Hello World
三日後、エクセレンによるプラーナ回路の建設が完了した。
一人では出歩けなかった彼女だが、幸運なことにガラハッドの棺には彼を葬送する際に宝石のついた財宝が入っていた。
その中からペンダントを選んで魔法を込め直した彼女は一人で出歩けるようになったので、寝る間も惜しんでゾンビと戯れつつプラーナサーキットを完成させたのだった。
「ほんとのことを言うとプラーナを独り占めしてたのはミイラ男が入っていた棺だったから、アレを倒したら勝手にプラーナが満ちたんだけど」
そう言いながらもエクセレンは三人で完成させた地下水路の地図に緑色の線を引き続け、二人にそれを披露した。
「というわけで、じゃーん!これが私の作ったプラーナ回路の全体図でっす!」
「なるほど、直列と並列、外部との結合。うまいもんだな」
「えへへ、どーもどーも」
素直に感心してユーゴが褒めると、エクセレンは頬をぽりぽりと掻いた。
魔法の素養がない、と自分からは関わらなかったサラも、ユーゴが手放しで褒めているからには価値があると判断した。
「お疲れ様、エクセレン」
「サラまで!ありがとー」
べったりとくっついて押し返されている様子を見ると、まるで前世の女子高生のようだなぁ、などとユーゴは呑気に見ていたのだが、実際彼女の作ったサーキットは存在しているだけで素晴らしい効果を上げていた。
ゾンビの数が目に見えて増えていたのだ。
しかもプラーナが濃いエリアで生まれたゾンビは強度も上がっていた。
多少冒険者に斬りつけられたところで動きを止めず襲いかかる獰猛さに、初めてゾンビ(改)を操った時は冒険者を瞬殺してしまったほどだ。
だが、それはすこしばかりやりすぎだった。
「他にも地下水路にプラーナを流し込めそうな場所はあるわね」
「それも考えたんですけど、あんまり目立つようにプラーナの流れを束ねちゃうと、敵の魔法使いにも見つかっちゃうかな~って」
「作ったゾンビを戦闘に参加させるのなら、必然的に敵に近い場所になるわね」
「あー、なるほど。ユーゴさんはどう思います?」
順にサラとエクセレンの発言だ。
サラならばさっさと決断するかと思っていたユーゴだったが、彼女が判断にまごついている原因についてはすぐに思い当たった。
以前、彼女に言われたことだ。
この世界では、戦術や戦略などの教育を受けている人間は貴族の一握りだけなのだと。
この回路を作ったことでゾンビの数は増え、養殖場と戦場を明確に区別する必要が出来た。
おかげで、現場指揮については経験豊富なサラも、戦略について決めあぐねることが増えていたのだろう。
サラについては相談もせずに任せっぱなしになっていたが、もしかしたらユーゴに隠していただけで負担は増えていたのかもしれない。
(……ちゃんと話し合って進める癖をつけないとだめだな)
なまじっか念話でどこにいても会話が出来るだけに、改まったコミュニケーションを疎かにしていたのだろう。
サラも、エクセレンも、対等な仲間だ。
だが、判断を頼られているのなら、しっかりと自分が動こうと決意して、ユーゴは緑の石を地図の上においていった。
淀みのない作業を最後まで見つめて、サラは怪訝に眉を潜めた。
「これだと、冒険者相手にはゾンビを出撃させにくいのだけど」
「俺たちの最終目標は、この砦を奪うことだ」
一足飛びに結論を先に口にして、ユーゴは赤い布を巻いて作った旗を、秘密基地の東に置いた。
それはユーゴ達の現在の目標地点である砦を示していた。
「冒険者が訪れやすい場所はある程度封鎖しよう。第一目標は東の砦で、そのために取るべき方針は蓄えたゾンビやプラーナ回路の損耗を避けることだ」
「地上の冒険者は今まで通りの戦力で捌くのね」
「もちろん冒険者の質が全体的に上がってきたり、粛清隊がくれば話は別だよ。だけど、そもそもそんな事態を避けるべきだと思う」
なるほど、と納得したサラが地図に×印を書き込んでいく。
封鎖する養殖場を決めたのだ。
方針さえ打ち出してしまえば、ユーゴが口を出さずともサラはしっかりと判断を下せた。
「そうなると、ここらへんからの流入量を増やして、ゾンビの生産量を上げる必要があるかな~」
「この規模でゾンビを生産し続ければ、一ヶ月後にどれくらいの戦力を蓄えられる?」
「……ざっと、500。ゾンビの発生速度より、死体を調達する速度を考えたほうがいいかも」
ユーゴがサラに視線を振ると、彼女は無言で頷いた。
「たぶん、それだけいれば砦を攻略できる」
「よし、それじゃこの計画で進めよう。生産したゾンビは地下水路の乾燥した隠し部屋とかにも押し込もう。地下においておけば、下から砦を攻めるのに使えるし」
出入口を破壊するポイントをメモして、サラは一足先に教会を出て行った。
ユーゴは死体を地下水路に運び込んでくる方法を考えなければ、と基地に戻ろうとしたが、エクセレンが動き出さないことに気がついた。
「何か気になることでもあるのか? 問題点は先に言ってくれたほうがいいぞ」
「いや、その……。レブナントを、増やせないかなって」
「ゾンビじゃなくて?」
確かにレブナントが増えれば戦力は飛躍的に増加する。
だが、レブナントを作ることがいかに難しいか、ユーゴはサラの体験談からよーく知っていた。
そして、ゾンビからレブナントを作ったとしても、"教育"のコストがかかるし、"制御"の必要もあるだろう。
元ゾンビで最初から知性を持っていたユーゴは、恐らくこの世に一人しかいない存在だ。本来のレブナントはゾンビ上がりの赤子のような存在か、人間の蘇生を失敗した場合にのみ生まれる。
前者を育成する時間もないし、後者が自分達の味方になってくれるとは思えない。
ユーゴが自分の考えをエクセレンに説明すると、彼女は首を横に振った。
「ユーゴは今まで、狙ってプラーナ・コアを壊したことはないよね?」
「あぁ。エクセレンが消散の魔法をやってのけるまで、考えたこともなかった」
「死霊術は、っていうか教会の蘇生術が、どうして死体を、しかも記憶をもったまま蘇生させられると思う?」
あ、と思わず声が出ていた。
「死ぬこととプラーナ・コアが壊れることは、イコールじゃないのか?」
「ほんとにユーゴは頭いいね。まぁ、そういうこと。死霊術には言いなりのレブナントを作る魔法もあるの。プラーナが満ちていないと使えないから、初めてやるんだけど」
半分は実験になるわけだが、戦力の大増強が可能だとエクセレンは訴えた。
特に、魔法使いの仲間が増えれば戦力は大きく伸びるはずである。
「それじゃ、プラーナの流れを操作するのは俺がやってくるから、エクセレンは使えそうな死体をそのへんから見繕ってくれ」
「プラーナの操作、できるようになったの?」
「見よう見まねだけど、エクセレンがやってるのを一日中見てるんだぜ。多分なんとかなるし、分からなくなったら念話で聞くよ」
それじゃ、と言い残してユーゴは部屋を出て行った。
「……やっぱりすごいなぁ」
エクセレンは思わず体の力が抜けそうになるのを気合でこらえた。
自分がどれだけ凄い速度で成長しているのか、ユーゴはまるで気づいていない。
負けてられない、と気合を入れなおして、エクセレンは死体を運ぶことにした。
◆◆◆
エクセレンは、ミイラ男と戦闘した地下の小聖堂にいくつかの死体を並べていた。当然だが、この地下水路はこの地下教会にプラーナを効率よく流し込むように作られていたのだ。
そしてそこに並べた死体の多くは、ユーゴとサラにとって見覚えのあるメンツだった。それもそのはず、それらの死体はユーゴとサラが実際に戦って倒してきた冒険者達の遺骸だったからだ。
「まぁ確かに、強かったやつらを埋めてたから、こいつらが蘇って言うことを聞くなら願ったり叶ったりだけど」
ぼやくユーゴを後押しするように、サラも苦言を重ねた。
「この女は粛清隊のリーダーだった女よ。とてもじゃないけど従えるのは難しいわ」
サラが見下ろした棺に入っている腐った肉塊は、粛清隊の部隊長を務めていたリィンのものだった。
腐敗が進み、もはや生前の人相が分からないほどに崩れていたが、魂が戻れば不思議なことに肉は人間の造形を維持するようになるので、まだ使いようはありそうだった。
エクセレン曰く、肉を整えてやればまだ使える、ということで更に昔に殺したマリベルという女魔法使いの死体なども用意されている。
「まぁ上手くレブナントを作れるかも分からないし、試してみようよ。死属になってるから神聖魔法は使えないし、二人ならなんとか対処出来るでしょ?」
「貴女ねぇ……はぁ、まぁいいわ。ユーゴがなんとかするでしょ」
サラが匙を投げてしまったので、仕方なくユーゴだけが剣を引き抜いて待機した。
「始めていい?」
「いつでもどうぞ」
「了解。魂をコアに固定させたら、後の説得はよろしくね~」
「……俺がやるのかよ」
いきなり説得を任されてしまったが、サラも目線を逸している。自分がやるしかないと理解して、ユーゴは剣を握る手に力を込めて気合を入れ直す。
なにより、女の子に悪役を任せてしまうのは情けない。アヴァンスを目指そうと言い出したのは自分なのだ、とユーゴは気持ちを引き締める。
無言で頷いたエクセレンは、死体の上の空気をかき混ぜるように両手で撹拌しつつ、詠唱を始めた。
『ねぇ、ユーゴ。たまに「ふひひ」とか聞こえてるだけど、失敗しないかしら』
『……まぁ、失敗しても損はない。好きにやらせよう。っていうか、やらせるしかない』
念話でもため息が聞こえそうなサラの気持ちはユーゴにもよくわかった。
プラーナについての扱いはエクセレンから盗んだが、死霊術そのものとなると、彼女にレクチャーしてもらうしかない。
いずれこれも教えてもらう必要はあるだろうが、今は見守るしか無かった。
成功しているのか、失敗しているのか、その判断をつけるのは難しいかと思っていたユーゴだったが、実のところその心配は無用だった。
ただでさえプラーナサーキットで集められた濃厚なプラーナが部屋を満たしていたのに、それらが徐々に死体へと吸い込まれていたからだ。
『これは、凄いな……』
『えぇ。これだけのプラーナがあれば、確かにゾンビではなくレブナントが生まれるはず』
改めて彼女の底力に驚いていた二人をよそに、エクセレンは背筋をピシャンと伸ばして心臓マッサージを始めた。
正確には、心臓部にあるプラーナ・コアに、周囲のプラーナを押し込んでいるのだ。
次第にエクセレンの動作に合わせて死体の四肢がピクンピクンと跳ね上がり始めた。
どれくらいそれを続けただろうか。
彼女は一際力強くプラーナをねじ込むと、深呼吸をしながらふらふらと立ち上がる。
ユーゴが後ろに立って彼女を支えると、エクセレンはハッキリとした声で命令した。
「起きなさい」