地下教会の守護者(上)
二人の眼前に広がったのは部屋というサイズを超えた、長方形の巨大なホールだ。
奥行きは30メートル、幅は10メートルほどもある。
この施設がなんのために作られたのかは、部屋の形と、奥に作られた像を見れば一目瞭然だった。
部屋の中央奥には十字矛の紋章付きの鎧を着た、剣を天に掲げる戦士の石像が佇んでいる。
「随分と立派な石像だな。これが何か分かるか?」
「えっ、ご存知ない?」
まるで痴呆老人を前にしたかのようなエクセレンの反応に傷ついたが、残念ながらユーゴが異世界からやってきたという事実を彼女は知らない。
ゾンビ上がりだから人間の社会常識がないんだと誤魔化すとエクセレンは納得したようで、彼女はそれが神聖教会の崇める神を描いたものだと言った。
「へぇ、神様が鎧をまとって戦ったのか?」
「神聖教会が崇めている神様は、この世界を作ったという神話の神様ではないんですよ」
「そうなのか?」
「悪神によって世界が荒らされた時、世界を作った神の救いはありませんでした。そんなときに現れて悪神を打ち払ったのが救世主であり、神聖協会が神と讃えている戦士だったんです」
世界を作った全能の存在は否定しない。
しかし人間の道徳の象徴として崇めるべきはその存在ではなく、人間を救った救世主。
その思想のもとで、救世主の尊んだ物事を善性であると定め、世に広く普及したのが神聖教会なのだそうだ。
「神聖教会が執拗にゾンビ狩りをするのは、救世主が特に死属の打倒を目指していたことに由来するそうです」
「なるほどね……。で、なんでその救世主の石像がこんなところにあるんだろうな」
「ここの真上が教会だったり?」
「教会はあるが、ここからはもっと西だ」
粛清隊を襲うためのネズミを潜ませるために教会の地下は調べたことがあったが、こんな地下室は無かった。実際に地図を調べてもかなり距離が離れている。
「とりあえず部屋を調べるか。何がプラーナを引き寄せてるのかも調べないとな」
「そうですねぇ。プラーナが溜まりすぎて、見ようとしても部屋は緑だらけで何も分かりませんし」
彼女が隠れていた家屋がまったく隠蔽されていなかったことからも、エクセレンが探索作業を苦手としていることは明らかだったので、探索はユーゴ一人が行うことにした。
とはいえ、寂れた地下教会には探索すべきものがほとんどなかった。壁面に固定された棺はほとんどが空で、蓋がしまっているものも中身は骨だけだった。
めぼしいものが見つからなかったユーゴが石像に目を向けると、掲げられている剣に嵌めこまれた宝石が松明の光を反射して小さく光った。
罠がないことを確認して宝石に手を伸ばしたその時、部屋のどこからか低い男の声が響き渡った。
『貴様は、悪神に連なる者か』
「悪神?」
『質問に答えよ。貴様は救世主様に従う者か、それとも悪神に従う者か』
嘘をついても良かったが、上から目線の物言いにカチンと来て、ユーゴは思わず言い返した。
「どっちでもねぇよ。俺は無神教の国で育ったんでな。神様に頭を下げたりなんかしないね」
『……見逃してやっても良かったが、救世主様に唾を吐きかけるようであれば、許すわけにはいかぬ』
生前のユーゴの実家は無宗教だった。神聖教会とは相容れない死属なのでサラからこちらの宗教に勧誘されてもいない。ユーゴからすれば実在した人物だろうが、非実在の神だろうが、いずれにせよ宗教的に何かを信奉するという感覚自体が存在しない。もっと言ってしまえばそんなものは眉唾モノだとすら思っている。
ユーゴからすれば宗派を問われることは全く重要ではない。それどころか押し付けがましいのであれば、牙を向いてやろうというのがユーゴのスタンスだ。
争いは必然だった。
すぐさま腰の剣を抜いて、ユーゴは身構える。
「どうせ教会お得意の力づくで屈服させるつもりなんだろう?捻ってやるからさっさとかかって来いよ」
ユーゴが挑発すると、壁に埋め込まれた棺の1つが、内側から勢いよく開いた。
中に入っていたのは、全身に包帯を巻いたミイラである。
ミイラはゆっくりと地面に足を伸ばすと、棺に納められていた剣を手にとって体をほぐす。
「ミイラってことは、あんたも死属じゃねーか。良いのかよ、教会の使いがそんなんで」
『……我はかつて、救世主様が逃れられた後、この土地を荒らすものを退けるために残ったのだ。我は生きながらにして聖骸となる処置を受け、神聖な任務の元にここに在る』
「侮辱するなって言いたいのね。自分だけは特別だ、なんて子供の言い分だ。恥ずかしくねーのか?」
『黙れ!!』
ミイラ男が剣を大きく振り上げた。
ユーゴは彼我の距離を測る。5メートル以上、剣が届く距離ではないが、ユーゴは相手の勢いに気圧されて防御の構えを取ってしまう。
だが、それが幸いした。
ミイラ男が地面に剣を叩きつけた、と思った瞬間、相手に向けていた剣の腹に硬い何かが衝突したのだ。
『聖遺物としての力が失われているとはいえ、我が剣をよくぞ防いだ』
「これは、"遠当て"か?」
『……ほう、今のを見破るかよ』
遠当てという言葉がプラーナを介して相手にどう伝わったかは不明だが、ユーゴは今の攻撃を魔法ではなく物理的な現象と判断し、その名称として遠当てという単語を使った。相手がそれに納得しているのなら、名前はともかく原理は当たっているのだろう。
つまり、放たれた衝撃波は魔法ではなく剣技によるものだということだ。
驚きが半分、そしてファンタジーならば当然だという納得が半分だった。
緊張と驚愕で心臓はどくどくと脈打っているが、レブナントであるユーゴにとっては「全身にプラーナがよく回る」状態になったに過ぎない。
肉体の準備は良し。
あとは心を整えて落ち着くだけの時間を作るだけだ。
「遠当ての技術なんてのは腐るほどあるだろう」
マンガやゲームの話だけど、と思いながら、遠距離系攻撃技を色々と思い出して口にした。
魔○剣、空○斬、飛○剣、その他特撮モノの必殺剣多数。
前世知識に押されて敵が萎縮してくれればいいんだけど、という目論見もあったが、結果は芳しくなく、むしろミイラ男の口元の包帯が歪んでいた。
『どうやら知見は十分なようだ。が、しかし。貴様自身の武術の腕前はどうかな!!』
もちろん、ユーゴには"遠当て"など出来ない。
剣の扱いはまともになってきていたが、剣術と言えるほどの腕前でもない。
(正面から戦っちゃ、勝てない)
どうやって戦おうか、そう思って思考を巡らせている間に、ミイラ男は再び剣を振り上げていた。
無言のまま、剣が振り下ろされる。
振りぬかれた軌道に見えない線を空想し、それと交錯するように剣を突き出す。
音もなく剣が何か重いものに殴られ、尻もちをつきそうになるのを必死でこらえた。
(全力でふんばらなければ転ばされる……!)
そうなれば、次の一撃で確実に殺されるだろう。
なんとかして反撃に移りたいユーゴだったが、前に進むことすら一苦労だった。敵の攻撃は見えないので、攻撃が来る軌道は予測できても当たるタイミングが全く分からないのだ。しかも距離をつめれば遠当てが届くまでの時間も短くなる。
今の距離で防御するのが精一杯のユーゴに、前に出る力量はなかった。
それならば、どうやってこのミイラを倒すのか。
そのきっかけを探したユーゴは、物陰に隠れて動き出したエクセレンの姿を捉えた。