進軍開始
ユーゴ達がプラーナ回路を作り、本格的な攻砦戦の準備を始めて一ヶ月が経過した。
秋の始まりにユーゴがレブナントとして目覚めた時期から計算すると、合計で三ヶ月ほど。季節は冬を迎えようとしている。元の世界と異世界ではプラーナという存在に差があるものの、ほとんど同じ身体能力の人間が生きる世界なので、物理法則や惑星環境は似ているんだろな、とユーゴは深く考えずに異世界の暦を受け入れていた。
腐れ谷は土地の殆どが盆地であり北にあるラトナム山脈が日光を遮る。腐れ谷の冬の夜は早く、そして長い。人間が生きるには厳しい土地だが、ゾンビたちにとっては快適だ。なにせ涼しければ肉が腐りにくい。
日が暮れて活動を始めたゾンビ達を眺めながら、ユーゴは改めて戦略の絵図面を脳内に描く。
攻砦戦の支度は、ほぼ完璧だ。プラーナ回路によって目標としていたゾンビ500体のラインは無事超えていた。
しかも、これらのゾンビはそこらの死体が動き出すものよりも獰猛でしぶといゾンビ(改)だ。
そしてそれ以上に心強いのが、新たに蘇生させた10体のレブナント達である。
試行した回数は三倍を優に越えたが、レブナントとして生きてもいいという選択をしたのは10人だけだった。
これが多いのか、少ないのかは分からないが、ゾンビ500体に、レブナント12人(ユーゴとサラを含む)。そして生きた人間が1人。
これは現時点で揃えられる戦力の限界値だろうとユーゴは判断していた。
隠れ家にしている家屋の二階からゾンビ達を見下ろしていると、部屋の扉が控えめにノックされた。
「ユーゴ、いいかな?」
「エクセレンか。大丈夫だよ」
作戦開始を確認するために、わざわざ上がってきたのだろう。レブナントとして念話に慣れてくるとこういった顔を突き合わせるコミュニケーションはサボりがちだったが、生身の人間で魔法を発動させる必要のあるエクセレンは頻繁に顔を出していた。
現在サラは五名のレブナントを引き連れて、地上のゾンビを集めつつ東進しているはずだ。
500体ものゾンビを一処に隠せるはずもなく、成熟したゾンビは通常のゾンビと混ぜて地上に放牧している。これを回収しながら進み、地上から半数のゾンビで攻めつつ残り半数のレブナントとゾンビは地下水道から攻め込む。
相手が知性の無い物質属のモンスターだけに、作戦は単純だ。
問題は、戦力が足りるか、足りないか、である。
「作戦の前にちょっと気合を入れたくて。自分たちがこさえたゾンビを見ておこうかなーと」
ユーゴの返事を聞く前に窓際に立ったエクセレンは、目を閉じて耳を澄ませた。
目につく範囲に大した数はいないが、夜を迎えて動き出したゾンビ達のうめき声は、世にもおぞましいハーモニーを街中に響かせている。
(これを聞いて感動に震えるのは、エクセレンくらいだろうな……)
貪欲に砦を攻めさせるために、ゾンビ達はここ数日まともな餌を与えられていなかった。
プラーナに飢えたゾンビ達のうめき声に満足しているエクセレンの肩をもみほぐしながら、ユーゴは彼女に声をかけた。
「たった一ヶ月でここまで戦力を整える事が出来たのは、エクセレンのおかげだな。ありがとう」
「おやおや。レブナントの元になる冒険者を集めてきたのはサラだよー?怒るよー?」
「……そっちにも、後でしっかりお礼を言っておくことにする」
「うん、よろしい。ところでさ、ユーゴ」
たった五百ぽっちの兵隊で、満足?
その挑発的な問いに、ユーゴはニヤリと笑みを浮かべた。
いつもの笑みだ。
「あ、オッケー。それが見れたなら、言わなくてもいいよ」
エクセレンの唇もピンク色の三日月に歪む。
自分とそっくりだとは思いもせずに、いやらしい笑みだ、とユーゴは思った。
「それじゃ、明日の朝日は一緒に砦の上で楽しもうね!」
「あぁ。そっちもよろしく頼む」
軽く手を打ち合せて、ユーゴはエクセレンを見送った。
視界にプラーナを意識すれば、サラ達の引き連れた大集団が、少し離れた通りを通過している。
よしっ、と気合を入れなおして、ユーゴは剣をひっつかみ、出発した。
◆◆◆◆◆
攻城戦という言葉はゲームや歴史小説の中で何度も見聞きしていたユーゴだったが、改めて正面から乗り越えるべき建造物を見上げると、息を呑まざるをえなかった。
それほどまでに、人間より遥かに高い建物の威圧感は大きく、それを攻め落とすことの難しさを否が応にも思い知らされる心地だった。
「……やっぱ、思ったよりでかいな」
「そう感じるだけで、事前に調べたサイズからは変わってないわ。気後れなんてしてないわよね?」
「まさか」
先程の発言とは真逆で自信たっぷりだったが、それも虚勢ではない。
なぜならば、ユーゴは最前線から離れた丘の上から門を攻めるゾンビを見守っているだけだったからだ。
地上部隊の全戦力は、ユーゴとサラのハイ・レブナント二人。五人のレブナントと、250のゾンビだ。
そのゾンビのうちの半数が、砦の正門前へ詰めかけて腕を叩きつけているが、突破できる兆しは無い。砦の門は、木ではなく鉄の柱で作られていたからだ。
鉄格子のような形状なので、門の内側が見えるし、手を伸ばせば中に入るが、腐った肉を何度叩きつけても壊れるような代物ではない。
それでも、ゾンビ達を門に進ませることには意味があるとユーゴは考えていた。
プラーナを貯めこんだ物質属である動く刀剣が、手を伸ばしてくるゾンビを斬りつける。うかつにも近づきすぎた個体はゾンビに抑え込まれ、刀身にむしゃぶりつかれてプラーナを吸い出されていく。
損耗はゾンビの方が多かったけれど、ユーゴに焦りはない。
地上部隊は囮にすぎないのだ。
「エクセレン達、上手くやっているかしら」
「推測が正しければ地下水道は砦に繋がってるはずだ。エクセレンなら絶対に門を開いてくれるさ」
地上のゾンビが物質属を門に集中させている間に、地下から侵入して門を開ける。
この攻城戦の作戦は、言ってしまえばそれ一つだ。
「けど、打てる手がないわけじゃない」
思うに、サラはその一手を打つべきだと考えて助言したかったのかもしれない。
厳しいようで優しい彼女に内心で感謝しながら、ユーゴは後ろへ振り向いた。
そこに並んでいたのは、武装した5人のレブナント。
全員が顔をあげてユーゴに睨むような視線をたたきつけた。
「君たちの仕事は開門後のボス攻略だったが、この程度の反撃しか無いのならば、逆に損害を与えられるだろう」
彼ら五名は、冒険者から蘇生させたレブナントである。
つまり、彼らはゾンビにない"技能"を持っている。
地下に魔法を使えるレブナントを集中的に配置したため、地上に連れてきている5人のレブナントは近距離特化の戦士達だ。知能が存在しない物質属が相手なら、負傷せずに一方的に戦うことも出来るとユーゴは見込んでいた。
彼らの瞳の中には、当然、復讐の炎がある。
自分を殺した仇が目の前に居るのだから当然だ。だが、それ以上に彼らは生きることに貪欲だった。死ぬことを怖がっていたと言ってもいいが、ともあれ「ハイ・レブナント」に進化したいという欲望のガソリンで燃え上がっていた。
「この戦闘で敵のプラーナを大量に喰らえば、諸君らの何名かは、ハイ・レブナントに成れるはずだ。ボス攻略の支障にならない程度に、好きに暴れてこい」
ユーゴが許可を出すと、五人の戦士は我先にとゾンビの群れを押し分けて、門に張り付いた。
浮遊する剣をひっつかんで叩き折れば、他のものは動く鎧から奪った槍で鎧を穴だらけにして破壊している。
彼らが前線を押さえていれば、ゾンビの消耗はかなり防げるだろう。
エクセレン率いる地下部隊が順調に進軍しているのは、地下を移動するプラーナの流れで分かる。
どうやらあと少しの距離を詰められないでいるらしいが、なんとかしてあの砦の上に顔を出して、声を聞かせて欲しい。
頼んだぞ。
念話は飛ばさず、心のなかだけで信じて、ユーゴとサラはひたすらに待った。