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ゴブリンゾンビ職人

 ゴブリンの朝は早い。

 下位の亜人の生態系は多産多死である。オーガほどにもなれば人間より出生率は下がるのだが、ゴブリンの数は驚くほどに多い。一人一人は小柄だが、数が増えれば食事も多く必要になる。

 腐れ谷はかつて滅亡した王国の跡地に死属の跋扈する土地だったが、都市部から離れると緑や動植物も増える。腐れ谷中央北部に広がる大森林地帯はその代表の一つだ。蛮族王はこの土地で力を蓄えよと命じられ、それに従うままにゴブリン達は大繁殖を続けていた。


 ゴブリンに高等な建築技術はないが、地面や洞窟を掘り進む技術は優れている。ほとんどの洞窟はすでに埋まっており、多くのゴブリンは目印になる巨木の下などを器用に彫り抜いて家を作っていた。

 彼もそんなゴブリン一家の家長であった。

 子供達が目を覚ます前に森で食料を取ってこないといけない。この前は西に向かった氏族が戦闘に駆り出されて散々な目にあったらしい。お鉢が回ってくる前に更に力を増やさないと。

 多少の犠牲を出しても大型の動物を狩るかどうするか……。長ゴブリンは今日の予定を考えながら起き上がろうとして、違和感に気づいた。

 体が動かない。

 目は辛うじて開いている。しかし瞼は動かない。呼吸、舌、息が……。


 聞こえてきた足音に視線を向ける事すらできない。視界に入ってきたのは仲間ではなく、我らを亜人と蔑むヒューマン。黒髪に黒の鎧、抜き身の剣は鈍色でゴブリンとは比べ物にならない体躯。脳裏に浮かんだ言葉は死神だった。

 ここは木の地下を掘り進んで作った住居の最奥だ。そこにヒューマンがいる時点で仲間がどうなったのか察するに容易い。


『長よ。我ら死者の軍団に降る気はあるか?』


 こいつ、脳内に直接……?

 ゴブリンは死体を埋葬しない。仲間の遺体も食らって明日の糧にするが故に、ゾンビやレブナントに出会ったことすら無かった。念話のことは知らなかったが頭にふと思った言葉は相手に伝わったようだ。


『家族はどうなった?』

『既に死者の群れの仲間入りをしてもらっているが、魂は開放されているよ』

『……ならば私も後を追わせてもらおう』

「ゴブリンはこんな奴らばっかだな」


 男のつぶやきは口からこぼれたもので意味は分からなかったが、落胆という形で一矢を報いたことを快く感じた。

 最後に一言。突き出された剣と共に降ってきた言葉はなんとなく伝わった。

 じゃあな。



◆◆◆◆◆



「またな」


 そう言ってユーゴは剣で心臓を一突きし、破壊した。

 ゴブリンは気持ちよく逝ったつもりだろうが、死霊術はそんな生易しい代物ではない。もっとも反抗心が残ったままの人格をレブナントとして使役すると痛い目を見るのでゾンビかスケルトンになってもらうのだが、いずれにせよ軍勢の中で再会することになるだろう。


『ユーゴ、こちらの掃討は終わったわ。すべて普通のゴブリンね。異常個体や上位個体は無し』


 サラからの念話に了解の返事を返し、ユーゴは剣に滴る血を払うと背中の吊るし鞘に納めた。

 ゴブリンの巣の掃討は第一位階の冒険者の仕事にあたる。ユーゴやサラを始めとしたレブナントは第二から第四位階に相当する実力者なので正面から戦っても苦戦しないが、ユーゴ達は洞窟に魔法を流し込んだりすることで、被害を抑えながらゴブリンの巣を陥落し続けていた。

 そう、これが最初の洞窟ではない。広大な森林のほぼ全てにゴブリン達が広げた巣をユーゴ達は数日間ひたすらに攻撃し続けていた。


 森の中でゴブリンたちを討伐しながら東に進み、蛮族王とやらに一当て。無理そうならリリアーヌに任せようというつもりで砦を出てみたのだが、行軍計画は修正を余儀なくされてしまった。少し進めばゴブリンの巣にぶちあたり、立地条件の良い場所には上位種であるオーガやトロルを中心とした簡易砦が作られていたのだ。

 だがレブナント達にとって敵の数が多いことは悪いことではなかった。自分達が御しきれる数の敵であれば、転じて味方にできるからだ。


『そろそろこの巣を乗っ取るぞ。味方は全員外にでろ』


 ユーゴの念話をうけて地上に待機していたレブナントが全員撤退済みだと返信した。日に二桁ずつ亜人の住処を襲撃しているので対応も手慣れたものだ。むしろ慣れないのはユーゴにしか行えないここからの作業だ。


「感知。理解。浸透。掌握」


 これから行う工程を口に出して整理する。

 リリアーヌ曰くこの過程も不要だと言うのだが、こういった理屈を介さないとユーゴにはプラーナを掌握するのは難しかった。


『死霊術とやらのことは忘れろ』


 リリアーヌの言葉を思い出し、スイッチを切り替える。


『プラーナとそれを込める対象を認識しろ。あとはプラーナを叩き込めばいい』


 そんな阿呆な説明は無いだろうと思ったが、自然発生するゾンビはそうやって出来ているのだから大筋では間違っていなかった。

 問題は時間だ。超短時間での死属生成。そのキーになるのが己の支配下にあるプラーナだ。

 イメージは血管。自分を心臓だと思って、ゴブリンの棲家を人体のように捉える。周囲のプラーナを目で捉え、肌で感じ、揺らぎを自らの鼓動に合わせていく。

 プラーナからしてみれば生命体は障害物だ。流れを滞らせる血栓だ。


『自分を拡げ、ボーヤの支配下にある異物を認識しろ』


 そもそも血管の中に異物があっても人間は感知出来ないが、そこはレブナント様々である。他のレブナントは「そんなことできない」と言っていたが、ユーゴはしっかり集中すれば、自分が肉体ではなく心臓(コア)そのものなのだと認識できた。

 コアから血管を通して体を意識する感覚。人間離れしたイメージを更に拡張して異物を感知する。

 死体。死体。家具。死体。料理道具。死体。死体。死体。

 死体だけに自分の血管を伸ばして刺すイメージを拡げていく。

 脳味噌が沸騰しそうになって意識が吹っ飛びそうになる限界で、掌握したプラーナを一気に障害物に叩きつける。押し流すのではなく圧し潰すイメージだ。


 自分を覆っていたプラーナの感覚が拡散していき、一緒に発散してしまいそうな自分を押し留める。

 呼吸。そう、息をしよう。吐いて、吸えば、鼓動がある。脈は落ち着いているのに酷い量の汗だった。


「ま、練習中に脈が止まってたのに比べりゃマシだな……」


 ふらついて部屋の中にあったテーブルに腰掛ける。

 息の根を止めた先程のゴブリンが目を剥いたままゆっくりと起き上がり、出口へと向かっていく後ろ姿を見送った。


 昨日までならばユーゴが回復するのを待つあいだにサラ達が他の巣を攻撃し、回復後の拠点を再び制圧する、という作戦を繰り返していた。

 だが、今日は違う。このままのんびりと回復を待っている時間はなかった。今のゾンビが地上に到達する頃合いにはここを発たねばならない。

 ユーゴは目を閉じて瞑想を始め、僅かな休息に身を投じた。

 今日は久々の攻城戦だ。



◆◆◆◆◆



 ユーゴ達が建造物を攻撃した経験は、アシッド砦をおいて他にはない。しかもその時は砦からの脱出路にあたる地下水道から逆に侵攻をかけるという奇策を用いていた。

 だがユーゴ達は今回、まともな攻城戦に臨む必要があった。レブナント化させたオーガ曰く、森の中に砦を構築しているオーガは賢いゴブリンも連れているため、しっかりと四方を固めた防衛拠点を作り上げているらしい。

 そんな拠点を幾つか破壊して東に進んだ先にある古城に、蛮族王がいるらしい。つまり、ユーゴ達は砦や城を正面から攻略する必要があるのだった。

 城まで進んだらあとはリリアーヌに任せるという手もあったのだが、彼女がどこまで味方でいるかはわからない。なんとなく友達付き合いを続けられそうだとユーゴは感じているが、根っから人外であった彼女と、元人間であるレブナントでは根本で常識や知識の食い違いがある。不和がどこで現れるかわからないのだから自分達でできることを増やして行くべきだろう。このあと腐れ谷の中心地に進めば、拠点とそこに巣食う存在はより強力になるのたから。


 蛮族王の城を攻め落とすための、最も良い練習台が森の中にあった。

 蛮族王傘下のオーガ部隊が構築した簡易砦。

 ゾンビの数を増やしながらユーゴ達は森の中をぞろぞろと移動していく。

 夜通し森の中をゾンビ達が移動する。

 砦の見張りに立っていたゴブリン達が、自分たちを包囲したゾンビを発見したのは、翌日の夜明けごろだった。

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