再起(上)
以前の投稿分について大幅に修正しております。
重要な変更点は「FAITH→粛清隊」と名称を変更していることだけですが、加筆2万字、修正2万字ほどが入っています。
お時間のある方はご再読頂けると幸いです。
春の穏やかな日差しが、北に連なるラトナム山脈から顔を出し、大地に恵みを注ぐために燦々と輝いていた。
それはこの腐れ谷にも当たり前のように降り注いでいる。
ゾンビの蔓延る土地といえば聞こえは悪いが自然現象は他の国とも、それこそ異世界とも同じであった。
そんなうららかな春の昼日中、レブナント達はアシッド砦復興のために動き続けていた。
粛清隊の大部隊による腐れ谷侵攻と、アシッド砦防衛戦で被った損害は甚大だった。
リィンの裏切りによって砦の外壁は穴だらけ。砦の状況も去ることながら、道中のゾンビも駆除されて大幅に数を減らしていたので冒険者たちが悠々と乗り込んでくる始末である。
最初に朝日を迎えた時は勝利の余韻も消え去って、復興に心が折れそうになっていたユーゴだったが、レブナント達が働き続ける中で新たな変化が生まれることで一ヶ月の間に随分と状況は改善していた。
そもそも不眠不休で働けるおかげで、レブナント達の作業量は人間と大幅に違う。
更に幾人かのレブナントは「実家が大工でな」「うちは石屋で」と、冒険者になる前のスキルを活かし始めたのである。
それまでは街区の建造物を切り崩して仮の補修しか出来なかったユーゴ達であったが、今では昔の作業場を復活させて自前で砦を補修出来るようになっていた。
持ち直してきたといえば、ゾンビの数も同様である。
粛清隊の襲撃前は4桁に及んでいた死者の数は3桁を割り込みかけたが、なんとか持ち直してきている。
それもこれも死霊術師でありながら自らも死属として復活を果たしたエクセレンの貢献のおかげなのだが、数字の回復は頭打ちを迎えていた。
そのフラストレーションを溜め込んだ彼女の声が、ついに穏やかな砦の中で爆発した。
「どーゆーことなのよ、ユーゴ!!」
砦の屋外で部下と鍛錬をしていたユーゴの元にどなりながら駆け込んできたのは、腐肉まみれのエクセレンだった。
ハイ・レブナントに昇格出来ていない彼女は、腐肉そのものなのだが、その体の至るところには自分のものではない血液と肉の破片がくっついている。
だが、猛烈な勢いで肉薄する彼女を前にしてそんな下らないことに意識を割いている余裕はなかった。
ユーゴから返事がなかったのを無視されていると思ったのか、エクセレンのボルテージはどんどん上がっていく。
「毎日、毎日、マイニチマイニチ!なんで私ばっかりゾンビを手作りなの!!」
「いや、だってお前、自分から望んで……」
「だからって他の皆がどんどん生身を手に入れてるのに、私だけ死体のままなんておかしくない!?」
おかしくなくない?という心の声が、念話を使わずともユーゴと部下の間で共鳴した。が、それを口に出さないという賢い選択も、全員の中で一致していた。
彼女は死体を弄るのが好きだ。死体を愛でるのも好きだ。口付けるのに躊躇いはないし、積極的に体を重ねるまである。
そんな彼女に何を任せているかというと、自分だけで動けない死体を繋ぎ合わせてゾンビを生産させていたのだ。
なぜそんなことをさせていたのかというと、新しい死体が届かなくなっていたのである。
ユーゴは川を流されてくる死体を拾うことでゾンビを補充していたが、それは彼が異世界に流れ着く前から長期的に発生していた戦争によって生まれていたものらしい。
しかし外界に偵察に出しているレブナントや、襲った冒険者をレブナント化させて聞き出した世界情勢によると、その戦争はラトナム王国の教会が働きかけることで停戦協定を結ぶに至ったらしい。
ともあれ、死体がなければゾンビ稼業あがったりである。
仕方なくユーゴはエクセレンに死体をむりやり繋ぎ合わせてゾンビを作ってもらっていたのだった。
好き好んで死体に囲まれているエクセレンなので快諾してもらえたのだが、そんな彼女でもストレスは溜まっていたのだろう。
皆の嫌う作業を率先して行っていた彼女に配慮して全員が申し訳ない気持ちになる。
「っていうか、せっかく死体に囲まれてるのに、臭いも感触も分からないなんてもったいなくない!?」
「あぁ、そっちの不満……」
一瞬で全員の悔念は霧散したが、彼女の作業量がストレスを貯めこむレベルである、ということは事実だった。
「うーん、でも他のメンバーは死霊術を扱いきれなかったんだろ?」
彼女の負担を減らすには死霊術師を増やせば良い。
しかし見様見真似で死霊術を扱えるようになったユーゴには意外だったが、死霊術師になるには並々ならぬプラーナ操作の才能が必要だったようだ。
レブナントの中では古参で実力者のマリベルですら、ゾンビ作りに成功するのは十回に一度だけ。ましてやレブナントの作成は一度も成功していなかった。
マリベル本人は「アタシの得意分野は繊細な操作じゃなくって、出力だから!」と言い訳していたが、結果は変わらない。
ついこの前までは「腐れ谷の攻略を再開しよう」と息巻いていたのだが、いざ出発出来るかと問題を整理すると、とてもではないが砦を開けられるような状態ではなかった。
増えないゾンビ。
不足する人材。
そしてなにより、このうららかな気候が問題だ。
ゾンビはナマモノである。
腐るのだ。もともと腐っているが、夏場にはドロドロの液体になって蛆も沸かないらしい。
今のままでは戦力はジリ貧で、この状態でもう一度粛清隊の襲撃を受けたら今度こそ全滅しかねない。
どうやってエクセレンを宥めつつ状況を改善したものか。
苦笑を浮かべて誤魔化しながらも頭痛(感じない)を堪えていたユーゴだったが、彼の元に偵察に出ていたサラから念話が届いた。
『ユーゴ、探してたネクロマンサーの候補になりそうな冒険者がいたわ』
天の采配か。
今まさに必要としていた人材が、このタイミングで見つかるとは。
『……了解。そっちに向かうよ』
『あら、嬉しそうじゃないわね?』
『そうじゃないけど』
一緒に念話を受信したエクセレンは、出撃の準備のために既に砦へと戻っている。
嬉しそうに駆けていく彼女の背中を見送りながら、ユーゴはため息と一緒に弱音を吐いた。
『タイミングが良すぎると、嫌な予感がするんだ』
『気持ちは分かるけど、機運は訪れたら掴みにいかないとね。それじゃ、待ってるから』
フラグを立てるなよ、というユーゴの愚痴が届く前にサラは念話を切ってしまう。
「行くしか無いか」
黒鉄の魔剣を腰に吊るして、ユーゴは地下水道へと潜っていった。
◆◆◆
蜘蛛の巣のように張り巡らされた地下水道を探索していたのは、5人組の冒険者だ。
資金集めのために腐れ谷を何度か探索していた彼らは貯蓄と実力を積み上げていたのだが、今回は今までの探索では見つけたことのないプラーナの流れを地上で発見していた。
プラーナあるところにモンスター有り。モンスターを倒すことが冒険者の仕事だ。行くしか手は無い。
彼らはプラーナの流れをたどって、ゾンビの跋扈する地下水道を発見し、その内部を進んでいた。
彼らの探索行を止めたのは、最後尾を警戒しながら歩いていた偵察兵の一声だった。
「アルフ、そろそろ休憩にしないか。エルヴィンがきつそうだ」
先頭を進んでいた赤髪の青年アルフは、足を止めて振り返る。プラーナの流れを発見した功労者である魔法使いの少年エルヴィンは健気に顔をあげてアルフを見返したが、濃い疲労の色は隠せていない。
「よく見てるな、さっすがギリー」
「いつまでたっても自分のペースでしか歩けないお前がリーダー失格なんだよ」
ギリーは気配りはできるが、生まれる前から口が悪い。
彼が話し始めるとパーティーの温度が若干上昇するので、エルヴィンはとっさに頭を下げた。
「……すいません、プラーナが思った以上に濃くって」
「気にすんなって、エルヴィン。お前のペースに合わせるってのは、全員がムリをしすぎないでいられる良いルールなんだぜ?」
銀髪僧侶のレイミィと腰の両サイドに斧を吊るした戦士のダナンが豪快に笑いながらエルヴィンの肩をぱしぱしと叩いた。
「おうよ。気にするこたねぇって!」
「私もギリーに賛成。半年もパーティー組んで、毎度言われなきゃ気づかないリーダーの方が反省すべきだよ」
パーティーを組んでからこの半年、ずっとこのペースで冒険を繰り返していた。
不仲になって解散する冒険者のパーティーなど珍しくもないが、馴れ合いすぎず、角も立てすぎず、言うべきことは言える出来過ぎなパーティーだった。
だが、和気あいあいとした会話の中でも、エルヴィンの表情はどこか曇っていた。
「あはは、すいません。でも、本当にここのプラーナはおかしいんです。息苦しいほど濃いプラーナなんて、今までで初めてです」
エルヴィンの言葉に、全員が笑いをおさめて真剣な表情に変わった。
彼らは仲良しではあっても、ただのお友達ではない。命を賭けて戦い、生きていく冒険者なのだ。
魔法使いが異常を感じるほどのプラーナは警鐘のサインに値する。
「そういえば、この第二地区は教会の『死体狩り』があった場所だったな」
ギリーの言葉に全員が「そういえば」という顔をした。
彼らのパーティーは当時、腐れ谷ではなくラトナム山の東で活動していた。そのため腐れ谷の討伐については後から噂を聞いたくらいの情報しかなかった。
教会が部隊を送り込んで大規模な狩りを行い、成果も上がったが討伐隊は現地で全滅したという。
何があったのか詳細な情報は流れてこないが、解禁された腐れ谷では確かにゾンビの数が著しく減っていたらしい。
腐れ谷の安全性も上がり、粛清隊の遺品を持ち帰れば教会からしっかり報酬が出るということで、今冒険者にとって腐れ谷は非常にホットな冒険先になっていた。
「その時に殺したゾンビのプラーナが、ここに溜まってるってことか?」
「俺にはプラーナは見えん。関係があるかないかも分からんが、粛清隊が出動しなければならない場所だった、というのは忘れるべきではないだろうな」
教会が粛清隊を派遣するほどのモンスターがいたうえに、彼らは全滅しているのだ。
再び異常事態が発生したり、その時の撃ち漏らしがいないとも限らない。
全員が緊張を高めつつ、その原因となった恐怖から目を逸らすために、彼らの会話は更に続いた。
「粛清隊は結局返ってこなかったんだろ。第一報でボスを倒したって連絡がきたけど、続報が無かったってことは」
「教会の発表だと、彼らは大量発生したゾンビの討伐を死ぬまで続けた、ってことだったけど?」
「その後から冒険者の被害は減ったんだから、間違ってないんじゃねーのか」
「ばぁか。失点を隠すための方便だろ?」
小声で続けられていた会話は徐々にヒートアップし、彼らの声は地下水道に大きく木霊していた。
ふと、山彦のように返ってきた自分たちの声に彼らはハッとして会話を止めた。
「次に広間を見つけたらそこで休憩しよう」
アルフの提案に、全員がうなずきを返した。
気遣いの出来ないリーダーではあったが、判断力と全員の意見のバランスを取れるのは彼しかいなかった。
進行を再開したパーティーは、周囲を警戒しながらゆっくりと地下道を進む。
どんなバケモノが飛び出してくるのかヒヤヒヤしていたが、五分もしないうちに見つけたのは大きな明かりだった。
「……この揺れている光は火だな」
「他の冒険者か?」
「どちらにせよ、篝火を焚けるような場所があるんだろう」
スカウトのギリーを先頭に変えて進んだ先には、広大な円形の広間があった。
その中央で燦々と燃え上がる焚き火。
喜んで駆け込もうとした一行だったが、先頭のギリーが彼らを押しとどめた。
「ギリー?」
「ただ集中するんじゃなくて警戒もしてくれ。なんで道具だけ転がってて、その持ち主がいないんだ」
ハッとして全員が武器を構え直す。
辛うじてそこには他の冒険者の痕跡が残っていた。水筒や、火を起こすための道具一式などが転がっている。
広間への入り口は、彼らがいる場所と反対側に一つだけ。入ってきた方向は埃が積もっていて、足跡も無かった。
となれば、この道具たちの持ち主は、この通路の奥にいるのだろうか?
目を凝らし、耳を澄ませて、偵察兵の技術の全てを傾ける。さらに加えて"勘"を働かせたギリーは、おもむろに懐から取り出したナイフを反対側の通路へと投げ込んだ。
炎を反射する刃が闇の中に吸い込まれ、キン、と金属がぶつかり合う音が地下に響いた。
石の壁ではなく金属製の何かに弾かれたのだ。
「……なるほど。優秀みたいだな」
闇の中から現れたのは、一人の戦士。
大柄な男だ。黒の革鎧は、革を当てた部分が中から押し上げられている。体格だけで比べればパーティーの誰よりも屈強だ。
右手に握られている大きな黒鉄色の剣は、普通の戦士なら両手で持つようなサイズだが、軽々と片手で持ち上げている。
歩くだけの姿から、この男が実力者であることが滲み出ていた。
「冒険者か?」
「いいや、違うぜ」
アルフが問うと、黒の戦士は不敵な笑みを浮かべた。
そのいやらしい笑みに警戒心を高めていると、男は剣を下段に構えて大きく一歩前に足を踏み込んだ。
前傾姿勢をとった戦士の顔が炎で照らしあげられ、全員が息を呑んだ。
「腐ってる!?」
「ゾンビなら!」
相手が死属なら、僧侶の『浄化』がキーだ。
全員が戦闘態勢に入る。
正面に立ちふさがる黒の戦士が強敵であることは一目瞭然だったので、アルフとダナンが時間を稼ぐために前へと飛び出した。
その場に残った偵察兵のギリーとエルヴィンは、最も後ろにいた僧侶を守るために前方へと集中する。
何度も繰り返したパターンだ。
全員が淀みなく動き出したが、後方から聞こえてきたのは知らない女の声だった。
「これで一人ね」
慌てて振り向いたのはギリーとエルヴィン。
振り返った彼らが目にしたのは、背後からの不意打ちをしかけた銀髪の美女が、表情一つ変えずに僧侶の首を大ぶりのナイフで両断する光景だった。