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籠絡

 エクセレンの声に反応して、かろうじて残っていた死体の目蓋がピクピクと動き始めた。

 右しか残っていない死体の眼球がゆっくりと動き、まるで機械のカメラのように無軌道にグイグイと動き回る。

 その眼球も中に虫が住み着いて全く役に立たないのだが、レブナントは光ではなくプラーナを捉えて物を見ているから問題はないだろう。

 問題があるとすれば、彼女が目にしている光景。

 そしてその中で剣を持って己を見つめている男こそが問題だった。


『落ち着け』


 ユーゴはレブナントへ念話を送り、混乱する彼女の意識に呼びかける。

 エクセレンが何か細工をしたのだろう。ユーゴがそう呼びかけると、動き回っていた彼女の眼球の動きがピタリと止まっていた。


『俺の声が聴こえるか?』


 ユーゴが語りかけてもレブナントは反応を見せなかった。ユーゴのことを自分を殺した男だとは分かっていないようだったが、ともすれば意識すらない可能性もある。

 レブナントの作成に失敗したのかと思いつつ、根気強く語りかけていると、ようやくか細い念話が返ってきた。


『あなた、は?』


 成功だ!と後ろでエクセレンが飛び跳ねているが、ユーゴは無視した。


『俺の名はユーゴ。君は、自分の名前を覚えているか?』

『……リィン。そう、わたしは、リィン』

『そう。君は粛清隊のパーティーを率いていた小隊長だった』

『そうだけど、これは、いった、い……』


 言い淀んだ瞬間、リィンは体を跳ね起こして、ユーゴの首に貫手を突きこもうとした。

 しかし、先程まで腐りきっていた体がまともに動くはずがない。

 プラーナが体中に行き渡り、コアが意識する人間の形に肉体が整って、初めて死属は動けるようになる。

 体は半ばまで起き上がったが、支える力が足りずに棺へと戻っていく。

 呼びかけても返事がないので、ユーゴはエクセレンに指示を出した。


「エクセレン、彼女に考えていることを全部吐き出させろ」

「ラジャ」


 エクセレンが命令を復唱すると、リィンは動きを止めてうなだれた。


『くっ……。死属ごときが……。しかし、自害が許されぬ以上は……』

「そういえばあったわね、そんな教条。『自ら生命を絶った戦士は神の元を目指すことを諦める行いである』だったかしら」

「つまり自害は神聖教会の教えに反してる?」

「そういうことね」


 このリィンという僧侶は、己の状況を理解している。それでも信徒としての自覚は薄れない。

 素晴らしい意志力だった。彼女の高い戦闘能力は、これほどまでに強固な意志で育てられていたのだ。不安はあれど、その能力は惜しい人材である。

 ユーゴは彼女をどうやったら従えられるか考えた。

 エクセレンの言う死霊術の命令がどこまで、どれだけ効果を発揮するか分からない。永続すればいいが、保険は必要だ。

 つまり、彼女の心を折っておく。そのチャンスは恐らく覚醒したばかりで精神が不安定な今しかなかった。


『俺達は魔法使いを必要としている。そのためには元魔法使いの冒険者をレブナントとして蘇生するしかなかった』


 あまりにも直截(ちょくせつ)的な言い方に、リィンが反論する。


『随分と自分勝手だな、レブナントめ』

『人間だって同じさ。レブナントを作るくらいアンタらの教会でもやっていることだろう』

『そんなわけがあるか!』


 再びリィンの怒りが再燃し始めるが、教会という立場を彼女が強く自覚することはユーゴの狙い通りだった。


『言っている意味が分からないな。なぜ今のが君たちを侮辱したことになる?』

『死属は滅ぼすべき敵、それが教義だ。教会がレブナントを作っているなど、詭弁にも程がある』

『誤解があるようだが、君の言い分が正しかったとして、君はどうしたいんだ?』

『決まっている。私は信徒たりえない……殺せ!』


 彼女の心は決まってしまった、とサラは感じた。交渉失敗かと残念そうにため息をついたが、彼女と目線を合わせたユーゴはニヤリと口角を釣り上げた。

 その表情を見て、更に深い溜息をつかざるをえなかった。

 この顔をしたこの男は、また何か良からぬことを考えているに違いないのだ。

 彼女たちの予想通り、ユーゴはこのタイミングで爆弾を投げ込んだ。


『君は神に裏切られてなどいない』


 神を心の底から信仰しているからこそ、彼女は神を裏切った己を責めていたというのに、ユーゴはそんな彼女の信仰を根本から否定した。


『死属に落ちぶれたのですよ。いいから死なせなさい』

『まぁ落ち着けよ。死属でも神の御力を授かることは出来るんだ、なんで死属であることが、神を裏切ることになるんだ?』


 ユーゴの論法の筋が読めたエクセレンとサラは、眉を潜めた。

 ここから始まる拷問は、理屈で考え始めたら負けてしまう。


『なにを……?』


 ユーゴの罠に絡め取られてしまうのは、当然の結果だった。


『信徒以外には、神の声は聞こえない。御力は授かれない。そうだな?』

『そうだが、それがどうした?』


 相手の同意を取り、


『じゃあ唱えてみなよ「神よ、肉体に受けし汚れを直せ」だっけ?』

『違う。「神よ、肉体に受けし汚れを、有らぬ傷を受けし跡を正常なる祝福の元に治し給え 」だ……って、うああああああああ』


 正しい真言を含んだ祈りを捧げたリィンは、己の身を己で苛むことになった。

 塞がるはずの傷は煙をあげながらじゅうじゅうと溶ける。


『どうだ。神の御力は届かなかったか?』


 その言質を元にして相手を攻める。


『だが、私は死属だ』

『だが、君は信徒だ』

『矛盾している!』


 次第にエクセレンとサラは、リィンの反論を内心で応援していた。

 このまま意地汚いユーゴに籠絡されないで、と。


『していないさ。信徒であれば神聖魔法が使える。死属であっても神聖魔法が使える。なら、君は信徒だろう』


 ユーゴの放った三段論法は、あまりにも単純で雑な結論だった。だが、リィンは最後の一言に息を呑んでしまった。

 サラとエクセレンは続きを聞かずに、次のレブナントの蘇生に入った。


『ならばなぜ、死属は神聖魔法で傷を負う!それこそ神のご意思に背いているということではないのか!神の意志に背いた存在が信徒であるはずがない!』

『神聖魔法の結果と、魔法が使えるかどうかは別問題だろう?君こそ混同はやめなよ』


 このまま神聖魔法の効果を話し続けても、勢いを盛り返すかもしれない。

 そう懸念したユーゴは、最初に彼女が言った言葉を思い出していた。

 教会がレブナントを作る、と言ったのに、彼女はなんて返した?


『君を蘇生させたのは、神聖魔法じゃない。死霊術だ、と言ったら信じるかい?』

『バカを言うな。人間の魂をコアごと活性化させるのは、神聖魔法だけの神秘だ』

『だが、神聖魔法を失敗してもレブナントは生まれる』


 ユーゴの言葉を理解した時、リィンの心が止まった。

 しめた、という言葉の声が漏れていたが、リィンには聞こえなかった。


『そんな、ハズが……』

『あるのさ。ここにいるサラがまさしく生き証人だ。彼女は神聖魔法で蘇生を試みたが失敗し、レブナントになった。失敗事例はそのまま殺されるらしいから君が知らなくても仕方がない』


 物事の一つの側面を真実と言い切るのは危うい論理だ。

 だが、それは相手が冷静な時の場合の話だ。


『なら、神聖魔法とは、神の御力とはいったい』


 後はただ、ユーゴの言葉を受け入れ、納得させられる。

 彼の論法は筋が通っている。

 たとえそれが物事の一つの側面しかなぞっていなくても、理屈で物を考える人間は筋の通った理を受け入れてしまうものだ。


『神の御力を引き出す真言は、魔法と何が違う?魔法が発動した後の結果は、神の力とは関係ない、プラーナによって起こされる現象に過ぎない」

『だから、レブナントを生み出す結果で、神の御力は語れないと?』

『物分かりが良くて何よりだ……そんな君に、良いことを一つ教えてあげよう』


 木を隠すには森。

 嘘の木を交えながら、ユーゴは最後に真実の巨木を彼女に見せつけた。

 以前にサラとエクセレンから教えてもらった話だ。


『高位の神官は、みなレブナントの真実を知っているぞ』

『……』

『なぜ復活の秘術だけは高位神官のみで執り行われる?なぜ死体を運ぶ雑事ですら、階位の低い神官にやらせない?なぜ彼らがこの事実を隠していたと思う?』


 YESとNO以外の答えはいくらでもあるはずだが、ここまでに引かれた理論の延長線上にある答えが、ユーゴに植え付けられた答えが、彼女の内側から湧いてくる。

 自分で考えついてしまったことを否定出来る人間は、そうそう居ない。


 彼女は自分でその真実に辿り着いてしまった瞬間、認めてしまった。

 彼の言葉を。

 自分の存在を。

 そして自分のままで居られる言い訳を。


『真理を受け入れてなお神を信じる者のみが、高位の神官になれる。残念ながら、故郷の教会には戻れないだろう。だが、高位神官という地位は得られなくとも、神の信徒として信仰を磨くことは出来る』


 もはや、リィンから返事は無かった。

 彼女が自分の中で考えだした意見と同じことを聞かされているのだ。リィンはユーゴではなくリィン自身を信じているからこそ、ユーゴの発言を信用する。


『命を絶たずとも、君は君のまま、神の信徒として生き続けるといい』


 念話で伝えると同時に、ユーゴは棺に横たわったままのリィンに手を差し伸べる。

 弱々しくもリィンが手を握り返し、ユーゴは彼女にプラーナを流し込みながらその手を握り返した。


『プラーナを蓄えて俺と同じハイ・レブナントになれば、いずれ生前の……あぁ、今でも君の姿は覚えているよ。あの美しい銀髪。味方を統べた凛々しい声を、取り戻すことも出来るだろう。回復するまで数日は休んでいるといい。あの姿を早く取り戻せるよう、一緒に頑張ろう』


 ユーゴの言葉に頷くと、リィンは安堵を感じて意識を手放した。

 大仕事を終えたユーゴも息をゆっくりと吐き出す。


「よし。この調子でどんどん仲間を……」


 増やしていこうぜ、と言いかけたユーゴに、エクセレンとサラの視線が突き刺さった。


「……なに?」

「当たり前の反応だと思いますー」

「普段はあんな事言わないくせに、女の敵ね」


 まっとうな反論をさせてもらうだけの猶予も、ユーゴは与えられなかった。


「「まったく……悪い人ね」」


 異口同音に責められては、反撃の余地はない。

 二人の評価を渋々受け入れて、ユーゴは教会の長椅子に倒れこんだ。


 次の説得は、もう少し慎重に頑張ろう。味方にも配慮して。

 内心で決意して、ユーゴは二人の視線から顔を背けた。

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