顔にも見慣れたし、今更自分の顔を見直すつもりはなかったが、背中合わせに水浴びをしているサラの姿には心を奪われずにはいられなかった。


 贔屓なしに、ハリウッドの大女優にも勝る美しさ。

 昨日までは、腐り落ちた胸を晒しても恥ずかしがる素振りさえ見せなかったサラだったが、生身を取り戻してはそうもいかないようだ。

 きちんと服を着こんでいる。ただし、サイズの合わない胸元は女性的なシンボルによって張り詰めているので余計に破廉恥だったが、ユーゴは視線を向けただけでコメントは避けた。

 二人は同じタイミングでゴホンと咳払いをし、ようやく言葉を交わした。


「改めてありがとう、ユーゴ。こんなに早く、ここまで到れるとは思っていなかったわ」

「俺の方こそ、サラには感謝してもしきれない。この世界にやってきて、君が居なければ俺は生き残れなかった」


 お互いにとって致命的な言葉を、うっかりと、交わしてしまったのである。


「"この"世界……?」

「"ここ"まで到れるってことは、知ってたんだな……?」


 お互い様と笑い飛ばせないミスに、二人は同時にため息を付いた。


「サラ。ここまで来たんだ、隠し事は無しでいかないか」

「あなたが、正直に話してくれるならね?」


 久しぶりの会話は、随分とハードなものになりそうだった。



◆◆◆



 それからの数時間。

 二人は今まで隠していたいくつもの情報を共有していた。


 ユーゴの情報は「自分は異世界からやってきた」という一言に尽きたが、その一言に付随する価値は非常に重大だと、サラは気づいていた。

 数学、化学、物理、生物などの情報のほとんどはこの世界でも応用させることが出来る。もちろん厳密な法則に違いはあるかもしれないが、光の特性などはユーゴの認識できる範囲内では一緒だった。

 その結果として全く新しい魔法を開発したのだから、ユーゴ自身が思いもしないところで彼の価値が今後発揮されていくだろう。そう考えたサラがユーゴを質問攻めにするのは当然の流れだった。

 サラの質問攻めに答え終わるころには、ユーゴの復活した喉は既に痛み始め、テーブルの上の蝋燭はほとんどが溶けて消えかけていた。

 ユーゴが喉を擦るのも気にせず、彼女は大きく息を吐いて恨めしげに表情を歪めた。


「剣術を含めて戦闘の知識はないくせに、ゾンビを使った戦術だけは一人前。ちぐはぐなわけよね。実戦経験は無し、ただし机上の演習なら10年以上の経験があるんだから」

「いや、そうは言ってもゲームだから大したことないんだけど」

実戦(リアル)だろうと、演習(ゲーム)だろうと、この世界では集団戦闘の知識なんて身につけてるのは軍隊を指揮する王族・貴族のおぼっちゃまくらいなのよ。一つの国に片手で数えられるくらいしかいないわ。実際、あの粛清隊を仕留めてるんだから、大した結果よ」


 美人に褒められて悪い気はしないな、とユーゴはテンションを上げたが、続くサラの言葉でテンションは再び下がった。


「だけど、私の知る限りで異世界から来た人間というのは聞いたことがないわ。それこそ童話や神話でもね」


 剣と魔法の世界なら何でも有りそうだとユーゴは思っていたが、自分の存在はこの世界でも相当なイレギュラーらしい。

 サラは自分の知る限りと言ったが、彼女の知識量は非常に豊富だった。そこに自信すら感じられたので、世間一般よりも識者なのだろうとユーゴは実感していた。彼女の言葉ではなく、自分の中の実感で納得したので、ユーゴは大きく息を吸って、両親の顔を思い出した。決別のために。

 元から期待できないと思っていたので、むしろ後悔を振り切れた晴れやかな気持ちだった。


「とりあえず、アナタの知識に使えそうなものがあるかは、日々の戦いの中で探していきましょう。粛清隊は倒したけれど、まだまだ冒険者はやってくるし、アレよりも凄腕の冒険者も世の中にはたくさんいるんだから」


 ユーゴは首を縦に振って、ようやく自分のターンがやってきた、と前のめりになって彼女に迫った。

 無論、彼女の隠し立てについてである。


「教えてくれ、サラ。俺たちレブナントのこと。それから、君のことを。これからも勝ち続けるために」


 サラは新しい蝋燭を冒険者達の遺品から取り出して火を移した。

 新しい蝋燭が隠れ家の密室を照らし始める代わりに古い蝋燭は燃え尽きて、黒焦げた芯から煙だけが燻っている。

 燃え尽きた芯をじっと見ながら、サラはゆっくりと己のことを語り始めた。


「生前の私は神聖境界から派遣された偵察兵として、冒険者のパーティーに所属していたの。もう三十年も前の話になるけれどね」

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