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弾丸突破

 ユーゴ達が地上から砦を攻め続けているその時、地下水道では黒と白の激しい明滅が繰り返されていた。

 砦の地下から溢れ出てくる死霊を打ち払うために放たれるレブナント達の魔法が、下水道の闇を照らしては影に飲まれ、再び光を放ちを繰り返している。


 徐々に砦に向かって進んではいるものの、予想外の事態が発生していた。

 進めば進むほど、後ろに回り込まれて足を止められてしまうのである。


「エクセレンさん、このままのペースだと……」


 後方に現れた低位の悪霊(レイス)を炎の蛇に食らわせた女魔法使いのマリベルが、恐る恐るといった口調でエクセレンに状況を伝えた。

 無論、マリベルが考えていることは既にエクセレンを含めた全員の脳裏に浮かんでいた。

 手をこまねいているわけではないが、地上では既に戦闘が始まっていると思われる以上、急がなければならない。

 何より進軍を止めて作戦を練り直すにも、周囲から絶え間なく襲ってくるレイスがそれを許さない。


 地下を行くレブナント達は、エクセレンによって蘇生された者達だ。彼らはエクセレンの術式によって制御されており、無理無茶無謀な命令でも遂行するだろう。

 しかし、魔法を発動するための精神力までは、エクセレンでは制御しきれない。束縛できるのは行動だけで、無限に魔法を絞り出させることは出来ないのだ。


(大事なのは、納得することだよね)


 無理無茶無謀であっても、そこに納得があれば、心は奮い立つ。

 エクセレンに、勢いだけで彼らを奮い立たせる指揮官の資質はない。それは自分でもわかっていた。

 だから彼女に出来るのは、納得出来るだけの論理を組み立てることだ。


「撤退は考えず、前進のみを考えて。砦の門を開けられるだけの戦力が辿り着く、それが今回の最低目標だよ」

「……一旦後退して、立て直せば良いではありませんか?」


 元粛清隊の小隊長であるリィンが、作戦の提案と一緒に反論を挿しこんだ。

 無言ではあるが、他の4名のレブナントも大方同意見のようだ。

 後退はエクセレンも考えた。だがそれを出来ない理由があった。


「粛清隊が再び私達の"領土"を警戒しているかも、って情報があるんだ」


 リィンの前でそれを口にするのは難しい判断だったが、エクセレンはあえてその情報を打ち明けた。

 最近やってきた冒険者達から聞き出した情報だ。

 粛清隊が再び腐れ谷を浄化する、と。

 その前にめぼしい敵を倒して金を稼ごうと、普段より多くの冒険者が腐れ谷を訪れていたのも事実で、複数のパーティーから同じ噂を手に入れることもできた。


 猶予はない。

 これ以上戦力を飽和させることが出来ないというのも進軍を始めた理由だったが、タイムリミットもまた存在していたのだ。


 そして、今や粛清隊の敵となったレブナント達は、エクセレンの意図通りにその情報を受け入れた。

 今、この砦を落とさないと、粛清隊と真正面からぶつかることになる。

 エクセレンは「良いかな?」と話を続けた。


「浄化を受けたゾンビの末路を見たことがある人もこの中にはいると思うけど、あれは決して解放や神の奇跡なんかじゃないから。無理やりコアを燃焼させる攻撃魔法だよ」


 冒険者達のパーティーが、浄化でゾンビをなぎ払う光景を見たことがないものは居なかった。

 それは人間側だったときの記憶であったり、ゾンビ側の記憶であったり様々だったが、地上にいるレブナントと同じく、今ここで戦っているものは死を受け入れられなかった者達である。


 覚悟は決まった。

 後はどう行くかという方法だけ。


「拙者に策が有る」


 そう言ったのは、カイエンというヒゲの魔法使いだった。

 彼の提案を聞いたレブナント達は一様に不安そうな顔をしたが、リーダーのエクセレンは許可を出してしまった。

 彼女がレブナント達に納得しろと命じれば、彼らは考える間もなく納得させられてしまう。


 カイエンの指示通りに、レブナント達はV字に並んだ。Vの先端が砦の方を向くようにならび、エクセレンはその中央に待機する。

 残ったゾンビはVの字の先端の更に前と、エクセレンの周囲に配置して、準備は調った。


「せーのっ!」


 息を揃えて、誰もが使える初級魔法を全力で叫んだ。


「ソニック・バレット!!」


 空気の塊を放つだけのお手軽魔法が、やり過ぎなまでの暴風を撒き散らしながら地下水路を突き進んだ。

 彼らの生命を吸おうと近寄ってくる死霊も、命令を聞かないゾンビも、何もかもを一緒くたに巻き込んで―――。



◆◆◆



 地上で戦闘を見守っていたユーゴは幻聴を聞いたような気がしてハッと顔を上げた。


「サラ、今なにか悲鳴みたいなの聞こえなかったか?」

「特には。もしかして近くまで冒険者がはいりこんで」


 サラの懸念が言い切られる前に、「ズゥ……ン」という響くような低音が彼女の発言を遮った。


「……なに、いまのは?」


 恐らく、今までに聞いたことのない音だったんだろう。サラは正体不明の音に警戒しているが、ユーゴは似たような音を聞いたことがあった。

 前世にあった、解体工事用の巨大な鉄球。アレが衝突した時のような重たい振動と音だ。

 そんな事象が自然に発生するわけがない。


「エクセレンだ。そろそろ門が開くぞ」


 ユーゴがサラを引き連れて門に近づくと、金属がこすれあう甲高い音と一緒に鉄格子が引き上げられていった。


『突撃だ!!』


 前進命令を強く念じながら、ユーゴ自らも剣を引き抜いて突入する。

 自分が戦闘になって寄ってくる物質属を叩き壊しながら、敵が湧き出してくる出入口にゾンビを次々と投入させる。


『さぁ、中には美味い食い物(プラーナ)があるぞ!!』


 砦に一歩踏み込めば、そこには濃密な気配が満ちていた。

 数十年に渡って守られ、蓄え続けられたプラーナが満ち満ちている。

 ゾンビがプラーナを食らうために動く鎧に襲いかかる。槍で刺され、剣で斬られ、それでも彼らは止まらない。

 砦で死んだ者達の怨念が取り付いた鎧は、動く刀剣とは違って生前の技術を思わせる動きをした。だがそれはあくまでも一対一で発揮するものでしかなく、十重二十重のゾンビを退けるようなものではなかった。

 ゾンビは止まらない。一人が止まらずに進むのに続いて、二人三人と止められないゾンビが現れる。腕をとられ、足をすくわれ、鎧の隙間に顔をつっこまれてプラーナを吸われた兵士は、次々と動かなくなっていく。

 ゾンビ達は次なる獲物を探して、指示をしなくとも砦の中を進んでいった。


 一方で、ユーゴは門を巻き上げるための部屋へ急いだ。

 そういったものは、構造上門の上にある。階段を駆け上がってたどり着いた巻き上げ機のある部屋では、エクセレン・リィン・マリベルの三人が床に倒れていた。


「大丈夫か!?」

「だ、大丈夫です……情緒的に疲労を感じているだけですので……」


 一番最初に反応したのは、律儀で真面目なリィンだ。

 情緒的、ということはプラーナが関わる精神力ではなく、気疲れするような事が起きたということだろうか。


「他の三人はどうなった?」


 ユーゴが何故か土まみれのまま床にへたり込んでいるエクセレンを抱き起こす。

 彼女は若干腫らした赤い目をこすりながら、ちょっとだけしわがれた声で答えた。


「地下道でノビてる。死んじゃいないけど、落ち着いたら絶対改造してやる、あの不良品め……」


 まるでカラオケで喉を潰したみたいなガラガラの声で恨めしげにつぶやく彼女に、サラが詳細を説明するよう求めた。


「地下道で亡霊に包囲されかかったから、突破しようとしたんだけど、そしたらカイエンのバカが……」


 脱力していた気が戻ってきたのだろうか。怒りで声をつまらせたエクセレンの後をリィンが繋いだ。


「ソニック・バレットを使って突破致しました」

「確か空気の塊を打ち出す魔法だったよな。でもアレは霊体には効果が薄いんじゃないか?」

「攻撃のためではありません。彼は私達全員を包んだ空気の塊を発射したのです」


 その結果、彼女たちは死霊が追えないようなスピードで地下道を突っ切ることに成功したのだった。ただしそのスピードに追いつけなかったのは敵だけではなく、味方もまた周囲を認識できなかったらしい。


「壁が遠くに見えたと思ったら、あっという間に叩きつけられたんだよ!?前に居たカイエンとジーンとチコに空気のクッションを作らせなきゃ、私達全員挽き肉になるところだったよ!!」


 つまり、先ほどの衝撃の正体は、彼女たちで出来た砲弾の着弾音だったというわけだ。


「『終わりよければすべて良し』だな。まだ終わってないけど」


 全然良くない!と牙を剥いたエクセレンだったが、大一番がまだ残っているのは分かっていたのだろう。黙って立ち上がり、ユーゴの後ろをついていった。

 この砦のモンスターを従えているボスが居る限り、ユーゴ達はこの砦を自分の物にしたとはいえない。

 より強力なプラーナ・コアをもった存在が居るかぎり、この地のゾンビや物質属は、ユーゴの念を受け付けない。

 ユーゴ、サラ、エクセレン、リィン、マリベルの五人は装備を整えると、一際強いプラーナを感じた屋上へと向かった。

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