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地下教会の守護者(下)

『聞こえますか、ユーゴさん』

『聞こえるけど、どうして生きてるエクセレンが念話を使えるんだ?』

『ゾンビに命令を聴かせる魔法の応用です。今思いつきました』


 天才か、と呆れかけたユーゴに容赦なく遠当てが襲いかかる。

 ミイラ男はユーゴの力量を見破ったのか、地面に叩きつけるような大ぶりではなく、軽く左右に剣を振って、小刻みに遠当てを放つようになっていた。

 読み合いの速度が加速して、敵の剣の軌道を回避したり、勘で体を守ることが増えてきた。


『で、何か用!?』

『そのミイラ男を倒せる魔法があります』

『俺に使ったアレか?』

『そうです、アレです』


 プラーナコアをバラバラに砕かれたあの魔法の恐ろしさは、文字通りユーゴの骨身に染みていた。

 確かにあれなら勝てるだろう。

 だが。


『ペンダントはもう壊れただろ?』

『あれは自分で魔法を込めただけです。時間を稼いでくれれば、直接魔法を発動させます』


 なるほど、あの時ペンダントを壊したのは、詠唱をカットするための緊急手段だったのか。

 つまり彼女は、自分で魔法を唱える以外の事前策を用意しておいて、いざというときにはその切札を切ることを即断したということだ。

 思っていた以上に判断力・思考力が高い。

 ユーゴは彼女の能力に感心し、同時にその判断力に任せてみても良いだろうと即断した。


『ユーゴさん、私の事、信よ……』

『任せる。タイミングはそっちで合わせてくれよ。それと』


 元々、これが終われば仲間として正式に胸襟を開こうと考えていたのだ。

 少しばかり仲間に身をあずけるのが早くなっても問題ないだろう。


『敬語は要らない。ユーゴでいい』

『うん!分かったよ、ユーゴ!』


 敬語をとっぱらうと、なおさらイキイキしているようだった。

 彼女が気負いなく全力を出してくれるならばよかった。一瞬にやりと笑って、ユーゴは全速力でダッシュをかけた。


 彼我の距離は最初の五メートルから、やや離れて七メートル。

 ダッシュの間合いで換算すると約五歩だ。

 エクセレンにコアを砕かれた時と同じように集中力が増し、体感時間が引き伸ばされる中、ユーゴは敵の剣だけに集中して駆けた。


「行っくぜぇ!!」

『死にに来い!!』


 ユーゴが大声で叫びながら、右足で一歩を駆け出す。決死の行動だが、剣を振ることが出来ないほどに上半身を低くしながらの踏み込みに、ミイラ男の手が一瞬止まる。

 敵の決死の"攻撃"が、どこから飛んで来るのか予想できなかったからだ。

 迷った一瞬でユーゴが二歩目を踏み抜いて接近する。姿勢は相変わらず攻撃の気配を持たない。


『特攻か!』


 ユーゴがひたすらに接近することだけを考えていることを見抜いたミイラ男は、舌打ちをしながら斜めに大きく剣を振り抜いた。

 ここが勝負の分かれ目だった。今までの攻撃モーションと、防御のリズムから、勘で剣を振りぬいた。重い空気の淀みと衝突する感覚に、剣をもった右腕の肩が外れた。

 しかし、無傷だ。四歩目。

 その一歩を踏み込んだユーゴは、左手に持ち替えた剣を盾にした。


『日和ったか、小僧!』


 カカカと笑いながら、ミイラ男が先ほどと同じように斬撃を放つ。利き腕で相打ちが精一杯だったので。利き腕ではない左で同じ威力を防げるはずがなかった。

 予想通り、斬撃を受けたユーゴが後ろに弾き飛ばされる。その姿を見てミイラ男は呼吸も出来ないのに息を飲んだ。ユーゴの姿勢は片足立ち。初めから弾き飛ばされる前提で攻撃を受けていた。

 吹き飛ばされながら、ユーゴは床に転がっていた椅子をミイラに向かって蹴りあげる。


 そして、5歩目をエクセレンが踏み込んだ。


「食らいなさい、『消散』ッ!!」

 

 ユーゴと歩調を合わせた完璧な一撃だった。

 飛び出したエクセレンが両手をミイラ男の背中に当てて叫ぶ。

 プラーナを視る目で捉えれば、虹色に輝いていた浄化の神聖魔法とは真逆の漆黒が、彼女の手からミイラ男に染み渡るのが見えた。

 振り向こうとしたミイラ男の動きが緩慢になり、全身が震えだす。


『な、ん、だ、コレは、ッ!!』


 自分が消滅していく感覚など、体験したことがある人間はいないだろう。

 正体が分からないのも無理はない。

 しかし自身が死に向かっている恐怖は、否応なしに襲い掛かってくるのだろう。

 ミイラ男の念話は恐怖で弱くなったり強くなったりを繰り返していた。


『ふざ、ふざ、ふざけるな!!神の領域を侵す禁術に、わ、わ、私がああああ!!』

「残念ですけど、これは教会が作り上げた禁術なんで、諦めてくれませんか?」


 術が無事に発動して、エクセレンが減らず口を叩く。

 それは明確な油断だった。

 片足立ちで遠当てを受けたせいで遠ざかっていた距離を埋めるようにユーゴは猛ダッシュを始めたが、時既に遅し。

 ミイラ男はガクガクと震えながら、再び剣を上段に掲げ、エクセレンに振り下ろした。


「例え死すとも!」


 エクセレンは悲鳴をあげて固まる。

 振り下ろされる剣が引き起こす一瞬先の未来まで見えたと錯覚するほど濃密な一秒。

 エクセレンの放った黒い光に敵の体が覆われ、その中から僅かに溢れ出した緑の光が、腕を伝って剣に伸びていく。

 そう、ユーゴは見た。

 ミイラ男がどのようにプラーナを扱い、遠当てを放っているのかを。

 この世界に来てから、早二ヶ月。

 あらゆる冒険者の技と術を見て盗んできたユーゴは、言語で整理する前に直感で理解していた。


 ミイラ男の動きをトレースするように剣へプラーナを貯める。

 利き腕じゃなくても大丈夫。力いっぱい振り抜く必要もない。


「おおあぁっ!」


 大上段に構えた剣よりも僅かに早く、ユーゴが剣を振り抜くほうが早かった。

 剣を振り上げた姿勢のまま、ミイラ男の片腕が吹き飛ぶ。


「やったぁ!」


 エクセレンの歓声に、舌打ちが答える。鳴らしたのはユーゴだった。

 ミイラ男は空中で取り落とした剣を逆の腕で掴み、振り下ろした。


「あっちゃぁ……」


 やってしまった。ぬかった。死ぬ。

 諦観に満ちたまま振り下ろされる剣の切っ先を見ていたエクセレンだったが、グンッとその切っ先が遠ざかる。

 エクセレンの視界を赤い血が染めた。それが自分の血でないことはすぐに分かった。自分を抱きとめて押し倒してくれた、彼の血だ。

 胸元を見下ろせば、ユーゴの頭の右半分が消し飛び、血が溢れ出していた。


 胸糞悪そうに、しかしどこか清々とした様子で、ミイラ男は呟いた。


『フン。敵ながら……』


 最後まで言い切ることなく、ミイラ男は糸を切られた操り人形のように床へと倒れた。

 先程まで全身を覆っていた黒い光も既に消え去っている。

 完全に逝ったことを確認して、ユーゴも床に座り込み、壁にもたれかかった。


 エクセレンが慌てて駆け寄り、ユーゴの頭部から溢れ出す血を抑えようと死霊術をかけ始める。


「ユーゴ、なんで?」

『仲間の命を守るために体を張るのが前衛だろ。ましてや取替えの効く体なんだからさ』

「だからって、頭を切られるのは怖いんじゃ」

『あー。剣で斬られるより、よっぽど怖いものが頭にぶつかってきた事があってさぁ』


 エクセレンがはてなマークを頭上に飛ばしている様子がかわいらしかったので、ユーゴは思わず笑い声をあげてしまった。

 おかげで割れた頭蓋骨から血がこぼれ、エクセレンに怒られるはめになった。


「治療するから、動かないで!あと……その、ありがとう、ユーゴ」


 感謝の言葉を口にするのが、数年ぶりだったというのは後で聞いた話だ。

 だが、今度はたどたどしい感謝の言葉を笑うことはせず、どういたしまして、と彼は受け取った。

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