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青い戦鬼(下)

 西門前の戦いは激化の一途を辿っている。

 爆音と雄叫び。鋭い風切り音と、暴風のような風切り音。

 だが戦闘が長引くにつれて加わる音があった。サラの息切れと苦悶の声だ。

 ハイ・レブナントの肉体は生体活動を取り戻している。ゾンビやレブナントと同じように肉体をコアから送り出したプラーナで操作することは出来るが、筋肉による動作速度は段違いに早い。そして青いオーガとの戦闘はレブナントの劣悪な速度では抗しきれないレベルにあった。

 疲労という名の負債はどちらも蓄積しているが、人間とオーガの身体能力ではオーガに軍配が上がる。つまり、戦闘の帰趨もまた転がるべき方向に転がり始めていた。


(体力も底なし。全身にやけどを負って動きも鈍らない。予想が外れすぎね)


 思考しながらも、サラは動けなくなっているゾンビの死体を投げつけてオーガの動きを止めようと試みる。しかし始めのうちは死体を殴って弾き飛ばしていたゾランだが、次第に死体を躱すようになっていた。周囲の死体の状況を把握し、サラの行動を読み切っているのだ。

 トラップそのものを避けられてしまっては、仕込んだ魔法も意味がない。しかもいざ避けられないとなれば、このオーガは躊躇せずにゾンビを殴り飛ばし、火傷を我慢しながら接近してくるのだ。

 そしてサラにはもう一つ、焦りの種があった。周囲に仕込んだ爆弾ゾンビの残数が少なくなってきていた。

 後退し続けて爆弾で時間を稼ぐだけでは、味方が目的を達成出来ない。そう計算したサラは踏みとどまり、投げた死体の後を追うようにして空を駆けた。死体を追い越して死角から飛び出したサラは見た。ゾランは回避のために姿勢を崩したのではなく。


(避けながら攻撃の溜めを作るために)


 ナイフを両手で構えて、振りかぶった拳に刺さるように体の前で構える。

 まるで馬車に正面衝突されたような衝撃で体が後方に吹き飛んだ。

 空中で駆け上がろうとして、サラは己の失態に気付く。手元に魔剣が無かった。サラは両手を広げてトンボを切り、姿勢を整えて着地する。ゾランの右拳にナイフが突き刺さっていた。

 ナイフは右の指を二本切り落として手のひらに突き刺さっているようだが、ナイフを握り込むようにしている手の形から、サラは察した。ゾランは意図して指を捨てたのだ。


「あの世で自慢しろ。お前との戦闘時間は最長記録だ。最強ではないが」

「勝った気になるのはまだ早い」


 強がりだとゾラン見破っていた。ナイフを持っていた右腕の関節が壊れたのは殴った衝撃で分かっている。左手も力が入っていないようだ。足だけでどれだけ逃げ切れるものか。後味よくさっさと終わらせよう。

 そうと決めたゾランの足取りは緩やかだった。駆け出すのではなく歩き出した自分を見あげる女の目を見て、ゾランは笑った。死を悟りながら敵愾心を捨てない敵のなんと素晴らしいことか。自分が捨て石になることを納得しているゴブリン共とは大違いだ。

 後味は過去最高かもしれないと思ってゾランは拳を振りかぶったが、背中をちりちりと焼く殺意に気付いた。振り向きながら拳を振り抜き、巻き起こった強風にサラの髪が踊る。拳を振り抜いた先に立っていたのはエクセレンだ。豆粒にしか見えない遠距離からではあるが、間に合ったのだ。


『サラ、まだ諦めちゃだめ!』

『エクセレン、作戦は?』

『ちゃんと終わらせてきたよ!後は待つだけ!』


 良かった。サラは安堵の息を吐く。

 天真爛漫に見えて、エクセレンは大事な報告を欠かさないタイプだ。死体が関わると大事の基準は大きく個人的な方向にブレるが、こと作戦にあたって彼女がすべきことをしなかったことはない。

 サラは感情のスイッチがパチンと切り替わるのを感じた。レブナントとして生きていた時は感じなかった精神的なリフレッシュの瞬間。精神ではなく体の問題なのかと驚いたが、今は死体の特性を考える時ではなかった。


『さっきから、充分に待っているのだけど』

『軽口が出て来るなら安心だね。じゃあ私達だけで終わらせちゃう?』

『何か策でもあるの?』

『あるよー。私が接触して魔法を使えれば』

『コイツに殴られたら、コアごとぐちゃぐちゃに壊されて死ぬわよ』

『うげぇ……』


「さっきからビンビン頭が痛いな。相談は終わったのか?」

「まだでーす!」

「そうか。それじゃあ指が再生するまでは待ってやるよ」


 念話が聞こえないはずなのに、プラーナの流れを感じ取ったのだろうか。

 規格外の存在に、エクセレンの腰が引けるのが見えた。


『やっぱり逃げる?』

『もう見つかったのに。どこにどうやって』

『だよねー。レイキは何か策がある?』


 サラはそこでようやく彼女の存在に気付いた。南を迂回したエクセレンとは逆に北の一団を率いていたオーガレブナントのレイキもまた、正門の前にゾンビを運び終わっている。

 つまり、後は作戦の成功を待つだけということだ。

 オーガと言ってもしっかり仕事をこなすのかとサラは感心していたが、彼女の念話を聞いて肩を落とした。


『策はないが、奴はレブナントとして仲間に加えるべきだと思う』

『また無茶な……』


 このオーガは、腕の一本を落とされても止まらない。ゾンビとしても動かないくらい徹底的に破壊するくらいでないと無理だ。

 出来るとしたら、上半身を残した状態で四肢を切り落とすくらいだろうか。

 だがそれが出来る実力者は、レブナント軍の中でユーゴくらいしか居ない。レイキも獲物は刃物ではなく鈍器だ。


『奴の……活性化は武器になる。ユーゴ様なら欲しいと思うだろう』

『それは否定しないけど』

『八つ裂きにして確保する。でも全てあの方に任せるのは、不甲斐ない』


 サラとエクセレンの眉がピクと反応した。


『生意気!煽り禁止にしてやるわよ!』

『生き残ったならご随意に。手土産が出来るなら本望』

『良いわ。私とエクセレンで隙を作ってあげるから、やりきってみなさい』


 でも一つだけ質問に答えて。


『その思考はオーガのもの?それとも母親から仕込まれたもの?』

『分かっていて聞く会話を、質問とは呼ばないと母からは習いました』

『十分よ』


 どうせユーゴはレブナントに性愛を向けない。種族など知った事か。手柄を独り占めにされるくらいならば、協力してやらないこともない。

 失敗したって構わないのだし。

 念話をしていないのに通じ合ったエクセレンとサラは同時に動いた。オーガの指は再生している。


「そんじゃあ、丸焦げにしてあげるっ!」


 エクセレンが叫びながら火球を右手に発生させた。宣戦布告だ。

 だが、振りかぶる動作はゆっくりとしてゆったりしている。緩慢だ。ユーゴが見ていたら素人の始球式だと言っただろう。

 魔法使いの運動神経の無さを慧眼で見抜いたゾランは、視線を切ってサラに向かった。当たらない魔法は無視する。当たり前の戦術だ。

 サラはエクセレンを内心で罵りながら、全力で後ろに下がる。念話を送って詰る余裕はない。

 ゾランの後ろから高速で火球が迫る。魔法に投げるモーションは不要だった。火球はまっすぐ高速で進む。

 だがいずれにしろ、相手は既に走り出して移動しているので、サラの火球が移動する前のゾランの立っていた場所へ向かっていることを見切ったサラは諦めて大声で詰った。


「この下手くそ!!」


 叫び声は届かなかった。

 着弾点を中心とした半係数メートルの広範囲で、巨大な火柱が上がった。サラの叫び声も、ゾランの姿も、全てを飲み込んだ巨大な炎。


『下手くそって思ったでしょ!当たらないなら範囲攻撃をすればよいのだー!ハッハッ』

『まだ終わってないわよ』

『プラーナを視りゃ分かるよ。んじゃレイキ、よろしく!』


「"ソニック・バレット"!」


 未だ消えない爆炎に向かってエクセレンが風の弾丸を発射した。いつの間にかエクセレンと戦場の直線上に現れていたレイキが、突風に乗って急加速する。視覚ではなくプラーナ・コアの位置を知覚しているエクセレンの狙いは正確だ。突風の先端が炎の幕を裂き、さすがにうずくまって身を守る戦鬼の姿が見えた。

 かつて仲間を壁に打ち付けてミンチにしかけたソニック・バレットの人間砲弾。そのオーガバージョンとなったレイキが右拳を引き絞りながら接近する。

 狙いは脊髄。脳と心臓を除いて相手の動きを止めるならそこしかない。


 だがゾランは神がかった戦闘センスを発揮する。

 何から感じ取ったのか、飛来物の存在を知覚したゾランは、膝をついた状態からバネのように体を跳ね上げ、アッパーを繰り出した。

 顎に当たれば頭を首ごと引き抜く暴力は、しかし空振った。

 レイキはゾランの間合いの外ギリギリで、地面に足を打ち込んで、弾丸となった我が身を止めていたのだ。


「その技はっ」

「足だけならば、私にも強化出来る」


 敵には人間だけでなく、身内(オーガ)も居たのか。

 一瞬だけ思考が逸れて、しかし一瞬で彼は意識を戦場に戻した。

 それがどうした。このオーガを殺せば詰みだ。青い髪の女は死に体。魔法でも殺されない。こいつを殺せば、詰む。


 だから、ゾランは気付かなかった。

 レイキが地面に埋まっていたそれを蹴り飛ばしていたことに。

 そして死に体だったサラが、反撃をしてくることに。


 背中を熱い何かが走り抜ける。

 髪を焦がした青い女が、脇から視界に入ってくる。彼女の右腕……肘の内側から、奪ったはずのナイフが飛び出していた。

 あの状態で、鋭くナイフを振り抜いたのか?いつの間にか受け渡されていたナイフを肘の内側に刺して、受け止めて?


 二度、彼の意識は遅れを取り、既に彼女の拳は振り抜かれていた。

 オーガ生来のプラーナ活性術によって強化された手刀が首に叩き込まれ、脊髄が豪快な音を立てて折れる。


◆◆◆◆◆


 自分達の中で最強の戦士だったゾランが大地に倒れている。その一部始終を目にしていたゴブリンですら、状況を認められなかった。

 巨大な炎が上がり、何故か味方であるはずのオーガが殴りかかり、正面からゾランを殴り殺していた。ありえなかった。考えたくもなかった。この先の戦闘がどうなるかなんて。


 だというのに、世界は残酷だ。呆然とする時間すらも与えられないのだから。

 誰かの悲鳴と何かの嗚咽が背後から響いた。城の、中から。

 松明もつけられていない城の通路の陰の中からひたひたと歩いてくる家族が、もう家族でないなんて、考えられもしなかった。


「サラ!エクセレン!無事か!?」


 城の中で己の役割を果たしたユーゴが、西門を内側から開けて飛び出した。

 ゴブリンの戦術は単純だ。戦術とすら呼べないだろう。目の前に大量の敵を用意したら、裏手はすっからかんだった。見張りすらいない敵城に忍び込んだユーゴは、回収された死体の安置所を見つけた。後は言わずもがなである。

 作戦を成功させたユーゴはもちろん念話を仲間に送った。

 しかし、サラもエクセレンも返事がない。外の爆音は既に止んでいるというのに……。全速力で場内を駆け抜けたユーゴは、門を閉じていた閂を破壊し、クラウドの肉体を酷使して一人で門を押し開く。

 そこには二人の副将と、新参のオーガ三人が仲良く横たわっていた。

 笑顔で。


「ねぇ、サラ。そろそろ死んだふりはよくない?」

「そうね。でもまぁ」

『……人間の言葉は分かりませんが、効果覿面のようですね』


 起き上がる気力もないのだろう。首だけで見上げた三人に、ユーゴは膝をついた。

 脱力するユーゴの姿に満足したのか、疲弊した顔にも笑みが浮かんだ。


 しかし、勝利の余韻の中で、城を揺るがす巨大な咆哮が大地に響いた。

 余韻は何処(いずこ)へと吹き飛ばされ、全員が城を呆然と見上げるしかなかった。

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