プラーナサーキット
エクセレンが加入して数日が経過した。
死霊術は実際に見せてもらったが、素晴らしいものだった。
プラーナを操り、死体に封じ込める。
長い前準備と呪文を必要としたが、早くても数日は放置しないと起き上がらない死体があっという間に一つ完成したときには、ユーゴもサラも感動の声をあげたものだ。
しかし、問題が2つあった。
一つは、いかんせんそれを生産できる死霊術師が一人では効率が悪いということ。
そしてもう一つは、前準備として大量のプラーナを彼女が手元に用意する必要があったということだ。
特に後者の問題が原因で、一日に作れるゾンビは数体が限度だった。
何か大量にゾンビを生産する方法はないだろうか。
まずはそれを検討して結果を出してくれ。
それがユーゴ達の出した要求だ。
この小さな街区に留まって、何十年も同じことをするだけなら死霊術師は必要ない。あくまでもここから先に進むために、エクセレンが必要なのだから。
厳しい要求かと思ったものの、当のエクセレンは
「大量のゾンビを作れるのなら喜んで!」
と本当に喜んでこの仕事にあたった。
それから数日。ユーゴ達の隠れ家で冒険者の遺骸や遺品や街の地図など、色々なものに目をつけていたエクセレンがついにユーゴとサラを呼び出した。
さて、何か解決の兆しが見えたのかと呼び出されたユーゴとサラは、彼女が机の上に広げた巨大な地図を見せられていた。
「ユーゴさん、この地下水路はすごい発見かもですよ!」
「そうなのか?」
それは、現在利用している秘密基地の地下からも降りられる、地下水路の地図だ。未完成の地図だが、冒険者に奪われるよりはマシだということで、秘密基地に回収してきたものだった。
この街は西の国から流れ込んでくる巨大な川の畔に作られており、死体もそれに乗って流れてくる。
しかし、神河は対岸が別の島に見えるほど巨大だ。当然、川そのものの近くに街を作っては危険なので、水を引くために水路が作られた。
街の主要拠点を繋ぐ作りにもなっていたので、奇襲にも便利な設計だと思っていたのだが、実はその設計は妥当どころではなかったらしい。
「良いですか?この水路は水だけではなくて、神河からプラーナも引っ張ってきてるんです。だから、プラーナ効率が最も高いのは実は水路のこの辺りなんですよ」
そう言ってエクセレンはオレンジの髪を揺らしながら、どんどん地図の上に赤く塗った石を置いていった。
……あの塗料はなんだろう。血だろうか。
ユーゴの疑問には気づかず、エクセレンは赤い石を置き終わった。
それらのほとんどは水路が交錯するポイント、特に合流して大きな支流が出来るポイントに置かれていた。
「ここが一番ゾンビを作りやすい場所だってことか?」
「そうですね、プラーナの供給量という意味ではそうなります」
快活に話すエクセレンにしては回りくどい言い回しだった。
それに気づいてか気づかいでか、サラがツッコむ。
「……だけど、水場の近くでは死体は腐りやすいわ。水に浸かりすぎた死体は立ち上がれないほど脆弱で、ゾンビに出来ないものも多い」
「そうなんですよ!真っ白に血の抜けた水死体ってのも興味深いんですが、サラさんの仰る通りです!だからこのプラーナを地上で利用したいんですよ」
エクセレンは地下水路の地図の上に、地上の建造物を示す黒い石を置いていった。
……やっぱり、これって血で塗ったんじゃあ。
ユーゴがじっと石を見つめていると、エクセレンがそれを下から覗き込んだ。
「ふふふっ、さすがユーゴさんです。もしかして、気付きましたか?」
「えっ?」
全くもって勘違いだった。
だが、サラの方を見ると感心したようにこちらを見ていたので、「違うよ」と訂正する一言を発するタイミングを逸してしまった。
気付く、ということは何らかの意図は確かにあるのだろう。
地上の建造物を示す石を見つめて、1つずつ、それらに該当するものを思い出す。
街区で一番大きな館。鐘を打ち鳴らす鐘楼。商店街の中心地。
女性二人に訝しまれる前に、ユーゴはなんとか正解を閃いた。
「この石の地点、実際のプラーナは濃くも無いし、プラーナの流れも無いよな?」
「そうです!きっと本来は濃いはずのこの地点にプラーナが供給されてないんですよ!」
きっと、という言葉をユーゴもサラも聞き逃さなかったのだが、理屈に筋は通っているのであえてスルーした。
「つまり、地下水路のプラーナの流れを整えれば、地上に高効率の養殖場が作れるのか」
「はい、大正解でーす!」
自分の理論を理解してもらえて嬉しかったエクセレンは、ぱんぱかぱーんとはしゃいでいた。
ずっと異端扱いをされていた彼女は、研究熱心な反面、それを誰かと共有できたことが滅多に無かったのだろう。
サラは呆れた顔をしていたが、ユーゴはなんとなくエクセレンの心境も分かっていたので彼女が落ち着くまで待った。
「で、この計画を成功させるためにはどうすればいいんだ?」
「たぶん、プラーナの回路を邪魔している障害物があると思うんですよ。地下水路全ての機能を取り戻させるのはおそらく難しいので、まずは最新の地下水路の地図が欲しいです。あとはそこから、有効なプラーナの通り道を考えてみます」
「そうだな。この建造物のほとんどは目立つから冒険者達もねぐらにしているし、出来ればひと目につかないところにプラーナを集中させたい」
「……では、手分けして地図を作りに行きましょうか」
言うが早いか、地図を作るための準備を整えたサラは一人で出ていこうとしてしまう。
「おいおい、一人で行くのか?」
「私は元偵察兵よ?一人でも十分。どうせ組むならあなた達二人で組んだ方がいいわ」
言外にエクセレンの面倒を見させようという魂胆が見え透いていたのだが、ユーゴもハイテンションな彼女を受け入れるのはちょっと遠慮したかった。なにせ異世界にきてから数ヶ月、落ち着いたサラとしかコミュニケーションを取っていない。
いきなりエクセレンのテンションを取り戻せるかというと……そこはかとなく不安であった。
「俺だって地図作成の経験はある。なにせ前世じゃ"マッパー"と呼ばれるくらい地図を作るのが好きだった男だ」
「「……いや、それはちょっと」」
ゲームの話だったが、異口同音で非難を受けて、少しだけ凹む。
「というか、地図を書けなくても障害物くらい見つけられるだろ。三人バラバラに行動したほうがいいんじゃないか?」
「あのー、それなんですけど、出来れば私は一人にしないでほしいかな~、なんて……」
急にエクセレンが弱気になったので、怪訝な目をして二人で睨んでしまう。
当の彼女は胸元から壊れたペンダントを取り出すと照れたように笑った。
「えへへ、実はですね。ここ数日ペンダントに込めた死霊術が上手く働いてなくてですね。ユーゴさんに魔法を使った時に、込めていた魔法が壊れてしまったと思うんです」
「つまり、今の君は一人でいるとゾンビに襲われるってことか?」
「襲われちゃうってことですね」
それは困る。
プラーナ回路を妨げている障害物を除去したり発見したとしても、エクセレンが居なければプラーナの流れは改善できないからだ。
「決まりね。それじゃ日が落ちるころには戻ってきて合流しましょ」
サラがさっさと秘密基地の地下から水路へと降りてしまったので、ユーゴは取り残されてしまった。
こうなっては仕方がない。エクセレンがゾンビに襲われないよう気をつけながら、探索をするしかないだろう。
「すいません、ご迷惑を」
「とりあえず代えのペンダントを見つけられるまでは、仕方ないだろう」
サラ一人だけに探索を任せる訳にもいかない。
申し訳ないと思っているなら、水路探索で結果を出してもらえばいい。
二人はサラを見習って手早く準備をしてから、水路へと降りていった。
◆◆◆
自分で言うだけあって、ユーゴのマッピングは非常に精密だった。
徒歩での測距(つまり歩幅と歩数で距離を測る)ということで多少精度は落ちていたが、くまなく地下水路を歩いてみると思った以上の発見がいくつもあった。
もともとの地形に合わせてか下りになっている場所や、その先が地上の井戸につながっていたり。
地上への出入口が見つかり、そこからゾンビを出撃させられそうだったり。
砦へ続く方角には大量の死霊が縄張りを作っていて、地下からの進軍は難しそうであったり。
水場ということでユーゴとサラも避けていた地下水路だったが、思った以上に戦略的な価値がありそうだとウキウキしながら地図を作っていった。
なにせ、ところどころに浮いている死体のおかげで臭いがひどい。
エクセレンが嬉しそうな顔で深呼吸するものだからいい匂いがするのかと思って鼻にプラーナを通し、同じように息を吸ってみたところ筆舌に尽くしがたい腐敗臭でレブナントなのにむせこんでしまったほどだ。
ここなら冒険者も寄り付かないし、プラーナ回路以外にも利用方法がありそうだった。
そして、エクセレンの貢献のほどはどうかといえば、非常に優秀だった。
彼女はプラーナの流れが細かく分かれているのを見つけると一つに束ねるなど、ユーゴが気づかないような細かいプラーナについて逐一気付き、対処を行っていた。
大したことはしていないように見えたが、回数を重ねると地下水路に満ちるプラーナは見違えるほどに濃くなっていった。
大掛かりに地下水路を整理しなくても、彼女の工夫を積み重ねれば十分な回路が出来るのではないかと思ってしまうほどに、彼女の魔法は成果を出していた。
「……すごいな、これならそう遠くないうちに東の砦を落とせそうだ」
「あぁ、あそこですかー。凄いですよね、とんでもない量のプラーナが流れ込んでますし」
砦を攻略するという話はエクセレンにはしていなかったが、彼女は彼女なりの視点であの砦の重要性に気づいていたようだ。
この計画が成功したら、もっと彼女と話をしないといけない。
そんな他所事を考えながら歩いていたユーゴだったが、ふと顔をあげると急に立ち止まった。
後ろから歩いていたエクセレンがぶつかって尻もちをついたが、ユーゴは何一つフォローをしないし、声もかけなかった。
「いたた……ひどくないですか、ユーゴさん?」
「エクセレン」
「はい?」
「あれが見えるか」
ユーゴが指差したのは、小さな脇道だった。
扉もない。水路も繋がっていない、単純な作業員用の小路。
パッと見るだけでは何の特徴もないその通路の入口だったが、視るべき見方をすると、そこには恐るべき光景が広がっていた。
「うっそ、なにこのプラーナの流入量……。おかしいよ」
「だよな。おそらく水路の回路を妨害していたのも……」
崩落などで水路が機能していない、というわけではなさそうだった。
エクセレンが支流をまとめてプラーナの流れを太くしなければ見落としてしまうような、小さな変化だった。
「でかしたぞ、エクセレン」
言いながらユーゴが進もうとすると、エクセレンがユーゴの服の裾を引っ張った。
「サ、サラさんを待たずに進んでも平気ですか?」
「念話で既に伝えてある。プラーナの流れを追ってくれば見つけてくれるだろう」
安全マージンを取ることは大事だが、腐れ谷で活動可能な駒はユーゴとサラしかいないのだ。エクセレンもそこに加わってくれるかもしれないが、なんでもかんでも二人でやっていてはいつまでたっても物事は進まない。
レブナントがどれくらいの寿命なのかを知るものはいないが、人間の感覚では何ヶ月も物事が進まないというのはジレンマを感じるものだ。
この先にあるものがその壁をぶち壊すきっかけだと考えてしまえば、ユーゴには探究心を抑えることは出来なかった。
暗い通路を進むと、その先には鉄製の扉があった。
「随分と厳重だな」
「これはもしかして大当たりかも?」
幸い、扉に鍵はかかっていなかった。
軋む扉を蹴り破ると、そこには大きな広間があった。