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骸の街の主(中)

「私の名前はリリアーヌ。リリアーヌ・ララファン。貴様等人間が不死属と呼ぶ、吸血鬼だよ」


 不死属。そして、吸血鬼。

 ゲームであればありふれた名前だが、それを聞いた途端、ユーゴの背後では緊張が頂点に達していた。

 以前サラに教えてもらったこの世界のモンスター分類を思い出し、ユーゴも一呼吸遅れてその緊張に追いついた。


 ゾンビやレブナントは死属に分類されている。

 元の世界でこれらのモンスターは「不死者(アンデッド)」と呼ばれていたが、こちらの世界では不死者(アンデッド)とはゾンビ達のことを指さないのだと、サラは言っていた。


 こちらの世界でアンデッドと呼ばれるのは、不死属と呼ばれる、永遠の命を持った強力な種族のみ。


「特に代表的で、存在を確認されている存在が、吸血鬼よ」


 目の前に現れたこの女がそうなのか?とは聞くまでもなかった。

 配下のレブナントだけではなく、サラまでもが緊張と、そして恐怖をプラーナに滲ませていたからだ。

 だがユーゴはレブナント軍のリーダーだ。

 相手が強敵だからこそ、怖気づいてなど居られない。

 ともあれ名乗れと啖呵を切って、名乗ってもらったのだ。


「俺の名はユーゴだ。このレブナント達のリーダーをしている」

「元人間か?ファミリーネームは?」

「生憎と、ゾンビ上がりでね」

「……ほう。それは素晴らしい。よろしくな、ユーゴ」


 何を宜しくしてくれるのか分からないが、武器を構えているユーゴの前で、リリアーヌは微塵も警戒する様子を見せていなかった。

 だが、無警戒というわけではない。

 彼女の体の周りにはうっすらとだが、確かに黒いプラーナが鎧のように纏わりついていた。


 いきなり襲いかかるには、未知数な敵だ。

 会話の中で何か切っ掛けをつかめないかと、ユーゴは油断なく相手の全身を観察しながら会話を続けた。


「吸血鬼……不死属には初めて会ったけど、見た目よりも長生きしてんだろうな」

「見た目から年齢を察せられないことこそが私達の美点さ。見抜けなくても仕方ない」

「どっちにしろ、アンタの正体が皺くちゃの婆さんじゃないってんなら、年齢は気にならないけどな」

「ふむふむ。私を恐れていないようでもないが、威勢がいいな。ここには私一人しか居らんので証明はできないが、この見目は正真正銘、生まれたままの肉体だよ」


 ユーゴとリリアーヌの会話は自然と進んでいた。

 本当に彼女の言うとおり、敵が一人なら全力で倒すという手も有るか……と思案したユーゴだったが、


『おい、そんなにヤバイのか?』


 明らかに味方の士気が落ちているのが問題だった。

 サラですら例外ではない。武器は構えているが、いつもの隙の無い構えとは打って変わって武器を握って立っているだけに等しかった。


『何秒で全滅するか、以外に賭ける要素がないわね』


 皮肉をいうことはあっても、無駄に悲観的な発言をすることが滅多にないサラが断言したことで、ユーゴは考えを変えた。

 仲間が戦えないのなら俺がどれだけ戦えるかが全てだ、と。


 体の中から溢れ出ようとするプラーナをギュッと握った剣に込めてる。

 ユーゴが戦う気満々だと悟ったサラは、彼にそうさせた原因を自覚して恥じながら、念話でアドバイスを送った。


『ユーゴ。勝機があるとしたらあの女の肉体を乗っ取ることよ』

『イヤだ』

『……は?』


 リリアーヌという吸血鬼よりも強いプレッシャーが背後から襲ってきたので、ユーゴは慌てて弁明した。


『いや、レナっていう粛清隊の女を乗っ取った時も思ったんだけど、女のカラダになるのはちょっと……』

『そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!?』


 怒りでサラのコアがいつもどおりの力強さを取り戻したのを確認して、ユーゴは意識を前方に集中させた。

 彼女が元通りになれば、あとは最善の行動を取ってくれるだろう。ユーゴが敵わなかったとしても、戦力が全滅することは、避けてくれるはずだと信じていた。


 ユーゴ自身も、好き嫌いで最善手を捨てるつもりは毛頭なく、いざとなればサラの言うとおりにするしかないことは分かっている。

 だが、本来は死ぬはずのない不死属を殺したあと、その死体をレブナントとして乗っ取る事が出来るか、その保証もない。


 であれば、剣で斬って落とすのが最善手。

 そう思って地面を踏み直したユーゴだったが、リリアーヌの反応は予想外のものだった。


「えっ、ちょっと待って……ホントに私と戦う気か?」


 ユーゴが戦闘態勢を取ると、何故かリリアーヌが慌てだした。

 もしかしたら弱いんじゃ、と思わなくもないユーゴだったが、彼女が放っているプラーナの威圧感はホンモノだ。


「なんだ、見逃してくれるのか?」

「いや、えーと、見逃すつもりはないが……でも戦ったらお前らは簡単に死んでしまうだろう?」


 なんとなくだが、仲間の怒りのボルテージが上がった気がした。


「試してみるかい?」

「試さずとも分かるが……そうだ、ボーヤたちの実力を試させてもらおう。私ではなく、コイツでな」


 そう言ってリリアーヌが背後の黒いプラーナの雲に手を突っ込むと、そこから一体の巨大な骨が現れた。

 ところどころに金の鎧の装甲をまとった、巨大なスケルトンだ。


「アシッド砦を守ってた鎧と似たサイズだな」

「というか、あの骸骨が本来の持ち主だったんじゃないかしら?」


 ユーゴのつぶやきにサラが答える。

 アシッド砦の命名元になったのは、ユーゴが砦に巣食う巨大な動く鎧を、酸化で錆びさせた魔法が原因だ。

 鬼人(オーガ)という種族のために作られた鎧は巨大で、膂力も人間大の動く鎧とは桁違いだった。

 それが鎧の性能ではなく、それをまとっていたオーガに由来するものだとしたら。


 つまり、このオーガ・スケルトンとでも言うべきモンスターは、あの時パーティー全員で挑んだモンスターと同等の戦闘能力を有していることになる。

 スケルトンの纏っている鎧は、肩や胸当てなど一部だけだが、錆びついた鎧と光り輝く鎧では、面積で性能を比べることはできないだろう。

 むしろ防御力や対魔法性能は上がっている可能性すらある。


 防具だけではなく、武器も驚異的だ。

 アシッド砦を守っていた鎧の持っていた剣は、人間からすれば巨大だったが、鎧のサイズからすれば「細剣」と言ってもいいようなサイズだった。

 だがオーガ・スケルトンが手に握っているのは、こいつの体格と比較してもなお巨大な、中華包丁のような形の巨大な鉄塊だ。

 あの武器がどれほどの威力を発揮するのか、考えただけでもげんなりする。

 だが、ユーゴ以外のメンバーではあのモンスターは倒せないだろう。


「何を試したいのか知らないけど、こいつはぶっ壊させてもらうぜ」

「やれるものならやってみせてくれ。話はそれに勝った後だ」


 話?と疑問が湧いたが、リリアーヌはユーゴが質問するより早く、指をパチンとならした。

 スケルトンの空っぽな目に、黒い光が満ちた。彼女の周囲を覆うプラーナと同じ闇だ。

 ユーゴは剣を上段に構えると、スケルトンが動き出すのを待たずに飛び出していった。



◆◆◆



 オーガ・スケルトンは、重い武器を下段に構えて引きずっている。

 この状態で敵に出来る動きは切り上げだけ。間合いの外でスケルトンの攻撃を誘って回避してから攻撃すれば圧倒出来ただろう。

 そうと分かっていながら、ユーゴは走ってつけた勢いそのままに地面を踏み切り、ジャンプしながら全力で魔剣を振り下ろした。


 剣戟の音ではなく、車が正面衝突したようは激しい衝突音が広間に響く。

 上から叩きつけられた巨大包丁は跳ね返って地面に叩きつけられる。

 隙だらけに見えるスケルトンだったが、攻撃を当てに行ったはずのユーゴも上空に跳ね上げられており、どちらも追撃を出せないでいた。


 相打ちという結果は良いものではなかったが、ユーゴとサラにとっては快挙に等しかった。

 あの時、手も足も出なかったオーガ・キュイラス。あれに匹敵するこのモンスター相手にユーゴが力で渡り合えるというのは、自分たちの戦力が上向いていることにほかならない。

 実際にはクラウドの肉体と、彼の持っていた武器のおかげではあったが。


(他人のふんどしで相撲を取れるのは俺のスキルの範疇ってことで)


 自分の喜びにも理屈をつける面倒臭さは内心で処理して、ユーゴは着地すると一声叫んだ。


「よし、行ける!」

「たかだか一合打ち合った程度で喜んでいる場合か?」


 リリアーヌの言葉に応じて、今度はオーガ・スケルトンが動いた。

 ユーゴの着地に合わせて、左から右に包丁が襲いかかる。最初に駆け出した時の勢いは相打ちで完璧に消されている。さすがにこの状態で再び打ち合うのは愚策だと判断したユーゴは当然回避行動を取った。

 その判断は全員が予想していたが、ユーゴが走ったのは地面ではなく振りぬかれる特大中華包丁の側面だった。


「キサマ、猿か何かかっ!」


 喜色を浮かべながら罵倒するリリアーヌだったが、それは単純な回避ではなかった。

 側面を蹴ったユーゴは中華包丁の加速に乗っかり自らを発射した。包丁の振り抜かれる方向へ体を飛ばされながら、ユーゴは剣先をスケルトンに掠らせようと手を伸ばす。

 プラーナを込めた魔剣の一撃は、掠りさえすればプラーナの篭った物質を霧へと変える。


 だが、オーガ・スケルトンの動きは俊敏ではなかったが、緩慢でもなかった。

 特大中華包丁を振り抜くために踏ん張っていた膝の力を抜いて、後ろにわざとよろけたのだ。

 僅かに狙いを逸らされ、ユーゴの剣は空を斬る。

 舌打ちをしながら着地したユーゴは振り向きながら魔剣を全力で振り抜いた。


「うおおおおおぉぉぉっ!!」


 声を張り上げ、あらんばかりの力を込めた全力攻撃を放つ。

 右から左へ、下段から振り上げ、上段から叩きつける。

 その尽くが中華包丁と正面からぶつかり、反動を加速距離に変えて二者の激突が徐々に大きく、そして打ち合いの間隔も長くなっていく。


 その光景を見てリリアーヌは手を握って白熱していたが、サラを筆頭としたレブナント達は気が気ではなかった。

 相手は骨である。

 稼働の動力はプラーナそのもので、プラーナが尽きれば動かなくなるだろうが、肉体自体に限界はない。

 だがユーゴは違う。筋肉を酷使して今の状況を続けていれば、いつか疲労で出力が落ち、打ち負けてしまうだろう。


 だというのに彼らのリーダーは打ち合いを止めようとしない。

 普段はクレバーなユーゴの乱暴な戦い方を見ていられなくなって、念話がサラに集中する。


『副将!このままじゃ大将がバテちまうぜ!』

『今のうちに援護をしてあげられないんですか!?』


 仲間たちは今にも飛び出しかねなかったが、サラはそれを手で制しつつ、リリアーヌの反応に注視していた。


『あの吸血鬼は、あのプラーナ……ユーゴには黒く見えているそうだけど、あれを自在に操って攻撃してくる。不用意に戦闘に介入したら、全てぐちゃぐちゃにされるわよ』

『な、なんで副将はそんなことを知って?』

『……私を殺したのは、あの吸血鬼だからよ』


 念話を聞いていたのか、ユーゴのバランスが一瞬崩れる。

 攻撃のテンポが遅れて押し込まれたが、すぐに釣り合いを取り戻す。


『それなら尚更、ユーゴ様がやられないように援護したほうがよいのでは……?』

『その心配なら要らないわよ』


 こうして話している間にも、打撃のリズムがどんどん変わっていく。

 徐々に加速していく剣戟に不安げな表情をしていたレブナント達だったが、よくユーゴの動きを見れば、その表情も明るく変わっていった。

 相手を押し込み始めたのはユーゴだったからだ。


『どうして急に勝ち始めたんだ』

『出力を上げたのか?』

『相手の出力が弱まったんじゃないのか?』


 レブナント達が喧々諤々と言い合っていたが、それらは全て外れていた。

 出力は変わらない。ユーゴは自分の全力がどれほどなのかを試すために、オーガ・スケルトンと打ち合っていたのだ。

 オーガと相打ちを取れることを存分に楽しんだ彼が何をしたのか。

 その答えに気づいていたのはユーゴ本人とサラ、そして、


「ほう、遠当てまで使うか!」


 リリアーヌもユーゴのしていることに気づいて喝采を上げた。

 言われた後だったが、レブナント達が目にプラーナを集中させると、確かにユーゴは魔剣にプラーナを込め、一振りごとにそれを発射しながら、物理的にも剣で相手の包丁を叩いていた。


 遠当ての威力は、魔剣の直撃ほどではない。

 だが、今まで吊り合っていたバランスは崩壊していた。

 徐々にオーガ・スケルトンの姿勢が崩れ、体の正面でユーゴの剣を受けられなくなっていく。


「トドメだッ!」


 そしてついに、ユーゴ一人が剣を振りぬき、オーガ・スケルトンの武器だけが弾き飛ばされていた。

 その隙を逃すユーゴではない。

 更に一歩を踏み込んで、スケルトンの剥き出しの頭蓋骨に魔剣を突きこむ。

 金色の鎧を残して、三メートルの巨体は霧に消えた。


「……なるほど、そんな貴重な武器まで持っているか」

「やらないぜ?」

「要らんよ。その魔法であれば、私も使えるからな」


 さらりと告げたリリアーヌを全員が睨むが、それ以上のことは出来ない。

 お互いがお互いを一撃で殺しうる武器を持っているというのは、非常に恐ろしい状況だ。

 ユーゴの前世では抑止論という考え方があったが、命を賭けて目の前で戦う関係では抑止どころか「どちらが先に動くか」という考え方のほうが先に頭をよぎる。

 ユーゴもその分に漏れず彼女を奇襲することを考えた。だが彼女が現れた時と同じように姿を消し、上空から襲ってきたらひとたまりもない。見かけ上は対等に戦う武器があるように見えて、優劣はハッキリと存在しているのだ。

 相手が気付いていて、手のひらの上で転がされているような不安の中で、それでもユーゴに出来るのは対等な条件だという体裁で会話を続けることしかなかった。

 

「この魔法を知ってるなら丁度いい。これをくらえば不死属でもひとたまりもないのは分かってるんだな?」

「もちろん。不死属とはいえプラーナを元に存在している生き物なのだから」


 だが、だからこそユーゴは口八丁で時間を稼ぐことが出来ているという今の状況から、あることに気付いた。

 考えてみれば当然の話だ。今ここで武力を振るうくらいなら、彼女は最初からそうすればよかったのだ。上空から攻撃を仕掛けていれば決着が着くのに、わざわざユーゴ達の目の前に現れた理由はなにか。

 ユーゴが大きく息を吐き、不安を押し込めて背筋を伸ばすとリリアーヌは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。


「そもそも、私はキサマらを殺すつもりで降りてきたわけではない。オーガ・スケルトンを撃破するだけの力もあるようだし、改めて私の話を聞いてもらえるかな?」

「聞くだけなら」

「……随分と偉そうだが、まぁいい。それならば、ボーヤとそこの女。二人を城へと招待しよう」


 リリアーヌは言うが早いか、黒いプラーナの中に溶け、そのまま飛んでいってしまった。

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