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第一話 はじまりはキス!

 ケンカは俺の日常だった。

 物心がついたときから、ずっとだ。

 理由なんてものは、よくわからない。

 ただ、気がつけば暴力を振るわれていた。


 俺がそれに怯えているだけの子供だったなら、きっと俺は、よくいる『いじめられっ子』で終わっていたんだろう。

 けれど、俺はそれじゃ嫌だった。

 そんなものには、絶対になりたくなかった。


 負けん気だけは、人一倍あったのだ。

 反撃せずに大人しくしてるだなんて、ありえない。

 だから、暴力には暴力をもって応えた。

 殴られたら殴り返し、蹴られたら蹴り返し。

 そうやって、俺は幼少時代を無為むいに過ごした。


 ――俺は両親の顔を知らない。

 生まれると同時に孤児院に預けられ、そこで育てられたからだ。

 だから、自分のものだと胸を張っていえるものは、秋月あきづきわたるという名前だけ。

 それ以外のものはいらなかった。

 欲しいと感じたそのときに、誰かから奪えばいいと思っていた。

 上から目線の施しなんて、一度も望みはしなかった。


 もちろん、それは単に周囲が見えていなかっただけだ。

 なにひとつ、理解できていなかっただけだ。

 幼かったがゆえに、気づけずにいただけだ。


 孤児院で働く大人たちに、俺は多くのものを与えてもらっていた。

 衣服に、食事、そして居場所。

 でも、そんな環境が当たり前にあったから、俺はそれに『与えてもらった』なんて感想を抱けなかったんだ。


 だから、だったのだろう。


「――この子は、使い物になりそうね」


 ある日、唐突に孤児院を訪れた、長い銀色の髪を持つ少女。

 彼女の言葉に、俺が素直に喜べたのは。


 それは、俺が十二歳になってからしばらくが経った日のこと。

 初めて他者に、自分の価値を認めてもらえたと思った瞬間。


 選ばれたのだ。

 何十人といる孤児の中から、たったひとり、俺だけが。

 望まれたのだ。

 この孤児院を出て、共に来てほしいと。

 認められたのだ。

 俺には、その道を歩んでいける力があると。


 だから、俺は彼女に連れられて孤児院を出た。

 彼女が俺よりも年下――どう見ても十歳前後の少女だったのが多少引っかかりはしたけれど、その赤い両の瞳には理知的な色が宿っていたから。

 事実、彼女の実年齢は十代前半ではなかったし、仕草や言葉遣い、まとっている雰囲気も基本的には大人びていた。

 反面、俺よりも年下なのではと疑いたくなるような無邪気さも、持ち合わせてはいたけれど。


 銀髪の少女に連れられて、俺はすぐに上京することになった。

 目的地は、東京にある大きな屋敷。

 そこに住む人の下で、『使い物』になるよう、みっちりと仕込んでもらうのだとか。


 このすぐあとに知ったことなのだけれど、この銀色の髪の少女――レイラ・インタラカンチットは、戦乙女ワルキューレという、『自分たちの手駒になりそうな人間』を集める組織のトップに立っている人だった。

 そしてそこのトップでありながら、自らも孤児院などを訪れて『将来性のありそうな子供』を積極的に探しだしてもいた。


 そんな彼女が真剣な瞳で言ったことを、俺はいまでも鮮明に憶えている。

 東京へと向かう、新幹線の中でのことだ。


「私が求め、集めているのは、優秀かつ従順な、『私たち』の手足となって働ける人材。当然、無能な人間は要らないわ」


 だから、常に優秀で従順な人間であり続けろ、と。

 そうり続けられないのなら、捨てるだけだ、と。

 当時の俺は、そういう意味だと思っていたのだけれど。


「もちろん、従順なだけでは困るわ。そんなの、ただの人形と変わりないもの。ええ、それだったらゾンビでも使役しえきしたほうが数倍マシというものよ。

 だから私が求めているものは『意志のある、従順な人間』。自分で考えて自分で決めるということができる人間。必要と思われるときには、たとえ目上の相手にであっても反論できるような、そんな強い意志を持っている人間」


 それは、つまり。

 彼女の手足として動けることを誇りに思えるような。

 そんな人間を、彼女は欲しているということなのだろうか。


「近い将来、あなたはそうなれて? ただの『駒』に甘んじず、自分というものを持ち続けていられて? そう在れなければ、あなたは一生『手駒』のまま。上からの命令を聞くだけの『エインヘリアル』のまま。

 もし、それをよしとできないようなら上を目指しなさい。私と同格の人間になれるよう、努力なさい。『シュテルン』の幹部という地位まで――私がいまいる高みまで、這い上がってきなさい」


 そうして、彼女は初めて俺のことを名前で呼んだ。


「ワタル、あなたは『手駒』のまま一生を終えることをよしとできない人間のはず。這い上がってくる気概きがいを持っている人間であるはず。そうでなければ、私はあなたに目をつけたりなんてしなかったわ」


 それから、銀髪の少女は無邪気に笑って、


「どうか、私を失望させるようなことだけはしないでね。世の中には『出来の悪い子ほど可愛い』とかいう言葉もあるけど、私からすれば、出来の悪い子なんて愚か者以外のなにものでもないから。

 まあ、もっとも。出来の悪い子を調教するのも、それはそれで楽しいのだけれど」


 そう、最後を物騒な言葉で結んだのだった。


 ◆  ◆  ◆


 腹の上に、柔らかな重みを感じて目が覚めた。

 カーテンの隙間から俺の顔めがけて差し込んできているのは、一筋の陽の光。

 その眩しさに、ぼんやりとしていた意識が段々と覚醒かくせいする。


 視界にあるのは、少女の顔。

 歳は、俺と同じで十五くらいだろうか。

 白を基調としたワンピースを身にまとっており、きょとんとした表情でこちらを覗き込んできている。

 あどけなさを残した、綺麗な顔立ち。

 その口が小さく動き、朝の空気をかすかに震わせた。


「……えっと、おはようございます」


 ワンテンポ遅れて、笑顔を浮かべながら一礼する少女。

 あわせて、長い金色の髪がさらりと流れる。

 正直に白状しよう。

 その仕草に、その笑顔に、俺は思わず見とれてしまった。


 だが、それも一瞬。

 俺の頭には、すぐさま疑問と驚きが湧き上がってくる。

 一体、この少女は誰だ!?

 お師さまがとった、新しい弟子かなにかか……!?


 いや、それはないだろう。

 お師さまはいい加減な対応をもっとも嫌う。

 それを踏まえて考えれば、俺に前もって伝えられてないなんてことは、ありえない。

 そう。ありえない……はずなのだけれど。


 とりあえず俺は、腹の上に座ったままの少女に目を向ける。

 それになにを思ったのか、「あっ、忘れてました」と安物のベッドをきしませながら少女が顔を近づけてきた。

 すぐ目の前に迫る、澄んだ青い瞳。

 それはすぐに閉じられ、俺と彼女の顔の距離がゼロになる。


 まず感じたのは、柔らかい唇の感触。

 それとわずかな熱と、少女の息づかいだった。

 ただ重ねるだけのキス。

 不意打ちとしかいいようのない『それ』は、実際には一瞬のことで、彼女は俺が硬直している間に顔を上げていた。

 硬直状態から脱した俺は、つい反射的に口許をごしごしと拭い、それから抗議の言葉を彼女に浴びせる。


「い、いきなりなにをしやがるっ!」


「なにって……挨拶を。おかしなところがありましたでしょうか?」


「ありすぎるわっ!」


 大体、動じてなさすぎだろ、こいつ!


「いいか! まず、ここは日本だ! 外国じゃない! 挨拶でキスするやつなんて、日本にはいないんだよ! 仮に頬にであってもだ!!」


 しかも、こいつは頬にじゃなくて、いきなり唇を合わせてきたからな。

 もっとも、それを苦痛だったと言い切れない俺も俺なわけだが。

 それは果たして、目の前の少女が美少女だったからなのか、単に男って生き物が馬鹿なだけなのか。……たぶん、両方だろうな。


 意識してムスッとした表情を作る俺に、しかし、腹の上にいる少女は首を傾げて、


「でも、最近は日本でもこの挨拶が主流になってきていると――」


「誰に聞いたんだよ!?」


「戦乙女の方々に、です」


「ぐあ、あの人たちにか……」


 返ってきた答えに、俺は思わず脱力してしまった。

 いまから約三年前に出会った銀髪の少女――レイラさんがトップを張っている戦乙女は、その名が表すとおり女性のみで構成されている。

 で、女三人寄ればなんとやら。戦乙女のメンバーにからかわれた人間の話は、枚挙まいきょいとまがないわけで。

 というか俺だって、組織内の間違った約束ごとを教えられて赤っ恥をかいた経験があるわけで。


 そんな戦乙女の面々と関わったというのなら、この少女が間違った常識を吹き込まれていてもおかしくはないだろう。いや、吹き込まれてないほうがおかしいというべきか。

 まあ、それはともかく。


「とりあえず、いい加減に俺の上から降りてくれないか? このままじゃ起き上がれない」


「あ、これは失礼しました」


 ぴょこんと跳ねるように俺の上から退き、ベッドから降りる少女。

 ようやく上半身を起こし、「それで」と俺は傍らに立った少女に問いかける。


「お前は一体誰だ? 名前はなんていう? なんでこの家に……というか、俺の部屋にいるんだ? お師さまとは面識あるのか?」


「そ、そんないきなりたくさん……!」


「あ、あと外人だよな? お前。なんでそんな日本語ペラペラなんだよ?」


 ふう、これで言いたいことは全部言ったぞ。すっきりした。

 あとはこの謎の少女の返答を待つだけだ。


「えっと……まず、わたしはリゼット・オーディアールと申します。ここには今朝……というか、ついさっき到着しまして、志郎しろうさまに、まずは渉を起こしてこい、と」


「起こすのに、どうして腹の上に乗っかる必要があるんだよ……」


「それは、なんとなくというか……。ところで、これからは志郎さまのことを『お師さま』って呼ばなきゃいけないんでしたっけ?」


「へ? まあ、俺みたいに弟子入りするんならな。しかし、ついさっき到着したって言ってたけど、怒ってなかったか? お師さま」


 少しだけ憂鬱ゆううつな気持ちになりつつ訊いてみる。

 怒ってないわけがないのだ、実際。


「ええと、なんか不機嫌そうではありました……」


「だろうな……。で、お前を連れてきたのはレイラさんか?」


 少なくとも、俺のときはそうだった。

 リゼットは「はい」と首を縦に振って、


「ここ四ヶ月ほどは日本語の勉強と実戦訓練をしながら過ごしていたのですが、先日、レイラさまが唐突に『そろそろ預けどきだから』と言われまして」


「預けどき、ね。俺のときは、お師さまにすぐ預けられたんだけどな……」


「そこは、日本語や常識を学び終えてからのほうがいいと、レイラさまが判断なさったのではないでしょうか? あ、日本語の習得速度は驚異的なものだったらしく、そこはレイラさまにも素直に感心されましたよ」


「まあ、四ヶ月でそこまでペラペラになれてるわけだからな。……だが、常識に関してはかなり怪しいからな? お前」


「がーん……」


「口に出して『がーん』とか言うやつ、俺は初めて見たよ……」


 呟きながら肩を落とす俺。

 リゼットは「……えっと?」と首を傾げてから、


「あの、とりあえず下に行きませんか? レイラさまたちがお待ちになっていますし」


「それもそうだな。……それに、お師さまにコーヒーも入れないと」


「あ、夜明けのモーニングコーヒー、ですか?」


「その言い回しには若干の悪意を感じるぞ、おい!」


 これは間違いなく戦乙女の人たちに吹き込まれたんだろうな……。

 実際、リゼットは「え? え?」と心底意味がわかってない様子だし。


「まあ、いい。お前は先に下に行っててくれ。俺はまだ寝間着だからな。着替えんと」


「ならお手伝いしますよ、お着替え」


「お前は本当に常識がないな!」


「えええっ!? 女性が殿方とのがたの着替えを手伝うのは、日本では当たり前のこと、と教わったのですが――」


「またしても戦乙女の入れ知恵かっ! 入れ知恵なんだろっ!?」


「い、入れ知恵……?」


 呟く彼女に、俺はベッドに腰を下ろしたままビシッと指を突きつける。


「いいか、リゼット! お前の教えられた『常識』には間違っているところが多々ある! 今日からお前は俺の妹弟子になるみたいだからな、徹底的に正しい常識ってやつを教え込んでやるから覚悟しろ!」


「わ、わかりましたっ! 覚悟します!」


 いや、『覚悟します』っていうのは……どうだろう。

 まあ、大きく間違っているわけではないから、別に正さなくても問題ないか。


「しかし、美月みつきが任務を受けて出ていったと思ったら、今度は妹弟子かよ。まあ、家事を分担できるって点では助かるが」


「美月? えと、どなたでしょうか?」


「俺の姉弟子だよ。一言で言うなら痴女ちじょ


「痴女?」


「あー……、いや。意味がわからないならそれでいいんだ。というか、説明なんてしたかないし」


 美少女相手に『いいか、痴女ってのはな』などと説明を始める自分の姿を想像して、思わずがっくりとうなだれる。

 それはやっちゃダメな気がした、人間ひととして。


「はあ、そうですか……。えっと、じゃあ着替えの手伝いを――じゃなくて、先に下に行ってたほうがいいんでしたっけ?」


「ああ。……よかったな、訂正するのがもう少し遅かったら、デコピンの一発でも食らわしてたぞ」


「それは、喜んでいいのか複雑なところですね……」


「喜ばんでもいいから、とっとと下に行っててくれ。いい加減、俺も着替えたい」


「わかりました。では」


 腰を折って一礼し、彼女は俺に背を向ける。

 それにしても、優雅な一礼だったな。こりゃ、レイラさんあたりにみっちり教え込まれたとみた。

 と、ドアノブに手をかけたところで、首だけをこちらに向けてくるリゼット。


「言い忘れていました、渉。わたしのことは『リゼ』とお呼びください。そのほうが慣れていますので」


「リゼ、か? わかった。ところで、俺のことは初日から呼び捨てなのか? 仮にも兄弟子なのに」


「そのほうが慣れていますので」


「だからって、兄弟子のことを呼び捨てにするのはどうなんだろう……。まあ、いいけどよ」


「では、失礼しますね」


 そう言って微笑み、リゼはようやく俺の部屋から出ていった。

 ううむ、『失礼なことなら本当に何度もやってくれたよな』と言おうと思ったのだが、あの微笑を向けられた途端、ついつい呑み込んでしまった。

 こんなんで、これから上手くやっていけんのかなあ。

 考えてみれば、自分よりも経験が浅い人間が来たのなんて、初めてのことだし。


 それに、これはすごくいまさらなことではあるんだが。

 いくら眠っていたとはいえ、部屋への侵入者にまったく気づけなかったというのは、いくらなんでもマズいんじゃないか?

 これ、もしかしてお師さまの抜き打ちテストにもなってたりしないだろうな?


 着替えの最中、そんなことに思い当たってしまい、つい背中に冷や汗を浮かべてしまう俺なのだった――。

いかがでしたでしょうか?

今作は、主人公はややアウトローに、ヒロインは馬鹿っ娘に、を目指しました。

コンセプトからして『今回は明るく馬鹿にいこう!』ですので(笑)。

渉とリゼットの繰り広げるハイテンションコメディー、第二話以降も楽しんでいただければ幸いです!

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