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鬼人の鎧

 死属は先天的にプラーナの存在を知覚する能力に優れている。正確に言えば生属のように生理的に五感を働かせられないので、世界の全てをプラーナを通して知覚するのが死属だ。

 ユーゴ達レブナントの一団が階段を登りきって砦の外郭に顔を出すと、新鮮な空気と一緒に強烈なプラーナのプレッシャーが彼らを襲った。

 だが、その正体を改まって探す必要はない。

 幅5メートルの通路をふさぐほどの巨大な鎧が、ゾンビ共を薙ぎ払っていたからだ。


「でかいな。3メートルはあるぞ」

「明らかに人間用ではない鎧だな」


 時たま吹き飛んでくるゾンビの死体をかわしつつ、5人は鎧の様子を観察する。

 銅色の鎧はところどころがボロボロになっているものの、パーツとして欠けている部分は存在しない。

 四肢は自由に動いているし、腰も肩もよく回っている。

 地上でゾンビ達を率いていたレブナントの一人が両手に片手斧を持って突進を試みる。

 両の斧を体の右側に構え、相手の左脇腹を狙って勢い良く剣の下を掻い潜っていく。


「くらえっ!」


 ゾンビと足並みを揃えた突進だったため、鎧もまたレブナント一人ではなく集団を横薙ぎで狙わなければならなかった。

 その弱点をついて剣の下を潜り抜けたレブナントが、斧を脇腹に叩き込んだ。

 味方の中で一番の怪力を持つ男の攻撃が、どんな結果をもたらすのか、全員が集中した。


「やったわ!」


 ぬか喜びするエクセレンだったが、つまりダメだったんだろうな、とユーゴは未来を予知した。

 そしてその通りの結果が待っていた。

 斧は鎧を砕くどころか、表面に僅かな傷をつけるにとどまり、むしろ斧の刃のほうが欠けていた。

 全力の攻撃が失敗したことに足を止めた彼を見て、ユーゴは舌打ちをした。相手の動きが止まったなら、今度は鎧のターンである。

 腰を捻って力を溜めた全力の一撃も、懐に潜り込んでいるレブナントからでは見えないらしい。


『逃げろ!!』


 ユーゴは指示を出したが、結果は変わらない。鎧が無手で左のアッパーカットをお見舞いする。


 肉と骨が砕ける音が、ユーゴ達にも届いた。

 否、それがそのような音であるとは気づけないような、無残な衝突音だった。結果としてバラバラに砕けながら砦の外に落ちていくレブナントだったものを見て、肉と骨が砕けたと判断出来たにすぎない。

 だがその様子を見ていたユーゴは、鎧の膂力よりも恐ろしい事に気がついた。


「おい、エクセレン。コアが……」

「うん、破壊されてるねー。アレの攻撃には魔法のように、プラーナが篭ってる」


 つまり、


「アイツの攻撃をくらえば、死属であってもひとたまりもないよ」


 エクセレンの一言に、ユーゴ達全員が気を引き締め直した。

 死属は既に肉体が死亡しているため、多少の傷では死に至らない。

 もちろん肉体が動かず、プラーナを能動的に摂取できなければ、コアは残っていてもやがて飢えて消滅するのだが。


 だが、この鎧はコアを直接攻撃する。

 危険度としては、ゾンビを浄化する神聖魔法に比肩しえた。

 となれば、相手の攻撃範囲に入るのは得策ではない。

 まぁ、鎧の硬度を考えればそうでなくとも魔法攻撃をするしかないのたが。


「エクセレン、リィン、マリベル」

「分かったよ」

「承知した」

「おまかせ下さい」


 サラが声をかけると、魔法使いたちは各々の得意な魔法を唱え始める。

 マリベルが火球を作り出し、リィンは水の槍を構え、エクセレンがプラーナ・コアを拡散させる魔法を構える。

 三人は頷き合ってタイミングを合わせると巨大な鎧に魔法を投げつけた。


 プラーナを込めた攻撃がプラーナ・コアへ直接影響をあたえることが出来るということは、同じように変質させたプラーナの攻撃そのものである魔法でも同じことが起こるということでもある。

 たとえ鉄を溶かせずとも、貫けずとも、鎧を動かしているコアそのものにダメージが発生するのだ。


 鎧がゾンビを狙って腕を振り払った隙に、彼女たちの魔法が着弾する。

 しかし、彼らの目は予想外の光景を捉えた。

 鎧に触れる直前で彼女達の魔法が掻き消えたのだ。


「消滅した!?」

「そんな!?」


 エクセレンとマリベルが悲鳴を上げるが、リィンだけが首を横に振った。


「消滅ではない。私が魔法で作りだした水は、鎧に降りかかっている……つまり、球や槍を象らせる効果、魔法の効力が解除されているんだ」

「つまり、魔法もダメってこと?」

「そうとも言えないでしょう」


 リィンは意味有りげな回答をすると周囲に転がった槍を拾い上げ始めたが、彼女以外はちんぷんかんぷんなままだった。


「それは私がやるから、あなたはみんなに説明して」

「はい、分かりました」


 サラが命令すると、リィンは素直に頷いた。

 そして、論より証拠と、一本の槍を構えて言った。


「物質属を倒す方法はそもそも二種類あります。知っていますか?」

「プラーナ・コアを破壊するか、存在をかたどっている物質を破壊する、でしょ。冒険者ならキホン中のキホンよ」


 慎ましい胸を張って答えたマリベルは無視して、リィンは再び水の槍を作り出す。しかし今度は水だけではなく、本物の槍を包むようにしていた。


「あの鎧は巨人族……にしては小さいので、例えばオーガのために作られた鎧でしょう。人間の何倍もの膂力を誇るオーガが身に付ける装具ですから、重くて頑丈な金属で出来ています」


 リィンは詳しく説明しなかったが、先程防がれた斧は冒険者が落としていった武具の中では最高峰の装備だった。それを最も腕力のある男に持たせていたのである。

 つまりユーゴ達の手持ちの武器では、純粋な金属と破壊力の強度でオーガ・キュイラスを破壊することは不可能ということになる。


「魔法を解除するのはあの鎧に掛けられた防御用魔法でしょう。物理的な破壊に耐えうるからこそ、弱点を消すための魔法がかかっていると推測します」

「となると攻略方法は大きく二つか」


 力づく以外の物理的な干渉か、もしくは鎧の特殊能力を上回る威力の魔法を使うこと。

 ユーゴが確認するとリィンは首を立てに振ったが、問題はその先である。


「でも、そんな魔法が使える奴はいないよな?」


 ユーゴの指摘に、リィンは小さく頷いた。

 それについては先程の結果が全てだ。


「強力な魔法なんて、一朝一夕で身につくものではありませんから。あの鎧を攻略するにあたっては物理的な手段を模索したほうが良いでしょう」


 群がってきたゾンビ共を、オーガ・キュイラスは再びなぎ払った隙にタイミングを合わせて、リィンは構えた槍を兜の隙間目掛けて"発射"した。


「ソニック・バレット!」


 先ほど自分たちで味わった空気弾の応用だ。

 硬い水でコーティングされた槍が、砲弾と呼んで差し支えない速度で飛んで行く。

 水は鎧に触れる直前で形を失って散らばってしまうが、槍はそのまま兜の中に吸い込まれて激突した。

 槍の速度は魔法と関係のない物理現象。鎧の特殊効果で動きは止められない。


 しかし、狙いは良かったものの、今度も大した傷をつけずに終わった。カンッと甲高い音を鳴らして一瞬だけ鎧はのけぞったが、鎧の形状は変わっていない。

 カラカラと音を立てて兜の隙間から槍が飛び出している。


 だが、それを見てマリベルの目が光った。


「分かった!」


 僅かな変化をとらえ、機転を利かせてチャンスに変えるのもまた、冒険者のスキルの一つだ。

 マリベルが慎重に詠唱を終わらせ、愛用の杖を差し向けて魔法を開放する。


「サンダー・スプライト!」


 杖先から発射されたのは帯電した球体だ。

 電撃を扱う魔法としては最弱のものであったが、彼女の意図を全員が読み取った。

 雷そのものはコアにダメージを与えられないが、水で濡れた鎧を前にして電気が放たれればどうなるか。

 鎧に触れる直前、予想通りにボールは弾け飛んだが、生み出された電気そのものは残った。


「いっけー!」


 バチンッ!という音と同時に、木で出来た槍が割れて燃える。鎧の内側にまで通電した証拠だ。


「……それでも簡単には止まらない、ってわけね」


 マリベルのガッカリした表情が、その結果を物語っていた。

 鎧は動きをゆるめたが、動きを止めたのはたった一瞬。むしろ暴れかたは激しくなる一方で、全員が表情を曇らせた。


 純粋な破壊力も。

 魔法による干渉も。

 そして知恵を凝らした奇策も防がれた。


 もはや、この鎧を短期決戦で撃破することは不可能。

 彼女達は、全員が同じ判断を下し、退路を探して背後を振り返った。


 そして、全員が同じように呆気にとられた。


 最後尾にいたユーゴが、顎を手に当てた姿勢でニヤリと笑っていたのだ。


「ねぇ、ユーゴ。悪いけど今の私達じゃ」


 悔しそうに撤退を促そうとしたエクセレンだったが、ユーゴは手で彼女を制して言った。


「魔法で無理なら、他の方法を使えばいいよな」

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