青い戦鬼(中)
「どもども、お久しぶりで〜す。美少女死霊術士のエクセレンちゃんだよ〜」
「来て早々、何を言っているの。ずっと念話で連絡していたでしょう?」
「雰囲気だって、雰囲気。待ってたでしょ?」
「あくびが出るくらいには待ったかしら」
「森の中の死体を全部ゾンビにして、立ち上がれないのは全部スケルトンにして、大事業だよ!?労って、プリーズ!」
「……お疲れ様、ユーゴ。変なことされなかった?」
言葉では無視しつつもエクセレンの頭を撫でて労っているサラが、エクセレンの引き連れてきた軍団と疲れた顔をしたユーゴに苦笑した。
亜人の支配力を弱めるため、最低限のレブナントとゾンビ達を残して、ユーゴは砦へと引き返していたのだった。
砦に残ってゾンビとスケルトン制作に勤しみ、防衛力を強化していたエクセレンを引っ張り出して、改めて森の中の亜人達で戦力増強を図ったのである。
エクセレン、エルヴィン、そしてユーゴ。三人でひたすらに森の中を駆け回った日数は10日ほど。最初の行軍で作ったゾンビがそろそろ全滅しかかる頃合いで、ユーゴ達は戦場に間に合っていた。
「変なことねぇ。レブナントにキスするのは変なことの範疇かな?」
エクセレンを撫でる手をパッと離すサラ。
何でバラしてんの!?と墓穴を掘ったエクセレンが尻を蹴り飛ばされて地面に倒れるが、ユーゴがかばう筋合いではなかった。
「ところで、仕込みは終わってるの?ゾンビは今日で尽きるけれど」
「ちょうどいいな。最初に作った奴らはそろそろ燃料切れで動かないだろ。日が暮れる前に全部使って城を攻めよう。決行は明日の朝だ」
青い戦鬼を殺すために練り上げた作戦は一度限りの大技だ。
「なるほどね。この作戦考えた時もそんな顔してたんだ?」
「顔?」
エクセレンの指摘に疑問符を返したユーゴだが、近くに鏡もない。
くすくすと笑ったエクセレンが、両手の人差し指で自分の唇の端をぐっと押し上げた。
「相手を嵌めること考えてるときの顔。こーんな悪い顔してんだからね」
「言っとくけど、マジよ」
サラからの追撃が急所に入った。
◆◆◆◆◆
緩やかな攻勢での疲弊。一気呵成の攻撃。しかる後に罠。
見事な策略だった。
青い戦鬼とユーゴたちに呼ばれている、ジェネラルクラスのオーガであるゾランは、白の西門の上に作られた見張り所のなかで瞑目しながら数日前の戦いを思い出して心を踊らせていた。
そして高揚感を思い出したあとは必ず心が萎んでしまう。敵の追撃がなかったのだ。もっと楽しめるかと思っていたのに。
昨日までの彼はがっかりだと呟きながら廊下ですれ違うゴブリンたちの頭を捻り潰して八つ当たりを繰り返していた。
だが、今日は違う。
久方ぶりの一斉攻撃だ。ゾンビ達の動きも鈍っているので限界なのだろう。だが、敵がただの突撃をさせるとは思えない。否。根拠はなかった。そうであって欲しくないという思いだけで、ゾランはこの攻勢を作の一環として対処しようと決意していた。
だが、ゴブリンは違う。
こいつらは必死に抗って、攻勢が止んだらぐっすり寝るだろう。馬鹿だが必死なので悪いことは言わないが、こいつらはきっと明日、なんらかの犠牲になるだろう。
だがそれが敵の更なる策を引き出すのなら、亜人がいくら犠牲になっても構わない。ゾランはこの攻勢の間、一度も姿を見せずにただ待機していた。
予想通り、夜はゾンビ達の攻撃が止んだ。10日ぶりに静かな夜が訪れた。
日夜を問わぬ襲撃にすり減った精神を癒やすために、大勢が深い眠りについている。
ゾランもまた同じように眠りについていた。
前回敵が変化をつけてきたのは朝だ。今回も同じだろう。
予想通りに夜は何も起きず、朝になった。
あまりにも前回と同じようにことが運ぶので、だんだんとゾランの心にも苛立ちが生まれていた。
ゴブリンたちは警戒しているが、城の矢は尽きているので回収に行かねばならない。恐る恐る回収をはじめたゴブリン達は、死体が起き上がってこないことを確認すると嬉々として広がっていく。
そこまでを確認して、ゾランは見張り所の外に姿を現した。
さぁ、始めよう。始めてくれ。
ゾランが空に大きく吠える。
待ちかねたというように、再び死体が起き上がり始める。
階段など使っていられるか。ゾランは全身のプラーナを活性化させて青い燐光を纏うと、砦の壁を駆け下りて大地に到着していた。
味方が食われているがどうでもいい。今回こそは次の策を見せてほしい。そしてそれをねじ伏せたい。
興奮と高揚とで支配した肉体を存分に操って、ゾランはゾンビの群れを蹴散らしていく。集団の配置を確認し、常に多くの敵を狙う。今回は敵の数も多い。前よりは多くの敵を倒したころ、今回はどこまで楽しめるのか不安に思ってきたところで、ゾランは見た。
最後に殴り飛ばしている、このゾンビ。
その体に光る何かが浮かんでいる。
ゾランは知らない。それが魔術を留めた魔法陣であることなど。詠唱した魔法を留めるだけで天才扱いされるこの世界で、それを物に留める魔剣や魔術具など亜人が目にする機会はほとんどない。
ましてそれを殴りつけたらどうなるのかなど、予想することすらできるはずがない。
ゾンビの体が巨大な火球に飲まれて爆発し、最終ラウンドの火蓋がきられた。
◆◆◆◆◆
爆炎がオーガを包み込むのと同時に、森を飛び出した人影があった。青い長髪を揺らす彼女は、迷わずに爆炎に向かって走る。
ユーゴの発案で魔法使いのレブナント達が不眠不休で仕込んだ魔法だ。民間人なら丸焼きになる火力だが、恐らく第五位階に達するであろう敵には効果がないというのがサラの見立てだった。
「グルるるぁぁっ!!」
予想通り。爆炎の中から青い戦鬼が叫びながら飛び出してくる。ただし肌が焦げているので魔法によるダメージは予想以上だろうか。
サラが冷静に分析した時間は僅か数秒だ。分析というよりも直感的に情報を判断したに過ぎない。その僅かな時間で、オーガ十数メートルの距離を一瞬にして詰めていた。ゾンビと同じようにサラに向かって右足を下から振り抜いて次の敵を探す。
が、振り抜いた足に蹴り殺した感触がない。
疑問が一瞬だけ彼を冷静にさせた刹那、ゾランは地面に伏せていた。
彼の脊椎があった場所をサラのナイフが一閃し、彼女はそのまま距離を取って地面に着地する。
「トラップに引っかかっておいて全く躊躇しないなんて、レンジャー泣かせね」
会話をするつもりはないのでサラの発言は独り言の人族語だ。
ゾランもまた敵と会話する趣味は持ち合わせていない。だが、相手が喋れることに驚いて思わず口を開いた。
「人間なのか?」
二人の動きがピタリと止まる。
ゾランは自分の呟きを相手が理解したのかと考え、サラは、
『今よ』
ゾランが勝手に動きを止めたので、隠れて指示を出していた。
様々な方角から了解の返事があり、ざわざわと森で何かが動く気配が揺れる。ゾランは何かに気づいたように顔を跳ね上げたが、サラから視線を外すことはなかった。
西門を迂回するように距離を取り、森の北と南から大量のゾンビとスケルトンが現れる。
それでもゾランはサラから視線を外さず、増援が現れたことを知ると一目散にサラへと駆け出した。
「良い判断よ」
迫ってくるゾランの攻撃を紙一重で躱しながら、時に地面へ伏せ、相手の体を駆け上がり、頭上から牽制の攻撃を行う。
サラは対人戦闘技術のすべてを注ぎ込んで、それでいてなお、時間稼ぎしかできていなかった。
『サラ、どれくらい保つ?』
ユーゴからの念話に言葉を返す余裕もない。
魔剣を使った立体機動は肉体への負担が大きいだけではなく、通常は行わない戦い方を常に考えながら、プラーナを消費して魔剣の能力を引き出す必要がある。
そして敵の攻撃も苛烈だ。躱すだけでは生き残れない。オーガの格闘能力は彼女の対戦成績の中で過去最強。リスクを負って必殺の一撃を狙うことでようやく一息吸えるだけの間合いがとれる。
着地したサラを狙って、左のボディブローが風を切りながら迫る。バックステップで回避すると遅れて混紡を振り回したような風切り音が届く。冷や汗をかく間もなく追撃の右ストレート。避けきれない。相打ちを。
伸びてきた手首の脈を狙って振るったナイフは空振りだ。
『すぐ終わらせる、耐えてくれ』
ユーゴの焦った声音に少しだけ満足する。そして発見もあった。リスクは背負うが相討ちは避ける。相手のラインはそこだ。
戦い方を考えるサラに、ゾランの蹴りが迫る。サラは地面に横たわったゾンビを足で掬って投げ飛ばし、盾にした。
再び爆炎が生まれ、空中に逃れたサラ爆風では距離を離す。
ゾランは体を燻らせながらも笑みを浮かべながら、五体満足でサラへと迫る。
(どれか一つでも間に合ってくれれば……)
味方に軽く祈って、サラは気持ちを切り替える。
祈るだけ祈ったら、後は自分の努力の時間だから。
「さぁ。かかってきなさい。何十年も人型相手に戦ってきたのは伊達じゃないのよ」




