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骸の街の主(下)

 山の中腹に建てられた白亜の城は素晴らしい外見だった。延々と階段を上り続けながらその景観に圧倒されていた二人だったが、内部は当然廃墟である。

 天井には蜘蛛の巣がはびこり、床のタイルもほとんどが割れて剥がれているため土台の石がむき出しだ。陽が落ちていないので城内は多少薄暗い程度だったが、十分にホラーな雰囲気を醸し出していた。冒険者がこの城にまでたどり着いたのなら、戦々恐々としながら慎重に進むのだろう。残念ながら普段からゾンビで溢れた空間で生活しているユーゴとサラにとってはむしろ清潔な快適空間でしかなかったのだが。

 リリアーヌは二人を呼びつけておいて案内を寄越さなかったが、彼女のプラーナの残滓を追えば居場所を掴むことは容易だった。

 迷うこと無く城内の階段を登り、二人がたどり着いたのは豪奢な鉄の扉が付けられた部屋だった。


「ここだな。元は何のための部屋だったんだろう」

「貴賓室のような部屋だったんじゃないかしら。扉に紋章は城のいたるところに刻まれていたから」


 錆びついてしまって元の輝きが失われた、竜の顔を抽象化したようなエンブレムをサラが指差す。

 もしかしたらこの谷の奥には、古代王国が讃えていたドラゴンのゾンビでも居るのかもしれない。そう思ったユーゴだったが、今はドラゴンよりも目先の吸血鬼が問題だ。


「さぁて、どんな風に出迎えてくれるかな?」



◆◆◆



 貴賓室だったと思われる一室の扉を開ける。

 リリアーヌは窓際に立って、城下町を見下ろしたまま、二人を待ち受けていた。


「よく来てくれた。ボーヤの名前はユーゴだったな。……そっちの女はなんと言うんだ?」

「サラよ。お久しぶりね、リリアーヌさん」


 いきなり爆弾を投げつけたサラに驚いてユーゴは反射的に剣へ手を伸ばしかけた。

 だが最悪の展開にはならなかった。挑発を受けたリリアーヌは怪訝そうな顔をしているだけで、サラに敵意を向けることは無かった。

 久しぶりという挨拶自体が彼女には久しかった。言葉の意味を自分が間違って捉えていないか再確認し、改めて以前に会ったことがある女の顔を脳内にずらっと並べてみたがサラを思い出すことは出来なかった。

 ユーゴとサラは知る由もないがそれも当然だった。リリアーヌが思い浮かべる女の顔は全て彼女が血を飲み、かつ美味であった人間だけだったのだ。


「うむむ……この街で私が血を吸った女は全てスケルトンにしたはずだから、そうなるとここに来る前か?」

「その通りよ。ラトナムの東、アヤテルの城主を操って人間を散々食い散らかしていたわよね」

「懐かしい。あれはまさしく我が世の春じゃった」

「その頃の貴女の討伐を頼まれた冒険者の一人が、私よ」


 だが、核心の部分に触れるとさすがのリリアーヌもピタリと動きが止まった。

 そして、彼女はようやくその段に至って、サラの事を思い出した。


「あのえげつないナイフを持った女盗賊!」

「盗みは働いてない!偵察担当(スカウト)よ!」

「そんなことはどうでもいいが、しかしなるほど。あの時は取り逃がしたが死んでいたのか!いやぁ、我が一生の中でたかだか人間数匹を取り逃がしたのは痛恨だったが、ハハハッ!」


 言われるまで忘れていたくせに痛恨もくそもないよなぁ、という呟きをユーゴは飲み込んだ。異世界で目覚めてから一年も経っていないが、既にユーゴも自分が殺した人間の顔を端から忘れていることを自覚していたからだ。

 リリアーヌが痛快だと笑っていることにも口を挟むことは控えた。レブナントとして蘇生させた冒険者と(死霊術によって抵抗感を薄めてはいたが)同じように生前の話をして盛り上がる事もあったからだ。

 殺しておいて「お前のアレは凄かった」だのと気軽に話せてしまうのは、生きている人間からすれば恐ろしい話だが、いったん使役する側に回ってしまえば珍しい話ではないのだ。


「なるほど。確かにそれでいきなり仲良くやろうなどと言われれば、反感を覚えるのも無理はないな」

「仲良くするつもりだったのか?」


 黙って腕を組んで立っていたユーゴはそこでようやく口を開いた。

 むっ、と言いよどんだリリアーヌは慌てて取り繕う。


「い、いや、そういうことじゃないが。ふむ、お前があの時もっていたナイフなら城の宝物庫に残っているから、持って帰るといい。それでこの話は終わり!本題に入るぞ!」


 急にはぐらかされてしまったが、ようやく本題に入れるということだ。


「……おほん。仲良くというのは言葉の綾じゃ。しかし敵対するためにわざわざ呼び出す筈も無し。仲良くできるかどうかは、ボーヤがどうして他人の敷地に攻め込んできたか次第じゃと思わんか?」


 結局仲良くしたいのかしら、というサラの念話で笑いそうになったが、ユーゴはぐっとこらえて咳払いをした。改まってリリアーヌをまっすぐ見据えて、ユーゴは言葉を整理した。

 南下したから街があった。踏み込んだら襲われた。

 違う、そういうことではない。


「俺たちの目的は……進みし者(アヴァンス)になることだ」


 細かい戦術的な目標も、戦略的な指針も、全てはその目標あってこそ。

 それらを相手に理解してもらうためには、根っこから話をするのが良いとユーゴは思っていた。

 そしてそれを聞いたリリアーヌは、成程、と静かにうなずいた。


「今日は随分と懐かしい言葉を聞く日だ」

「アヴァンスに会ったことがあるのか!?」


 思わずユーゴのテンションも上がる。

 目指す目標が人跡未踏では眉唾だったものの、彼女の"懐かしい"はサラと話していた時と同じニュアンスだったからだ。


「残念だが会ったことは無い。私の親になった吸血鬼はどうやら知っているか、直接会ったことがあるようなニュアンスだったがな」


 生属は餌だ。死属は駒だ。

 しかし不死属は同類でありながら敵である。


「特にアヴァンスには気を付けろ、と言っていた。架空の存在を気を付けろというはずはあるまい」


 リリアーヌの回答に少しだけ気落ちしたユーゴだったが、又聞きでも実在していたという話を聞くことが出来たのは大きい収穫だったと彼は考えていた。

 たとえ遠すぎる目標でも、元の世界では人間は月に到達することだって出来たのだ。この星の上に存在している生き物なのだから、月に手を伸ばすよりはマシだろう。


「ふむ。ふむふむ。そうすると、キサマらはここに、プラーナ欲しさでやってきたということか?」

「その通りだ。ハイ・レブナントにはプラーナを貯めこむことで進化出来たからな」

「もう既に十分なゾンビがいるではないか。北の砦にも大層な数を隠しているだろうに」


 こちらの実情を知られているとは思わなかったので、ユーゴは素直に驚いた顔をしてみせた。


「俺達の事を知ってたのか?」

「もちろん。その話をしたくてここにキサマらを呼んだのだからな」


 リリアーヌはしかめっ面を作ると、テーブルに頬杖をついて言った。


「ボーヤ達が壊してくれたあの鎧……。あれを作ったのは私だ」

「あの鎧って、アシッド砦に居たやつか?」

「アシッド?キサマらはそう呼んでいるのか。まぁソレのことだ。あれは秘蔵の鎧でな。不味い冒険者を足止めさせるために置いておいたんだよ」


 美味い血はプラーナを大量に含んでいる。つまり雑魚は餌にもならない。

 その選別を行っていたのが、オーガ・キュイラスだったとリリアーヌは語った。


「せっかく良い仕事をしていたというのに、あれが壊されて不味い人間が増えても困る……と思っていたのだが、その砦にそのまま住み着いた死体どもは私が思っていた以上にしっかり働いてくれたよ」


 言い方は横暴だったが、リリアーヌは純粋にユーゴたちのことを褒めていた。


「つまりあの砦で弱い冒険者を間引きしろってことか?」

「結論を急ぎすぎるな、まだ話の途中じゃ。それにその程度のことは私が頼まずともボーヤ達は勝手にやるだろう。

 あの鎧は冒険者の間引きをしていた。だがそれ以外にも大事な仕事をしていたんだよ。ボーヤ達はそれをしていない。そちらの方面で成果を出してくれるなら、スケルトンをくれてやってもよいぞ」


 それは非常に魅力的な誘い文句だった。

 スケルトンを作る技術は、ネクロマンサーたるエクセレンですら知らなかった秘術の類だ。

 ゾンビが倒されても、その亡骸からスケルトンを作れるのであれば、ユーゴ達の軍勢は一気に膨大な予備兵力を手に入れることになる。


「スケルトンを供与してもらえるのはありがたい。だけど、話の内容次第だ。俺達はあくまで自由にやらせてもらう。アンタの部下になるつもりはない」

「やってほしいことは、北と西に加えて東の掃除じゃよ」

「東?」


 東と聞いて、ユーゴは頭の中に地図を広げた。

 西と北に人間の国があり、南には谷とリリアーヌの城があった。腐れ谷の東には森に暮らす人々の国があるらしい。


「そこまで東ではない。おぬしらの砦から見て東。エルフの森の道中にあたる腐れ谷の"元"空白地帯の掃除じゃ」

「元ってことは、今はその一帯を誰かが支配しているのか」

「その通り。そいつらは度々砦を攻めていたが、おぬしらが砦を支配してからは様子見と戦力増強に努めておったようでな。そいつらの掃除をしてほしい」


 東から新たな敵がやってくる。リリアーヌはそれをユーゴ達に無条件で教えていた。

 あまりにもユーゴ達に得がありすぎる状況だ。


『どう思う、サラ?』

『……気にしなくていいと思うわ。リリアーヌの情報が嘘だったとしても、損はしないから。ウソでもホントでもどちらでも良い情報や条件である限りは、受け入れていいのではなくて?』

『なるほど。確かにその通りだ』


 本当に敵がいるなら助かるし、敵がいなかったのであれば誰も困らないだけだ。


「私からすると、おぬしらが考えている以上にあの砦は要衝でな。無機物を動かしていたころは良かったが、今の戦力は摩耗が激しすぎる。ある程度のテコ入れも自分のためであり、貴様らが助かるかどうかは二の次だ」

「……分かった。砦の東に居る敵の討伐は引き受けよう。で、その敵が何かは分かってるのか?」

「無論。蛮族だよ」


 リリアーヌが憎々しげに舌打ちをした。


「あの、数だけは多い、不味い亜人共め。ラトナムを追い出されて腐れ谷に勢力を形成しているらしい。あやつらの数を減らしてくれるのであれば、同盟の証にもっと色をつけてやっても良いぞ?」

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