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永き戦いの始まり

 目を閉じてしまうほどの眩い光の中を通りすぎて、ゆっくりと瞼を開く。

 そこには先程までと変わらない光景と騒音があった。


 床の崩れた教会。

 未だに続く混戦。

 正面に倒れているサラの姿を確かめて、ユーゴはゆっくりと立ち上がった。


 足首、膝、腰を動かし、全身の動きを確認する。

 次いで、ユーゴはその視点の高さに驚いた。


「ほう、こりゃいいな」


 先ほどまでの肉体も随分と優れていたが、コレは更に格別だった。

 サラの元に駆け寄って体を引き起こす。


「大丈夫か、サラ?」

「……ユーゴ、で合っているのかしら」


 どこか警戒した様子の彼女に微笑みかけ、ユーゴは念話で応えた。


『あぁ、俺だ。ユーゴだ。ちと複雑かもしれんが、アイツの体を奪わせてもらった』


 サラを抱き寄せている男の顔は、紛れも無くクラウドその人であった。

 しかし、中身は違う。

 黒い霧と恐れられた粛清隊の百人隊長はもういない。

 それは既に、ゾンビー達の主、レブナントのユーゴの肉体(モノ)だった。


『……決別した昔の男に抱かれるのは趣味じゃないの。早く行って頂戴』

『それならもっと嫌そうな顔をしろよ』


 ゆっくりと彼女を横たえると、ユーゴは床に落ちていた黒鉄色の大剣を拾い上げた。

 右手で握り、試しに二度三度と振ってみるが、妙な重さは感じない。


「もしかして……」


 ニヤリと笑ったその表情にサラはそこに見慣れたユーゴの面影を見つけて、ゆっくり肩の力を抜いた。

 安心したサラは、自分の意識が急速に弱まっていくのを感じていた。


(私、いつも途中でリタイアばっかりね)


 内心で一人ごちて、今度こそサラは意識を手放した。



◆◆◆



『今、行くぜ』


 ユーゴからの念話が届き、地下で戦っていたレブナント達の士気は向上した。

 なまじこの砦はプラーナの循環を良くしていたおかげで、敵は一晩休んで魔法力を回復させていたのだ。

 ゾンビの壁で相手を消耗させて魔法はあらかた使い切らせたものの、近接戦闘を生業とする隊員は元気にゾンビを狩り続けていた。

 こちらのゾンビもそろそろ底をつく。このままでは正面衝突して押し負けるのは明白だった。


 ユーゴか、クラウドか。

 どちらが来るかが勝負を決すると言っても過言ではないその渦中に、影が飛び降り、ゾンビ以外の戦場全体が動きを止めた。

 腹に穴をあけながら、堂々と立つ黒い霧の姿がそこにあったからだ。


 だが、硬直は一瞬で終わる。

 粛清隊員の中に歓喜の色が湧き上がろうとした一呼吸で、彼は三度剣を振るい、瞬く間に三人の隊員が血の霧と化して消えたからだ。


『何やってる。さっさと終わらせるぞ』


 念話でクラウドの中身がユーゴだとわかったレブナント達は、細かい事は考えずに猛然と反転攻勢に移った。

 そこから先に待っていたのは、殲滅戦と、飽くなきゾンビの食事タイムだった。


 第2位階の冒険者など、真の力を発揮した魔剣と第4位階の肉体を手に入れたユーゴの敵ではない。

 どうやら魔剣がその能力を制限するのは、使い手が生きた人間の時だけのようで、レブナントであるユーゴは問題なく魔剣の能力を引き出しながら、ペナルティもなく片手で超重量のこの武器を扱うことが出来た。

 近づく者は尽く斬り倒し、近づかぬ者も霧へと変えた。

 ほとんどユーゴ一人だけの働きで、あっという間に50の人間は全て物言わぬ躯と、死体すら残らず溶け消えることとなる。


『終わった、か……』


 ユーゴが魔剣を背中の鞘に収めると、生き残ったレブナントとゾンビは雄叫びを上げた。

 勝利と飽食の歓喜で、砦の教会が満ちる。


 だが、それを止めたのはユーゴだった。

 教会内には大量のプラーナが満ち、新たなハイ・レブナントとゾンビ上がりのレブナントが数体生まれている。


『こんな所が、勝利か?』


 だが、千体を超えたゾンビの大半と、大切な仲間を失ったのは大きすぎる痛手だった。

 襲撃者を撃退して喜ぶだけでは、砦を抑えた意味が無い。

 領土を守り、家を守るのには十分ではない。


『なぁ、本格的にやってやろうじゃないか』


 ユーゴはいつもの悪い笑みを浮かべて、口端をニヤリと吊り上げた。


『こっちの被害は甚大だ……。たかだか百人を全滅させた程度じゃ、まだまだ足りないよな?』


 ユーゴの問いかけにレブナント達は一人、また一人と首を縦にふる。

 誰からも反論が出ずに自分をまっすぐ見つめ返してくることを確認すると、ユーゴは数メートルジャンプして天井から吊るされている自分の生首をひっつかんだ。


『さぁ、これから忙しくなるぜ?』



◇◇◇◇◇



 アーヴィアンとの停戦交渉に裏から手を回して帰国したリオンを待っていたのは、机の上に置かれた一枚の報告書と、一つの木箱だった。

 リオンはまず、報告書の方に目を通した。

 冒険者ギルドや、各商業のギルドから国にあげられている報告を横流しさせたそこには、いくつもの数字が並んでいる。

 だが、その意味するものはどれも赤、赤、大赤字だった。


「なんだ、これは……?」


 ラトナム国内の貿易商を中心に、山賊やら魔物の襲撃にあったという被害報告が急増していた。

 詳細は木箱と共に送られた状を読むべし、と走り書きされたメモを最後の一枚に見つけて、リオンは木箱の蓋を慎重に外した。


「………」


 途端にあふれる腐敗臭。そして箱から飛び出してくる無数の蟲。

 この木箱を受け取って中を見た役人は全員がその場で嘔吐したのだから、このリオンという青年がただの貴族でないことを示すには十分だろう。

 表情を全く歪めなかったリオンだったが、中に収められた腐肉が"誰"のものか理解した瞬間に、彼は目を見開いた。


「そうか。クラウドが」


 木箱の外に添えられていた一枚の羊皮紙を広げるとそこには短くこう書いてあった。


『我々は戻って来た。我らの国を侵すのならば、受けて立とう。神秘を冒涜する者達よ』


 この手紙の差出人が、戻りし者(レブナント)であることを考えれば、神秘を冒涜する者とは、教会やそれに属する人間を指しているのだろう。

 つまり、彼らは教会が隠している事を知るほどの敵であり。

 逃げまわるのではなく、立ち向かうという道を選んだのだ。


「しかもこの言いよう、自分たちが上に居る、と言いたいか」


 小賢しいアピールではあるが、100人とはいえ教会の精鋭部隊と隊長を倒した証明を送り返したことは事実である。

 こういう政治的なアピールを真に受ける惰弱な人間も国内には多い。


「それならば、精々胸を貸してもらおうじゃないか」


 羊皮紙を魔法で灰に変えると、リオンは木箱を抱えて部屋を出た。


「さぁ。これから忙しくなるぞ」


 現れた宿敵に金の瞳を輝かせながら、彼は墓地へと向かった。



◆◆◆◆◆



 そして、防衛戦から一ヶ月。


 慌ただしく様々な改革を推し進めてきたその中心地、アシッド砦の外郭の上で、ユーゴは遥か北の山々を睨みながら思案に暮れていた。

 そんな彼に背後から近寄って、明るい少女が声をかける。


「そろそろプレゼントが届いたころかな~?」


 それは、一度は息絶えたはずのエクセレンだった。


「エクセレンお得意の施術が上手くいったから出来たプレゼントだ。驚いてもらわないと困るぜ」


 振り返りながらイヤらしくニヤリと笑った男は、顔だけが以前のユーゴの物にすり替わっていた。


「新しい首の心地はいかが?」

「最近はお互いの肉がしっかりとくっついてきたからな。そろそろ戦闘にも出られるぜ」

「あら、それは良かったわ。あなたの体が砦のプラーナを吸い尽くすものだから、ゾンビが全く増えないのよ。さっさとハイ・レブナントになってもらわないと迷惑ですからね」


 青い長髪を風になびかせつつ、外郭上を反対の方向からやってきたのはサラだ。

 そのまま背伸びして顔を近づければキスが出来そうな距離で立ち止まったサラは、どこか納得いかない表情でクラウド"だった"肉体をジッと見つめる。

 大きくため息をついた彼女を、回り込んだエクセレンが抱きしめた。


「ほらほらぁ。見ないふりしないでちゃーんと受け止めなきゃ!」

「……アナタね、他人ごとだからってそう簡単に」

「ほんっとにイイ体してるんだもん。楽しまなきゃ損でしょ」

「なっ……ユーゴ!?」

「誤解だ!何もしてない!この首を繋げた時に、全身の不具合を直してもらっただけだよ!!」


 戦後、ユーゴが最初にしたのはエクセレンを見つけることだった。

 誰にも見つからないように逃走し、リィンを自爆させて息を引き取ったエクセレンは、地下水路の棺の中で眠りについていた。

 彼女を見つけたユーゴは、それまで何十回も見て覚えていた死霊術でエクセレンをレブナントとして蘇らせたのだ。


 死ぬのが本望だったわけではないが、念願の死体に成れたエクセレンは、嬉々としてユーゴの作戦に従った。

 ユーゴとクラウドの頭を、手術ですげ替えて死霊術で固定したのだ。

 取り替えた先の生首をどうしたのかは、言うまでもない。


「まったく……それよりもユーゴ、越境作戦部隊の報告よ」


 それから先は、色々なことに取り組んでいる。

 ゾンビやレブナントの増産は言うまでもないが、街路を改造して戦闘に適した地形に工事をしたり、腐れ谷の外に部隊を送り込んで他国の経済状態を荒らしつつ、物資を確保したり。


「まぁその辺のことは後で聞くよ」


 サラの報告を止めたユーゴは、南の空を指さして笑った。


「次の目標は、とりあえず腐れ谷制覇だ」

「お、ついにやるんだね~!」

「……出来るかしら。私達に」

「出来なきゃ死ぬだけ。この体を手に入れても進みし者(アヴァンス)にはなれなかったし。辿り着くまで、やるだけやってみるさ」


 ニヤリと笑って彼が自信満々に言うのだ。

 こうなったら止めるより支えるしかない。

 三人は肩を並べて指揮官室へと歩き去っていった。



◇◆◇◆◇



 かつて、神の掘り抜いた大河の集まる土地に栄えた古代王国が在った。


 歴史の彼方に消え去ったその国は、歴史書を辿る内に再びその名を響かせるようになる。


 戻りし者達があがき続ける物語は、まだ始まったばかり。


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