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再起(下)

 目を覚ましたそこは地獄だった。

 薄暗い、狭い部屋だ。床も壁も石で作られた部屋の中、枕の存在から自分が寝台の上にいることだけは分かった。


 なぜ寝ていたのだろう。自分はなぜここにいるのだろう。そしてなぜ、仲間は目の前で蝿に卵を産み付けられているのだろう。

 首の無い腐った生肉人形が貪られている。

 顔も無いのに仲間だと確信出来たのは、生前の彼女に惹かれていたからだろうか。

 美しい銀髪で、少しだけ憧れていた僧侶のレイミィ。

 寝台の側の床に転がっている首から下だけの彼女から、自然と距離をとった。


 あぁ、それじゃあこの見慣れた鎧は、アルフなのだろうか。

 呆然と状況を認識し、ひたすら朦朧と"なぜ"を己に問いかけ続けていた彼の意識は、自分たちを襲った二人の敵を思い出した瞬間にスイッチを入れたように覚醒した。

 パーティーを壊滅させたゾンビ男。そしてあの女スカウト。

 死体だらけのこの部屋は、奴らのテリトリーに違いない。


 だが、それならば。

 なぜ、僕はこうして生きているのだろうか。

 彼の思い浮かべた最後の疑問に答える者が居た。


「ざぁ~んねん!君はもう死んじゃってるんだ!」


 後ろから誰かに抱きしめられる。

 振り向こうとした顔の目の前に、手鏡が差し出された。

 そこに映っていたのは、肌が腐り、白濁した瞳の自分だった。


「―――ッ!?」

「はい、『怯えるな』『怖がるな』『落ち着いて』『私の話を聞いて』?」


 金髪の女性が耳元でつぶやいた言葉が、脳に溶ける。

 優秀な魔法使いである彼は、自分の精神状態が外部から組み替えられたという事実を理解した。

 そして、悪の魔法使いに魂を掌握される物語を思い出した。

 怯えるな、という命令の範疇に含まれるのだろうか。先程まで受け入れられなかったおどろおどろしい光景への忌避感は消えた。

 抵抗の意思も湧いてこない。ただ、なぜか抱きしめる彼女の腕の中が安心できるように感じて、身を委ねてしまった。


「君に起きたこと、君にしてもらうこと、全部説明するから、『納得して』ね?」


 腐りかけた耳たぶを甘咬みされながら、エクセレンの声が少年の脳と魂に染みこんでいく。

 どうせなら絶望するな、とも命令しておいてほしかった。

 嬉しそうに腐った肉を食む彼女を見ながら、少年の心は許されていた『諦め』に落ちていった。



◇◇◇



 エクセレンが死体安置所で、死霊術師候補の少年を弄んでいるころ、ユーゴとサラは砦を最上階から見下ろしていた。

 砦の改修は順調だ。人の住む場所としての見栄えとしてもそれなりに整い、砦として外に対した穴はそれなりに塞がっている。

 内側から見ればまだまだだったが、それはこれからだ。


「夏までには、穴を塞げるかな?」

「……難しいでしょうね。夏場は毎年ゾンビが動けないほど腐るから。夜の一番冷え込んだ時間でなんとか歩けるくらいで、冒険者の足止めも難しいし数も増えなくなる」


 それはサラの経験談だった。

 おかげで、毎年レブナントを作成する試みは秋から春までで、夏には苦労が水の泡と消えていたそうな。


「室内で迎え撃てばマシじゃね?」

「蒸し暑い部屋の中から腐敗臭がすれば、冒険者もよりつかないでしょうね。それに部屋にいれられるゾンビの数は少ないわ。冒険者のパーティーを倒しきるのは難しいと思う」


 ゾンビで冒険者を倒す時の常套手段は、四方を取り囲んでの圧殺だ。つまり、標準的な冒険者のパーティー五人に対して、数倍のゾンビが必要になる。


「……ゾンビ以外の戦力や戦術が必要になるのか」

「それが簡単に見つかれば私が使ってるけれど」

「だよなぁ」


 最悪の場合、レブナント達が総出で対応すれば冒険者の対応は可能だろうが、その場合は他の作業が滞る。

 それは砦の修復だけではない。


「ちなみに、腐れ谷の外に送り出した奴らはどうしてる?」

「北のラトナムは、やっぱりこっちを警戒してるみたい。神官を護衛につけている商隊が増えてるらしいわ」

「そうなると、北よりも西側の牽制にレブナントを回したほうがいいかな」

「秋の収穫の前は冒険者が増えるから、今外に出してるメンバーにこれ以上の負担をかけるのは良くないと思う」

「うーん、どうするかなぁ」


 どれもこれも、手を打てないわけではない。

 だが、なにをするにも動かせる駒が足りない。

 いっそ人間の村でも襲って、住人をまるごとゾンビにしてやろうかと乱暴な考えに行き着きかけたところで、エクセレンがやってきた。


「それなら、南を探索してみようよ」


 後ろからレブナントの少年を引き連れたエクセレンの提案だったが、


「思い切るのはいいけど、勝算はあるの?」

「あるよ?」


 詳しく聞こうと思ったユーゴ達の前に、彼女はエルヴィンを突き出した。

 彼の情報だということだろう。


「さ、『話して』もらえる?」

「はい。この先の第三区画なんですが、ゾンビ以外のモンスターが溢れているとのことでした。そのため、第3位階の冒険者でも探索許可が出ない者たちがいました」

「そのモンスターっていうのは?」

「スケルトンです」


 異世界に転生してから癖にしていた作業だったが、ユーゴはスケルトンの認識が合っているか、サラとエクセレンと意見を交換した。

 スケルトン、動く骸骨。

 ユーゴの感覚だとこれもアンデッド型モンスターだが、当然不死属ではなく、この世界の分類では死属ですらないらしい。

 そこまでは大体ユーゴにも察しがついていたが、サラがやけに驚いているのが気になった。


「スケルトンってこっちじゃ珍しいのか?」


 こっち、という表現にエルヴィンが首を傾げたが、サラは無視した。


「今まで、この地区でスケルトンを見たかしら?」

「無いけど……あれ、もしかしてスケルトンってレアモンスター?」


 サラは髪をかきあげながらどう説明しようかと思案して、そもそもの根幹から説明することにした。

 ユーゴは理解力がある反面、理屈をイチからつけて説明ないと、逆に質問攻めにあうからだ。


「人間のコアが宿るのは心臓よ。その心臓もない骨だけの死骸は、動くことすら出来ないわ。腐りきったゾンビを見ても分かるわよね?」

「そうそう。スケルトンはどちらかというと物質属に分類されてるんだよね。だけど武器と違ってそんなに長い間骨は保たないんだよ。だから、自然発生したわけじゃないと思うんだよねー」


 エクセレンが答えをそのまま言ってしまったのでサラの思案は雲散霧消したが、結果としてユーゴは答えにたどり着いた。


「つまり、誰かがスケルトンを作ってるってことか?」

「可能性があるってこと。偉人の墓とかだと多少のスケルトンがいるらしいけど、南の谷を超えた先にある城と城下町で、冒険者に討伐依頼が出るほどの数のスケルトンが居る、ってのは怪しいかな~」


 ふむ、とユーゴは腕を組んで考え込む。

 エクセレンの推測は筋が通っている。

 だが、以前にサラから聞いた話も忘れてはならないだろう。


 腐れ谷は奥にいけば行くほど、プラーナが溜まり、強力なモンスターが生息していると言う。

 スケルトン達を従えている何者かがいるとして、そこは第三区画だ。しかも第3位階の実力があっても、場合によっては冒険者に許可が出ないときた。


「……その第三区画を手に入れたら、この砦の動く鎧みたいに、スケルトンが俺たちの言うことを聞いたりしないかな?」

「区画で一番強い敵を倒す自信があるなら、アリじゃないかしら?」

「この身体自体は第4位階だって話だったから、とりあえず様子見に偵察してくるよ」

「そうね。無理だったら別の手を考えれば良いのだし。それじゃあエクセレン、留守番よろしくね」


 さらっと酷な話のまとめ方をされて、思わずエクセレンもユーゴに縋った。


「ちょっと!アタシ、もしかして置いてけぼりじゃないよね!?」


 サラの方を見るが、視線を逸らされてしまう。

 どうやってエクセレンを説得したものかと思案していると、視界に魔法使いの少年が入ってきた。

 

「そういえば彼はどうなんだ?」

「エルヴィン?素質は今まででピカ一だよ」

「じゃあ、彼が死霊術でレブナントを作れるようになったら、一緒に行こう」

「約束する?」

「約束する」


 やったー!と抱きついてキスまでせがもうとするエクセレンを無理やり引き剥がした。


「エクセレンとは簡単に約束をするのね」

「サラから約束をもちかけてきたことって、ほとんど無いだろ?」


 そうね、と言い残してサラはさっさと砦に入ってしまった。エクセレンもサラを追いかけていったので、一人残されたユーゴは呆然と空を見上げるしか無い。

 夕暮れをひとしきり眺めたあと、ユーゴは南に出発する人員を選抜し、更に次の夜を待った。

 夏を迎えるその前に、アシッド砦から100名の部隊が出発する。

 目的は南東にある大渓谷と、それを超えた先にある小城だ。

 ようやくユーゴは己の目標である『進みし者』に向かって、次なる一歩を踏み出した。

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