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ガラトナム(下)

「どうするんですか、こんなにボロボロにしちゃって!!」


 廃城に少年の声が響き渡った。

 エルヴィンの心の底からの叫びである。


「大将のほうがボロボロだし、勝てて良かったって思おうよ」

「ゾンビなのだから、廃城のほうが雰囲気が出て良いのではなくて?」


 サラとエクセレンの反応に怒り散らしていたエルヴィンが息を詰めた。だが彼はなんとか持ち直した。


「そもそもですね、吸血鬼に唆されたままにこの城を攻めたのは、増え続ける兵力を格納するためっていう理由とか、色々あったんですよ!いつ崩れるかもわからない廃墟なんて、倉庫にもなりませんよ!」


 彼が言っていることは理に適っていたが、二人は視線を下に落とした。

 全身ボロボロで、リリアーヌの膝の上で寝ているユーゴを見下ろして、軽く睨みつけた。戦闘を激しくしたのはユーゴなのだからお前が説得しろ、ということだ。念話を使わずとも意思疎通を果たしたユーゴは、右腕を軽くあげてエルヴィンを窘めた。


「悪いな、エルヴィン。無駄に暴れさせたのも俺のミスだから謝るよ」

「大将が……」

「集団を率いる者が、目下の人間に謝っちゃいけないわけじゃない。お前らを殺した俺たちが言える義理はないけど、レブナントっていうのは逃げ場のない集団なんだ。一度死を乗り越えてるやつらを恐怖政治で抑えつけるのも無理がある」


 リーダーは判断を下して責任を取る立場だが、レブナントとして生きねばならないという意味では他のメンバーと一緒だとユーゴは思っていた。集団を率いるための立場が必要だというエルヴィンの言葉に納得して振る舞っていたが、前世の野球チームでプロの監督として有名だったとある選手兼任監督の話をユーゴは思い出していた。

 絶対の自信から判断を下しつつ、自分のミスは素直に謝った。だからこそ選手は信頼してくれたのだ、と。


 そもそもユーゴに政治の経験などない。せいぜいが学校の部活で仲間と一緒に活動し、後輩を指導したことがあるくらいだ。

 城を落とし、ドラゴンを攻略したという実績はレブナント達の信頼を集められただろう。より強固になった集団でどこを目指すのか、改めて考えなければならないとユーゴは考えていた。


「ドラゴンの素材が大量に手に入ったのは想定よりもプラスだろう? プラスもマイナスも、想定外の結果を含めて計画を練り直すのが俺とお前の役割だ。それを考えられる時間を作るために、とりあえず補強作業を頼むわ」

「……分かりました。続きはその時に持ち越すとします」


『その頃には怒りもすっかり無くなってるでしょうに』

『頭が良い子は、考えて納得したら落ち着くんだからかわいいよねぇ』


 エクセレンとサラがエルヴィンには聞こえないように念話をやりとりする。

 エルヴィンは踵を返して離れていく。

 ユーゴ達が集まっていたのは、崩れた城の中でも一番高い、玉座の間が有った階だ。とはいえ、ここより高い場所にあった塔は崩れているし、玉座の間も既に穴だらけ瓦礫だらけではあるが。


「ユーゴは随分と珍しい考え方をするんじゃの」


 膝枕がぽつりと核心を突くような呟きをこぼした。

 リリアーヌはあくまでも同盟相手だ。彼女がユーゴの持つ情報を狙って敵対しかねないならば、前世の情報は存在自体を隠さねばならない。リリアーヌが味方になったとしても、大将をいつでも殺せる部下の存在は内部不和の種になるだろう。つまるところユーゴ達とリリアーヌは、秘密を隠しきるしかない間柄だとユーゴは思っていた。


 だがそれはユーゴの中で過去形になっていた。だからユーゴは、盟友であるサラとエクセレンに相談もせず、一つの答えを返していた。

  

「俺がみんなと違う秘密を知りたいなら、後で教えてあげるよ、リリアーヌ」

「……良いのか?妾の二人がショックを受けているが」


 サラとエクセレンが似たような顔で呆然としているのが面白くて、ユーゴは思わず笑ってしまう。骨が傷んだので痛覚は切った。

 魔剣を杖代わりにして、一瞬だけ立ち上がり、ユーゴは窓のない窓枠に腰掛けて外を見下ろした。


「サラもエクセレンも妾なんかじゃないよ」

「だとしても、心変わりはユーゴだけのようじゃの」

「ついさっき、考えが変わったからな。でも二人だって分かってくれるさ」


 何を? という問いかけの視線に答えて、ユーゴは喋り続けた。


「思い知ったよ。まだまだ世界には強いやつがいて、強がっているだけじゃどうしようもない相手が居るってことを」


 それはドラゴンのことであり、リリアーヌのことでもある。

 リリアーヌのプラーナを取り込んだことで戦闘力は上がったが、ユーゴの肉体はそれについていけずボロボロだ。左腕を無くし、残った肉体も骨折と筋断裂でまともに動かせないほどだった。


「これからも力はつけていくけれど、そうじゃないやり方もしていかなきゃな」

「当人である私を前にしてハッキリ言うやつがおるか」


 リリアーヌは決まりが悪そうに顔を背ける。

 言っていることは打算でしかなかったが、あけすけな態度というものに彼女は弱かった。

 ユーゴ自信はそれも計算のうちで話していたのだが、手応えを感じて筒抜けになってしまった空を見上げた。


「ガラトナムが死んだ時、あいつの見ていたイメージが見えたんだ。ホンモノのドラゴンってのはあんなもんじゃないんだろ?」

「無論じゃ。ガラトナム……ラトナムに抗する者か。名前は大層じゃったが、あの山脈には山と同じ名前をつけられている龍が居る。ラトナムとその配下の古龍達は、どいつもこいつも今回の小僧より強いぞ」

「アイツは……ガラトナムは、そのラトナムから生まれたっぽいな」

「ほう?」


 最後のイメージは空、龍、母。

 伝わった感情は憎悪と悔しさ。

 世に前例のない亜人竜として産み落とされ、龍として最強の母を持ち、何をどうして奴がこの地に流れてきたのか。


「ラトナム山のドラゴンと戦う機会はなさそうだけど、ガラトナムより強い敵が腐れ谷に居るかもしれない。この地で生きる自由を守るためには、もっといろんな力が必要なんだろうな」


 だから。


「サラ、エクセレン。これからもよろしく頼む」

「何を当たり前のことを」

「当然でしょ!」

「やはり、妾にしか聞こえんのう」


 リリアーヌの苦笑と二人の反論が、部下たちが割り込みにくい空気の中でしばらく続いていた。

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