心の扉、彼女の過去(上)
思いがけない強敵との戦闘を終えたが、ゆっくりしている時間は無かった。
なにせユーゴの頭はその四分の一が吹き飛んでいる。
事ここに至り、ユーゴは初めてとある考え事をしていた。つまり、自分の知性はどこにあるのかという考察だ。
脳が人体の装置として機能している以上、記憶は脳にあるはずだ。であれば、ユーゴという存在はここで消えてしまうのだろうか。
それはないだろうとユーゴは安心していた。なぜなら、今の体と前世の体は別だったからだ。
であるならば、魂と呼べるものだけではなく記憶そのものも、今のユーゴは脳に宿していないことになる。そうでなければ脳が腐っているレブナントが新しく物事を覚えられたり知性を発揮できることも説明できない。
ヒントになるのはプラーナ・コアの存在だろうなぁ、というところまで考えたのだが、そこから先を検証することは出来ない。
暇つぶしの思考が行き止まりに辿り着いたところで、ユーゴの体を点検していたエクセレンの作業が丁度終わっていた。
「まだ大丈夫そう、ユーゴ?」
「違和感は無いけど、直せそう?」
「もちろん。私のためについた傷だから」
いつものおどけた表情は引っ込めたまま、エクセレンは基地から持ち込んでいた鞄を開いた。
ユーゴは頭を固定されていたので中身を見ることは出来なかったが、それはむしろ幸運だった。彼女が鞄の中から取り出したのは、人間の頭部。
「それ、持ち運んでるの?」
「うん、顔がかわいそうなゾンビを見つけたら修理したいじゃん」
したくないじゃん。という反論は差し控えた。どうせ彼女の耳には届かない。
「それじゃ、割と真面目にキスさせてもらいますね」
「はっ、お、おい!?」
エクセレンはむりやりユーゴの唇を奪うと、口移しで暖かなプラーナをユーゴに送り込んだ。
「ユーゴは気づいてないかもだけど、プラーナが漏れ続けてる。呪詛じゃないから、これでユーゴが私の奴隷になったりはしないよ」
「良かった……なら、まぁ、医療行為でノーカンってことにしとく」
「あはっ、いつかカウントしてくれる気なんだ?」
むっとしたユーゴだったが、彼の返事を待たずにエクセレンは人間の頭部を切り崩していった。ユーゴの欠けた頭部にあてがう部品を作っていたのだが、どうやって作ったのかユーゴからは見えなかった。あえて目をつむっていたので、見なかっただけだが。
サラに重傷を負った旨と場所は念話で伝えたのだが、施術は止められないし、どうせやらなければならないことだ。
「まずは、患部を完全に削ります。ヤスリで」
「ヤスリか」
「痛覚は消してるんだからキニシナーイ」
いつの間にか体が動かなくなっていたので、手は挙げられなかった。
ユーゴはドリルの唸る歯医者を思い出しながら、彼女に頭を差し出した。
◆◆◆
治療はゴリゴリと進んだ。文字通りゴリゴリと音を立てて。
この世界の医療技術をユーゴは心配していたのだが、骨や肉の接合は魔法で行われるらしく、エクセレンがやっていたのはどちらかというと整形手術であった。神聖魔法をかけると死ぬので、ちょくせつ縫合した肉を回復させることはできないが、死霊術で似たようなことが出来るらしい。
「事後承諾だけど、この国だと黒髪黒目は珍しいから、吹き飛んだ頭の右半分は髪の色が変わっちゃうけど、我慢してね」
「見る人も居ないけど、さすがに白は派手じゃないか?」
「カッコイイから良いんじゃない?」
ユーゴは内心で「中二病」とか「ブラック・ジャック」などの単語を思い出していたが、そもそも周りにはファンタジーのような髪色があふれていた。
赤とか、緑とか、青とか。
その中なら黒と白くらい目立たないかと諦めて、代わりにユーゴは「なぁ」と口を開いた。
「作業している間、話を聞かせてくれないか」
「プラーナ回路のことですか?」
「いや、君の話を聞いてみたい」
きょとんとしたエクセレンは、手を動かしたまま興味なさげに答えた。
「前にお話した通りですよ。教会から追い出されても研究を続けていた家系の出自、ってぐらいしか、おもしろい話はないかなぁ」
「それはネクロマンサーの由来だろ。エクセレンが死体愛好家であることは繋がらなくないか?」
ピタッとエクセレンの指の動きが止まった。
一瞬だけ強く皮膚を引っ張られた気がするが、こちらは痛覚を意図的にシャットアウトしている。残念ながらエクセレンの抗議は届かない。
「鋭いなぁ。なんでその鋭さで私の愛情を読み取ってもらえないんですか?」
「読み取れてるから聞いてるんだろ。でもまぁ、それなら暇つぶしに俺の話を聞いてもらおうかな」
一方的に女の子に過去を聞くというのも失礼だったかと反省して、ユーゴは訥々と自分の身の上を話した。
と言っても、以前にサラに対して話したことを要領よくまとめて話すことが出来たので、そう長くはかからなかった。
サラと同じように、ユーゴが異世界の知識を持っているという点にエクセレンは目を輝かせていたが、ユーゴの前世では死霊術師は実在しなかったという話を聞いて残念そうに肩を落としていた。
話がこちらの世界に移ってきてからの話題に移り、サラと二人でハイ・レブナントに至ったところでユーゴの話は終了した。
エクセレンの施術はまだ続いていたはずだが、いつの間にか彼女の指が止まっていた。
「どうかしたのか?」
「い、いえ。べっつにー。っていうかそっちの話を聞いちゃったら、仲間としては私も話さないといけないじゃない」
拗ねたように言い返してくるが、別に仲間だからといって全てを打ち明けなくても良いというのは彼女も分かっているのだろう。
ちょっとずるい気はしたが、彼女が話してくれる気になったのなら、ぜひ聞いてみたいとユーゴは思った。
「面白い話はできないんで、期待しないでね?」
本当は、ここまで話すつもりはなかったんだけど、という前置きから彼女の話は始まった。
ネクロフィリアなネクロマンサーであるというネタを知った時以上に驚かれることはないだろう。
エクセレンは縫合を続けながら、感情を出来る限り排除しつつ、身の上を語り始めた。