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とある死人達の労働

 その日、彼らは不運だった。




 ラトナム山に空いた大小の洞穴に住み着いた亜人を駆除するのは冒険者の嗜みであり登竜門である。加えて少額ながら国から支援金も出る立派な国民の責務でもある。

 軍にまで報告があがらない小規模なゴブリンの巣でも、一年間放置してしまうと魔法を使うゴブリンシャーマンが現れたり、強力なホブゴブリンが台頭してきたり、とんでもないことになってしまう。

 任務の規模も駆け出しの冒険者にピッタリなので、ラトナム国は適した額の支援金を出すことで ゴブリン狩りを冒険者の登竜門として都合よく利用していた。


 いたのだが。

 ある日を境にして、ラトナム山の中央から東側に広く分布していた亜人達が、いっせいに南進してその姿を消した。住民にとって命の脅威がなくなったのは朗報だったが、困ったのは冒険者達である。

 駆け出しに与える仕事は無くなったが、かといって冒険者が枯渇すると、いざという時に人間の脅威になる敵種をのさばらせることになる。

 冒険者とは過酷な生き方だ。様々な形で多くの冒険者がドロップアウトしていくため、実力者の分布はピラミッドのように少なくなっていく。

 そんな冒険者ギルドが、仕事をよこせと酒場で管を巻く三流冒険者にあてがうため、白羽の矢を立てた。というより、神聖教会のお偉いさんが矢を打ち込んだのだ。

 向かう先は当然、腐れ谷のゾンビ退治である。



 その日、彼らは不運だった。

 慣れた蛮族退治以外の仕事をするのは億劫だったが、日銭を稼がねば待っているのは飢え死にだ。運良く実家に帰って居着けても、狭い部屋に押し込まれて農作業を死ぬまで続けるだけなんて真っ平ごめんだ。

 それに比べたらどんな仕事でもありつけるなら東奔西走もなんのその。

 ギルドの位階が第2位階に上がっていた彼らは、ラトナム中央にある都市から直接南下するルートを通って、腐れ谷を訪れていた。


「……ったく、ゾンビの相手ってのはギャーギャーやかましいゴブリンより百倍辛いぜ」


 剣に付着した腐肉を逃げ込んだ家屋の中で拭いながらリーダーが悪態をつけば、魔法使いもそれに相槌を打った。


「ランクを上げれば、東の蛮族退治でも仕事があるんだよね?さっさと数だけこなして、第3位階に上がろうよ……正直、燃える人間を見るのはもうこりごり」

「同感。っていうか、斧で人間をたたっ斬ってるこっちの身にもなれよ」


 プリースト以外にとってゾンビ狩りは少ない報酬の割に精神的に辛いという最悪な任務だった。悪態は底を知らず、無駄に体力を消耗すると分かっても愚痴を吐き続けて気を紛らわせないとやっていられない。

 だが、彼らの進むルートはゾンビの少ない地域だった。ゾンビは第一位階に相当する雑魚だ。彼らもプラーナを食らって"生きる"わけで、第二位階相当の地域では食事にありつけないため数が減るのだ。

 加えて彼らの手元には地図があった。生存者と死亡者の両方の情報を教会が集めて作った詳細な地図だ。そのおかげで彼らは初の腐れ谷攻略にも関わらず、すんなりと目的地である北部辺境砦に辿り着いていた。

 この北部市街の中心建造物の周囲には、特に多くのゾンビや獰猛な動物が多いという。

 遠目に見ても分かる砦を目指して彼らは腐れ谷の市街を抜けた。


「なぁ、リーダー。何か……」

「あぁ。聞こえる。呻き声というか……でも、砦まではまだだいぶ距離が」


 空耳か何かだろうと断じようとしたその時、砦から一際強い雄叫びが上がった。

 身が竦むことはなかったが、砦に何か異変が起きているのではないかと、冒険者達はそろりそろりと建物の影に身を隠しながら近づいていった。

 彼らの目的はゾンビを殺して駆除することだが、何か重要な情報を持ち帰れば追加で報酬が支払われることも多い。


 そして、見た。


「うぇぇ」

「なんだよ、この死体の数は」


 砦の周りをぐるりと囲むようにして、死体が山のように積み重なっていた。流れた血が砦の周囲の濠を埋め尽くしてなお溢れ、池のようになっている。


「ありゃ人間じゃないぞ。亜人だ!」

「なんでこんなとこに亜人が湧いて……って、そういうことかよ」


 彼らが普段討伐していた亜人達はどこに大移動をしていったのだったか。その結果が地獄として目前に現れていた。

 何匹かのゴブリンゾンビが、死体の山にしがみついて肉を食らっているその光景に、ついに彼らの緊張の糸が切れた。

 それぞれに距離をとって、地面に吐瀉物を撒き散らす。

 今見た光景を忘れようと意識しながら、逆に瞼の裏にその光景を思い浮かべてしまい、臭いがそれを更に脳みそに焼き付ける。

 そして、彼らは最後まで気づかなかった。


 一体誰が、この死体を山のように積み上げたのか、ということに。



◆◆◆



「エクセレン副将。また冒険者が外をうろついてたから、殺してきましたよ」

「ほいじゃ、そのままスケルトン作成に入ってね。よ・ろ・し・く!」

「……はい、了解です」


 手押し車に死体を乗せて運んできた男のレブナントは嫌そうに顔をしかめて首を横に振ろうとしたが、出来なかった。エクセレンに命じられるがまま、彼は死体を運んでいく。

 死霊術の強制力には抵抗出来ない。それでも死にたくないと思ったのが自分達で、それならば死んでやると反抗した彼らは今やスケルトンに作り変えられた。いつか再びレブナント化させるために保存されていた彼らの死体は真っ先にスケルトン研究に使われたのだった。

 同じ末路を辿らなくて良かった。そう思うだけの余地を残してもらえているから、嫌々ではあるが心の何処かで納得して、彼らはスケルトン工房と呼ばれている作業部屋で黙々と作業を続けられるのだった。

 スケルトン工房は地下水路の入り口に当たる広い物置である。理由は死体からこそぎ落とした人肉を洗い流すためだ。そうして余計な物質を取り除いた骨を棺桶の中で人の形に組み直す。それがスケルトン工房の業務だ。


「……何体追加だ?」

「4だ。気にすんな。俺がやる」

「……せっかくの外番だったのにな。ドンマイ」

「あぁ。ドンマイドンマイ」


 ユーゴの大将(最近"様"か"大将"など敬称をつけるようにと"命令"を受けた)がよく陣中見舞いに来て言い残していくので、意味は分からずともレブナントの中ではドンマイが流行していた。

 それもそのはず。砦の中に残っていればスケルトンを作る作業が与えられる。外回りで運よく冒険者と出会い、運よく勝利を収め、プラーナを得たのにその後はスケルトンを作らされるのだから。ドンマイドンマイ。この言葉を聞いて気持ちが救われるのが死霊術のせいなのかは分からないが、それ以外に効果的な慰めの言葉はなかった。

 そしてもう一つ。盛大な謀叛が起きてもおかしくないこの労働環境で、彼らが我慢できていた理由があった。


「……エルヴィン参謀、追加で4体のスケルトンですが」

「…………」

「……あの、軍師殿……?」


 口を動かす元気もなく、無言で首を縦に振った参謀。

 エルヴィン少年の存在である。


 第一区画の地下水道に張り巡らせたプラーナサーキットはアシッド砦に繋がっていた。砦を第二区画全体のサーキットの中心部に据えて、砦の中にもサーキットを作り、エクセレンは二重の回路を構築した。元魔術師のレブナントは口を揃えてこう言った。


「あぁ、やっぱりエクセレン副将は天才だ。そして馬鹿だ」


 こんな巨大な回路を作ってどうするのか。誰も手をつけられない氾濫寸前の濁流だ。

 その回路の中心に、彼は座らされていた。スケルトン作成の死霊術を行使するために。無茶振りである。

 無理矢理にプラーナの只中に放り込まれたエルヴィンは一日でハイ・レブナントに進化していた。貴族として育てられた彼の顔は冒険者にしては上品で端正なはずだ。毎日見ているのに"はず"としか言えないのは、エルヴィンが毎日過労死寸前の疲労で顔を化粧しているからだ。短時間でハイ・レブナントになれて羨ましい!そんな戯言を言うものは居なかった。一歩間違ったらプラーナの流れに飲み込まれてコアが破壊されてもおかしくはないのだ。

 冒険者の中でも特に年若い彼が、死と隣合わせのこの環境でそれでも職務を果たしていた。ユーゴがとある宣言と一緒にエルヴィンの動機も暴露したので、レブナント達はエルヴィンの意志の強さと覚悟を目の当たりにして純粋に感動していたのだ。


 実際は、エクセレンの「死なない程度にがんばろー!」という命令を受けて逃げられないだけだったのだが。レブナントは既に死んでいるのに逃げられず、ただただ自分が壊れないように、今日もエルヴィンは自分を飲み込もうとするプラーナを棺桶に叩き込むのであった。



◆◆◆



「最近、エルヴィンが叫ぶ感覚が短くなってきたね~」 


 人間たちが乗っていた馬を解体しつつ、死霊術の研究をしていたエクセレンが、楽しそうに笑った。

 スケルトン工房から離れたその部屋は、エクセレン専用の研究室だ。霊安室とも言う。

 研究を手伝いながら、ユーゴは窓からスケルトン工房を見下ろして言った。


「てっとり早く彼の魔力を底上げしたいのは分かったけど、本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ。私も昔はあんな感じでなんとかなったし」


 自分が大丈夫だから他人もいけるというブラックな判断にユーゴは顔を引きつらせたが、エクセレンの判断は無情にも理にかなっていた。ユーゴ達には時間がなく、エルヴィンの急成長は彼らの未来図における生命線だった。

 その答えが、今のエルヴィンの状況だ。


「つまり、魔法を使えば使うほど育つんだよ。たぶん」

「多分?」

「昔からそういうものなんだよ。見習い魔法使いは、朝から晩までなんでもかんでも魔法でやることを覚えさせられるんだってさ」


 遠くのコップを取ったり、注ぐ水を作ったり。生活の動作を全て魔法でこなせるようになって初めて、敵対する生き物を殺せるだけの魔法が扱えるようになるらしい。


「でもエルヴィンは冒険家だったんだしそれくらいは出来るんじゃないか?」

「その程度の冒険者じゃ欠片も死霊術を使えなかったじゃん」

「そうなんだよなぁ。エクセレンがそんなにすごい魔法使いだったなんて未だに信じられないぜ」


 彼女自身が「わたしもー」と笑っているから苦笑で済んでいるが、他のレブナントが聞けば目をむいて反論するだろう。正当な組織で訓練を受けなかった彼女は常識外れの才能と実力を有していたのだ。

 それが定量的に分かってきたのはつい最近の話だ。そろそろ第三位階と言われていたパーティーの中でも格別の才能を持っていたエルヴィンをもってしても、死霊術は扱いきれない高等技術だった。ネクロマンサーを測るすべは人間には無いけれど、エルヴィンは彼女を第四位階に相当すると断言した。

 だからこんな無茶ぶりは止めてください、という要求は却下されたが。


 離れた場所から慌てた念話が飛んできたので、ユーゴはエルヴィンにかけていた命令を解除した。つまるところ、エクセレンは飛び抜けて貴重な人材だが、それについていけるエルヴィンもまた貴重な人材なのだ。

 サラからスケルトンを増やしすぎてレブナントが目減りしているという報告も受けていたので、しばらくはエルヴィンも休めるだろう。


「ところで、こっちの解析は終わったのか?」

「うん。終わったよー。あとは実験あるのみ」


 リリアーヌの元からユーゴが持ち帰った宿題は二つあった。スケルトンの解析と、同じくスケルトンホースの解析だ。

 ゾンビの作成だけでも人跡未踏の大魔術なのに、そのさらに先にあるスケルトンの解析は、下手をすればモノにならない可能性もあった。

 だが意外にもスケルトンの解析はわずか一日で終わってしまった。


「一体どこに魔術を刻んで命令を受け取ってんのよー!」

「脊椎じゃね?」


 転生者の前世知識が久々に役に立った瞬間だった。あらゆる負傷も回復魔法で再生してしまう世界で、医学が発展するはずがなかった。

 脊椎を割り、人体のつくりを把握したエクセレンはあっという間にスケルトンを動かした。ついでにゾンビやレブナントにも応用して死霊術を改善していた。


 簡単にいかなかったのはもう一つ、スケルトンホースの作成だった。

 そもそも死霊術で操れるのはゾンビやレブナント。つまり人間だけだったのだ。


「皆簡単にいってくれるけどさ、料理なら全部焼けば一緒だろ?って言ってるくらい暴論なんだよー」


 とエクセレンが珍しく嫌味たっぷりに溜息をつくくらい、人間以外を魔法の対象にするのは違いがあった。

 たが、リリアーヌからもらったスケルトンホースは違った。馬なのにゾンビのように命令を受け取り、あまつさえ馬としての意識も残っていたのだ。

 ユーゴ達は馬の骨一つ一つを操作したのではなく、馬のプラーナ・コアに念話で命じて乗りこなしていた。それがどれだけトンデモ技術なのかツバを飛ばしながら説明するエクセレンを宥めるのに半日もかかったほどだ。

 その時の彼女の様子は言葉では表せられない。一言で言うなら発狂したかと思った。


 そして発狂したマッドサイエンティストは、その基礎理論を組み上げたらしい。


「あとは大量に馬の死体を用意してもらって実験かなー。エルヴィンにも手伝ってもらいたいかも?」

「分かった。サラにも伝えておくけど準備に時間がかかるだろう。エルヴィンも休ませたいから明日からで頼む」

「うん。よろしくー」


 そう言い残すと、エクセレンはパタリと寝台の上に倒れ込んで意識を手放した。レブナントになってからというもの、記憶の整理のために彼女はあっさりと機能を落として睡眠状態に入るようになった。死んでいるので人間離れという言葉はおかしいが、彼女はレブナント離れもしている。

 ため息をついたユーゴはサラに念話を送った。


『サラ。これからエクセレンが馬を作る。素材を集めて欲しいんだけど』

『……訓練に集中したいの。カイエンあたりがスケルトン作成から逃げたくて冒険者に出会わないようサボってるから、アイツにやらせたら?』


 エクセレンが死霊術の研究を進め、ユーゴが軍隊を目指して内政を整えている間、もう一人の副将であるサラは個人的な特訓に励んでいた。

 リリアーヌから返されたナイフを使った特殊な戦闘訓練は過酷を極めた。レブナント達は練習台に切り刻まれるのを避けるため、スケルトン工房のほうがマシだとすら思っているほどだ。

 一緒に歩んできた彼女は、ユーゴの進めている準備の重要性をもちろん理解しているし、ユーゴもまた彼女が理解してくれていることを信じていた。

 ごめんなさい、とだけ言い残して切断された念話にため息をついて、ユーゴは他の古馴染み達を呼び出した。




 このようにして、レブナント達の"軍備"は進んでいた。


「こそこそ隠れて待っていても、夏には崩壊が訪れるかもしれない」


 エルヴィンの野心を受け入れたユーゴは、翌日、呼び戻せるレブナントを全て集めて、そう語った。

 薄々ながらも崩壊する未来を感じていたレブナント達は、死霊術の束縛がなくとも神妙に彼の言葉を聞き、飲み込んだ。

 であるならば、潔く前へ。

 東へ征こう。

 その言葉を胸に、雌伏の時が過ぎていった。

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