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心の扉、彼女の過去(下)

 自分たちがおかしいと気づいたのは、いつの頃だったか。

 エクセレンには同年代の友達が居なかった。

 外からやってきたはぐれ者の一家だ。教会の聖職者でもあり、村人達は自分たちと一線を引いて接していたとエクセレンは思う。


 教会と、その地下で行われていた不道徳な研究は、好き嫌いを覚えるよりも早くエクセレンの中に馴染んでいた。

 それが半社会的な行いなのだと気づいたのは、墓地を訪れて死者に語りかける老婆の姿を見かけた時だった。


 どうして、あの人は何もない墓に手を合わせるのだろう。

 旦那さんは、地下で元気にしているのに。




 変化が訪れたのは、エクセレンが読み書きを覚えたころだった。

 祖父が死に、母が死に。あっという間に一家は父とエクセレンだけになった。

 

「パパは大事に私を育ててくれたけど、ママの事をすっごく愛してました。普通なら、妻を失った悲しみに暮れるか、乗り越えて新しい日々を過ごしていくんでしょうけど、残念なことに父は死霊術師でした」


 これだけ言えば、ユーゴは察してくれるだろう、とエクセレンは視線を落とした。

 被せた厚布の向こうで、彼はどんな瞳をしているだろう。

 さっきのように真摯な目をしていて欲しい。同情はされてないと良いな。

 エクセレンは声の調子を変えずに話を続けた。


「周りの人たちからは、奥さんが亡くなったのに子育てを頑張っている良い父親だ、と言われてました。少女もそんなパパを誇らしく思っていました。

 一人で死体がいじれるようになっていたので、パパとは違う工房ももらって。

 でもある日、夜中にこっそり起き出した少女は、父が地下で作業を続けていることに気づいたのです」


 あぁ。今でも思い出せる。

 くぐもった呻き声。

 ジャラジャラと鳴る重い鎖の音。

 興奮する(パパ)の息遣い。

 胃の中身をひっくり返したくなるような甘い腐敗臭。


「扉を開けた先では、パパが蘇らせたママを相手に、その……まぁ子供ながらにイケないなと思うような事をしていたわけです」


 年頃の男性相手に両親がセックスしていた、と告げるのは流石に気恥ずかしくなって、エクセレンはあやふやな表現でぼかした。

 普段自分が暴走したときには歯牙にも掛けないのにおかしなものだが、自分の話じゃないからよねと納得して、なるべくその時の光景を思い出さないようにしながら話に戻る。


「ママは、レブナントではなくゾンビでした。プラーナの薄い土地に加えて、父には素質がありませんでした」


 蘇生に失敗した。

 すなわち、妻のプラーナ・コアは永遠に失われた。

 しっかりと現実を認識しながらなお、現実を受け入れられなかったパパの愛は捻くれたまま、ママの体へと向けられた。


「いっそ他の女に目を移すなりしてくれれば良かったのに、母の死体を捨てられないで、父はネクロマンス本来の秘術を目指して研究を始めてしまったんです」


 死んだ肉の壺で秘部を慰めていれば、体がおかしくなるのは当然の帰結だった。

 何十年も教会で研究されながらなお辿りつけなかった秘技の極地。

 パパが一人でたどり着けるわけがなかった。

 毒に侵され、それでもなおママの事を諦められなかったパパは逝ってしまった。


「結局、少女は自分一人で全ての後始末をつける必要がありました」


 教会関係者の表の仕事もしっかり習っていたので、父の葬儀は自分でしっかりと行った。

 パパとママを燃やした時にはさすがに悲しくて泣いてしまったけど、翌朝スッキリした私の中には、死霊術の秘境にたどり着きたいという願いがあった。


「血は争えないって諺を痛感しちゃったなぁ。私は正式な聖職者になるためと偽って村人からカンパでお金をもらい、冒険者として日銭を稼ぎながらついに腐れ谷を訪れ、悪いレブナントに捕まってしまったのです」


 めでたし、めでたし。



◆◆◆



 エクセレンは終始軽い言葉を意識していたが、だからこそ言葉の端々から色々な光景が簡単に想像できた。

 それでも、聞けて良かった、とユーゴは思った。

 だから彼は、身動きできぬままだったが彼女に感謝した。


「ありがとう、エクセレン」

「いえいえ。これでユーゴの信頼と愛を買えるなら安いもんよ」


 いや、愛は売ってない、と返そうとしたユーゴだったが、「ん?」と首をかしげた。


「なぁ。なんでエクセレンは家族と同じ趣味になっちまったんだ……?」

「え゛っ」


 明らかにマズった、という声を漏らしたエクセレンは、目線をさっと逸らした。

 ユーゴは自分が煙に巻かれていたのだとようやく気付き、彼女ををじっと睨む。


「うぅ……だってその、私だって興味はありましたけど、やっぱり怖いじゃないですかぁ。ちゃんとコントロールしたゾンビは言うこと聞くし?乱暴しないし?ちょーっと試してみようかな―って」

「……で、ハマったと」


 テヘヘ、と舌を出すが、全く可愛くなかった。声が完全に「デヘヘ」だった。

 仕草自体は似合っていて文句のつけようがないところがなお残念だったが、それを言っては始まらない。というか話が終わらない。

 

 苦笑いで彼女の趣味については忘れたことにしよう、と考えていると、エクセレンは懐から取り出した眼球をユーゴの体にはめ込んだ。

 そのままユーゴの頭を両手で挟んで仕上げの詠唱を始める。


 くっつけた肉に、プラーナの導線を繋げる死霊術の1つ。

 徐々にプラーナが肉に染み渡り、自分の体が拡張されていく感覚に、ユーゴは少しだけ背を震わせた。


「んっ、なっ、これは……キクな……」

「へー、気持ちいいんだ?」


 ゾンビは感想を語らない。既存の死霊術も一通りレブナントに実践してみたいなぁ、と内心で思いながらエクセレンは施術を続けた。


「よしっ、これで終わり。目は開ける?」


 エクセレンの声に応じて、右の目蓋を開く。

 徐々に視界に光が広がっていくが、その視界は白の光で染まっており、エクセレンの顔の右半分が見えなかった。

 もしかして、失敗か?

 不安になってエクセレンを睨むが、彼女がニヤニヤと笑っていることに気づいて、白の正体が分かった。


「やっぱり白髮は似合わないだろ……」

「白髪じゃなくって、ぎ・ん・ぱ・つ!黒と白のコントラストでカッコイイじゃーん!」

「いやいや。ない。これはない。中学生の妄想じゃあるまいし……」


 中二病の妄想よりも現実の身の上のほうがよほど奇特だということには気づかないふりをして抗議をするが、エクセレンはどこ吹く風で聞き入れない。

 むぅー、と頬をふくらませた彼女はグッと顔を近づけてユーゴの唇を強く噛んだ。


「んむっ!?」

「ふふーん」


 もしかしてまたプラーナを送り込むのか?と身構えたユーゴだったが、いつまでたってもその気配はない。

 純粋なキスだと気づくが、足まで絡めて抱きついてくるエクセレンはなかなか引き剥がせない。


『お前なあ!』

『今ので貸し借りなしってことで』


 削れた顔を整形してもらった時点でユーゴとしては精算が終わっていたので、内心では得をしたと思っていたのだが、雰囲気に浸る時間はなかった。


「エクセレン、そろそろ終わったかし、ら……」


 サラだ。なぜここに?そういえば状況を報告していたなぁ。

 抱きつかれてキスをされているユーゴは、バッチリと目を合わせたサラを見ながらぼんやりと諦めていた。

 サラは問答無用でナイフを握りしめ、エクセレンは楽しそうに舌を伸ばしはじめた。


 結局、ユーゴは二人の機嫌を取るために、この日一日を不毛な言い訳に費やすハメになるのだった。

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