蛮族王の戦争
巨大な大森林を眺め下ろす巨大な朽ちた城があった。その城はかつての古代王国でラトナムに抗する城という意味でガラトナム城と呼ばれていた。もちろん、今となってはその名を知っている者は世界中を探してもほとんど居ない。現時点でこの城の主に収まっている者達も当然知る由がなかった。
「ガラトナム様、報告が御座います」
故に、現在この城の玉座に座る存在の名がこの城と同じ名であることは偶然であった。
人間サイズの玉座に収まりきらないその巨躯を、砕いて横倒しにした玉座の瓦礫の上に横たえて、蛮族王は部下の入室を許した。
入室した人影は三つ。一つは全身に青い入れ墨の紋様を入れたオーガで、残りの二つは小柄なゴブリンだった。ただし片方は様々な飾りを身に着け、片方は腰布一枚で手足に枷を嵌められている。
「生き残りのゴブリンを見つけました。こやつの話によれば、亜人の死体が動いて味方を食い荒らしながら東に進んでいるそうです」
報告を口にするのはオーガではなく身なりの良いゴブリンの方だった。
オーガは手枷から伸びる鎖をしっかりと握りしめ、ゴブリンの後ろに仁王立ちしながら蛮族をじっと見据えている。
「……そこのゴブリンよ。貴様の見たものをもう一度話せ」
「分かりました、キング」
キングと呼ばれた身なりの良いゴブリンが、しゃがれた声で命じる。声からは抑えきれない苛立ちが滲み出ていた。
彼がキングと呼ばれるのは、蛮族王の群れのなかでゴブリンの頂点にいるからだ。あくまでもゴブリンという種族内部に限定はされるが、それでも彼はキングだった。腐れ谷に住処を移動させてから順調に増えていた配下の数が急激に目減りしている。
連絡がつかないからそうだと判断するしかないという状況判断しかできないが、予感が予測から確信に変わるほど状況は悪化している。
そしてもちろん、亜人を引き連れる実質的な頭目である蛮族王は予測ではなく体感でそれを知覚している。
キングと呼ばれたゴブリンは焦りと怒りと不安をブレンドした感情が、苛立ちの正体だった。
蛮族王はその苛立ちを気にも止めなかったが、ひ弱なゴブリンがキングの苛立った声は抗えるわけもない。推測も何も含まない、ただ体験したことをべらべらと垂れ流す一次情報が響いた。
自分が生き残ったのは偶然だった。たまたま狩りが上手く終わらず、夕方に砦に戻ることもできずに夜通し猪を追いかけた。なんとか猪の肉を仲間と担いで砦に戻れば、そこにはゾンビと化した仲間たちの動く死体が蠢いていた。
「動く死体だと?」
聞き返したのは蛮族王ではなくオーガだ。
「ヒューマン共がゾンビと呼んでいる存在だ。死属に類し、死体に滞留したプラーナが肉体の記憶に従ってプラーナを貪るために死体を動かしておる」
「ゾンビ……。それが砦を襲ったと?」
睨まれたゴブリンが続きを話した。
砦には戦闘した形跡があった。どうやったかは分からないが門扉も破壊されていた。砦の外の地面には矢が突き刺さって魔法で燃えた跡が有った。死体は砦の内ではなく外から集まっていた。
そう喚くゴブリンに蛮族王は大きくため息をついた。
「もう分かった。ところで貴様、何故"ここに居る"のだ?」
ギャーギャーと高い声で喚いていたゴブリンが黙った。
情報を届けに来たのだ。何を疑われているのか分からないが、無礼を働かないために枷をつけると言われていたので、ゴブリンは自分がどう見られているのか全く把握出来ていなかった。
「ゾラン、やれ」
「了解」
オーガは鎖を思い切り強く引いた。引っ張っただけで鎖が弾け飛び、ゴブリンの首は折れ、勢いのまま体が後方に向かって飛んでいく。
それを見て豪奢な方のゴブリンがため息をつく。
「王よ。気持ちは分かりますが、味方の数が減っている現状を分かって居られますな?」
「無論だ。だがそれが俺の国の軍規だ」
たとえ死しても前のめりに進むことしか許されない。どうあろうと勝利を目指さねばならないのが蛮族王の強いる生き方であり、報告を持ち帰るだとか策を弄するだとかいう理由で、自らの判断で後退することを王は許さなかった。
瓦礫の玉座の上で巨大な影が身じろぎする。鎧のプレートが触れ合ったような擦過音と、細く長く吐く呼吸音。これ以上話をする気のない王の、いつもの態度だ。オーガとゴブリンは揃って玉座の間を出た。
「王はあのように言われているが」
「ジュンゴ」
「お前もどうせ私の考えた策など不要だというのだろう?」
「いいや。好きにしろ」
「どういう風の吹き回しだ?」
「俺は動かん」
何も考えずに突撃して生き残ってきた百戦錬磨のオーガらしからぬ発言に足を止めた。肝心の本人は気にも止めずに歩み去っていったが、最後に二言だけ残していった。
「待てば、来る」
問い返す必要はなかった。当たるにしても理由はどうせなく、外れたところで初めから彼は頭脳役ではないのだから。
古株のゴブリンキングであった参謀が度重なる森林への攻勢に成果を残せず、10日後に逆鱗に触れて焼肉にされた。
ただ待てば良かったのに。呆れながらも、もう二言ほど言葉を尽くしても良かったかもしれないと思ったが、一呼吸して同僚の存在自体を彼は忘却した。
眼下を埋め尽くす死体の群れを見下ろしながら、ジェネラルオーガのゾランは腕を組んで不敵に笑った。




