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野心

 前世で嗜んでいた戦記モノの小説には、反骨の相が出ていると言われて疑われた将軍がいた。その他も含めて"謀反"というものに関わってろくな死に方をした人間はいない。前世の知識も含めてどう対応しようかと考えていたユーゴはふと気付いてエルヴィンに質問した。


『エルヴィン、今掛けられている死霊術の制限はなんだ?』

『基本三条だけです、ユーゴ様』

『ってことは、マジで本心からの発言か』


 基本三条はレブナントが発狂しないようにエクセレンが必ず掛ける命令だ。【恐怖するな】【落ち着け】【術師の命令に従え】。つまり、常日頃から自分の考えている事を打ち明ける命令は受けていない。エルヴィンは冷静に考えた結果、翻意を示したのだ。

 ユーゴは剣の柄に手をかけたが、それでもエルヴィンの表情は変わらない。

 周囲の視線が集中し始めたので、無視して作業を続けろと命令を出す。慌ただしく動く砦の中で、ユーゴとエルヴィンの周囲だけが、時間が止まったように静寂に包まれていた。


 しかしそれにしても、エルヴィンの発言は飛躍しすぎだとユーゴは感じていた。エクセレンと話していてもよくある事だ。彼女は理屈をすっ飛ばして結論に話を持っていくことがかなりよくある。

 だがエルヴィンという少年はそのようなタイプではなさそうだ。


『よく分からないな。様付けをされる立場を受け入れなければ謀叛を起こすってことか?』

『仰る通りです。僕にはやりたいことがありました。そこに至る道程は塞がれましたが、レブナントであっても目的を達する方法があることに気付きました』

『結論から言え。お前は何がしたい?何をぶっ潰したいんだ?』


 レブナント達は単なる戦力でしかない。戦力を欲しがるようなことがしたいのだろう。

 それを聞いて、エルヴィンは真剣な表情のまま頷いた。


『さすがです、ユーゴ様。僕の夢は実家への復讐です』


 四男とはいえ冒険家に身をやつしているのは貴族としては珍しいのではとユーゴは思っていたが、その根っこにはどうにもおぞましい恨みが篭っていたようだ。

 潰す、という言葉に込められていた怒りはそれほどに濃かった。


『"正直に話せ"。お前の目標は?』

『先ほどと同じです。無能な家系を断ち、終わらせてやることが僕の目標です』


 命令を受けても受けなくても答えが変わらないということは、一つの証明になる。

 ユーゴはエクセレンの死霊術を信頼している。サラの技術や思考力に並んで、ユーゴがこの世界で最も信頼しているものの一つだ。

 だから余計な前置きはこれ以上おかなかった。

 信頼を積むための理由や過去を聞く必要はなく、話は次の段階へ進められる。


『とは言っても貴族の家だ。簡単に潰せないだろう』

『そうです。最初は冒険者として富と名声を得て、実家に意趣返しをしてやろうとだけ思っていました。ですが……』

『レブナントになってしまったからには、無理だな』


 非物理的な手段での復讐が不可能になってしまったのであれば、物理的な手段で訴えればよいということだろうか。

 否、もしかしたら最初に思いついたのはこちらの手段だったのかもしれない。だが人間社会の中で、合法的に一つの貴族を滅亡させる武力は手に入らないだろう。

 だが、ここなら出来る。

 本来やりたかった事が。


『……ゾンビを使って、物理的に復讐するのがお前の本心なのか?』

『ユーゴ様は本当にすごいです。ますます尊敬します』


 本心か?と訝しんだユーゴだったが、お世辞の本心など確かめたくはなかった。

 ひっくり返されても、繰り返されても困る。


 エルヴィンからの評価はともかくとして、少年の目論見は分かった。だが、問題はそのための手段だ。


『俺が部下に様付けで呼ばせないことの何が問題だってんだ?』


 彼は"だから"謀叛を起こすと言っていた。

 レブナントの一員として活動していくのであれば、確かに人間の領域には危害を加えない。

 遊撃のために腐れ谷外縁部に出動させている部下は居るが、ネクロマンサーとなれば、この砦からは早々離れられないだろう。

 それを不安視しているのかと思ったが、エルヴィンの想像と戦略図は、ユーゴのそれよりもさらに広がっていた。


『人間の領域にちょっかいを出すのであれば、もっとレブナント達を強固な組織にしないといけません。領主や国と対決出来るほどの』


 武に対抗するには武だ。

 同等かそれ以上の何かがなければ抗えない。

 だとすれば、貴族を潰し、国に逆らうには何が必要か。


『このレブナント達を、軍に、国にしたいのです』


 エルヴィンの目標は、清々しいまでに高かった。


『確かに、俺達の組織は今のところ、身を守るための集団でしかないが……』

『同じことではないですか。国から身を守る組織は、国と戦える組織です』


 少年らしい、極端な意見だ。

 そう簡単なものではないことはエルヴィンも承知している。国を作り、存続するというということはもっと多くのしがらみを抱えるものだ。


 だが、それでも。


 それでもユーゴは彼の言葉を受けて、今までハッキリと決断出来なかった未来を考えざるを得なかった。

 人間を倒し、冒険者を喰らい、粛清隊を退け、古代国家の跡地を征し、アヴァンスへと至るのならば。

 人間から、冒険者から、粛清隊から、国から。全てから身を守り、生き続けなければならない。

 途方もなく、未知数な道のりだ。国なんてものは想像しようとしても出来ないほど巨大だ。

 だが、ひたすら前に進んでも、後ろから刺されてしまってはどちらにしても道半ばで終わってしまう。


(どこまで強くなるつもりだったんだろうな、俺達は)


 今よりも強大な力を、身を守るために。

 そのための目標が"進みし者"だった。

 意識のないゾンビよりも、腐った体のレブナントよりも。

 力を手に入れて安定を手に入れ、更なる安定のための力を求めていた。

 その力を振るう形のことは考えずに。


 漠然と蓄え、その場その場で人間に対応していた"この力"をどうまとめるのか。


「良いんじゃないかしら、ユーゴ」


 どこから話を聞いていたのか、エクセレンを引きずって戻ってきたサラが言った。


「漫然と進めていた物事に、名前と枠組みを与えるだけのことよ」

「やることは変わらないんだから、カッコイイ方がいいじゃん?」


 エクセレンを引きずりながら冷静に判断したうえでの意見を口にするサラと、引きずられたままスケルトンを観察しつついつも通りの意見のエクセレン。

 この二人が踏み出す背中に手を添えてくれるのなら、きっと後悔はしないだろう。


 かつてエクセレンに言ったことがある。

 この程度の軍勢で満足するつもりはない、と。


 その時は単純に、負けるつもりはないという意味でしかなかった。

 勝ち続けてきて、負けないだけの集団をつくり上げる時期は終わったのだろうか。


 それに気づかせてくれたのが、仲間になったばかりの少年だというのは少し癪だったが。


「……エルヴィン、お前をこの軍の参謀に任命する」


 名も無ければ名誉も無い空手形だが、今は手形をドンドン作る時期だ。

 空っぽの中身には、後から名を与えればいい。


「はいっ!頑張ります!」


 最後の一言は、念話も一緒に告げた。

 エルヴィンの返事に、方々から拍手が起こる。


「まぁ、名乗る相手が出来るまで、名前とかは後回しだ。まずは名乗るのに恥ずかしくない準備をしようぜ」

「ではこれから次の目標を決めましょうか?」


 エルヴィンがやる気に満ちた声で返してきたが、


「それならもう決まってる。取り急ぎ、夏までに戦力を固めながら……東へ進む」

「東、ですか?」

「せっかく直した砦を壊してくれた意趣返しもしてやらんとな。とりあえず、亜人共を蹴散らしてこようぜ」


 既に蛮族王となのる王の軍勢から攻撃を受けているのだから、遅かれ早かれ軍のような形を作り上げる必要はあったのだろう。

 こちらから打って出て、脅威だと思い知らせてやらねばなるまい。

 ゾンビとレブナントとスケルトンを増やしつつ、どうやってそれを実現させるかが悩みどころだとユーゴは考え始めたのだが、


「それならば良い手がありますよ」


 エルヴィンは子供らしく、明るい可愛らしく、しかし誰かに似たいやらしい笑顔を、腐った顔に浮かべて笑った。


「この分なら、十分勤まりそう」

「うん、ユーゴの悪辣なゾンビ軍にはピッタリだね」

「……お前ら、後で覚えとけよ」

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