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青い戦鬼(上)

 あれはヤバイ。

 レブナント軍の意識ある存在全てが声を揃えてそう言った。




 砦を一つ落として大量の手駒を手に入れたら、あとはあっという間だった。ゾンビによる地域制圧戦はユーゴの予想以上に一方的な展開で、これを防ぐ側だったらクソゲー確定、と内心で笑っていたくらいだ。

 死体の数はネズミ算式に増え、かつては心配していたゾンビの損耗もスケルトンの材料になるので、ネズミ算どころか4倍速の倍々ゲームと化した。

 森の中では引き続き亜人の掃討を続けながら、ユーゴ達は辿り着いた大森林の東端から城を遠巻きに眺めつつ、エルヴィンの献策を採用して昼夜を問わず定量のゴブリンゾンビを送り出していた。

 

「お前さんの狙い通り、敵の迎撃が弱くなってきてるな」

「予想通りですが、相手の知能がこんなに低いのでは作戦を立てようもないですよ」


 ゴブリン達は何も考えずに目の前の恐怖にひたすら矢を射るばかり。消耗のペースだとか敵の数に見合った攻撃だとか、そういったことを勘案してくれないので、策で相手をコントロール出来ない。

 エルヴィンはそう言ってゴブリン相手の試行錯誤を諦めているようだが、ユーゴはその姿勢を改めてもらうために一計を案じていた。


「そんな事はないさ」


 エルヴィンの知っている作戦は対人間を想定したものだ。それも教育を受けた軍指導者を仮想敵としている。亜人戦線では準備をすればするだけ空回りしていたが、今後も腐れ谷を進むにあたって、人間と戦う機会はほぼ無い。エルヴィンを砦に常駐させるなら構わないが、死霊術士を前線に連れ出すなら対人間以外の軍師にもなってほしいというのがユーゴの未来図だ。


 そのためにユーゴが実行した作戦は、最初のうちは無策な突撃にしか見えなかった。ユーゴは念話でいつもより多くのゾンビ指示を出し、数が変わっただけで全く同じように全滅した。しかも、せっかく絶え間なく続けていた攻勢をピタリと一日止めたのである。

 エルヴィンを含めたレブナント達は、ユーゴが何を考えているのか分からないまま城を監視して一夜を明かした。もしかしたらこのまま撤退するつもりなのかと忸怩とした心持ちで朝日を迎えたその時、城に変化が起こった。

 あれだけ攻勢にあっても固く閉ざされたままだった門扉が開いたのだ。

 中から出てきたゴブリン達は警戒もそこそこに、地面に刺さった矢を回収していく。唖然としたエルヴィンをよそに、ユーゴはいつものようにニヤリと口角をあげた。


「どうよ、"死んだふり作戦"は?」


 念話で意思疎通をせずとも心は一つだった。


「ネーミングセンスに反比例して効果は高いわね」


 代表したサラの発言に肩を落としたユーゴは反論を口にせずに念話を飛ばした。


『起きろ、そして喰らえ!』


 矢を引き抜こうと体を抑えられていたゾンビが、いきなり動き出してゴブリンの首筋に噛み付いていく。悲劇は前後左右の至るところで発生して、当のゴブリンたちはパニックに足がすくんで動けない。

 ゴブリン達の驚く顔に満足したものの、黙って観察するだけで終わらせるつもりは毛頭なく、ユーゴはレブナントを城に突撃させるために立ち上がろうとした。

 まさにその時だった。

 開いたままの門から青い光が飛び出す。


「マズイ、隠れて!!」


 サラは肉声でレブナント達に命令を下し、立ち上がろうとしたユーゴを押し倒すようにして地面に伏せた。

 サラの反応は大げさなように見えたが、顔を上げてみればその理由が嫌というほどわかった。目を離した数秒で、戦場には虐殺の嵐が吹き荒れていた。

 全身を青く発光させたオーガはジャブ一つでゾンビの頭を粉砕し、回し蹴りで弾き飛ばしたゾンビで群れを薙ぎ払い、右ストレートで胴体に巨大な風穴を開ける。


『レイキ、お前にもあれくらいできる?』

『無理』

『ま、そうだよな。ちなみにあいつのこと知ってる?』

『残念ながら。私はこの前のオーガの支配下の外に出たことがない。蛮族王やその側近、他の部落にも知己はいない』

『サラ、エルヴィン。あのオーガが蛮族王だと思うか?』


 その他のレブナント達はこぞって肯定してほしいと内心で合唱した。あれだけでも手に負えない化物だ。あれがトップであってほしい。ユーゴも同じように思っていたので頼りになる部下に聞いてみたのだが。


『ありえないと思います』

『魔物の格としては有り得ると思うけれど』


 否定が一つに、条件付きの肯定が一つ。

 肯定してほしいと願ってしまう程度にはイヤな予感がしているユーゴの感覚とぴったりハマる回答だった。


『頼りになる部下の意見だが、理由は言えるか?』


 ハッキリと頷いたのはエルヴィンのほうがはやかった。


『亜人のリーダーはゴブリンであっても巣を作って一番奥に控えます。知性の高いオーガになればなおさら砦の奥に控えます。他のオーガは姿を見せていないのに一人だけ現れるなんてありえないです』

『あれが一番の下っ端って可能性もあるけどな。サラは?』

『あのオーガの強さは第四位階でも敵うかどうか分からない。王と言われて納得しなくもないけど、それにしては体格が小さすぎると思う』

『体格?』

『亜人の肉体は溜め込んだプラーナに比例して大きくなるのよ』


 ゴブリンがホブゴブリンに。

 ボガードがオーガに。

 そしてオーガからジャイアントに。


『支配している数に応じてプラーナを吸い上げ、巨大化するのが亜人の王。だとすれば、レイキと同じオーガのサイズで蛮族王というのはありえない』

『それじゃあ、蛮族王のサイズはあれよりさらに上だと思っていいわけだ』


 なるほどね、と頷いて話が一段落する間に、城に攻め込ませるのに十分な数だけ伏せさせていたゴブリンゾンビたちが全滅させられていた。

 青い戦鬼は戦場に仁王立ちして空を見上げている。いつの間にか燐光は収まっていたが、レブナント達は誰一人として動けなかった。


『いずれにせよ、戦わなきゃならんだろう。だろうが……』


 ゾンビから成り上がってくる過程で戦ってきた全ての敵に対して、ユーゴは自ら斬りかかっていった自負があった。既に肉体が死んでいるというメリットが恐怖心を抑え込んでいたにしても、その戦う姿勢がまず大事だったのだ。

 粛清隊。地下教会の戦士。オーガの鎧。クラウド。

 そのいずれもを超える戦力差を、あのオーガに感じていた。


『将軍。推測がある』


 黙り込んでしまった念話通信網のなかで、発言を求めたのはレイキだった。


『オーガは生まれつき、体内のプラーナを活性化させて精神を鼓舞する技がある』

『あれが精神を鼓舞しているだけの動きだって言うのか?』

『違う。レブナントになって分かったことがある。オーガの技は体内のプラーナを活性化させているんじゃない。プラーナコアを制御する技術だ』


 プラーナではない。プラーナコアを。

 プラーナコアを直接活性化させて全身に送り出すプラーナを増やしたり強化するのがオーガの技だと、レブナントになってレイキは初めて気づいたらしい。


『私もやろうと思えば似たようなことは出来ます。でもやりすぎたら、コアが壊れる。アレがしているのはそういう危険な技です』

『となれば、やることは消耗戦か』


 個人相手の消耗戦の経験などレブナント達にはなかった。腐れ谷に行くならプリーストを一人はパーティーに入れるのがお約束だ。レブナントと冒険者の戦いは基本的に速攻で浄化を使える人間を殺し、量で圧殺するというパターンしかなかったのだ。


『開けた大地でどれどけできるか分からないけど、罠を仕掛けて誘導しながら逃げ延びるしかないわ』


 青い戦鬼はぐるりと周囲を見回すと、ゆっくり城の中へと戻っていった。残されたゴブリン達は、残りかすのゴブリンゾンビと格闘しながら矢を回収し、味方の死体も引き上げていった。

 戦場に残ったのは強敵と敗残兵。

 少しだけ、ユーゴの口元が緩んでいることにサラだけが気付いていた。

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