死霊術師
二人はネクロマンサーを名乗った女魔法使いに再度猿ぐつわをはめて、とある隠れ家に放り込んだ。ネクロマンサー本人が、死霊術を付与した首飾りをつけていればゾンビに襲われないと言っていたので、死霊術の真偽を確かめるためにも二人は一晩彼女を椅子に縛り付けて放置し、様子見をすることにしたのだ。
実際にはいますぐ彼女の扱いを決めるのは難しいという意見の一致があったからだが、夜が明けてしまえば意を決する必要があった。
無論このまま放置して殺すという選択肢もある。しかしネクロマンサーという珍しい技能が、現状の負を解消できるのではないか、という予測が二人にはあった。
「サラ、ネクロマンサーっていうのは、『死体とか死霊を扱う魔法使い』っていう認識で合ってるか?」
「あなたの世界にも居たのね。私達の間で認識はあっているようだけれど、真実かどうかは分からないわ。話には聞いたことがあったけれど、私も合うのは初めてだから」
「詳しいことは直接聞くしか無いか」
死霊術師とも書く彼らの技能は読んで字のごとく、死霊を操る術に他ならない。つまりゾンビやレブナントの扱いに長けている可能性が高く、二人が抱えている問題の解決におおいに役立つ可能性があった。
重い足で二人は放置した女のところに戻る。
ネクロマンサーはぐったりとうなだれてはいたが五体満足で、ゾンビに噛まれた後は見えなかった。
二人がわざと足音を立てて存在に気づかせると、パッと顔を上げて彼女は背筋を伸ばした。
表情が全く見えないのに喜びが溢れている空気にげんなりしつつ、ユーゴはまたも音を立てて剣を鞘から引き抜いて勧告した。
「お前には聞きたいことがある。目隠しと猿ぐつわは取ってやるが、こちらに敵対的な行動をとった時はどうなるか、分かっているな?」
コクコクと頷いた少女の頷きは、「おずおず」といった様子ではなく、どう見ても新しいおもちゃに興奮する子供のソレだった。
大丈夫か、と訝しみながらユーゴは彼女の目隠しを取ったが、案の定彼女は興奮していた。
「あ、あのあのあのあの」
「落ち着いて。こちらの聞いたこと以外は口にするな」
「は、はい!分かりました!!」
「じゃあまずは、もう一回自己紹介をしてくれ」
好き勝手に喋らせても面倒くさそうだったので、ユーゴは一問一答形式で彼女に答えてもらうことにした。
「名前は、エクセレン・ノルバックです。年は16。北のラトリア国から来ました」
「何のために?」
「もちろん、死体づくりのためにです!!私、ネクロマンサーですから!!」
腕を椅子に縛り付けて無ければ、そのままこちらに身を乗り出してくる勢いで彼女は眼を輝かせた。
ペースに飲まれないようにして、ユーゴは彼女に次の質問をする。
「それだ。そのネクロマンサーってのを、もっと詳しく説明してくれないか?」
「えぇ、良いですよ。どこから説明しましょうかね……」
そこからの取り留めもない彼女の情報をまとめると、死霊術師という技能が、死体を生み出したり操作する魔法体系のことを指すというのはユーゴの認識と同じだった。
概要を聞いただけでは目新しい情報は無かったが、エクセレンが勢い余ってその起源を語り始めると、サラは目を見開いて驚いていた。
死霊術の起源は、元々教会で研究されていた魔法の一種だと彼女は切り出したのだ。
「教会は蘇生の秘術を持っていますが、それは強力な"真言"によるものです。長い呪文の全体が真言ではなくて、その中に有効な言葉が隠されている……というのが、不敬ではありますが神官の中の常識でした。どれが効果を持った真言かを知る研究も当然あったそうです」
ユーゴはサラに念話で『本当か?』と尋ねた。
彼女は数十年前は教会と繋がりのあった元人間だ。噂程度でも知っていたらエクセレンという少女の言い分が本当だと分かる。
はたしてサラは、強く縦に首を振った。
『本当よ。ただし、表立っては行えないし、大した成果があったとは思えないけど』
『どうしてそう思う?』
『ここに来る神官が使う魔法、私が現役の頃と変わらないもの』
なるほど、と頷く間にも、エクセレンの話は進んでいた。
「その研究でターゲットに選ばれたのは、ずばり蘇生の魔法でした。蘇生に成功する原因も失敗する原因も、真言にあるはずだとされたんですね。当時は司教の一人がこの研究に熱心だったので見逃されていたんですけど、その人が死んで後ろ盾がなくなったらただの危険分子扱いを受けたそうです。
私は曽祖父が当時の関係者だったので、今も研究を受け継いでいるんです。技術だけを受け継いでいるだけで、ネクロマンサーも悪いことをする奴らばっかりじゃないんですよ!」
「君の死体づくりは悪いヤツラとは違うって言いたいのか?」
「け、研究の副産物ですゆえ……」
エクセレンはサッと目を伏せた。
なるほど。マッドサイエンティストと一言に括ってしまうのは危険だが、目的のためには倫理観を欠如させられる性格のようだ。だが、倫理を理解していないわけではない。
逆に言えば、彼女の望むことが叶うのなら手をとりあう余地はあるということだ。
「研究ってどんなことをしてるんだ?」
「あっはい。私はですね、プラーナ・コアの発生原理を研究してるんですよ」
蘇生魔法の真言研究は良いところまで進んでいた。人間としての蘇生には失敗したが、ゾンビやレブナントは作り出せるようになっていた。傍目には死霊術を完成させたようにしか見えなかったので迫害はかなり厳しいものだったようだが。
しかしその中にもまだまだ無駄は存在する。100の言葉を必要とする魔法の内、本当に必要なのは10や20だけ、というのはよくあることらしい。
エクセレンは、今ある術式の中からその必要な真言を探し出し、その効果を高めたいと言った。
「神聖魔法の蘇生術と、死霊術の差こそが、生属と死属の差なんです。特にゾンビではなく知性ある存在の差というのは興味深くてですね」
「俺たち『レブナント』か」
「その通りなのです!!」
立ち上がろうとして椅子ごと転がったエクセレンは放置して、サラを見る。
眉をひそめた彼女は、ユーゴと目線があうと渋々頷いた。
彼女の言葉を信じてもよい、と彼女は判断したのだ。
『彼女が研究熱心なのは分かったわ。ここでは公然と死体を弄っていてもお咎めは受けないのだから、筋は通ると思う』
『同意だ。彼女が欲しがっているものを提供できるのなら、仲間に引き入れても裏切らないだろう』
理性的に話が出来るパートナーの存在をありがたく思いながら、ユーゴはエクセレンを椅子ごとひっぱり起こして、再度ナイフを突きつけた。
「俺達は、ゾンビを量産したいと思っている。君が望むものしだいでは、協力し合えると思うんだが、ど……」
「じ、じゃあ、私とキスしてください!!」
「うだろうか……って、は?」
サラの方を振り向くと、サッと顔を背けられてしまった。
うーむ、都合が悪い時の反応は似てるな、この二人。案外気が合うんじゃなかろうか。
などと余計な思考で意識を逸らすにも限界がある。ユーゴは覚悟を決めて、エクセレンに問いなおした。
「何をして欲しいって?」
「キスです!隠れ家とか、豊富な死体とか、色々研究に必要なものを整えてくれれば協力は出来ます。だから、契約のキスをですね」
「サラ?」
「……接吻による契約は一般的ではないけれど、古い魔法使いの間では主従を定める儀式として行われていたと……」
「つまり、俺をゾンビとして従わせようと?」
ナイフで首もとを軽くなぞる。
キス程度、と思って軽々しく答えたら大変なことになっていたかもしれない。
が、ユーゴのかいた冷や汗は全く無駄だった。
「いえ、そんなつもりは一切ないです」
「ないのかよ!!」
「なんなら、私がユーゴさんの奴隷として契約しても良いですよ!」
「良くないだろ……じゃあなんでキスなんか」
今の彼は純然たる死体である。
ハイ・レブナントになって肉体は蘇ったが、気を抜くと体内から腐敗臭がするし、髪がぼろぼろ抜けたりする。
そもそも腐れ谷で生活しているだけで、綺麗にしようとしても汚れは貯まるのだ。
自分とキスしないほうが良い理由を訥々と説明するなどしたくはないが、たとえ人質同然の立場とはいえキスをして不快感など与えたくないというのがユーゴの気遣いだった。
だが、結果として気遣いは裏切られた。
「その……恥ずかしいんですけど……私、死体愛好家なんですぅ」
「ほんとに恥ずかしいよ!!」
その後、キスを激しくねだられて逆交渉に陥ったので、「成果を出したら」という条件付きで納得させた。
ちなみに、ユーゴはなぜか後ほどサラにもきつく説教を受ける羽目になるのだった。




