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葬送と帰還

 一夜が開けて、陽の光が差し込むころ。粛清隊のメンバーは全員が砦の一階に設けられていた小教会に集まっていた。

 この砦も地下水路と同じく、かつてこの地にあった王国が建てたものなのだろう。

 最低限の設備しか無い部屋ではあったが、戦場で大量の弔い人が生まれることを見越してか、空間は非常に広かった。

 そこに、先日の戦いで死亡した戦士達と、『潜入捜査をしていたメンバー』の遺体が並べられていた。


 全員が列をなして並び、隊長のクラウドだけが、一人前にでて死者への言葉を贈ろうとしている。

 その様子を、サラは鎖で吊り上げられた天井付近から眺めていた。


「随分と悪趣味なことね、クラウド」

「気安く呼ぶな、死体風情が」

「お生憎様。ハイ・レブナントになった私の体は、アンタラ人間と同じ生きた血肉で動いてるのよ」

「同じかどうか、試してやろうか」


 クラウドが天井から伸びる鎖を引くと、サラの体は教会の一番奥にある十字架へと押し付けられた。

 聖別された武具に触れた死属がどうなるか。

 固めた覚悟を一瞬で上回る苦痛が、彼女の全身を焼いた。


「………っ!!」


 零れたのは僅かな苦悶だけだ。

 だが、クラウドは手を緩めなかった。


「静かにしたまえ、死者の眠りの邪魔だ」


 クラウドは器用に鎖を回すと、サラの顔を正面から十字架へと叩きつける。


「!!!!!」


 声すら出せない苦痛を与えられて、吊るされたサラの肉体が脱力する。


「では、葬儀を始めよう」


 クラウドが声をかけると、全員が目を伏せ、片膝をついた。手は胸の前で組み、全員が小声で神への祈りを捧げる。

 クラウドの声はその唱和にまざることなく、ゆっくりと、しかし堂々と広間に響いた。


 大小を問わず、神への祈りが満ちた空間は、十字架に触れずともサラの肌を焼いた。

 もはや苦痛を外に叫ぶことは出来ない。

ただ、彼女の瞳に映ったある物が、彼女の意識を鮮明にした。


 彼女の下には、彼女と同じように鎖に巻かれた、ユーゴの首が吊るされていた。

 残っているレブナント達を呼び寄せようとするエサなのだろう。これは罠だ。もしエクセレンが、マリベルが、カイエンが、他の誰かが生き残っていたとしても、ここに来て助かるわけがない。

 けれど、サラは祈った。


『誰か』


 プリースト達の声が脳に刺さって、頭が割れんばかりの痛みで頭蓋が引き絞られる。

 それでも、その声に負けないように祈った。祈らずにはいられなかった。


『誰か、彼を』


 人間らしい体を取り戻したって。

 集団生活を送ったって。

 ごまかすことは出来ない。

 人外になってしまったことは、飲み込んで消化したと思っていたけれど、ずっと心の底に澱んで残っていた。

 その重さを堪えきれなくなった日もあったけれど、私は出会えたのだ。


 嬉しかった。喜びがあった。死んで尚、生きていることは幸福な事だった。

それを与えてくれたのは、彼だ。


 ユーゴが現れてくれたから、消えそうだった命をつなぐことが出来た。

 ユーゴが居てくれたから、エクセレンや仲間達が増えていった。

 ユーゴが作り上げてくれたから、私達はこの家を手に入れられた。


 小さくても、ココは彼の作った、彼が手に入れた世界だった。

 死者達のためにある国なのだ。

 彼を辱め、侮辱し、晒し者にするなど、堪えられるものではない。


「では、死して神の身元へ向かう彼らに、黄泉の国への手土産として彼らの魂を捧げよう」


 よく研がれた剣が、レナの遺体を収めた棺にしまわれ、他の棺と同じように蓋を閉められた。

 木で出来た簡素な棺に釘が打たれ、他の遺体も同じように封じられる。


 クラウドが聖別された燭台の火を、長い棒の先にまとわせる。

 それがユーゴの遺体に触れれば、肉体は一瞬で燃え尽きるだろう。

 彼の残滓がそこに残っていたとしても、微塵も残さず浄化するはずだ。


『お願い、彼を、誰か』


 ただ一心にユーゴのことだけを考え、願い、祈り。


 そして、聞いた。


『もう泣くな、サラ』



◆◇◆◇◆



 最後に見た光景は、自分の体が黒い霧に変えられてしまうところだった。

 視界はブラックアウトして、自分が何かを考えているのか、いないのか。存在しているのか、いないのか。

 なにも分からないまま、おそらく時間だけが過ぎていた。

 正確には時間すらも認識できていなかったが、ぼんやりと、思い出すことがあった。


 この世界で出会ってきた仲間たちのこととか。

 別れを告げる間もなく離れてきてしまった前世のこととか。


 あぁ、きっと今いるここは、どっちの世界にも思いを馳せられる場所なんだろう。

 だからケツからアタマまで記憶を呼び起こしてみて、アタマからケツまで大事にしまって、ようやく思い出せた。


 俺は、雄吾。

 今、ここに居る俺が、俺の全てだ。


 ユーゴの目の前に二つの光がちらつき始めたが、その一方からは彼を呼ぶ声がした。

 だから答えよう。

 さよならした世界にはもう戻れないし、戻らない。

 歩き始めたばかりのこの世界で、俺にはまだ、やることがあるんだから。



◆◆◆◆◆



『もう泣くな、サラ』


 強い声が、念が、彼女にまとわりついていた聖なる力を吹き飛ばし、空間をまっさらな状態に戻していく。

 異変に気づいたものは顔を上げるが、その原因がどこにあるか分からず、不安げにあたりを見回すしかない。

 やがて彼らの視線はクラウドに注がれるが、その彼ですら不審げな顔をして周囲を窺っているだけで、行動を起こせない。


「よお、ご機嫌いかがかな?」


 響いたのは低い男の声―――ではなかった。

 粗野な話し方だが、女の声。全員がその出処を探る中、一人だけが反応していた。


 クラウドが背中の剣に手を伸ばすが、間に合わない。

 なぜならば、声と共に現れた一振りの剣が、彼の足元の棺から突き出されていたから。

 クラウドが半歩下がって腹から剣を引き抜くのと、棺が蹴破られるのは同時だった。


「貴様……」

「どうも、黒い霧さん。昨日ぶりかな?」


 立ち上がって関節を動かし、肉をほぐしているのは間違いなく粛清隊の副官であるレナだった。


「昨日は自己紹介をする暇も無かったし、改めて名乗ろうか」


 剣を下段に構えた女の口がニヤリと吊りあがった。


「俺の名はユーゴ。ここのリーダーだ……さぁ、(ボス)戦はこれからだぜ?」


 対するクラウドの表情にはこれ以上ないほどの怒りが浮かんでいた。


「ほざくな!神の信徒たる彼女の体を奪うなど!」

「許せないよ?やれるもんなら、どうぞ」


 ユーゴはクラウドが第一歩を踏み出すタイミングに一呼吸だけ先んじて、大きく後ろへと後退した。

 だが、もともと巨漢の男と平均的な女の体だ。

 距離は一瞬で詰まり、クラウドの大剣が勢い良く振り下ろされる。


 昨日はまったく見切れずに振り回されたが、今のユーゴにはしっかとその軌道が見えていた。


(さすが第3位階の肉体……プラーナの充実が段違いだ)


 剣の軌道は見えているだけではない。

 レナの肉体は膝の曲がった着地体制から、無理やり体のバネをきかせて垂直に跳び上がる。

 剣の軌道のさらに上から攻撃が降り注ぎ、二度三度と剣閃がクラウドの額を切り裂いた。


「……異常な動きだ」

「なぁに、俺にとっちゃこの体は言わば人形。膝が割れようがなんだろうが、筋が繋がってりゃこれくらいどーってことないんだぜ」

「冒涜的な物言いだな。俺を挑発したいようだが、この人数を貴様一人で相手にするのか?」


 クラウドの背後でぞろぞろと剣を抜き、メイスを構える僧侶たちを見て、ユーゴは肩をすくめた。


「んなわけないだろ」


 そのまま右手を高く掲げる。

 いったいどんな魔法を使うのか、警戒した体は自然と構えを取る。

 腰を落とし、地面をしっかと踏みしめる50と50の靴音。

 ユーゴは右手の中指を親指でハジき、指音を鳴らした。

 何事も起こらず、ただの虚仮威しかと誰かが鼻で笑ったその時だ。


 かれらの足元に組まれていた石畳がゆらゆらと揺れだし、一人の悲鳴を皮切りに広場の床が崩れ落ちた。

 もちろん、ただ崩れ落ちたわけではない。


「ぞ、ゾンビ共だぁ」

「戦え、応戦だ!」

「あ、足が潰、た、たすけてぇっ!!」

「こっちの前衛が、みんな潰れて、誰か援護に、あ、あ、いやぁあぁ!?」


 砦の地下は、言うまでもなく地下水道に繋がっている。

 粛清隊もその存在に気づいてはいたが、奇襲を受けた肝心の輜重隊は全滅していた。

 よもやそこがゾンビ共の根城であるなどと、思いつきすらしなかった。


『おまたせしました、ユーゴさん』

『食っちまっていいんだろ、隊長』

『ありがとう、マリベル、カイエン、皆。こいつは俺に任せて、存分にやってくれ』


 床が崩れ、倒壊に巻き込まれた粛清隊のほとんどは錯乱状態に陥っている。

 怪我人どころか死亡者も出ている状態で、大量の敵に襲われればパニックになるのも致し方ない。

 ゾンビに襲われてパニクれば、結末は見えたも同然だ。


「そんじゃ、決着をつけようか黒い霧」


 クラウドが呆然としていた間に念話を試みていたユーゴは、最も信頼していた仲間の一人である彼女が、応答を返さないことに気付いていた。


「こっちも、そっちも、仇の事を考えたら引くに引けないだろう?」

「その顔と、声で、戯言を語るな!!」


 地下で阿鼻狂乱の混戦が深まる中、地上ではいっそう剣圧を増したクラウドとユーゴの一騎打ちが始まった。

 アシッド砦"防衛"戦は最終局面に突入していく。

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